第2-2話 野営地にて②

「いや、驚かせてすまなかった。エレナから報告を聞いて興味が湧いたものでね。是非自分の目で見てみたいと思ったんだ」

「そ、そうですか・・・」


 と、クレアが用意した椅子に足を組んで優雅に座りながらそうにこやかに笑う彼に対し、アレンは若干引き気味にそう答えた。ちなみにアレン小隊の三人はその場で起立し、彼に向かっている。

 一方彼女は椅子に座ったまま、団長だという人物を見て困惑していた。興味が湧いたから、ただそれだけの理由で部下のところまで来る。それは果たして団長という立場の者がしていい行為なのだろうか、という疑問が心の中に浮かんだが、彼女がそれを口にすることはない。


「しかし、本来であれば私どもが団長の元に報告に行くべきでした。団長自らご足労をいただいて申し訳ありません」

「かまわないよ、アレン隊長。それに君はうちのうるさい副官にここにいるように言われたんだろう?ならば君に責はないよ。それにこれは私から言い出したことなのだから、君が気にする必要はない。で、彼女がその話にあった子か」


 そう言って団長は上から下と視線を動かして彼女を観察するように見る。その行動に彼女は若干緊張した面持ちで耐えているとアレンが口を開く。


「はい。我々が偵察を行っている最中に魔物に襲われている彼女を発見し保護いたしました。その後、事情を聞きましたが自身の名前や出身などがわからないようで、我々は魔物の襲撃で記憶を失った者と判断いたしました」

「そうか。しかし確かにエレナの言う通りよく似ているな」

「似ている?団長、もしかして彼女について何か心当たりがあるのですか?」


 驚いた表情で団長に問いかけるアレンであったが、団長は彼に視線を合わせると首を横に振る。


「いや、前に見た歴史書に書いてあった人物とよく似ていると思っただけだ。それでアレン隊長。彼女の処遇についてこれからどう考えている?いくら可憐な女性であっても、素性がわからない人物を連れ回したくはないと思っている。それについて何か考えがあるなら教えてもらいたいな」


 そう団長がアレンたち三人に語りかけると、待ってましたと言わんばかりにアレンがダレンとクレアの一歩前に出る。


「はっ、私が考えておりましたのは、次の目的地であるアリオンにて私の知り合いのギルドマスターがおります。アリオンに到着次第、その方に彼女の事を任せたいと思っております。そしてそこに着くまでの間は我々が責任を持って彼女を監視いたしますが、よろしいでしょうか?」


 アレンの言葉に団長は顎に手を当てて視線を下げる。アレンの進言について考えているのだろう。しばらくして彼は顎から手を離し、アレンに視線を向けた。


「アリオンのギルドマスターか。確かに彼の技量は私もよく聞いている。いいだろう、彼女の事は君に任せる。その使命を全うすれば今回の件は不問とする。しかし、事が起こったときは必ず責任を持って処理を行うように。いいな?」

「はっ、お任せください」

「うむ。では私はこれで行くぞ。諸君らはゆっくりと休むといい」


 そう言って彼は立ち上がるとエレナや護衛の騎士たちを連れて天幕を出て行く。アレンたちは天幕の外に出て敬礼をして彼を見送ると、再び天幕の中に戻ってきた。


「ふぃー、緊張しましたな。まさか団長自らここに来るとは思いませんでしたよ」


 ダリルは一気に肩の力を抜き脱力する。その様子にアレンも冷や汗を拭いながら同意する。


「私も予想外だったよ。しかし、これで団長からの許しはもらえたわけだからよしとしよう」

「それで隊長、彼女はどのタイミングでギルドマスターに預けるのでしょうか?おそらく我らがアリオンに到着するのは明日の夕刻。そこから中に入る時間を考えると、ギルドの営業時間に間に合わない可能性があるのでは?」

「うん、クレアの懸念はもっともだ。そうだな、その時は再び団長にもう一日面倒を見れるように交渉をしてみよう。幸いアリオンには三日ほど滞在する予定だから問題はないだろう」

「わかりました、隊長。ところで食事の方はいかがなさいますか?」

「そうだな、話していた通り食堂に行くのはまずいからここで食べるとしよう。すまないがクレア、また取りに行ってくれないか?ダリルも手伝いを頼む」

「はい隊長、お任せください!しかし、ダリルを連れていくとお一人でこの者を監視することになりますが・・・」


 そう言ってクレアは不安げな表情をアレンに向ける。アレンの前ではコロコロと表情を変えるクレアに彼女は内心面白いと思っていた。よっぽと彼のことが好きなのだろうと、そうも思っていた。


