第5-1話 2ヶ月後①

 地方の貿易の中核として機能している城壁都市アリオン。


 ここでは今日も多くの人が大通りを行き交っている。町の住人はもちろん、この町で一発当てようとやってきた他の町のお上りさんや新たなクエストを求めて来た冒険者、物資を運ぶ途中の休憩として、また新たな市場を獲得しようとしている行商人など様々だ。また出店も立ち並んでいるため、そこで飲み食いする人も多数いた。


 すでに太陽は真上に昇っており、混雑もピークに達している。本来はかなり広い大通りであるが、今のように人でごった返してしまうため、それを感じられることはない。

 商店のほとんどは大通りに沿って立ち並んでいるため、基本的に深夜以外はこの状態が続く。そのため、この場所を進む人たちは人をかき分けながら苦労して進むか、もしくは細い路地に入って近道するかの選択を迫られることになる。


 しかし、そんな選択など端から考える必要が無い、と言わんばかりに彼らの頭上を飛んでいく影があった。

 前を開けた赤いコートを身に纏いながら、あちこちに立ち並ぶ建物の屋根を、そのしなやかな美脚で蹴り、軽やかなステップを踏むかのように家々の屋根を進んでいく。背中には革袋を背負い、その脇には小さな木箱を抱えている。だが、その荷物を抱えながらも、その動きに危うさは微塵も感じられず、迷いなく軽やかに進んでいく。

 それが空に舞い上がる度に長い金色の髪が乱れ、その一本一本が真上にある太陽に照らされ光り輝いており、神々しささえ感じていた。そしてひときわ高くジャンプしたとき、その紫色の瞳はあるものを正確に捉えた。映し出されたのは一つの店。その前には店舗の主人が呼び込みをしており、それに誘われた多くの買い物客が商品を手に取っては自分に必要な物を購入していた。


「見つけた、あそこだ」


 そう呟くと目的の店とは反対にある建物の屋根に着地できるように体のバランスを変えながら、軽やかに着地した。乱れていた長い髪が重力によって一つに纏まる。そして下を眺めて着地できそうな地面を探し、そこに向かってジャンプする。彼女の体はふわりと空に上がり、やがて重力に引かれて落ちていき、そして目標の地点に着地した。突然の空からの来客に商品を眺めていた人たちは驚きの顔をしていたが店主は別だ。


「いらっしゃい、いつもありがとうな」

「いえいえ、これも仕事ですから。どうぞ、お届け物です」


 笑顔を向けて挨拶してくる店主に、同じように笑顔を浮かべたシェリアは疲れた素振り一つ見せずそう言った。


**


「いや、姫っちには世話になりっぱなしだぜ。いつもありがとよ。お陰でうちの評判は上々だ」

「いえいえ、こっちも仕事ですので良いんですよ」


 豪快な笑い声を上げる配達屋の主人に、シェリアは依頼終了書と書かれた紙を渡しながらそう返す。

 シェリアがアリオンに来てから早二ヶ月が経とうとしているこの頃、この街での生活に慣れた彼女は積極的にギルドのクエストを受注していた。とはいえ主に受けるのは雑用などのクエストのためにあまり報酬は良くない。しかしそれを複数こなすことによって稼ぐようにしていた。そのためそれらを合計した月収は結構な金額になっていたため、生活費に関しての心配は一切なくなったと言って良い。

 

 またこの二ヶ月間は彼女が自身の身体能力を知る良い機会となった。それを知る発端となったのは彼女が最初に受けた農作業のクエストをしているときだ。

 アリオンの町にはそれを囲む大きな城壁があるが、その外側には大きな畑が広がっている。依頼はその畑を耕す作業をすることだった。広い畑であったが、その中央には人の身長ほどの高さがある大きな岩が鎮座していた。この岩は昔からここにあり、重すぎて移動できないためこの畑の主人も放置していた。

 そんな話を主人としていたときに、シェリアは話のタネとして冗談で持ち上げようとしたのだ。

 だがその岩は彼女の予想に反し軽々と持ち上がってしまった。あまりに衝撃的な出来事だったために畑の主人はおろか、それを行った本人もその場で固まってしまった。結局シェリアは魔法によって自分の体を強化することで持ち上げたと言って誤魔化したが、このときに彼女は自身の力を知ることになった。


