第6-1話 シェリスの休日①

それはシェリアがアリオンに来てから半年が経った頃に起こった。


 空高く上がっていた太陽は今や昇る角度を大きく下げ、ジリジリと肌を焼くような光も弱くなっている。それに伴い吹く風が肌寒く感じるようになり、周囲の木々も紅葉によって色鮮やかになっている。


 そんな季節の変わり目でも、シェリアは相も変わらず雑用のクエストをこなしていた。その日もいつものようにクエストを終えてギルドに報告し、新たなクエストを受けようとしていた。

 この頃になると、大量の雑用のクエストが貼られていた掲示板には数件程度しか貼られなくなっていた。理由としては依頼されるクエストのほとんどがシェリア指名であったためである。


 理由としてはどのような現場でも礼儀正しく、仕事も文句一つ言わず淡々とこなすとして街の人からの評判が非常に良いためであった。また彼女の容姿から看板娘として彼女を使う店もあったり等、すでに街の中では有名人扱いだった。

 そうなってくるとギルドとしては、顧客の要望にはなるべく応えないといけない。となればわざわざ掲示板に貼る理由など無い。結果、掲示板にはほとんど貼られていないという状況になっているのだった。

 だがこの日はいつもとは違っていた。

 

「はい?お休みですか?」

「うん。正確には出せるクエストがなくなってきたから、調整のためにね」

「調整……。っていまいち分からないので詳しく聞いていいですか?」

「つまりね、あなたに出せるクエストがほとんど無くなってきているのよ」


 話を聞くと、今までシェリアに渡していたクエストは、新しく来たものと歩止まり分を組み合わせたものということだった。しかし、歩止まり分も消化し新規分しかなくなって来た上に、その大半がシェリア指名というのもばかりだった。

 しかし雑用クエストを受けるのは彼女だけではない。まだ日の浅い新人冒険者もそれを受ける必要があり、ギルドとしては彼らの分も当然確保していなければならない。そのため、彼らの分を確保するという目的により、今回シェリアに休みが出されることになったということだ。


「そんなことになっていたんですか……。なんかすみません」


そんな話を聞かされ、若干気落ちするシェリア。そんな彼女の心情を察したのかレミールはすぐさまフォローを入れるように口を開く

 

「ううん、シェリアちゃんのせいじゃないわ。むしろ私たちもあなたに頼りっきりだったわけだしね。むしろ当然のことだと思ってる。それにこれは別の問題も絡んでいるせいもあるからね」

「別の問題?」

「ほら、ここのところ商隊がよくゴブリンに襲撃されているでしょう? それが原因」

「ああ……」


 ここの所、ゴブリンの襲撃が増えており、商隊に少なくない損害が出ている。商業ギルドなど大きな所は護衛を雇うことで防いでいるが、小さなところは資金の問題でそうは行かない。そのため全体的にアリオンを訪れる商人の数は減少傾向にある。


「一応、都市の衛兵や冒険者ギルドでも見回りなどをしているんだけどね……。あまり成果は上がっていないみたいなのよ。で、その分クエスト数が減っているわけ」

「そういうことなら仕方がないですね。ところで私指名のクエストがほとんどって話ですけど、それは大丈夫なんですか?例えば期日とか……」

「とりあえずあなた指名の分は私たちが出向いて他の冒険者に変えてもらうようにお願いするから心配しないで。で、お休みの期間なんだけど、2週間ほどってところかしらね」

「2週間……。長いですね。でも蓄えはあるので問題は無いですけど」


 そう言ってシェリアは肩を竦めて答える。何せ、現代社会と違って他の娯楽につぎ込むことがなく、また体力的に疲れが全くと言うほど無いためほとんど休んでいない。そのため彼女の口座の中には貯め続けたお金、白金貨が八枚、金貨九枚という大金が口座に残っていた。故にたった二週間仕事がなくても全く問題ない。

 

