第4-1話 ギルド①
外から鳥の鳴き声が聞こえ、カーテンの隙間から白く柔らかな光が漏れ始める頃にシェリアはゆっくりと目を開ける。彼女の目に入ってきたのは、昨日寝る前に見たものと同じ天井。ゆっくりと上半身を起こしベッドから立ち上がると、まだ眠たい瞼をこすりながら光が漏れているカーテンへと向かう。そしてカーテンを開けると、そこから強い太陽の光が窓から入り込んできた。そのまぶしさに一瞬強く目を瞑るも、またゆっくりと目を開く。見えるのは大通りから視線を遮るための樹木の壁。その枝と枝の隙間からすでに多くの人が大通りを通っているのが見える。昨日の夜も多くの人であふれていたが、それは朝でも変わらないようだった。
その風景をひとしきり見た後、彼女は設置されている化粧台へと向かう。昨日も見た大きな鏡がついているシンプルな物だ。その手前に置かれている椅子に座り、正面に見える鏡に自分の姿を映す。そこにはきれいな顔立ちに矛盾した、頭に三本のアンテナのような寝癖が出来ている間の抜けた彼女の姿が写っていた。
「これはまたひどいな」
シェリアは手で抑えて直そうとするが、完全に癖が付いたそれは何度も立ち上がってくる。ふと髪の毛の下の方も手に取って見てみると、そこでもあちこちから髪が跳ねているのが分かった。今日はギルドマスターに会う日である。さすがにこのみっともない姿で行くわけにはいかないと彼女はそう思い、壁に掛けていたコートを羽織ると部屋の入り口に向かう。
「とにかく濡らして直すしかない。どこかで水を……」
そう言ってドアノブに手をかけようとしたとき、扉を二回ノックする音が聞こえた。あまりのタイミングの良さに一瞬シェリアの動きが止まる。
「シェリアさん、私です、アレンです」
次の聞こえたのはアレンの声。
(朝にまた来ると言っていたが、意外と早かったな)
シェリアはそう思いながら、ドアノブに手をかけて扉を開く。木の軋むような音と共にまず見えたのはアレンだ。
「おはようございます、シェリアさん。迎えに参りました」
シェリアに向かって会釈をするアレン。そしてさらに扉を開いていくと彼の隣にもう一人の人物が立っていた。
「おはようー! って、寝癖すごいわよ、どうしたの?」
昨日と同じように元気いっぱいのアリアがそこにいた。しかしシェリアの姿を見てその明るい表情が若干引き気味に変わる。
「お二人ともおはようございます。やっぱり寝癖すごいことになっていますよね……。アレンさん、今からギルドに向かうんですか?それでしたら、これを直したいのでちょっと待ってもらいたいんですけど……」
「構いませんよ。それにギルドに向かうのは朝食の後になりますので、ご心配なく。それとアリアがここにいるのは、彼女にもギルドに付いてきてもらおうと思っているからなんですよ」
「アリアさんも?」
「ええ。今日の朝、私が彼女の元に行きましてお願いをしたのですよ。ギルドマスターにもその旨を伝えてあります」
シェリアはそれを聞いて、アレンはアリアに自分のことを今後も頼むようにしているのだろうと考えた。任務が控えているであろうアレンはいつまでもここにいることは出来ない。
故に、すこしでも事情を知っている人間を増やして彼女のことをサポートしてくれる人間を増やせば、彼としても安心できるのであろう。そんなことを思ったシェリアは心の中ではあるが彼に手を合わせて感謝する。
「ではまた後で。アリア、悪いがまた頼む」
「わかったわ。じゃあシェリアさん、行きましょ」
そう言ってアリアはシェリアの手を取ると彼女を引っ張っていくように連れて行った。
**
朝食後、シェリアはアレン、アリアの二人に連れられてアリオンのギルドに来ていた。ギルドが位置しているのは第3防壁の内側、行政区の大通り沿いの一角にある。ギルドの建物には遠くからもわかるように建物の前に大きな旗が掲げられている。赤い下地に黒色で龍のようなものが描かれており、流れてくる風にその身を任せるかのようにはためいている。