 その後シェリアはクエストの合間の時間を使って自身の体をいろいろと試してみた。どのぐらい重い物を持てるか、どのぐらい早く走れるかなど様々だ。その結果はかつてミリスが言っていた人間をやめた力と言うにふさわしい物だった。走る速度は全力疾走する馬よりも速く、物を持ちあげる力は前に持ち上げた岩よりもさらに大きな物でさえも持ち上げることが出来た。

 こんな細い手足でどうやってそんなことが出来るのだろうかと思った彼女であったが、現実に出来てしまっている。もはや考えることすら無駄な感じだ。

 そして人並み外れた力はその瞳にもある。暗い中でも昼間と変わらない視界を持ち、かつ遥か遠くまで見ることが出来た。

  

 そんな常識外れの彼女の能力を最大限に活かせる、そんなクエストが舞い込んできたのは三週間前のことだ。

 その日いつものようにクエストを探そうとギルドに来たとき、偶然にもこの宅配の依頼を見つけたのだ。他の雑用クエストに比べて比較的高い報酬だったためにシェリアはそれを受注することにした。

 現場に行ってみるとその宅配屋には大量の荷物と右往左往する従業員の姿があった。

 話を聞けばこの宅配屋ではこの町に来る商人の増加や新たな店舗の進出のため、そこに運ぶための荷物が一気に増えてしまったとの事だった。それが原因で裁ききれない状態が続いているのだという。当然、このまま放っておくと取引先との信用問題になりかねなかったため、ギルドから人員を引っ張ってこようとしたそうだ。しかし結局来たのはひ弱そうな女性一人。報酬がいいとはいえ、腕っ節に自信があるものは雑用クエストを受けることは少ない。所詮ギルドの新人が受けるもの、もしくは生活が苦しいときの最終手段と思われてる節があった。

 この結果にがっかりした宅配屋だったが、すぐにその考えは間違いだったことを思い知ることになる。


 宅配屋の主人が倉庫にある大量の荷物整理を頼んだとき、シェリアは持ち前の身体能力を駆使して重い荷物を涼しい顔をして持ち上げるだけでなく、素早い動きでみるみるうちに倉庫の整理を終わらせてしまったのだ。無論、宅配屋の主人は整理が終わったという彼女の言葉に最初は信じることは出来なかったが、綺麗に整理された倉庫を見て度肝を抜かれることになった。


 そんな彼女の力を知った主人は次に荷物の宅配をシェリアに依頼する。このときも彼女が持っている能力が遺憾なく発揮された。通常の人は籠などを手に持ちながら大通りを運ぶことになる。しかし大通りは人が多く、目的地に着くだけでも一苦労だ。脇道を使って近道をしようとしても、そこは入り組んでいることも多く、道を知らなければ迷子になってしまう。そのため一件に対し多くの時間がかかっていたのだ。しかし屋根伝いに街を駆け回るシェリアにとってその問題は無視できる。そんなところを進もうとする必要がないからだ。


 結果、シェリアはそれに構う事無く次から次へと荷物を配っていくことが出来た。また、彼女自身の無限とも思える体力がそれを支えた。

 そんな姿を見た配達屋の主人は次に大きな布の袋を渡し、それに今まで溜まっていた小さくそして軽い荷物を大量に入れると、街の地図を持たせて運ばせたのだ。その光景はよくアニメで表現される巨大な風呂敷を背中に背負う泥棒に思える。しかし、このやり方が功を奏し、溜まっていた荷物は次々に片付けていった。


 その仕事ぶりに感嘆した宅配屋の主人はクエストでシェリアを指名するようになり、彼女も多くの報酬をもらえると聞いて了承した。そして今日も今までと同じように荷物の配達を終えた。


「ほんとに姫っちには感謝しているぜ。あのとき姫っちが来てくれなかったら今頃ここは潰れていたかもしれねーぜ」

「お役に立ててよかったです。また困ったことがあったら呼んでくださいね」

「おう、期待しているぜ。しかしおめぇさん程の人材を放っとくなんてもったいねぇぜ。なぁ、姫っちよ。ギルドなんかやめてうちで働かねぇか?報酬も沢山だすからさ」

「あはは、そうですね……」

 