「ありがとう。こっちもその分出してあげたいけど、他の冒険者との関係上出来ないのよ。その代わり今月のノルマは免除になるからそれで我慢してね」

「分かりました。ではまた二週間後に来ます」

「うん、また二週間後に。あっ、ランクアップクエストに関しては受けることが出来るから忘れないようにね」

「はい、分かりました」


**


「というわけで明日から突然暇になってしまいました。どうすれば良いんでしょうか」

「いや、俺らに聞かれてもな」


 夕食の席にて、シェリアはウィル達に今日のギルドでの一件を話していた。というのも良い暇つぶしの方法が思いつかなかったからである。彼女の前世での趣味はほとんどがゲーム、ネットサーフィン、たまに街に出て買い物などそんなものが多かった。しかし、この世界にはゲーム、ネットなどあるはずもない。では買い物はどうかと言えば、そもそもこの世界において店舗といえば剣や弓などの武器屋、鎧などの防具屋、ネックレスなどの装飾品を扱う宝石店。そして服屋だ。


 まず武器屋と防具屋に関してはそもそも彼女は行く必要がないと思っていた。何せ街の外に出ることがなく、受けるクエストは全て安全な雑用のクエストのためだ。そして宝石には興味が無いため、これも行くことがない。では服屋というと、こちらもアリオンに来た初日にたくさん買ったため、必要ないと思っていた。


 結果、これまで行っていた暇つぶしと言えば能力を試すということしかなかったのだ。


 これが表に出なかったのは単純にほとんどが仕事に出ていたため、そういうものを考えるような必要もなかったためである。ゆえに長い休みをもらったときに何をしていいのか分からないということは当然の結果であった。


「まっ、いつかはこうなるだろうと思っていたけどな。実際ゴブリン絡みがなかったとしても、よくあのペースで半年持ったものだ、と思うな」

「でも指名のほとんどがシェリアさん指名ってすごいわよね。そんな事って今までないんじゃないの? だって今までの雑用クエストって誰でも歓迎みたいな感じだったのに・・・。シェリアさんが最初受けたときもそうだったでしょ?」

「そうでしたっけ?覚えてないですね・・・」


 腕を組みシェリアはクエストを受け始めたことを思い出そうとするが、当時は必死だったためかいまいち思い出せなかった。

 

「でもよ、その指名してきているのを別の奴に変えるって話、本当に大丈夫かよ? だってその依頼はシェリアちゃんだからこそ来ている依頼だろ? 別の奴が行って問題起こしたらやばいんじゃねーの?」

「それに関してはこっちは関係ないだろ。ギルドが何とかするって話だから、あいつらに任しておけばいいんだよ。何かあってもこいつは全く関係はない。全ての責任はあいつらにある」


 不安そうに問いかけるロイに、ウィルはそう返すと目の前に置いてあったエールを口に含む。


「うーん、確かにそうですけど・・・。でも本当に明日からどうしよう」

「休日やることがないんだったら、魔法の勉強でもしていたらどうだ? オスマンの爺さんの話だと、一応魔法使い向きの奴だって聞いているし、あのジジィが良い奴を紹介するまでの予習でもしておけば良いんじゃないか?」


 シェリアはウィルの意見になるほど、と思った。魔法を使うための回路強度は低いが、ここで魔法に関する事を学んでおけば後々何らかの形で役立つかもしれない。

 彼女は元素を操る能力を持っているが、今はいろいろ試している状態であり実際の戦闘で役立てるかは分からない。しかし魔法であればある程度勉強することでとりあえず初級の魔法だけでも使えるようになれればと考えた。


「なるほど、それは良いですね。ちなみにこの辺で勉強が出来そうな場所ってありますか?」

「それなら良い場所があるわよ。ギルドよりちょっと向こう側に図書館があって、貴族の豪邸を改造した建物なんだけど見たことある?」


 アリアにそう言われ、シェリアは宅配クエストで覚えた街の風景を思い出す。すると確かにギルドの建物の向こう側にそれらしき建物があったことを思い出した。

 

