第6-2話 シェリスの休日②
「って、ギルドマ……むぐっ!」
そう言おうとした彼女の口をギルドマスターことオスマンはその大きな手で彼女の口を塞いだ。
「声が大きいわい。ここにはお忍びで来ておるのだから静かに、の」
そう言うと手を離し彼女の前にある席に向かうと、前に座っても良いかの、小さな声で彼女に問いかける。彼女が首を縦に振るとオスマンはニカッと笑って彼女の前に座った。そんな彼の手には分厚い本が一冊握られていた。
「あの、ギルドマスターもここで勉強などをされるんですか」
「うむ、この図書館の資料の多さは折り紙付きだからのう。それとわしのことはオスマンで良いぞ。どうもその呼び名はわしの性に合っておらぬからの。それでお主はここで何をしておったんじゃ?」
「実は……」
シェリアはオスマンにこれまでの経緯を説明した。
「ほう、感心じゃのう。休みの日でも怠けずに勉強をしようとするとは。それで何か収穫はあったのかの?」
「これと言って収穫らしい収穫はありませんでした。とりあえず魔法の使い方というかそういうのは分かりましたが、実際に使ってみないとどうもいえませんね。と言っても私には属性がありませんから本当に魔法が使えるかも怪しいですし……」
「ふむ。確かにお主の結果を見るとそう思わざるを得ないじゃろう。厳しい言い方になるが、例え属性があったとしてもあの回路強度では初級魔法しか使えん。魔法使いとしては致命的じゃ」
「そうですよね……」
腕を組み目を瞑ってそう答えるオスマンにシェリアは表情を暗くする。分かっていたことであるが他人にはっきりと言われるとなかなか来るものである。そんな彼女を開けた片目で見たオスマンは歯を見せながら笑う。
「それでもお主のあの魔力量は魅力じゃからの、一度鍛えてみる価値はあるとわしは思っておる。そうでなければ主を鍛えるための先生を呼ぼうとは思わぬよ」
まるで安心させるかのような笑みでシェリアはそれを見ていくらか表情が柔らかくなる。
「はい。そうでした。そころでギル……、オスマンさんはここに勉強をしに来たと言うことですが、何を勉強されに来たのですか」
「勉強と言うより確認したいことがあっての。ほれ、最近巷を騒がせておるゴブリンたちがおるじゃろ?」
「ああ、襲撃事件のことですか。何か進展はあったんですか?」
「うむ、現在分かっておるのは奴らが夜襲を行ってくることと、動きが組織立っていることじゃ。闇夜に紛れて接近し奇襲を仕掛け、弱いようなら一気にたたみかけ、手強いようならすぐに撤退する。あの動きは何者かに指揮されているようにしか思えぬ」
そう言ってオスマンは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
(あの顔、調査は順調に進んでいないんだな……)
「情報提供を求めたが、いい情報は無い。そもそも闇夜に紛れて襲ってきておるのだから、商隊はそれどころではないじゃろうし、追いかけようとしても暗いから見失ってしまう。これでは情報など期待できん」
「どこかに拠点があってそこから襲撃を行っているとかはないんですか?」
「それは儂らも考えた。そして現場近くにある潜んでいそうな場所を虱潰しに捜索したのじゃが……」
「見つからなかったのですか?」
「いや、痕跡はあった。じゃがすでに移動した後であり、ゴブリン共を見つけることはできなかった」
「そうですか……」
それを聞いてシェリアは落胆の色を隠せない。彼女自身もその影響で仕事がなくなっているのでそう思うのは当然だ。
「そんなわけでしばらくはアリオン周辺を除く街道を封鎖しようと思っておる」
「封鎖ですか?」
「うむ、このまま被害をいたずらに増やすわけには行かぬ。が、しかしそれでは物流が滞ってしまうからの。商業ギルド協力の下で街道を進む商隊を一同に集めて集団で通行させることにした。これならばバラバラで送るよりも護衛の回数が減る上に、雇うことも出来ない小さな商隊もそれに混じって安全に行動できるからの」
「ああ、それなら大丈夫そうですね。それで私の仕事がまた増えればいいんですけど」