また他の建物と比べてかなり大きめな三階建ての建物であり、壁はレンガ、建物を支える柱には大きな大理石が使用されており他の建物に比べてかなり頑丈に作られているように見える。また所々にある窓には小さな花が飾られており、無機物な建物に一種のアクセントとなっていた。
そんなギルドの内部は建物の大きさに比例して大きく広いのであるが、それを吹き飛ばすかのようにたくさんの人でごった返していた。
受付に並ぶ者、掲示板のような物に貼られた白い紙を眺める者、設置されているテーブルで談笑する者など様々な人で溢れている。
「すごい人数ですね。いつもこんな感じなんですか?」
「うん、大体いつもこんな感じよ。特に朝は依頼を受ける人たちで混雑するから大変なのよねー。受付に行こうとしても人の壁で押し返される事が何度もあったし」
「私もレーツェル王国の王都にあるギルドの事はよく知っていますが、向こうも同じようなものですね。この町もなかなか大きいので、王都ほどではないにしてもこのぐらいの混雑はするのでしょう」
「そうなのですか。ところでアレンさん、この混雑具合を考えるとギルドマスターに会うには時間がかかるのでは?」
「心配は無用ですよ。昨日の夜に先立って予約を入れておきましたので。では行きましょう」
そう言って受付の方に歩き出すアレンにシェリアはついて行く。受付に着くとアレンは適当に歩いている職員に声をかける。
「すまない、ギルドマスターへの面会を希望していたアレンと言う者だが」
「アレンさん……。はい、お待ちしておりました。どうぞこちらへ、ギルドマスターがお待ちです」
その職員に案内され、三人はギルドの事務室奥にある部屋に連れて行かれる。そこの扉を職員が軽くノックをする。ギルドマスターとは一体どんな人物なのか、とシェリアは若干緊張していた。
「入れ」
「失礼いたしますギルドマスター。お客様をお連れしました」
部屋の中に入った職員、アレン、アリアに続き、最後にシェリアがギルドマスターの部屋に入る。部屋の中はベージュのカーペットが敷かれ、その中央には木の卓上机が置かれており、その両側には黒色の革のソファが置かれていた。そして部屋の一番奥、大きな窓を背にして木製の仕事机に座り書類仕事をしている一人の老人がいた。白くふさふさの長いひげと薄くなっている頭部に小さな眼鏡をかけている。服装は白いローブを身につけ、左側にギルドマスターの証であるのか、金色のバッジが輝いていた。
そして彼の傍らには人の身長ほどの長さがある杖が置かれている。そんな彼はシェリア達が入ってくると書類に向けていた視線を彼女たちに向けると優しい笑顔を向けてきた。
「おお、ようやく来たかアレン。待っておったぞ。アリアもよく来た」
「申し訳ありません、オスマン殿。お忙しい中、私たちのために時間を割いていただきありがとうございます」
「何、このぐらい大したことではない。それよりおぬしたちの後ろにいるのが話にあった子かの?」
「そうです」
「あの、初めましてシェリアと言います」
そう言ってシェリアはアレンの一歩前に出て頭を下げる。声は緊張しているためか少々上擦っている。
「おぬしがシェリアか。アレンから話を聞いておるぞ。何でも記憶喪失だとか」
「は、はい」
「とりあえず立ち話はなんだ、そのソファに座りなさい。時間もあるし、ゆっくり話すとしよう」
ギルドマスターにそう促され、シェリアは近くにあったソファに腰を掛ける。そして彼女の両隣それぞれにアレンとアリアが腰を下ろす。それを見るとギルドマスターは彼女たちを案内してくれた職員に顔を向ける。
「さてと、おぬしはもういいぞ。ご苦労だった。後はわしの方でするでの、何かあったらまた呼ぶからよろしく頼むぞ」
「わかりました、では失礼いたします」
そう答えると職員は一礼をして部屋を出て行った。それを確認するとオスマンはゆっくりと立ち上がりもう片方のソファに向かうとそこに腰掛けた。
「ふぅ、ではわしの自己紹介をしようかの。わしはオスマン。この城壁都市アリオンでギルドマスターをやらせてもらっておる、しがない老人じゃ」