「えっと、宅配のクエストの途中で何度かは見たことがあります。大きな庭があって白い壁の建物だったと思うんですけど」

「そうそう、そこなら魔法に関する本もあるから勉強が出来るはず。何せかなりの量の本が置かれているからね。行ったらその数にびっくりするわよ」

「確かに良いかもしれないですね。明日朝一に行ってきます」

「朝一って、そこまで張り切らなくても良いんじゃないの? それにせっかくの休みなんだからのんびり寝て昼から行けば?」

「いえ、宿屋にいても特にやる事がないので暇ですから、それだったらさっさと行って勉強した方が良いかな、と思ったんです」

「はぁ、まったく忙しい奴だ。図書館で分からないことがあったら受付の奴に言え。大体なら対応してくれるだろうよ」

「わかりました、ありがとうございます」


 **


 次の日の朝、シェリアの姿は図書館への入り口の前にあった。ギルドの近く、行政地区にある大きな建物だ。リーブル図書館と書かれた大きな札がつけられた鉄格子の門をくぐるとそこは広い公園が広がっていた。中央に噴水と舗装された道に沿って木が何本も植えられている。シェリアはその舗装された道を歩きながら周囲を見ていると、公園にはたくさんの子供連れやベンチに座って読書をしている人がいた。このように図書館の敷地内にあるこの公園は市民の憩いの場となっている。


 リーブル図書館はこの町の有力者達やギルドが合同で設置したものであり、主な目的は様々な書籍の収集、保管、そして町の人間の教育である。この図書館は出来てからすでに百年近くが経過しており、多くの書籍を扱っている。勉強を行うにはうってつけの場所だ。

 図書館は公園から見てコの字状になっている三階建ての建物だ。入り口から見えていた白い建物は目の前にくるとその大きさと迫力に驚く。その大きな建物に囲まれるように道は続いておりその先に入り口があった。三角形の屋根を支える太く高い大理石の柱に、入り口の前は階段になっており少し高い位置にある。さすが貴族の豪邸を改造しただけあってとても立派な建物だった。彼女はクエストの最中に上から見たことはあるが、その時に見たときとはまた違ったものを彼女は感じていた。

 階段状の入り口を進み中に入ると彼女を出迎えたのは本の独特な臭いと高さ四メートル程の本棚が無数のように置かれている光景だった。


(おいおい、なんだこの数は。確かにアリアさんはびっくりするとか言ってたけど、この数は予想外だぞ)


 左右どちらを見ても本棚ばかり、上を見れば吹き抜けになっている空間から上の階にも本棚が置かれているのが見えた。

 

(この中から探すのか。さすがに骨が折れそうだ)


 目の前に見える本棚の数に若干萎えてしまっているシェリアであったが、気分を入れ替えて図書館の中を回る。立ち並ぶ本棚にはそれぞれ分類わけがされ、文豪が書いた書物、政治、歴史などきちんと整理整頓がなされていた。そんな中で彼女の目を引くものがあった。


「世界の地理?」


 そんなタイトルが書かれた本を見つけた彼女は手に取ってみる。しっかりとした重さが手のひらを通じて彼女に伝わってくる。それを開き、ペラペラと流し読みすれば、中身も図と共に解説が書かれており、なかなか充実していそうな書物だった。


(これいいな。この世界のこと全く分からないし、魔法のことを知る前にこれを読んでみるか)

 

 そう思ったシェリアは近くにある机に座ると早速それを読み始めた。

 まずその本に書かれていたのはこの世界の地理だ。この世界は一つの巨大な大陸を中心にその周囲を巨大な海洋と大小のいくつかの島が取り囲んでいる。そしてこの大陸から少し離れた位置に大きな島のような大陸が存在している。