「そういえば今の主は仕事がないと言っておったの。どうじゃ、これを機会にランクアップクエストを受けてみる気はないか?今の暇な時期にしておいた方がいいと思うのじゃがの」
「うーん、そうですね。ちょっと考えてみます」
「ほほっ、そうか。じゃあ期待して待っておるぞ」
そう言ってオスマンはゆっくりと立ち上がると、彼女に手を振りながらその場を去って行った。一人残されたシェリアは背もたれに自分の体をいっぱいに預け、天井を見ながら小さく呟いた。
「ランクアップ……か」
**
「いや、シェリアさん、絶対に受けていた方がいいって」
そう話すのは乳白色の湯船に浸かっているアリアである。彼女はタオルを浴槽の縁に置くと、何も身につけることなく湯船の壁に背中を預けている。
「やっぱりそうでしょうか……」
そう返すのはアリアの正面にいるシェリアだ。湯船の中央あたりに座り浸かっている。その体はアリアとは対照的にタオルで体を隠しているが、大きな乳房が隠しきれずに見え隠れしている。
今、彼女たちがいるのはギルドの近く、月見の湯と呼ばれるところだ。少々熱めの温泉であるが、ここは露天風呂になっており、天気がいいときは満天の空ときれいな月を眺めながら入ることが出来る。なお、現在は夕方のため赤色の空が広がっている。
人気がある温泉であるが、今回は運良く貸切状態となっていた。
さて、今シェリアが浸かっているのは当然女湯であるが、当初はなかなか入る勇気がなかった。
それも当然の事だ。元々男性であり、彼女いない歴=年齢であった彼は女性の裸など成人向けの雑誌でしか見たことがない。故に入れる気がしなかったのだ。しかし、それではこの世界の湯船に浸かることが出来ない。そのため彼女は自分の体を使って必死に慣れようとしたのだった。裸体を見ても興奮しないように必死だった。その成果かどうかは不明だが、今こうして彼女は普通に入ることが出来るようになっていた。
「そもそも、シェリアさんの仕事がないのは街の中のクエストしか受けられないFランクだからでしょ? Eランクになれば採取クエストとかやれることが増えるからチャンスだと思って受けるべきだって!」
「うーん、言われてみれば確かにそうですね。やはり思い切って受けてみましょうか・・・。でもまだ危険な仕事はしたくないとも思っているんですよね」
「いや危険な仕事って……。確かにランクが上がることでそういうクエストを受けることが出来るようになるけど、別にそれを無視して今まで通りにしてもいいんだし。それに今のままだと受ける仕事がなくなった時はどうするのよ」
「うーん、それを言われると辛いですね」
彼女としては自身の能力を完全に自分のモノにするまで、と考えていた。しかし現状は彼女を待ってくれないようだ。胸の前で腕を組み、顔を斜め上に向けながらシェリアは考える。
(今のままでは、今後ギルドのノルマを達成できなくなってしまう可能性がある。そうなればせっかく手に入れた職を失ってしまうからな。そんなリスクを考えるとそれに備えてランクアップして置いた方がいいか)
そう考えたシェリアは腕を解くとアリアに視線を向ける。
「そうですね、もうちょっと休暇を取ったら受けに行きたいと思います」
「うんうん、そうこなくっちゃ。ところでさ、一つ聞きたいんだけどいいかな?」
「何です?」
過去、シェリアはアリアと何度も湯船に浸かったことがあるが、そこでも彼女はいつもと変わらず元気いっぱいである。しかし今回はそれとは違い、目は泳ぎ、顔を赤らめてもじもじしている。普段とは違う姿に思わず小動物を思い浮かべてしまう。そんな姿に可愛いと思いながらシェリアは問いかける。
「言ってみてください。もしかして私でも力になれるかもしれません」
「うん、えっとね……
なかなか言いにくいことなのか、さらに顔を赤らめて俯くが意を決した表情をしてシェリアに向かい合う。そして言った。
「どうやったらシェリアさんのようにわがままボディになれるかな!?」
「……」
後にシェリアはこう語っている。あのときは一瞬、時が止まったと。