 そういう配達屋の主人に困ったような表情を浮かべるシェリア。


「あんたそんな無茶言うもんじゃないよ。それにそんなコトしたらほかの奴から文句言われるじゃないか」

「がははっ、ちげえねぇ!」


 奥さんの指摘に、主人は大笑いでそう答える。そんな仲のいい二人にシェリアは柔らかな微笑を浮かべる。


「ほい、依頼終了の紙だ。また今度も頼むぜ、姫っち!」


 配達屋の主人は先ほどシェリアが渡した依頼終了書を返した。ちなみにその紙には依頼内容やギルドへの報酬額などが書かれており、一番下には依頼者のサインが書かれていた。これはクエスト受注者がクエストをこなした証として書かれるものであり、これがなければ報酬が払われないため、クエスト受注者にとって重要な書類となる。


「それでは、これで失礼しますね」

「おうよ!またよろしくな、姫っち!」


 書類を丸めて手に持ち、主人のその元気な声に見送られながらシェリアは高くジャンプし、配達の時と同じように屋根伝いに街を進み始めた。

 アリオンに来た初期の頃こそ彼女は真面目に道を歩いていたのだが、配達の時に感じた快適さを知ってしまった以降、この移動方法をとっている。人の波に流されるストレスを感じなくて済む上に、道を通るよりもはるかに早い。彼女がこの移動方法に変えるのも必然だ。


 なお、失敗がなかったわけではない。初期の頃は足を踏み外して転落することが多々あった。しかし、運がよかったのか、どこも怪我することなく済んでいた。


 さて、そんな彼女が現在向かっている先はギルドだ。理由は当然報酬を受け取りに行くためと、もう一つ、次に受けるクエストを決めるためである。というのもいつもは混雑するギルドであるが、昼を過ぎたあたりで大方の混雑は解消されている。そのため人にもまれる事無くじっくりクエストを選ぶことが出来るのだ。それに気づいたシェリアはいつもこの時間帯を狙ってギルドに向かっている。

 そしてギルドの手前に辿り着くと、人通りが多い大通りを避けて、比較的少ない脇道を狙って下に降りる。そしてそのままギルドに入っていった。

 中に入ればいつも通り混雑は解消しており、非常に動きやすくなっている。シェリアはその様子に満足げな表情で彼女の専属となった受付嬢、レミールの所に行く。茶色の瞳に同色の髪を後ろで1本にまとめている女性だ。歳はシェリアよりも上とのことだが、実際の年齢は彼女も知らない。しかし若い見た目から自身とあまり変わらないのではないか、とシェリアは思っていた。


「お疲れ様です。レミールさん、依頼終了の報告に来ました」

「お疲れさま、シェリアちゃん。じゃあ確認するから終了書をくれる?」

「はい、お願いします」


 丸めて持っていた書類をきれいに戻すとレミールに渡す。レミールは真剣な表情で書類に目を通し不備がないか確認を行い始める。

 しばらくの後に確認が終わったのか、目の前で報酬の準備を始める。そして小さな木のトレーに入れてシェリアの前に出した。


「はい、これが報酬の金貨一枚ね。お疲れ様」

「ありがとうございます」

「それと、これはランクアップクエストの案内の紙ね」

「ありがとうございます。ていうか、もうランクアップなんですか? 随分早い気がするんですけど」

「そりゃあねぇ、あれだけやっていれば短期間でランクアップもするわよ」


 そう言いながらレミールはクエスト板をちらりと見る。クエスト板にはクエストの種類ごとに分けられて掲示されているが、そのうち町の雑用に関するクエストだけ数枚しか貼られていなかった。

 基本的に新人冒険者がランクアップクエストを受けるには平均しておおよそ4ヶ月の期間が掛かっている。それを考えるとシェリアがどれだけ異例な存在かよく分かる。


「久しぶりよ、あんなにガラガラの掲示板を見たのは。まぁこっちも、新人冒険者しかやってくれない溜まっていた雑用の依頼を全て片付けてくれたから文句はないけどね」


 雑用のクエストは冒険者の中で下に見られやすい。他の種類のクエストと比べて報酬が低いというのもあるが、もっとも大きな理由は他のクエストと比べて華がないためだ。討伐クエストなら倒した魔物の種類によって賞賛を浴びることが出来るし、遺跡調査なら価値のある品物を見つけたりなど、何かしらの華があるものである。