 まず最も大きな大陸が『ツェントルム大陸』、そこから少し離れた大陸が『ハイデ大陸』と呼ばれている。

 ツェントルム大陸には現在大きく四つの勢力が存在している。まず大陸東側を領土とする『レーツェル王国』。その反対側、大陸西側を領土とする『エストラント帝国』。そして弱小であった国々が連合を組み作った大陸南側を領土とする『リヴィエール諸国連合』の三つだ。現在シェリアがいるアリオンはこの中のリヴィエール諸国連合の都市の一つである。

 そしてこの中のどれにも属さない中立の組織であり、大陸全てに拠点を持つ『ギルド連合』である。


 それぞれの政治体系だが、まずレーツェル王国は王政を採用している。政治の決定権は国王にあり、それに伴い、中央集権も進んでいるだけあって大きな権力を持っている。

 一方、エストラント帝国は皇帝は存在しているものの、基本的に政治に関与することはなく、憲法に従い議会が政治を行う立憲君主制をとっている。

 リヴィエール諸国連合はというと、所属している各国々がそれぞれ代表者を決定し、その者達が議会に集まり方針を決定する。その方針に従って各国々が政治を行うというものだ。わかりやすい例としてはヨーロッパ連合、通称EUであろう。

 ギルド連合も似たようなもので、各ギルドから代表者を選出し一堂に会して政治を行う。

 

(なんか政治体系が現代に近いものがあるな……。衛兵さん達が持っているアレを考えると、やっぱり思っていた通りこの世界は中世ではなく、近代ぐらいの時代ってことなんだろうな)


 そう思いながらシェリアはさらに読み進めていくと、項目はそれぞれの国の特色に移る。

 レーツェル王国は他の国と比較して魔法が発達しており、他国に比べて強力な魔法が使える者が多いということであった。しかしそれは他国と比べてということであり、当然魔法が使えない者の方が多い。理由としては、下々の者に強力な力を与えるということが危険、という思想が未だに残っているからだろう。なお、それによって階級が決まっており、使えないものは平民、使えるものは貴族という区分が存在していた。


 一方、エストラント帝国はレーツェル王国に比べて魔法そのものの技術は劣っている。その代わりに科学技術に関しては他国よりも遙かに進んでおり、またアーティファクトと呼ばれる科学と魔法の技術を組み合わせた物作りに精通しており、それを使った製品群は他国を圧倒していた。帝国ではアーティファクトは日常的に使用されており、人々を潤している。その為、他国も需要は大きいが、軍事利用される可能性があるものに関しては輸出されていないようである。そんな国のためか魔法を使える使えないに関わらず、それによって区別されることはないようだった。


 ではリヴィエール諸国連合はどうかというと両国から積極的に人材を雇い入れることで技術開発を行っていることから、ある程度の技術を持っているようだ。しかしそもそも両国からそのような人材が来ること自体が希であり、両国に追いつくのは難しいようだ。

 また王国と帝国に比べて国力が劣っており、連合ということもあって各国の思惑があることから、なかなか民間への普及は進んでいないようだった。


 そしてその最後に本には現在の情勢が書かれていた。

 まず、レーツェル王国とエストラント帝国は対立している。主な理由は領土摩擦、政治体系の違いなどだ。一方で国力に劣るリヴィエール連合は大きな大国に囲まれていることから、どちらの陣営に付くかで揉めているようだった。

 唯一平穏なのはギルド連合のみだ。現在ギルドはそれぞれの国になくてはならないものであり、大きな利益をもたらしている現状、攻撃を行う事は無いと考えているためだ。また、彼らの本拠地は大陸の北側の大きな山脈に囲まれている場所にあるため安全という理由もある。


(なんか混沌としているなー。戦争に巻き込まれなきゃいいけど)


 そんなことを考えながら彼女が次に開いたのはハイデ大陸の項目だ。

 ハイデ大陸には現在、ツェントルム大陸に近い海岸線以外に人は住んでいない。と言うのも大陸のほとんどが岩石が露出した荒野であり、作物が育たない不毛の地と呼ばれている。