「えっと……すみません、もう一度いいですか?」
「だからどうやったらシェリアさんみたいな体になれるかって事よ!」
耳まで真っ赤にしたアリアがそう言ってくる。シェリアはアリアが発した言葉を、一つ一つかみ砕いてゆっくりと頭の中に入れていった。そして理解した彼女は考え付いた答えを口にする。
「えっとそれは、アリアさんがそうなりたいということですか?」
「ふえ!?いやいやあたしじゃなくてあたしの知り合いがシェリアさんを見たことがあってすごい体つきをしていたからそうなりたいなって相談を受けてそれであたしが代わりに聞いて」
顔を真っ赤にしながら、早口でそう言うアリア。息継ぎをせずに行われるマシンガントークと、その反応からそれが嘘だと言うことが簡単に分かる。しかし彼女にもプライドがあるのだろう、自分の事とはいえないアリアにシェリアは思わず微笑ましい気分になる。
「な、なによその顔!違うからね、私じゃないから!」
「はい、わかりました。で、その人は私みたいな体つきになりたいって事ですよね?」
「う、うん、そうなのよ。その人はその……自分の体に自信がなくてさ、どうすればそうなれるのかなって思ってて……」
「うーん、そうですね……」
そう聞かれてシェリアは答えに困る。そもそもこれはミリスにもらった体であり、元々の彼の性別は男性だ。どうすれば女性らしい体つきになるのかと聞かれてもどのようにすればいいのかは分からない。
シェリアはアリアの体を見る。彼女の体は確かに胸こそ小さい物の、体自体の線は細くすらりとしている。バランスにも非常に良く、普段の立ち姿も非常に綺麗だ。シェリアの感想としては十分異性の気を引けるのでは、と思っていた。
(とはいえ、答えないというのもなぁ)
アリアの顔は真剣そのもので、シェリアの言葉を一言一句逃すまいとしている。そんな状態に何も答えず分からないと言うのは酷だろう。
「そうですね……。確かミルクを毎日欠かさず飲めば大きくなると聞いたことがあります。後は……胸の方は好きな男の人に揉んでもらえば大きくなるとか……」
「そうなの?」
「そうです。ミルクは体を作るのに必要な栄養がいっぱい入っていると聞いています。その上で胸をもんでもらえば完璧ですよ」
答えに困ったシェリアは本当かどうか分からない知識をアリアに伝える。心の中では申し訳がない気持ちであったがそれを抑える。一方のアリアはそんなことは露知らず目を輝かせてシェリアに迫る。
「ホント!? じゃ、じゃあ、エールの代わりに飲めばあたしもシェリアさんみたいになれるかな!?」
「そ、そうですね。もしかしたらなれるかもしれませんね……」
――知り合いという設定はどうした。
シェリアはそう思いながら、若干視線をそらしてそう答える。とは言え成長期がとっくに過ぎているアリアが伸びるかというとどうなのだろうか。それになんとなく気づいた彼女は罪悪感がますます高まる。
「よし、じゃあこれから毎日ミルクを飲むよ! そして……えっと胸は揉んでもらえば大きくなるのよね……」
「は、はい」
「それは男じゃなくて女でもいいのかしら?」
「はい? ああ、まぁそうですよね。胸を大きくするためとはいえ、男の人に揉んでもらうというのは抵抗がありますよね。でも、それは分からないですよ?」
「じゃあさ、実験してみない?本当に大きく出来るかを」
「……本気で言ってます?」
「本気よ!」
アリアからの提案に思わず真顔で答えるシェリアに、アリアは赤い顔のままシェリアにぐいっと顔を向ける。アリアの羞恥心は振り切っているはずだが、胸を大きくしたいというそんな彼女の思いが突き動かしているのだろう。そんな様子を見てもう逃げられないと悟ったシェリアはため息を一つ。
「わかりました。でも、他の人の胸を揉んだことがないので、痛くしても文句言わないでくださいよ」
「う、うんありがとう!」
そうしてシェリアは覚悟を決めて彼女の要望に応えるのであった。
十分後――。
「えっと、ありだとう。私のわがままを聞いてくれて……」
