第5-2話 2ヶ月後②

 太陽が傾き、オレンジ色の光が世界を照らしている頃、あれこれ能力を試していたシェリアは町の城壁付近に戻ってきていた。この時間になると城門に押し寄せていた人たちは数えられるほどにまで少なくなる。

 そして中に入れなかった人たちが野営のため、城壁の付近に天幕を張り始めていた。その周囲には大きな馬車や、たくさんの物品を地面に広げて整理をしている様子から商人の一団だろうと彼女は思う。

 それを横目に見ながら、シェリアは朝にくぐった住民用の門に向かうと衛兵に声をかける。そして許可をもらい街の中に戻ると大通り沿いに再び屋根の上を進んでいく。横には未だ混雑している大通りがよく見えた。この時間になると夕暮れ時と言うこともあって、あちこちの屋台では仕事終わりであろう人たちがその前に用意された椅子に座り肉を食い、酒を飲み交わしているのが見受けられた。また、楽器を鳴らし歌を歌う吟遊詩人の姿もあり、それを見るため周囲に集まっている人たちも見受けられる。この時間帯に混み合う理由としてはこれが原因である。

 

「相変わらずの人の多さだ。さて、今日はどこで食べるか・・・、といってもいつもおんなじメンバーで食べるんだけどな」


 そう言いながら彼女が目指す先は、初めてアリオンに来た時に入ったあの食堂だ。

 いつもの十字路を見つけると、曲がった先で下に降りた彼女は迷うことなく店を見つけ真っ直ぐに向かい中に入る。そして入り口でいつもの人たちを探していると、向こうの方で食堂の女将の娘であるティアが忙しそうに動いているのが見えた。一生懸命に働いている姿に微笑ましく思ったシェリアはその動きをじっと眺めていた。するとその視線を感じたのだろうか、彼女はシェリアがいる入り口を見る。そしてこちらに気づき、今している作業を切り上げてシェリアの元に向かってきた。


「いらっしゃいませ、シェリアさん!」

「どうも、ティアちゃん。あの人たちはもう来ているかな?」

「はい、すでにテーブルにつかれて食事をしていますよ。こちらにどうぞー!」


 そう言ってティアは案内し始めシェリアはその後をついて行く。

 人が座っている席と席の間を縫うように進み奥にある階段を上っていく。上った先はロフトになっており、いくつかテーブルが置かれ一階の様子がよく見えるようになっている。その景色から視線を前を進むティアに戻すと、次に視界に入ってきたのは四つの椅子があるテーブルに、そこで食事をしている三つの顔だ。テーブルには料理が置かれ、すでに彼らはそれを食べ始めている。しかし一つだけ余っている椅子には誰かが来ることを予想しているのか、料理と空のジョッキが準備されている。ティア、そしてシェリアがそのテーブルに向かって行くと彼らのうち一人が彼女らに気づいた。


「お、シェリアちゃんじゃねーか、こっちこっち!」


 そう言って筋肉質の男、ロイがほんのり赤く染まった顔でシェリアに向かって大きく手を振ってくる。それを見てその席に座っている残り二人、ウィルとアリアも気づいた。

 彼らがここにいるのは主に行き着けのお店という理由だけではない。もう一つ、シェリアと夕食をとるという理由のためでもある。というのもアリオンに来たばかりのシェリアに友達などいるはずもなく、当然こういった食事も一人でとることになる。それでは可哀想と言うことでアリアが気を利かせて夕食だけでもということで一緒にとることにしたのだ。そしてそれは今も続いている。


「すみません、すこし遅くなりました」

「ううん、全然構わないわよ。あたしたちも今始めたところだから。ね、ウィル?」

「ああ、その通りだ。ほら、お前もそこにさっさと座れ。また乾杯から始めんぞ。ここにまだエールが残っているからな」


 ウィルはテーブルに置かれていたエールの入った大きなピッチャーを手に取ると余った席に置かれていたジョッキにエールをなみなみと注ぐ。

  

「はい、いただきます。ありがとうね、ティアちゃん」

「いえいえ、ではごゆっくりー!」


 一礼するとティアは機敏に回れ右をして1階に向かって行った。それを見送るとシェリアは椅子に座りエールが注がれたコップを手に取る。ウィルはそれを見ると全員と顔を見合わせ、手に持ったエールを掲げる。

 

「よし、じゃあうちの新人も来たところで改めて乾杯だ!乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」


 ウィルの合図と共にロイ、アリアは手に持ったエールを口の中に流し込む。シェリアも同様にジョッキを傾け流し込んでいく。口の中に特有の苦みが広がり、香りが喉を突き抜けていく。三分の一飲んだところで彼女はジョッキをテーブルに置く。周りを見てみると手に持ったエールを全て飲み干すと言わんばかりに三人は喉を鳴らしながら胃の中に収めていく。


「「「プハー!」」」

 