「それについては心配いらないよ。例え彼女が襲ってきても私が後れをとることはないさ」

「しかし・・・」

「ほらクレア、隊長もそう言っているんだから信じようぜ。じゃあ隊長行ってきます」

「ああ、よろしく頼む」


 そう言うとダリルは渋るクレアを引っ張るようにして天幕を出て行った。そして天幕には彼女とアレンのみが残された。そんな中、彼女が口を開く。


「えっと、ありがとうございます。いろいろとお世話になるようで」

「いえ、かまいませんよ。それよりもあなたには自分のことを思い出すという重要な仕事があるのです。もし何か些細なことでも思い出したら言ってください。力になれるかもしれませんので」

「はい、ありがとうございます。そういえばこれから向かうアリオン・・・でしたっけ?そこに知り合いがいると言われていましたけど、どのような人たちなのですか?」

「そうですね、ギルドマスターは私が幼少期にお世話になった方です。当時はまだ一介の冒険者でした。そしてもう一人、私と同じく騎士団に所属していた者ですね。かつては共に戦場を駆け抜けたりしていたのですが、今はやめて冒険者をしています」

「冒険者・・・ですか?」


 聞き慣れない単語に彼女は首を傾げ、そう返す。


「おや、それも忘れているのですか?冒険者というのは冒険者ギルドという組織に属した者たちの総称です。彼らはそこに出されてる依頼を受けて活動する・・・何でも屋みたいなものですね。彼はそこでチームを作って活動しているのです」

「そうだったのですね。でも今度はその人たちに迷惑がかかると思うんですけど・・・」

「そのあたりの調整は私がしますから心配しなくてもいいですよ。お任せください」

「わかりました。よろしくお願いします」


 と、彼女はそういうと彼に小さく頭を下げたのであった。

 その後も彼女はアレンとの会話が続いたのだが、その中で彼女はふと疑問に思ったことを口にする。


「ふと疑問に思ったのですが、あの団長の方はとっても騎士の人たちと距離が近いんですね。てっきりこう、椅子に座ってふんぞり返っているような人だと思っていました」

「そうですね、王国に存在しているいくつかの軍団の内、私が所属しているこの軍団の団長は変わっておりますので」

「そうなんですね……、っていくつかの軍団というと、同じような軍団がいくつかあるんですか?」

「はい、その通りです。我々と同じ規模の軍団がいくつか存在しています。そしてそれらすべてをまとめるのが、王都におられます騎士団総長と呼ばれる方なのですよ」

「そうなんですね。勉強になりました」


 と、彼女がそう言ったとき、テントから食事を持ったダレンとクレアが姿を現した。


「隊長、待たせましたね。ちょっと混んでて大変でしたよ」

「ありがとう二人とも。それじゃ食事をしようか」


**


 食事をし、眠りについた彼女であったが、何故かふと目が覚める。その時、目の前に見えた景色は最後に覚えている景色とは全く違っていた。そこは布と布の継ぎ目が見える天幕の天井ではなく、真っ白の世界が広がっていた。上半身を起こし、周りを見渡してみると現実では決してありえない光景が広がっていた。周囲のどこを見ても同じ白い空間が続く空間。床でさえも真っ白と、どこを見ても白一色に染められた世界だ。


「どこだ、ここ。多分これは夢だよな?」


 明らかに現実離れした風景に彼女はそう結論づけた。しかし奇妙な夢を見るものだ、と思った彼女からは自嘲めいた小さな笑いが出てくる。自覚はなかったが今回の出来事は自分自身に大きな疲労を残したのだろうと、そう彼女は考えた。

 そんな彼女の視界の隅にあるものが見えた。そこに目を向けてみると金色の髪をした一人の少女が靴を鳴らせながら近づいてきていた。少女は身長からおよそ十から十二才ぐらいの年だろうか。首元よりも少し長いくらいの金色の髪にピンク色の花の形をした髪飾りを左側につけているのが見える。その少女は彼女の目の前まで来ると立ち止まり、じっと見つめる。そして顔を緩ませ、ソプラノのようなきれいで優しげな声で言った。


「その体の調子はどうかな?」

「はい?」


 突然そう問いかけられた彼女は、訳が分からないと言わんばかりにそう答えた。いや、そう答えざるを得なかった。彼女はこの少女に見覚えはない。そんな少女に突然自分の体の心配をされて困惑していたのだ。そんな呆気にとられている彼女を見て少女はそれを察したのか、クスクスと笑うとさらに言葉を紡ぐ。