 過去に大きな戦いがここであり、その影響で不毛の地になったようである。


「何というか、戦いで大陸一つが不毛の地になるってどうなんだよ……。でもこれでこの世界の大まかな姿が分かった。でも、この知識を活用するのは結構後になるかもな……」


 さらにその本には各地の遺跡について書かれていた。

 この世界には、今の世界の形が出来る遥か以前に高度に発達した古代文明があったとの事だった。しかし現在は遺跡を残すのみであり、古代からの生き残りはいないと考えられているようだった。

 

(古代文明・・・、なんかロマン溢れる響きだな。落ち着いてきた頃にそこへ旅行に行っても良いかもな)


 そんなことを思いながらシェリアは本を閉じて立ち上がり、本棚に向かうと本を元の場所に戻した。そして次に向かったのは、この図書館に来た目的である魔法に関する書籍のある場所だ。無論、これだけの数から見つけるのは手間が掛かるため、シェリアは近くにいた司書に声をかけると、案内してもらった。


「このエリアが魔法に関する書籍を扱っている場所になります」


 そうして彼女が連れてこられた場所であるが、それは図書館の一角。ぽつんと置かれた一つしかない本棚にそれは並べられていた。しかも、ぎっしり詰まっている他の場所に比べて、あちこちに隙間が出来ていた。


「えっと、これだけですか?」

「はい、我々も資料を充実させるために集めてはいるのですが、なかなかそのようなものが流れてこないのが現状でして……」

「そうですか。あの、ここにある本の中で入門書みたいなものはありますか?」

「入門書ですか、そうなると……」


 そう言って司書は本棚の方に向かい、しばらくして一冊の本を持ってきた。

 

「入門書と言われるのであればこちらが一番いいですよ。基本的なことがわかりやすくまとめられておりますので」


 そう言って司書が渡してきたのは先ほどの地理の本ぐらいの厚みがある本であった。表紙には『誰でもわかる魔法書』と書かれている。


「これは隣国のレーツェル王国で使われているものでして、魔法の基本的な概要などが書かれているものなのですよ。これであれば要望に応えられると思います」

「わかりました、ありがとうございます」


 そう言って受け取った本を手に、司書に礼を言うと近くにあった机に座り本に集中する。

 さてその本にはまずこの世界での魔法に必要な物が書かれていた。それはマナと呼ばれる物と魔力と呼ばれる物である。マナは大気に含まれるエネルギーのようなもので、世界を動かす大きな星のエネルギーとされておりこのマナの力によって多くの生命が育まれていると考えられており、実際マナが多く存在するところは生態系が豊かなところが多い。そしてマナは地中から吹き出していることが多く、マナは星の内部で生成されていると考えられている。


「しかし、マナはこの星に生きる生命にとって必要なものであるが、過度に摂取するとその生命に対して何かしらの不調を起こすのではないのかと言う意見もある、か。つまり酸素みたいなものか?」


 これが不確定なのはそれほどの量のマナが湧く場所が人の立ち入りが難しい場所にあるからである。険しい山だったり、強力な魔物がいる場所だったりとおいそれと調査に行けるような場所ではない。そのため未だ検証できていないのである。とはいえそんな可能性があるのであるならばわざわざ酷い目に会いに行くなどそんな者は本当に物好きな者だけだろう。

 では魔法を使うのにマナを使って発動させるというとそれは微妙に違う。正確にはマナを魔力に変換して、それを使って魔法を発動させる。

 人の体にはマナを魔力に変換する何かがあることがわかっているらしく、それによって魔力を生み出しているという。そして魔力を保持できる量、および回復量は人それぞれであり個人差がある。

 では実際に魔法はどのような手段を用いて発動させるのだろうか。その本には書かれている手段としては二つあった。


 一.詠唱を行い、世界に存在する精霊の力を用いて発動する。俗に言う詠唱魔法。

 二.魔方陣を生成し魔力を送り込むことで発動する。


 詠唱魔法とは読んで字の通り、詠唱を行うことで発動する。詠唱をする理由として自分が放ちたい魔法を世界に属する精霊に伝え、その力を借りて行使するものである。

 