 だが、雑用のクエストに関してはそのような物がほとんどない。そのため冒険者の中では軽視され、小遣い稼ぎや女性がやる仕事と思われているためである。そのためギルドではまだ研修段階で採取や雑用以外のクエストを受けることが出来ないFランクにこれを片付けさせようと考えた。

 しかし、冒険者という職業はその危険性からなかなか新人が集まらない。さらに今Fランクにいる人もいつまでもそのランクにいるわけがない。ランクアップクエストを経て上のランクに上がってしまった人は華のない雑用クエストは受けてくれなくなる。

 時がたつに連れてそれを請け負う人が少なくなってしまい、最終的には需要と供給のバランスが崩れてしまった。結果、雑用クエストが溢れる様な事態になってしまった。


 これはギルドにとっていいことではない。依頼が溜まると言うことは、それはギルドの信用を落とすことに繫がる。お金をもらって契約した依頼が不履行のまま溜まっていれば当然のことだ。

 そんなときに来たシェリアのような人材はまさに渡りに船だ。何せ雑用の依頼を積極的に受けてくれるだけでなく次から次へと消化してくれるのだから。 


「最近じゃあ、あなた指名の依頼も増えているからね。正直に言ってあなたがいなくなったらまた雑用の依頼が溜まりそうで怖いわ。あなたにはこの町にずっといて貰いたいんだけどね」

「そうですね。私も今はこの町を離れる事は無いと思いますけど、未来も、と言われたらちょっとわからないですね。もしかしたらどこか別の町に行くかもしれないですし」

「そうよねー、そんなうまい話にはならないわよね。それにあなたもランクが上がればまた他の人と同じように受けなくなるかもしれないし……」


 レミールはどんよりとした表情になる。どれだけそのことで苦労しているのかその表情の変化で読み取れる。


「あの、そんなに落ち込まないでください。そんなすぐにここを出て行くなんて事は無いですから。それにまだランクアップするつもりはありませんし、ランクが上がっても困っているようだったら、それを片付ける手伝いをしますから……」

「ホント!そう言ってくれて助かるわ~。じゃ、その時はお願いね」


 と、レミールはその暗い表情から一転、明るい表情に変わる。


(あれ?もしかして言質をとられた?)

「それであなた指名の依頼が来ているけど、どうする?」

「そうですね、いつものように選んでから帰ろうと思います」

「わかったわ。じゃあ、どれか選んでね」


 そうしてシェリアの目の前に五つの依頼書が広げられる。彼女はその中から緊急性が高い物を二つ選ぶと受付攘に渡した。ちなみに内容は屋根の修理と引っ越しの手伝いだ。


「この二つね。じゃあ後は処理しておくから、また明日お願いね」

「わかりました。それじゃ」

  

 そう受付嬢に言うと彼女はギルドを出る。そして彼女がまず向かうのはいつもの場所だ。

 それはギルドをからほど近く、都市の行政などが多く集まる地区に存在しているものだ。その建物は大理石をふんだんに使い、一つ一つの柱には彫刻が彫られている。見た目から神殿みたいな雰囲気であるが、そうではない。彼女は到着すると窓口に声をかけた。


「こんにちは、預金の預け入れに来ました」

「あ、これはシェリアさん。いつもありがとうございます。ではギルドカードをお願いいたします。」


 そう、ここは銀行である。しかもアリオンだけにあるものではなく各地に支店を持つ大きなものであった。とはいえ、銀行の存在はシェリアも予想していた。町に設置されている街灯や、その他の物から見てこの世界は中世ではなく、近代に近いのではないのかと推測していた。そのためそれを知ったときも驚くことはなかった。彼女が驚いたのはそのシステムだ。というのも、ギルドに所属している者であれば、持っているギルドカードに記録されるのだ。そして銀行に行く必要はあるものの、預け入れや引き出しもカードを使えば自在に行えるのだ。


「えっと、ギルドカードと今回預ける金貨です。それと今どのぐらい預けているのか教えてほしいんですけど……」

「わかりました。少々お待ちください」


 そう言うと職員はギルドカードと金貨を受け取ると、横にある装置にギルドカードを挿入する。その機械に何かを入力して数秒後……。


「はい、処理が完了しました。こちらをどうぞ。それと現在口座には金貨五十七枚、銀貨七十枚が残っております」


 そう言ってギルドカードをシェリアに返却する。順調に蓄えが貯まっていることにシェリアはご満悦だ。

 銀行から出ると、人通りが多い大通りを避けるために高くジャンプする。軽くなれた動きで屋根の上に着地するとそのまま再び屋根伝いに街を進んでいく。そんな彼女が目指す先はこのアリオンの正門だ。