 そして同じタイミングでジョッキに入ったエールを飲み干した。三人とも顔を赤くして満足げに息を吐いた。


「あー、やっぱり仕事終わりのエールは効くな。体中に染み渡ってくるぜ」

「おう、全くだ。これだからエールはやめられねー。シェリアちゃんもさ、どんどん飲めよ。今回はウィルのおごりだからよ」

「え、そうだったんですか?」

「そうよ。普段はケチなウィルが珍しく出してくれるとか言ったもんだからさ。ねー、ウィル?」

「ケチは余計だ。ま、そういうわけで代金のことは気にするな。どんどん食って飲め。遠慮はするな」

「そういうことなら遠慮無くいただきますね。ありがとうございます」


 そう言ってシェリアは用意されていた料理に手を付ける。少々冷めていたものの、味の方は相変わらずいいものだった。


「おう。ところでお前、あれだけクエストをこなしていれば、そろそろランクアップのクエストが来るんじゃないのか?」

「はい、今日そのクエストが来ました。でもまだランクアップするつもりはないので保留ってことにしています」

「保留って、シェリアさんは本当に珍しいことをするわね。普通はすぐにランクアップクエストを受けるのにー」


 そう言いながらアリアはピッチャーに手を伸ばし、ジョッキに注ぐ。そして再び手を付けるとそのエールを飲み干していく。一体彼女の細い体のどこにその酒が入っていくのか、とシェリアは思いながら答えを返す。

  

「ですよねー。ま、しばらくはのんびりと危険が無いクエストでお金を稼ぎますよ。最近、指名も多くなりましたから、そっちを優先したいですし」

「そういやシェリアちゃん、最近街の中で有名になってきてるぜ。なんでも貴族のお姫様がどんな仕事でも文句の一つも言わずに、笑顔で楽々こなしてくれるってよ」

「ありゃ、そんな事になっているんですか? ほとんど噂話とか聞かないので知らなかったです。といってもこの二ヶ月は慣れるのに必死で聞く余裕は無かったんですけどね」

「あんなに軽々宅配をこなしている奴が? とても信じられないけどな」

「それはそれ、これはこれと言うことでお願いします」

 

 目の前にある料理を口に運びながらそう言うウィルにシェリアはそう返し、テーブルの横に用意されていたフォークを手に取ると腸の詰め物に突き刺して食べる。


「でもギルドで話を聞く限り、シェリアさんは評価が高いみたいね。今まで溜まっていた仕事を片付けてくれたって、副ギルド長が喜んでいたわよ」

「あっ、それはギルドの人から良く言われてます。でもあんなに片付けてしまって良かったんでしょうか? 今更ですけど、他の新人さんに回る分がなくなってしまっているような感じがします」

「それは心配ないだろう。ギルドも他に回す分ぐらい残しているだろうし、そこの筋肉バカほどバカじゃねーよ」

「そうそう、俺ほどバカじゃねー……あれ? なんか俺、馬鹿にされた気がするんだけどよ、気のせいか?」

「気のせいだろ」

 

 きょとんとしているロイにウィルは何食わぬ顔で答え、新たに注いだエールを胃の中に注ぎ込んでいく。いつも見る光景にシェリアはクスリと笑う。一方のアリアはエールと目の前の料理をどんどん飲み込んでいく。


「で、ランクアップクエストの内容とかなにか聞いたか? おそらく採取とかそんなのだと思うけどな」

「あれ、そうだったか? 俺たちが受けたのは討伐クエストだったような気がするぜ」

「アホか。俺たちも受けたのは採取クエストだったろうが。新人にそんなものを受けさせるわけがないだろ? で、どうなんだ?」

「それは……。聞いてないですね。さっきも言ったとおり受けるつもりがなかったので」

「まぁ、そうだよな。そんな気はしてた」

「いいじゃねーか。ランクアップしなくたって死ぬわけじゃねーんだ」

「そうそう。それにシェリアさんに討伐クエストとか似合わないわよ」


 と、三者がそんな言葉を彼女に向ける。向けられた側は誤魔化すように笑っていた。


「それに最近嫌な事件があったばかりだからね・・・」

「事件ですか?初めて聞くんですけど、どんなものなんですか?」

「聞いても気分のいいものじゃないけどな。アリオンに続く街道で、とある商隊がゴブリンに襲われていたらしい」

「ゴブリン……ですか?」


 そう言われてシェリアが思い浮かべるのは初日に目撃したあの商隊だ。無残に殺された商人、その護衛の映像が頭の中を巡る。それはとても気分のいいものとはいえない。シェリアはそれに顔をしかめる。その変化にウィルが気づく。