「ああ、ごめんね。さすがにちゃんと説明しないとわからないか」


 そう言った少女は今彼女の身に起こっていることを説明し始めた。

 彼女の目の前にいる少女はミリスといい、異世界に彼女を送った張本人だという。


 事の発端は彼女、いや彼が元の世界で過ごしていた時まで遡る。彼は当時飲み会が終了し一人で歩いて帰路についていた。そしてその帰りに通りがかった建築中の建物から降ってきた鉄骨の下敷きとなり死んでしまった。そしてその場には彼の魂のみが残ってしまった。若くして死んでしまったその魂を哀れんだミリスはそれを回収し、彼女が作った体に入れてこの世界に送ったとのことだった。


「えっと、じゃあ俺は向こうではすでに死人扱いですか?」

「うん、その通り。何せ上からあんな重たい物が降ってきて当たっているんだからね。そしてその死体も・・・」

「あ、いいです。その先は聞きたくないので」


 そう言って彼女はミリスの話を遮るようにそう答えた。容易に想像できる自分の無残な死に様などとても聞きたくないと思ったからだ。


「そっか。じゃあ、その話は終わりだね。で、今キミはキミたちが言う異世界というところに来ていることはすでにわかっていると思う。そして非常に申し訳ないけどキミを元の世界に戻すことは出来ない。すでにキミの体は火葬されているからあの世界に存在しない。新たに作るなんて事をしたら、あの世界に存在している神に怒られた上に魂ごと体を消滅させられちゃうからね」

「魂を勝手に回収するのはいいんですか?」

「それは向こうの神に頼まれたからいいんだよ。回収したいけど暇がないから代わりに頼む、その後は何をしてもいいからってね」

「なんてひどい神様だ」


 ミリスから視線を下げ、苦々しい表情を浮かべながら彼女はそう悪態を付く。


「まぁ、それはもういいです。問題は今現在についてです。俺はあの世界で何をすればいいんですか?魔王でも倒せばいいんですか?それとも何らかの危機を救えばいいんですか?」


 そう彼女は投げやり気味に言った。彼女も生前ライトノベルなどの小説を好んで読んでいたことがある。その中には異世界召喚ものもあり、多くは魔王を討伐するために召喚されたり、隣国との戦闘で負けかけている国に肩入れして危機を救うなどだ。今自身が体験しているこれも同じような内容で良いように扱われるのではないのかと思ったためだ。実際彼女はそのような物も面白がって読んでいたが、それは所詮小説の中の世界であり自分が体験しているわけではないからだ。


 しかし自分が同じ目に会うとなれば話は別だ。誰しも好き好んで恵まれた環境から過酷な運命に巻き込まれるような目に遭えば、皆が同じ反応をするだろう。彼女が投げやり気味に答えたのもそれが理由だった。しかし次にミリスから告げられた言葉は彼女が想定していたものとは全く違っていた。


「え?別に何もしなくてもいいよ。キミのしたいようにすればいいから」

「・・・は?何もですか?何かあるでしょ、世界の歯車になれとか何とか・・・」

「いやいや、本当にキミのしたいようにすればいいから。私もそれを望んでいるよ」

「・・・なんで俺をこの世界に送ったんですか?」


 わけがわからないといった感情と何か裏があるのではといった感情が入り交じった表情を浮かべる彼女。


「最初に言ったとおりだよ。若くして死んでしまったキミを哀れんでさ。ボクの大切な人も若くして死んでしまったから」


 そう言って悲しそうに目を伏せるミリス。何かあったんだろうか、とそれを見た彼女は怪訝な表情で見つめる。しかし次の瞬間にはパッと明るい表情を浮かべ、両手を腰に当てると自慢するかのように慎ましやかな胸を大きく張る。


「だからキミは死なないように不老不死+人間をやめた身体能力を・・・」

「よし、ちょっと待とうか」


 彼女はそう言ってミリスの言葉を遮るとこの少女が言った言葉を頭の中で反復させる。そしてその意味を理解し彼女は頭を抱える。人間を超える能力ではなく、人間をやめた能力。どちらも文面的に人間を超えた力を持っているというのはわかるが、後者の方が若干よろしくない感じがするだろう。


「異世界に送られる。これは死んでしまって生き返るための代償と考えれば、まぁ百歩譲っていいとしましょう。その過程で女性になってしまっている。それもまぁ、良くはないけどいいでしょう。でも、人間をやめた身体能力ってどういうです? 普通に生きるくらいならそんな物は必要ないと思うんですけど・・・」