 正門前まで来ると下におりて住民専用の門の場所まで向かう。そしてもはや顔見知りになった衛兵に声をかけた。


「お疲れ様です、衛兵さん」

「お、姫ちゃんじゃないか。いつもの町の外への散歩かい?」

「はい、確認をお願いいたします」


 そう言ってシェリアは慣れた手つきで衛兵に自分のギルドカードを差し出す。衛兵は、ちょっと待っててくれ、と言いながら詰め所へ引っ込んだ。しばらくして衛兵がギルドカードを持って戻ってきた。


「確認できたよ。じゃ、気をつけてな」

「はい、行ってきます」


 そう衛兵にお礼を言うと門をくぐって城壁の外に出る。城壁の外には大きく畑が広がっており、横を見ればアリオンに入るための人たちが列をなしていた。それを横目に彼女はいつもの場所に向かう。それはアリオンから十分程歩いた場所にある小さな丘だった。その丘を越えるとちょうど窪んだところがあり、また街道から少し外れた場所のため、人に見られる心配が無い場所であった。


「よし、早速始めるか」


 その場所に着くなり彼女は目を瞑り、右手を前に突き出す。そして頭の中に思い浮かべるは水の分子。それを突き出している手の前に集める想像をする。それをしばらくした後、目を開くと右手の先に手のひらサイズの水塊が出来上がっていた。


「よし、次は……」


 次に思い浮かべるは水塊を構成している水分子を細かく震えさせる想像だ。とにかく細かく振動させる。すると水塊は徐々に湯気のような物が出始める。さらに続けていくと、中から気泡が生まれ始め、それは時間と共に大きくなり、激しく水塊の表面が沸騰し始めた。


「問題なし。あとはいつものように……」


 そう言ってシェリアは水の分子がバラバラになっていき散っていく想像をした。それに答えるかのように水塊は徐々に小さくなっていき、最終的に消えて無くなってしまった。


「ふう、この程度なら問題なく出来るようになったな」


 彼女がここでやっていること。そう、それはミリスからもらった能力実験のためだった。彼女は最近ではあるものの、ここで能力を試していた。なぜここで試しているのかというと、どのような問題が起きるか全くの不明であったためである。聞いた限りではそこまで危険はなさそうではあったが、万が一と言うこともあると考えた彼女はここで試していたのだった。

 

「とりあえず本当に想像するだけで発動するな。この能力はなかなかいいかも。とは言えいまいち攻撃に使えるかは微妙だな。水を分解して水素と酸素を作って爆弾にするのは結構いい攻撃手段だけど・・・。問題はあの弱点をどうするかだな」


 この能力、一見汎用性がありとても使いやすいものに思える。しかしある弱点を抱えていた。それは一言で言うと無から有はすることができない、と言うことである。つまり何も無いところで火をおこすことは出来ないし、水を集めるにしても近くに水源のような物がなければ大きな水塊は作れないという点にある。先ほどシェリアが作った水塊は周辺の空気に含まれている水分をかき集めて作った物だ。能力の効果範囲は広いらしく、ある程度の大きさは作ることが出来るが、巨大な、というものになるとかなりの範囲から集める必要がある。

 この世界の魔法使いは何もないところから大きな火の玉を生み出し放つことが出来るが、彼女にはその触媒となる物がなければ同じようなことは出来ない。

 とはいえ原料さえ揃えばどのような事も可能というのが救いだろう。


「うまく使えば核融合とかも出来るかも……。いや、それやった瞬間に俺もこの世から消えるよな。まぁ、今のところあの街から離れるつもりはないし、城壁都市って呼ばれているぐらいだからゆっくり試して行けばいいだろう」


 そう言ってシェリアは楽観的に考え始めた。

 実際彼女の言うとおりアリオンは城壁都市と言われているだけあって都市を守る城壁は巨大で頑丈であり、また周辺の魔物もギルドの冒険者や都市の衛兵によって狩り尽くされている。それ故に出た考えであった。


「焦ってもしょうがないからな。さて次はっと……」


 そう言ってシェリアは再び実験を始めた。

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