第4-2話 ギルド②

 ギルドの受付に向かったシェリア達であったが、並んでからあまり時間が掛からずに受付に辿り着くことが出来た。あれだけ混んでいたにもかかわらずそう時間が掛からなかったのには理由がある。ギルドの窓口には現代の市役所のようにその窓口は多岐にわたっている。まず、クエストを受注する窓口、討伐クエストに行った際の戦利品を換金する窓口等などそれぞれに分かれている。そして今混んでいるのはクエストに関する窓口であり、今回彼女たちが向かった登録やギルドカードの管理を行う窓口は空いていた。


「すまない、ギルドへの登録を行いたい」


 そう言いながらアレンは受付攘に検査免除の書類を渡す。


「はい、えーと検査は免除での登録ですね。ではお名前をお願いいたします」

「いや、登録を受けるのは私ではない。シェリアさん、どうぞ」


 アレンにそう促され、彼の後ろにいたシェリアは慌てながら前に出る。


「えっと、シェリアと言います」

「シェリア様ですね、ありがとうございます。えー、今回検査は免除になりますので、ギルドカードの登録のみとなります。ではこちらに手を置いてください」


 そう言って受付嬢は淡い青色の光を放つ透明な板を取り出すと彼女の前に置く。大きさは人の手が収まる程度の大きさだ。


「これは何ですか?」

「これはギルドカードに本人情報を入力するための機器になります。この板に手を置いた人から少し魔力をもらって、ギルドカードに入れ込みます。魔力は人それぞれほんの少しですが違っておりますのでそれで本人確認が出来るのです」

「すごい、そんな機器があるなんて……。えっと、この上に置くだけでいいんですよね?」


 異世界で見た、自分が知っている文明の利器とは全く違う設計思想で作られたであろう目の前の板に、心をわくわくさせながらシェリアは板の上に手を乗せる。すると板が発していた光が一瞬強くなったかと思うとまた淡い光を放ち始めた。


「ありがとうございます。ではもう少々お待ちください」


 そう言って受付嬢は板を回収するとその上に同じ透明で、しかし大きさはクレジットカードのように小さく薄い板を置く。すると下の板から青色の粒子のような物が出てくる。それは小さな板に入っていき、まるで意思を持っているかのように文字やカード模様を形成していく。そしてそれが終わると受付嬢はそれを手に取り、シェリアに手渡した。


「お待たせいたしました。こちらがシェリア様のギルドカードになりますので、なくさないようにしてください」

「あ、ありがとうございます」


 受け取ったシェリアは若干緩んだ顔でじっと見つめる。透明で透き通ったカードには金色で何らかの植物のようなものがカードの縁を彩るように描かれている。その内側には黒い文字で名前、発行した支店の名前、現在のランクなどの情報が書かれていた。しかし、そこには魔力の量や属性などは書かれていなかった。


(あれ、こういう物は魔力とか詳しく書かれている物と思ってたけど違うのか。まぁ、確かにそれの方が都合がいいけど……)


 シェリアが疑問に思っていると受付嬢がその答えを出してくれた。

 

「今回は属性及び魔力の量などは表示しないという内容でしたので、ギルドカードには書かれておりませんが、よろしいでしょうか?」

「あ、そうだったんですね。ちなみに表示をしない人って多いんですか?」

「多くはありませんが、そうされる方はいらっしゃいます。主な理由は余計な派閥争いに巻き込まれないためにする方や他のギルドに勧誘されることを嫌がる人など理由は様々です。ですので表示されていないからといって不利になるような事はありません」