その言葉にアレンとアリアは互いに顔を見合わせ、苦笑する。
「しがないとは、一体どの口で言われるのですか?」
「うちのギルドでマスターに勝てる人はいないからねー。まぁ、そうでもないとギルドマスターになんてなれないよね」
「ほっほっほっ。さておぬし、記憶喪失と聞いたが本当に何も覚えておらぬのか?」
「は、はい」
シェリアがそう答えるとオスマンは顎に手を当てるとじっと彼女のことを見つめ始める。それを緊張した面持ちで視線を決してそらさないように彼女は耐える。自分は怪しいものではないとアピールするためだ。しばらくその状況が続き、オスマンは目を瞑り小さなため息をつくと椅子に体を預けた。
「ふむ、そうか。まぁ、アレンやあの騎士団の団長がそう言うのだから間違いないのじゃろうな。それでアレンよ、この娘を保護してもらいたいと言うことじゃったな?」
「はい、突然のお願いで申し訳ありませんが、そうしていただければ幸いです」
「うむ、わかった。わしのところで面倒を見るとしよう。ところでおぬしは何かしたい事はあるか?わしの出来る範囲の事で協力はするぞ」
そう言ってオスマンは視線をアレンからシェリアに移す。先ほどの視線とは違い、今度は柔らかな物に変わっている。一方でシェリアは未だ緊張したままであるが、それに答える。
「そう……ですね。とりあえず、どこかで働けるところなどを紹介していただければと思います。自分の生活費ぐらいは自分で稼ぎたいと思いますので」
「おお、そうか。ではギルドの裏方で雑用でもしてもらおうか。それならばわしらの目につくからの。あとはそうじゃのう、一応受けてもらうとするか」
そういうとオスマンは立ち上がると、部屋の隅にあるタンスに向かい引き出しを開けて何かを取り出す。そして再び戻ってくると、それを机の上に置いた。
オスマンが持ってきたものはそれぞれ金の台座と銀の台座で龍の装飾が施されている、一見すると部屋を飾るような装飾品に思えた。。そしてその上には二つの無色透明な水晶玉のようなものが乗せられており、その内側には白い光が輝いている。不思議な水晶玉であったがそれだけであり、他には不思議な点は見受けられず光を発しているという点を除けば何の変哲もないものに彼女には思えた。
「オスマン殿、彼女に検査を受けさせるのですか?あまり意味のないように思えますが……」
「なあに、一応じゃよ、一応」
アレンはオスマンに眉をひそめ怪訝な表情で彼に問いかけ、それに対してオスマンは、ほっほっ、と笑いながらそう返す。一方でシェリアには、オスマンが何を行おうとしているのか見当がつかなかった。そのためシェリアは右手を挙げて訪ねる。
「あのすみません、検査って何ですか?」
「実は、ギルドに入る際に個人が持つ属性と魔力の総量を調べられるのです。なぜかというと魔法を使う人材は貴重な上に個人の才能によってその力が大きく左右されるため、効率的に運用しないといけないからです。それ故にそれぞれの能力を管理することによって今現在どのような人材がいるのかを把握し、その上で適正な場所に配置するのですよ。私たち騎士団も入団する際に必ず同じ検査を受け、そしてその結果によって配置場所が変わるのです」
「なるほど。それじゃあ、私を検査するのもその一環ですか?」
「その通りじゃ。ないとは思うが何らかの素質を持っていた事を考えると、それを埋もれたままにして置くのはもったいないと思う。だから一応測っておきたくての」
「確かにその通りですが……。それでもし彼女に何らかの素質があった場合はどうするのです?裏方などではなく冒険者として彼女を雇うのですか?」
そう言ってアレンは渋い顔だ。もし何からの才能があったら保護した彼女を危険な目に遭わせるかもしれないとそう思っているのだろう。
(ごめんよアレンさん。確かに才能のようなものは持っているんだよ。まぁ、それがどのような結果を生むか俺もわからないんだけどな……)