ようやく満足したアリアは気まずいのか赤い顔をして俯きながら礼を言う。
「いえいえ、普段お世話になっていますんで……」
一方のシェリアは普段通りだ。
アリアの胸に触れているときも特段思うことはなく、ほとんど作業といった様子だった。
これは決して彼女自身がアリアの胸を侮辱しているわけでない。原因はそもそも彼女自身が女性であると言うことである。
それを行っている最中での彼女の反応はと言うと、口から出る声は艶を帯び、瞳がとろんとしていた。そしてそれは男の嗜虐心をかき立てるのに十分なものだった。彼女が彼、つまり男であったならばその反応に興奮し押し倒していたかもしれない。
しかし、今は女性であり、かつ自分の体を使って女性の裸を見ても絶対興奮しないように訓練をしていた。そのためか、それを見ても全く反応しなくなっていたのだ。
(訓練の成果ってやつかな……? どちらにしても暴走なんてしないって事が分かって良かった)
いつの間にか変わってしまった自分自身に安堵のため息をつく。今後も同じように他の女性と風呂に入ることがあるだろう。そのたびに興奮していては体が持たない。
「ていうか、他の人がいなくて良かったですね。見られていたら確実に誤解されていましたよ」
「うん、私もそう思う……。絶対変な噂流されてた」
「もし次にやるときは場所を選びましょうね。で、何か変化ありました?」
「ううん、特になし。あのくらいじゃダメって事なのかな……」
「まぁ、当然でしょうね」
そもそも本当に大きくなるかも分からない方法なのだ。頑張っても徒労に終わる可能性はある。しかし、それで大きくなるかもと言ったのは他ならぬシェリア自身である。
「そうですね、もし今後も手伝ってほしいと思ったら言ってください。手伝いますので」
「ホント!? ありがとうシェリアさん!」
そう言って何時もの元気なアリアに戻る。それを見て単純な人だとシェリアは思ったが、最後まで面倒をみようとも思ったシェリアであった。
**
以前彼は森の奥でひっそりと暮らしていた。狩りをし、食事をし、たまに紛れ込む頭の良い獲物を捕まえては舐り、殺してはそれを楽しんでいた。しかしあるとき転機が訪れる。彼の元にあるものが訪ねてきたのだ。
無論、彼はそれを追い払うために戦った。しかし相手は自身の力を上回っていた。容易く蹴散らされ自身の死を悟った。しかしそれは彼を殺すことはしなかった。
それは彼に簡単な知識を与え、その代償として彼はそれの下僕になった。
そして彼に与えられた使命は街道を進む商隊を主からもらった子分たちと攻撃することだった。
はじめは主となったそれに指示をしてもらいながら彼は攻撃を行っていった。やがてやり方を覚えると彼は子分を率いて攻撃を行うようになった。
その時彼はかつて森の奥で住んでいたころには決してなかったものをその身に感じていた。生きるために殺すのではなく、殺して、殺して、そして奪う。それに彼は高揚感を感じていた。圧倒的に有利な状況から襲撃し、一方的に殺しては奪っていく。そして彼とその子分の行動は時が経つに連れ変質していく。
ただ殺すのではなく、じっくりといたぶるように殺す。
泣き叫ぶ姿を堪能し、絶望に沈ませて殺す。
愛しい者が目の前で犯され、殺され、その怒りに満ちた表情にして殺す。
彼は次第にそれに喜びを感じるようになった。そして自分たちを指揮し、この喜びを教えてくれた主を敬愛するようになっていった。
そんな日々は唐突に終わりを告げる。主から聞かされたのは人間たちが本格的に行動を起こし始めたとのことだった。そのため主は彼に一時的にある場所に身を隠すように告げた。
彼にとって敬愛する主の言葉は絶対であり彼も、彼の子分もそれに従った。
彼は今までの襲撃で集めた戦利品を持って歩く。子分たちも同様だ。そして彼らはある場所に辿り着く。そこは広く拠点として使うにはもってこいの場所だった。
彼は思う。主の言うことに間違いはないと。
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