「そうですか。それを聞いて安心しました」


 その後、受付嬢から簡単な注意事項を聞いたシェリアはそこを離れ、アレンやアリアと一緒にギルドの外に出た。そしてアレンがシェリアの方を向く。


「さて、これで私の任務は終了です。シェリアさん、これから頑張ってくださいね」

「あれ、アレンもう戻るの?もう少しゆっくりしていけばいいじゃん」


 そう言ったアリアにアレンは困ったような顔で口元に手を当てながら答える。


「そうしたいのは山々だが、私はこれでも部隊長だからね。明日には出発だから、それに備えないといけないんだ」

「そうなの……、せめてティアちゃんには会って行きなさいよ。あの子、さみしそうにしてたんだから」

「ああ、そうだな。必ず会ってから行くよ。それではシェリアさん、お元気で。ご縁があればまたお会いしましょう」

「はい、本当にお世話になりました」


 そう言ってシェリアは頭を下げる。それにアレンは気恥ずかしそうな笑顔を浮かべる。


「では」


 アレンは人混みの中に入っていった。大通りの人混みは相変わらず多く、彼の姿はあっという間に見えなくなった。それを見てアリアは小さくため息をつく。


「ふぅ、ちゃんと食堂の方に向かったようね。行こうとしなかったら後ろから飛び蹴りを食らわせようと思っていたんだけどね」


 そう言ってアリアは意地の悪そうな顔でシェリアに話しかける。シェリアは一瞬唖然としたがそれが冗談だと思い、小さく笑う。


「アレンさんに限ってそんなことは無いと思いますよ。約束を破るような人には見えませんし」

「それはわかっているんだけどね……。さて、シェリアさんはこれからどうするの?」

「……そういえば何も考えていませんでした」


 そう言ってシェリアはアリアに困ったような愛想笑いを向ける。そもそも彼女は今日は無事にギルドカードをもらうことしか考えていなかったのだ。その結果次第では自分の今後を左右すると言っても過言ではない。故に彼女にそれを考える余裕はなかった。


「今からクエストを受けるというのは……」

「あの人数だよ、今からクエストを探すのも大変だと思う。それにこの町に来たばかりじゃ難しいよ」


 そのアリアの言葉にシェリアは考えるがいまいち思いつかない。そんな彼女を見かねたのか、腰に手を当て嘆息するとのぞき込むようにシェリアに視線を合わせる。

 

「ねぇ、シェリアさん。シェリアさんってそれ以外に服を持っているの?」

「え、いや、これしか持っていませんね。やっぱりこの服のままだとまずいですか?」

「まずいというか、動きにくくない?近くにあたしの行きつけの店があるけど行く?そこなら安くていい服がたくさんあるから目当ての物が見つかるかも」

「本当ですか?そうですね、他にも服があった方がいいので、そこを案内してもらえませんか?」

「うん、あたしも暇だからいいよ。じゃあ行こっか」


 アリアはシェリアの手をつかむと彼女を引っ張って案内を始めた。とても自分よりも年上と思えない無邪気な笑顔を浮かべるアリアにシェリアも微笑を浮かべ、彼女について行った。


**


「ふぅー、シェリアさんに似合う物があるかなー、とか考えてたけど似合う物があって良かった良かった」

「ハイ、ソウデスネ」


 ギルドの近くにある服屋からご機嫌なアリアと心底疲れ切った様子のシェリアが出てくる。そんな彼女の両手には購入した服が入った布袋が握られていた。


「もー、どうしたの。このぐらいで疲れてたらギルドのクエストなんかこなせないよ?」


 その疲れきった様子を見て呆れた様子でアリアが声をかける。

 シェリアがここまで疲れてるのは主に目の前にいるアリアと服屋の店員のせいであった。

 店に来た当初は店員も貴族の娘と思っていたのか、緊張して硬い表情だったが時間がたつにつれその表情も崩れていった。それに関してはシェリアも全く問題がなかった。むしろ硬い表情のままよりもそっちの方が心情的に良かったためだ。


 だが問題はその後に起きた。緊張がなくなった店員が店の奥から多くの服を持ってきたのだ。そして始まるのはお人形の着替え大会。もちろん人形はシェリアだ。次から次へと引っ切りなしに着替えさせられていく。しかも元がいいためか多くの服が彼女に似合っていた。それを見て店員の心に火が付いたのか、さらに多くの服を持ってきては着替えさせていた。当然、アリアもそれを止めることはない。むしろ嬉々として参加していた。元の世界で男であり、そのようなものに興味が無かった彼にとってはなかなかの苦痛な時間だ。それが延々と続き、ようやく先ほど終わったのだ。


「すみません。予想以上にアリアさんと店員さんがハイテンションだったので……」


 と、愛想笑いを浮かべながらシェリアはそう返す。しかし結構な収穫だったと彼は心の中でも思っていた。実際結構な量を買ったにもかかわらず値段は安く済んでいたためだ。ちなみに彼女はこのとき初めて金貨の価値を知った。それによってあの団長がかなりの金額をくれていたことに感謝していた。


「うーんそうかな?いつも通りだと思うけど……て、あれ?」


 シェリアに向かって話していたアリアがふと横を向いたとき、彼女は何かに気づいた表情をする。突然のアリアの変化にシェリアは首を傾げるが、その直後にアリアはその方向に向かって走り始める。