ミリスは人間をやめた力だと言った。それは果たして魔力なども含まれているのだろうか、そう考えると彼女の心の中に不穏な空気が漂う。あのときの記憶では特に魔力については言及されていなかった。せめて平均的なものであればいいなと彼女は思う。
「その時はその時で考えるとしよう。さてシェリアよ、まずはこの銀の台座の水晶玉の上に手をかざすのじゃ。それだけであとは自動的に測定してくれる」
「あ、分かりました」
不安な心持ちのままに、シェリアは銀の台座に載っている水晶玉に視線を落とし、その上に手をかざす。水晶玉の中の光は最初と同じようにキラキラと光り輝いていたが何の変化も起きない。待てども待てども何も起きない。少々不安になり、シェリアはちらっと周りの反応を見てみた。オスマンは水晶玉を眉間にシワを寄せ険しい顔をしながら凝視している。アレンとアリアは自身が見たものが信じられないという顔をしている。部屋の中は重苦しい空気が漂い始める。何かをやらかしてしまったのかと思ったシェリアはオスマンに顔を上げて視線を向ける。
「えっと、どうかしたんですか?何かまずいことでも……」
「うむ、すこしの。次はこっちの水晶玉に手をかざすのじゃ」
金の台座にある水晶玉の上に手をかざす。すると水晶玉の中にあった光が一瞬強い閃光を放ったと思うと、ガラスの割れるような甲高い音を立て大きくヒビが入り、ただの水晶玉へと変わってしまった。
「うむぅ、これはまた厄介なことになったのぅ。もしかしたらアレンはとんでもなく厄介なものを持ち込んできたかもしれんのぅ」
「その……ようですね。このような事になるとはまったく思いませんでした」
「あの、すいません。どういうことか説明してくれませんか?」
「おお、そうじゃったな。とりあえず御前さんの測定結果じゃがの。正直に言って『異常』、とだけ言っておく」
「えっと、それは一体どういう事ですか?」
「まず最初に調べたのは個人の持つ魔法の属性じゃ。いま水晶玉の中に見える光があるじゃろう。本来はかざした瞬間にこの光がそれぞれの属性に基づいた色にかわるのじゃ。しかし、お主の場合は何故か白色のまま一向に変わらん。わしの長い人生の中で初めてのことじゃ」
「そうですか……。ちなみに属性というのはどんなものなのですか?」
シェリアがそう訪ねるとオスマンはこの世界での一般的な属性を教え始めた。
この世界には火、水、風、雷、そして土の五つの属性が存在する。この属性は生まれ持ったものであり、例え魔法の素質を持たないものであっても必ず持っているものだという。そしてシェリアがかざした測定器はこれらをそれぞれの属性に対応した色、つまり火ならば赤、水ならば青、風は緑、雷は紫、そして土ならばオレンジの光を出す。だがシェリアの光は何の変化もせずどの属性にも当てはまらない。
「色が出なければどのような属性か判断できん。これではどうにもならぬのぅ。そしてもう一つの方、こっちは個人が持つ魔力の量を計るのじゃが……」
オスマンはひび割れている水晶玉を一瞥し大きなため息をつく。
「これでは正確な測定結果は分からんな。こいつは最上級のものではないが、それでも計れる数値は決して小さなものではない。というよりも大抵の魔法使いが計ったとしても、このように壊れるような事はないのじゃが……。とりあえずおぬしが途方もない魔力を持っていることは分かるがの。まったくとんでもない人材が来おったわい」
「あはは……」
もはや彼女には笑いしか出てこない。ミリスが言っていた人間をやめた力、というものに魔力も入っているのは疑いようがない事実である。そして自身がいかに規格外の体になっていることも理解することが出来、そしてとんでもない現実を突きつけられた。
こうなれば他にもあるんじゃないかとシェリアは心の中で疑い始める。どちらにしてもこれによって平均的な魔力であればいいな、という希望が完全に打ち砕かれた事になってしまったが。
(あの人、さすがにやり過ぎじゃないのか?まぁ、こんな力があればこの世界でも安心して生きていけるとは思うけど……。もしかしてこの世界には他にも何らかの問題があるからこんな力を俺に授けたのか?)