 なお、存在する属性は火、水、風、雷、土、の5つであり、使用する魔法の詠唱の長さはまちまちであり、一般的に強力な魔法ほど詠唱時間が長くなる。

 しかしどの魔法を一定の法則に従って詠唱が行われている。

 (精霊を呼び出す言葉)+(起こしたい事象を表現した言葉)+(魔法名)

 そして精霊を呼び出す言葉は次の一覧に共通される。


 火の精霊 力と破壊の象徴たる火の精霊よ

 水の精霊 原初の生命を育みし水の精霊よ

 地の精霊 母なる大地を作りし地の精霊よ

 風の精霊 世界の息吹きたる風の精霊よ

 雷の精霊 神々の力の象徴たる雷の精霊よ


 なお、これは徹底的に省略した結果の物であり、これ以上短縮しても精霊は認知してくれず、魔法は使用できない。

 次の事象を表現した言葉は精霊に伝わる限り省略していくことが短縮が可能となっている。

 魔法名に関しては省略することが不可能。これは通常あり得ない事象を世界に起こすため、その力の管理者たる精霊に行使を宣言する必要があるためとのことだった。


 一方で魔方陣での発動は魔力によって空中、もしくは地面などにペンなどを用いて円形の陣を生成し、内側に発動に必要な情報を記入して魔力を流すことで発動するものとなる。詠唱での魔法と比べて、呪文を唱える必要がない。また常時それに魔力を流すことが出来れば、罠の様に使うことが出来るなどの汎用性も高い。その代わりに陣を作るには詠唱以上の高度な技術が必要になる。


 詠唱と魔方陣、このどちらも魔力を流す必要があるが、そのときに必要なのは回路強度と呼ばれるものである。そう、シェリアが検査をしたときに適性が低かったものである。これはどれだけの魔力を流し込めるかどうかを計っており、一番上はS、そしてA、B、Cと続き最後はFとなる。これが高ければ高いほどこめられる魔力が多くなるため、強力な魔法も使用しやすくなる。

 つまり回路強度が低い彼女では強い魔法を使うことが出来ないと言うことでもある。


「なるほどね。となると、俺が生き残る道は今の能力を最大限使えるようにしないといけないわけか。とは言え、今のままだと決定打にかけるな・・・」


 以前に修練したときに比べて彼女は能力を使ってある程度出来るようになっている。例えば近くにある水を水素と酸素に分解し適度に混ぜ合わせて、そこに自分の体を使って静電気を作り、飛ばすことで着火、爆破という攻撃方法を考案している。が、うまく飛ばすことが出来ず成功率は低い。一応彼女は別の方法で点火する方法を編み出しているため問題はないといえる。ではこれ以外はと言うと全くないという現状だ。空にある雲を使って雷を起こすということも考えているが、やはりこちらもまだ成功率は低く、実用性に乏しい。つまり手札が少ないと言う状況だ。


「せめて俺の中にある魔力を何らかの形で利用できれば・・・」


 彼女の中に眠っている魔力は強大だ。しかし魔力という物自体、科学が発達した世界で生きてきた彼にとってそれは未知のエネルギーである。それがどのようなものなのか、どのように出せばいいのか、全く見当が付かない。

 大きく背伸びをして体を伸ばしながら考えている時だった。


 「お主、こんなところで何をしている」


 シェリアの後ろから老人の声が聞こえた。誰だろうと振り向いて見てみればそこにいたのは黒いフードを頭に被った魔法使いのような老人が立っていた。黒いフードを深く被っているため顔がいまいち見えない。


「えっと、どなたですか?」

「分からぬか? っと、これを被っていては顔が見えんからかの。わしじゃよ、わし」


 そういうと老人はフードを少し上げ顔を見せる。白く長い髭を生やした顔、それは彼女が見たことがある人物、アリオンの街のギルドマスター、オスマンだった。

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