「えっ?ちょっと、アリアさん!?」


 突然走り出したアリアに驚くがシェリアはすぐに彼女の後を追う。後ろから追っているとアリアが向かっているのは出店の一つのようだった。そしてそこの目の前に着くと立ち止り、座っている客に声をかけた。


「ロイ、ウィル、帰ってきてたの!?」

「ん?何だ、アリアか」

「こんなところで何やってるんだ?」


 そう声をかけられた二人はアリアの方を向くとそう返す。その様子から彼女の知り合いだろうと推測できた。一人は細めの体で、髪は明るめの灰色をしており、ノーフォーク・ジャケットのような紺色の服を羽織っている。下は白色のズボンにロングブーツ、腰に巻いているベルトには一振りの剣がつけられていた。そしてもう一人は薄い茶色のような髪色で、隣の男と対照的にがっしりとした体型をしている。また、茶色の皮の胸当てに、その下に白いシャツのような衣服が見えた。そして何より目を引くのは彼の背中にある鞘に収められた大きな剣だ。大きさはおおよそ1.5メートルぐらいはあろうか。ちなみに隣にいる男が持っている剣がおおよそ90センチぐらいである。


(あんな大きな剣、どうやって振り回しているんだ?)


 ゲームではよく見る光景だが現実にそれを装備している人間がいることに、シェリアは驚愕を隠せない。そんな風にしていると二人と話していたアリアが彼女の方を向いて手招きをする。

 それを見て、シェリアは彼らのところに向かう。


「これが話していたシェリアさんだよ。シェリアさん、こっちの灰色の髪の毛をしているのが所属しているチームのリーダーでウィルって言うんだ。で、こっちの背が高くて暑苦しいのがロイだよ」

「おう、すまねぇな暑苦しい男で……って誰が暑苦しい男だ!」

「お前以外にいないだろうが。お前は横にいるだけで周囲が夏になるんだからよ、少しは自重しろ」

「ウィル、ちょっとひどくねーか?って待てよ、お前の言うことが本当なら俺は常に夏を振りまいていると言うことだよな。つまり俺は世界の夏男と言うことか!」


 突然訳の分からないことを言い出したロイに対して、シェリアは苦笑いを浮かべる。どう対応したら良いのか分からないのだ。


「と、いきなり訳の変わらない事を言いだすバカだけど、いいヤツだよ」

「バカって言うな!」


 そう評したアリアにロイが食ってかかる。若干おかしな空気になっていたが、シェリアは話の流れを断ち切るように声を出した。


「えっと、シェリアです。よろしくお願いします!」


 そう言うとシェリアは彼らに向かって腰を曲げてお辞儀をする。


「おう、よろしく。あんたのことはアリアから聞いたぜ。記憶喪失なんだって?」

「はい、恥ずかしながら……」 


 彼女に近づき、そう問いかけるウィルに姿勢を戻しシェリアはそう答えた。


「そうか。まぁ、心配するな。あの爺さんから報酬がでるようだし、しっかり面倒を見てやるよ。な、ロイ?」

「おう、困っている奴を放っておけないからな。この鍛え上げた体に誓ってやるぜ」


 そう言ってロイは腕の力こぶを見せるようにポーズを決める。それを見てシェリアはアリアが暑苦しいと言った理由がわかった気がした。そんな彼を見てアリアは露骨なため息を吐く。

 

「あーもー暑苦しい。そんな風に見せつけなくてもロイが体を鍛えまくってるって事はよく伝わっているから……」

「お、そうか?へへ……」


 そう言ってはにかむように笑うロイ。そんな彼を見てアリアは再びため息をつき、ウィルは我関せずといった様子でシェリアに声をかける。


「で、シェリアだったけ? あんた飯はもう食べたのか?」

「あ、いえまだです」

「じゃあ近くに食堂があるから行こうぜ。あんたの歓迎会だ」


 **


「つー訳でクエスト終了の打ち上げとこいつの歓迎会を兼ねて、かんぱーい」

「「かんぱーい!!」」


 その日の夜、シェリアの姿は初日に行ったあの食堂にあった。ウィルの合図の後、ロイとアリアは乾杯の合図と共に手に持っていたジョッキほどの容器に満たされた酒を飲み干した。シェリアは生前に見たこともない光景に若干引きつつ、自分のコップに入った酒を一口飲む。口の中に苦みとアルコールの刺激が広がる。