一瞬頭を不穏な考えが過ぎった彼女だったが、すぐにその思考は断ち切られることになった。
「ふむ、こうなればもう一つ検査をしてみるか」
「もう一つ?」
シェリアがそう問いかけるとオスマンはまた立ち上がり、先ほどのタンスを開ける。そして持ってきたのは銅のような素材でできた半球型の器具。半球の底にはそれを支えるための足が6本取り付けられている。水平になっている上部には中心に少し大きめの丸い円が、そしてそれを取り囲むように七つの小さな円が取り付けられていた。その円は鏡のようにきれいに景色が映り込んでいる。
「あの、これは?」
「これはの、回路強度を計る器具じゃ」
「回路強度?」
「詳しく説明すると時間がかかるからの、とにかく魔法を使うのに必要なものだと思ってくれればよい。では、準備ができたらこの一番大きな円に手を置くのじゃ」
そう言われ、シェリアはそこに手を置くと、円がわずかに光る。そしてしばらくして円の光が消え、上部の小さな円2つが光った。よくわからない反応にシェリアは首をかしげる。一方でオスマンは渋い顔をしている。
「うーむ、この結果は予想しておらんかった。まさか強度がFランクとは……」
「Fランク……ってどんな結果なんですか?」
「そうじゃな……。この結果をわかりやすくいうと、そなたは初級の魔法がようやく使えるという程度じゃな。正直言って魔法使いとしては戦力にはならんじゃろう……」
「oh……」
シェリアは思わずそんな言葉が出てしまっていた。それの意味することは一つ。彼女はバカみたいな大きさの魔力を持っていながら、それを生かすことが出来ない体と言うことである。こんなアンバランスな能力が何の役に立つのか、とシェリアはそう思わざるを得ない。
「あの、それで私はどうすればいいのですか?」
「そうじゃな。確かに魔法は初級程度しか使えぬようじゃが、このままギルドの裏方として働いてもらうにはちょっと勿体才能ももっておるからの。かといっておぬし魔法を使ったことはないのじゃろ?」
「はい、一度も……」
シェリアがそう答えるとオスマンは小さくうなずく。
「そのような状態なのじゃ、ギルドとしては使える人材にするために魔法の鍛錬を受けてもらう必要がある。しかしおぬしの状態はあまりにも特殊すぎるからのう。普通に魔法を教えようとしてもそれが足りるかは分からぬ。となるとあやつになるが……」
「オスマン殿、何か心当たりがあるのですか?」
「一人だけある。とは言ってもそやつは普段自分の家にいないからのう。各地のギルドに頼んで連絡を取って貰うようにしよう。で、その間は当分はギルドに加入してもらって雑用などをこなしてもらったほうがいいかもしれん」
「大丈夫でしょうか?」
そう言ってアレンは不安そうな声を上げる。彼から見ればシェリアはどこかの貴族のお嬢様に見える。故に彼女がちゃんと働いていけるのかという懸念があるのだろう。そんな彼の思いを察しているのかそうではないのか、オスマンは長い白髭をいじり始める。
「心配はいらぬじゃろう。この子も自分が生きるためならば必死に働くじゃろうて。それに最初は街の周辺から出ることのないFランクから始まるからの。魔物に襲われる心配も無い。いざというときは儂等がフォローするから心配はいらん」
それに、オスマンは前置きをして話の区切りにするかのように咳をする。
「それほどの才能を持ち合わせておいてギルドの雑用のみをさせるのは勿体ない。ギルドに加入してもらい早い内にここでのやり方に慣れてもらった方がいいだろうて。それに何らかの問題が起きればその時はギルドの裏方で仕事をしてもらうわい。アレンもそれでよいか」
「……そうですね、おまかせします。しかし、こうしてみるとギルドがうらやましいです。まだ未知数の才能を持った人材を手に入れる事が出来るのですから。そうとわかっていれば私どもの団長も黙ってはいなかったでしょう」
「ほっほっほっ、そうか。で、このことはあやつに報告するのか?」
「報告しないわけにはいきませんね。私も騎士団の一人、団長に報告しないわけにはいきません」
「そうか、それに関しては問題ない。しかし、この子を返せと言っても聞く耳を持たぬからよーく伝えておくんじゃぞ」
「承知いたしました。そのように伝えておきます」
「うむ。それではギルドについて基本的なことを説明しておこうか」
そう言ってオスマンはギルドについて説明を始めた。彼が説明によればこの世界には次の三つのギルドが存在する。種類と役割は次の通りだ。