「どうした?気分が悪いのか?」

「はい、ちょっと……。それでその人たちはどうなったんですか?」

「そんな様子で聞かないほうがいいと思うが……、見回りをしている衛兵の話ではすでに事は終わった後だったらしい」

「それって……」


 その言葉からその内容がどのような物なのかシェリアは分かった。そしてそれは決して良い内容ではない。そしてシェリアの問いにウィルは答える。


「ああ、皆殺しの上に物資が奪われていたようだ。ゴブリンの仕業と言われているのは周辺にゴブリンがつかう木を削った矢が転がっていたからだそうだ。で、護衛とその主人、そして妻は殺され、一緒に同行していた二人の娘は行方不明だそうだ」

「そんなことがあったんですか……。ちなみに過去そんな事件はあったんですか?」

「……ここから確かに街道上ではたびたび起こっていることは知っている。特に隣国では結構な頻度で襲われているって聞いたことがある。だが、このアリオン周辺ではなかった話だ。そもそも、この周辺は衛兵や都市に駐屯している騎士団が巡回しているからな。そんなことは起こりようがなかったハズなんだが……」

「ウィルの言うとおりだよ。それを考えると、今シェリアさんは城壁から離れることはやめた方が良いと思うわ。何が起こるか分からないからね」

「分かりました」


**


「以上が今回の報告書になります」

「うむ、こんな時間までご苦労じゃった」


 アリオンのギルドマスター、オスマンの執務室にて彼は机に置かれた報告書を読み終えると、それを持ってきた副ギルド長にねぎらいの言葉をかけた。


「はい、ありがとうございます。そのお言葉を聞けて他の者たちも喜ぶと思いますよ」

「うむ。ところで今回の件、君はどう思う?」

「どう、とは?」

「今回の事件、明らかに今までに起こった事件とは何か違う、そんなような気がしての。そう思っているのはわしだけなのか、君の意見を聞きたくての」


 そうオスマンに言われ、副ギルド長は顎に手を当てて、難しい顔をしながらオスマンから視線を外す。思うところがあるが話していいのか思案しているようだった。やがて顎から手を離しオスマンに視線を合わせる。

 

「私個人の意見で良いでしょうか?」

「構わん」

「では。まず私が疑問に思ったのは、なぜ護衛を伴った商隊が全滅しているのか、と言うことです。過去、ゴブリンの襲撃を受けていたのは護衛がいない商隊に限られてきました。しかし、今回は護衛がいる商隊。しかも彼らに抵抗した痕跡はなく全て寝床に着いている状態で発見されました。今までのゴブリンの行動とかけ離れています」

「そうじゃ。明らかに自分たちが有利になる行動をとっている。問題はそれが今回まぐれで出来たことなのか、そうではないのか。別の件で忙しいじゃろうが、今後もこの件について調査を続けてくれ。何か進展があったらまた報告するように」

「はい、わかりました」


 そう言って、副ギルド長は礼をすると部屋を出て行くため、ドアに向かい外に出ようとドアノブに手を触れたとき、オスマンに呼び止められた


「おお、そうじゃ、聞くのを忘れていたわい。彼女の様子はどうじゃ、頑張っておるか?」

「ええ、以前報告した通りですよ。本当にあの子は頑張り屋ですわ。ギルドに大きな貢献をしてくれています。今だ素性は不明ですが」

「うむ、引き続き頼んだぞ」


オスマンの話が終わり、副ギルド長は部屋から出て行った。一人になった彼は椅子に深く寄りかかり目を瞑る。


「まったく、魔物の襲撃で王国からの貿易が減っているというのに……」


 アリオンと隣国にある王国との間の街道では現在、魔物からの襲撃が多発している。シェリアが初日に通ったあの道だ。あれからも襲撃は増加の一途をみせ、貿易業が大きな打撃を受けていた。

 そのため、アリオンの行政府はそれ以外の貿易量を増やすことでそれをカバーしようとしたのだ。

 しかし今回のゴブリンの襲撃はアリオンの周辺で起きており、アリオンに訪れるすべての物に悪影響が出ていた。


「出来れば今回でこのようなことは終わりにしてほしいがのぅ。しかし……」


 そう言って彼は大きなため息をつきながら、一ヶ月前の事を思い出す。護衛を伴った商隊がゴブリンに襲われていたと言う報告だ。

 しかし、あれ以降同じような襲撃の報告がなかったため、特殊な事例として片付けていたのだった。

 だが、今回は明らかに違う。護衛を伴った商隊への襲撃と護衛を壊滅させる力。そして今回の夜襲を行い寝込みを襲った件。


「何かが起こっているのは間違いない。じゃが、情報が足りん……」

 

 今回の件でオスマンは警戒のレベルを上げざるを得なくなった。ゴブリンの行動の変化とそれに伴う襲撃……。まだ情報が少ない今は憶測でしかないものの、この変化はオスマンにとって偶然に思えなくなったのだ。


(何か知っているものはおらぬか、掲示板に貼りだして集めるとしようかの)


 そう考えたオスマンは座り直すと机に向かい呼びかけ用の貼り紙を作り始めるのだった。

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