「ふう、久しぶりの酒はいいな。クエスト中は飲むような暇はないからな」

「おう、体中にしみるぜ!酒に飢えていたこの筋肉も生き返った!」


 そう言ってウィルもロイも上機嫌に酒を飲み干す。そんな彼らに少し遅れてアリアも飲み干した。


「ぷはー、やっぱり仕事の後のお酒はいいねー、格別だよー」

「おい、アリア。留守番してただけだろ、一体何の仕事をしたんだ?」

「ふふん、そんなの決まっているよ、ウィル。シェリアさんを案内するという重要な仕事だよ。それに報酬ももらえるんだしいいじゃん」

「まぁ、それは確かにな。しかし、あのケチな爺さんが報酬をくれるってよっぽどだぜ。相当期待されているんだな、あんた」

「はい、嬉しい限りです」

「ところでウィル。今後のクエストの事だけどよ、シェリアちゃんも一緒に行動させるのか?」

「いや、今のコイツはFランクだろう?そのランクじゃ俺たちと一緒に行動するのは無理だろ?とりあえず、ランクが上がるまで町中にあるクエストをやって貰う」

「あー、懐かしいわね。私たちがギルドに入った当時もそんな感じだったわね」

「つーわけでしばらくはそういう風にしてくれ。わからないことがあったら言ってくれればいい。俺たちのわかる範囲で教えるからさ」

「はい、わかりました」

 

 とはいえシェリアに不安な気持ちがないわけではない。何事も始めてやる事は誰だって怖いものである。その不安な気持ちが表情に出ていた。


「心配しなくても大丈夫だぜ。ただ依頼主の言うことをしっかり聞いていれば誰だって出来るからよ」

「そうそう、ロイの言っている通りよ。脳筋突撃バカのロイでも出来るんだからシェリアさんに出来ないわけがないわ」

「そうそう、脳筋突撃バカの俺でも、って脳筋突撃バカだとコラ」

「そうだ、ねぇシェリアさん。あたし、シェリアさんのギルドカード見てなかったから見せて貰っていい?」

「おいこら無視すんな!」


 ギャーギャーと文句を言っているロイを尻目にシェリアはアリアにギルドカードを渡した。それをアリアはじっと見つめ、横からのぞき込むようにウィルも眺める。


「あんたのギルドカード、属性とか書いていないんだな。爺さんの仕業か?」

「おそらく。書類にそう書いてあったらしいので」

「ふーん……」

「でも懐かしいよ。あたしたちがこのカードを貰ったときもギルドの先輩に同じように教えられてきたっけ」


 と、しみじみと言った。シェリアにカードを返す時のその表情はとても柔らかな物になっている。ウィルとロイの二人もアリアと同じような表情をする。


「五年前の話だけどな」

「それでも、よ。先輩達にいろいろなことを教えて貰いながらここまで来た。そして今度は私たちが教える側になった。なんか感慨深いものがあるわねー」

「あの時は地獄のようなキツさだったしな。確かに五年でここまで来られたが、失敗がなかった訳じゃねーしな」


 そう三人が昔の思い出に思いを馳せる。彼らの苦労は当然シェリアに知る術はない。だが彼らが苦労してきたということは良く判った。


「シェリアさん。明日からいよいよクエストを受けるんでしょ? もし困ったことがあったら何でも言ってね」

「はい、ありがとうございます!」


 シェリアがこの世界に来てからまだ一週間も経っていない。しかしその短い期間で自身を助けてくれる人に出会えたのはまさに幸運だろう。

 彼女はそんな自信の幸運に感謝し、そしてこの時を穏やかに過ごしたのであった。


**


 シェリアは夢を見ている。

 ウィルたちと食事を共にし、部屋へ戻ったシェリアは昨日と同じようにベッドに寝るとあっという間に眠ってしまった。そして今、彼女の意識はある白い空間にあった。

 またミリスが出てきたのだろうか、とおぼろげな頭で思う。

 そんな時だ。


『そう、あなたがそうなのね……』


 聞こえてきた声。優しく、どこか儚げなものであり、そしてどこかで聞いたことのある声だった。


『ごめんなさい。本当ならあなたは今頃安らかな眠りについていたはずなのに……。でも、そうね。もうあなたはあちらの世界には帰れない。だからできる限りあなたを助けてあげる。だからあなたも……』


そこで聞こえていた声は徐々に小さくなっていき、聞こえなくなっていった。そしてそれと同時に彼女の意識も深い底へ沈んでいった。

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