冒険者ギルド:魔物の討伐、素材の収集、護衛任務、遺跡の調査、各街の雑用等
商業ギルド:物品の売買、流通の管理、各都市への物資の運搬等
工業ギルド:武器、防具、雑貨などの生産、修理業務等
これらのギルドが世界中に存在し、各地に大きさの大小こそあるものの支店が存在している。これら三つのギルドが連携し合い、互いにないところを補い合っている。
次に説明されたのは冒険者ギルドでの基本的なルールだ。ギルドではランクが設定されておりAからFと最上級のSがあり、ギルドに加入したものは一人の例外なくFランクから始まる。
そしてこのランク制度によって各ランクが受けられるクエストが制限されるため、いきなり新米の冒険者がドラゴン討伐任務を受ける、などということはできない。そして一定のクエストをこなした後、ギルドが評価を行い、ランクアップにふさわしいと判断すれば晴れて一つ上のランクに上がることが出来る。
その評価の一つがランクアップクエストと呼ばれるクエストだ。これはギルドから直接依頼されるもので、これを達成することでランクが一つ上がる。これを繰り返していき、冒険者は上のランクへと上がっていくのだ。
また、打ち立てた功績によっては二つないし三つ程ランクが上がることがある。
しかし逆にランクが下がる事もあり、こちらは受けた依頼の失敗率によって決まる。これは各ランクにそれぞれ設定されている。そしてそれに達した際はギルドから警告があり、その後一年以内に一度でも失敗した場合はランクダウンとなる。
次にギルド登録時にもらえるギルドカードのことだ。これはギルドに初回登録した際にすべてのものに無料で発行されるものである。各地のギルドでクエストを受注する際に必ず提出を求められる。このギルドカードには個人の情報、能力、ランク、そして過去一年以内に受けたクエストの成否が入力されている。これにより各ギルドはその人物が信用に値する人物かを判断することが出来るのだ。
そしてこのギルドカード、なくした際の再発行には金貨三枚という金額が必要になる。この金貨三枚と言う額はなかなか高額な金額である。
この世界での通貨は下から銅貨、銅貨百枚の価値の銀貨、銀貨百枚の価値の金貨、そして金貨十枚の価値の白貨となっている。
そしてこの世界における庶民の平均的な月収はおおよそ金貨八枚~一二枚ほど。それを考えると金貨三枚は払えない金額ではないが、きつい出費となる。
そしてギルドカードは一ヶ月に十回以上クエストを受注しなければ使えなくなってしまう。再び使用可能にするためには再発行料を取られしまうのだ。無論、怪我などで達成が難しい場合はギルドに申請すれは免除を受けることが出来る。
「と、このぐらいかの。まぁ、わからないことがあれば受付に聞くとよい。しっかり教えてくれるからの。さて今日はこのくらいか。他に何か聞きたいことはあるか?」
「いえ、大丈夫です。あっ、ちなみにギルドカードはどこで作ればいいんですか?」
「それに関しては受付の方でしか出来ないからの。そこにいる者たちに声をかければやってくれるじゃろう。おお、そうじゃ忘れておった」
そう言うとオスマンはソファから立ち上がると自分の執務机に向かう。そこから一枚の紙を取り出すと近くにおいてあったペンのような形をした物で何かを書き込む。そしてペンを置くとその紙を持ってアレンの元に向かい彼に手渡した。
「オスマン殿、これは……」
「ギルド登録時の検査免除の書類じゃな。これを受付に渡せば検査はパスできる。というよりそうしてくれんとギルド内が大騒ぎになることは間違いない」
「確かにその通りですね。オスマン殿、配慮ありがとうございます」
「何、このぐらい構わんよ。それとアリアよ、一つ頼まれてくれんか?」
と、オスマンはアレンに向けていた顔をアリアに向ける。
「頼むって何を?」
「なに、簡単な事よ。シェリアの面倒を見るようにお前のリーダーに言っといてくれんか?無論、面倒を見てくれたらその分の報酬を出そう」
「えっと、それはこっちも嬉しいけどいいの?」
「うむ。手間賃だと思って受け取ってくれればいい。金額に関しては後で相談したいと伝えておいてくれ」
「うん、わかったわ。しっかりと伝えておく」
「頼むぞ。では儂からの説明は以上じゃ。他に聞きたいこととかはあるかの?」
「今のところはありません。ありがとうございました」
「礼には及ばんよ。じゃあアレン、後は頼むぞ」
「はい。では行きましょうか」
そう言うとアレンは立ち上がりドアへと向かい始める。シェリアとアリアもまた同様に立ち上がると彼の後を追う。そして先に向かったアレンはドアを開けると後ろからやってきたシェリア達に先に出るように手で合図をする。それを見たシェリアは一度オスマンの方に振り返ると、彼に一礼をして部屋の外に出る。そしてアレンもまた同じように外に出るとドアを閉めた。
「さて、受付の方に行きましょうか」
「はい!」
そうシェリアは元気よく彼に返事をし、三人は受付の方に向かって移動を始めた。
**
「いったようじゃの」
部屋に一人残されたオスマンはソファに身を大きく沈めると大きくため息をついた。まるで一仕事終わったと言わんばかりだ。
「身元不明の人間を一人引き取るというだけじゃったのが、まさかこんな掘り出し物を得ることになろうとは……」
そうオスマンが一人呟く。話している人物は無論シェリアのことだ。彼としては本当に保護するだけと思っていた。そしてギルドで働いている間に身元を探し、見つかればすぐさま引き渡そうと考えていた。
だが、彼女の才能はギルドにとってあまりに惜しい。
確かに現在魔法は使えず、使えたとしても初級魔法しか使えない彼女であるが、その圧倒的な魔力保有量を持ち、属性が不明というあまりに特殊な人物。
今のままではギルドの役には立たないだろうが、もしかしたら磨けば輝くかもしれない、とオスマンは考えていた。だからこそ、自らが信頼する者に頼もうと考えていた。
しかし、過去において回路強度が大きく上がった者は皆無でないものの、かなり低い確率なのだ。そもそも回路強度自体、昔から魔法を使用する家系が代々受け継いで強化していくものだ。故に短期間で上がるような代物ではない。だが、オスマンの長年のカンが告げていた。
彼女は何かが違うと……。
はっきりしたことは分からないがそう彼は思ったのだ。そして何らかの因果で彼女が強くなり、そしてギルドにとって最高の戦力になってくれればと思っていた。確率はないに等しいと彼は思っていたが、その可能性に賭けてみたい、そう思ったのだった。
そう思ったのが奇しくも当たっているとはこのときの彼は思いもよらないだろうが・・・。
さて、絶対あり得ないことであるが、オスマンはあることを考えていた。
もし彼女の身元がわかり、彼女が帰りたいと言えばギルドとしてはそれを反対する理由はないと考えていた。無論、引き留めるための説得は行うだろうが、彼女の意思を無視するようなことはできない。ギルドの信用問題にもなりかねないからだ。そんなことを考えてオスマンは頭を抱える。特殊な属性でなく魔力も平均的であればこんなに困らなかったのに、とオスマンは思い、数分前に一応と言う理由で測った自分を猛烈に殴りたいと思った。とは言え、オスマンが考えていることは全て通り越し苦労であるのだが、そんなことをオスマンが知ることは出来ないだろう。
「とりあえずそのことは後回しにして、使える人材にしなければならんの。話はそれからじゃな。それにしても・・・」
オスマンはシェリアのことを思い出す。初めて彼女の姿を見たときになぜかどこかで見たことあるような気がしてならなかったのだ。しかし、あれほど特徴のある人物であれば忘れることはないはずだ。しかしいくら彼が考えてもその答えは出てこない。これ以上考えても無駄と思った彼はすぐに思考を変える。
「とにかく今は監視しておかねばの」
妙な考えを持っていないか、しっかりと監視しておく必要があるというのは当然のことだ。何らかの才能があるとはいえ身元不明の人間に魔法を教えた事で人々に害をもたらす存在になってしまっては大変なことになる。
万が一、彼女がこの町や他の町の人々に仇なすものであればその人物と共に直ちに排除しなければならない。この都市のギルドマスターである彼にとってはまず重要なのはとにかく人々の安全だ。それは何よりも優先しなければならない。
「そうならないことを祈るが・・・。あとはお前さん次第じゃ、シェリアよ。おっと、その前に・・・。誰かおるかの?」
オスマンは体を起こし、ドアに向かって叫ぶ。それを聞いたギルドの職員が中に入ってきた。
「お呼びですか、ギルドマスター?」
「うむ、すまぬが副ギルド長を呼んでくれないかの。大事な話があると伝えてほしい」
「承知しました」
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