「何を言っているんだい。キミも見ただろう、あの世界の過酷さを。こちらの世界において、君たちの世界の常識は通用しない。分かりやすく言えば弱肉強食の世界だ。事実、キミはゴブリンに襲われただろう? あれもそこにあの騎士たちが通りかからなかったら、今頃ゴブリンたちにキミたちの世界のエロ漫画みたいなことをされていたんだからね」

「・・・・・・」

 

 ミリスの反論を聞き彼女は沈黙する。確かに今まで見たものを考えるとミリスの言うとおりだ。こちらの世界では弱いものは悪であり、そして強い物は正義という構図が簡単に見て取れる。そんな世界に投げ出された以上、人間をやめた身体能力というのは十分魅力的なものであろう。


「嫌だったらその能力を消してか弱い女の子にしてもいいけど?」

「いえ、このままで結構です」


 自分が置かれている状況を考えて能力をなくすのは非常にまずいと考え直した彼女はそう答えざるを得なかった。


「うんうん、やっぱり人間は素直が一番だよ。それともう一つ、キミには元素や物質を操る能力をつけておいたからね」

「何ですかその能力。いまいちピンとこないんですが・・・。もうちょっと具体的にお願いします」

「そうだね、例として空気中にある水分を集めて飲み水を作ったりとか、それを分解して酸素と水素にわけて爆弾代わりにするとか、つまり自然に存在している元素や物質を自由に組み上げて使うって感じの能力だね。すこしは理解できたかな?」

「まぁ、なんとなくですが。えっと・・・、例えば氷の結晶を作ってそれをぶつけまくることによって帯電させて雷みたいなのを再現したりとかそんな感じの事も出来るんですか?」


 ミリスの問いに彼女は頭をひねりそう答える。するとその答えが的を射た物だったのか、ミリスは満足げな表情を浮かべる


「もちろん、そんな感じで使用する能力だからね。そしてそれを使う方法はただひとつ、非常に簡単だ。頭の中で想像するだけでいい。そうするだけで世界はキミに答えてくれる。どんな無茶な要望にもね」

「本当にそれだけでいいんですか?呪文とかそんなのも使わずに・・・」

「出来るよ。本当にただそれだけでいい。あぁ、でも抽象的ではなく具体的に考えた方がいいよ。そっちの方が精度が上がるし、何より化学的に考えたほうが分かりやすいだろうからね。水を温めたいときは水の分子を振動させて温める、みたいな感じにね」

「なるほど、冷やすときは振動を止めることで冷やすと。で、水を作り出すときは水素と酸素が化合する想像すれば良いと。そんな感じですか」

「そうそう、そんな感じ。何だ、キミもやれば出来る子じゃないか」

「いや、まあこれでも良い学校は出ているので。暇つぶしにネットの百科事典とか見てたりもしましたから。とは言え、実際に使ってみないことにはわからないこともあるでしょうね」


 百聞は一見に如かず、実際に使ってみないと当然わからないことがある。ミリスは確かに想像するだけで能力が使えると言っていたが、実は何らかの不具合のような物があるかも知れない。または何らかの便利が使い方があるかも知れない。


「そのあたりは向こうの生活が落ち着いたときにゆっくりやればいいさ。それと、キミは自分の名前を考えていたりするのかな?」

「あー、そうですね。それも何とかしないといけませんね」


 そう言って彼女は腕組みをして空を仰ぎながら考え始める。アレンたちにはレディや嬢ちゃんなど呼ばれていたが、今後生活していく上で名前がないというのはなかなか不便と考えられた。とは言え、いい名前というのはなかなか決められない物だ。特に自分自身につけるものとなれば、いろいろな候補が浮かんで決まらなくなる。かくいう彼女もその一人だ。そんな彼女に若干そわそわしながらミリスが口を開く。


「あのさ、一つ提案があるんだけどいいかな?」

「提案って一体なんですか?」

「キミの名前、実はボクがちょっと考えていたんだよ。もし良かったら使ってほしいなと思ってさ。それでどうかな?」

「それはかまいませんけど、変な名前だったら拒否しますよ?」


 そういって彼女はミリスに釘を指すが、刺された本人は心配無用と自信満々と言わんばかりの表情を作り出す。


「ふふん、大丈夫だよ。えっとね『シェリア・ラグ・パストラール』って言うのはどうかな」

「なんか結構よさげな名前ですね。なにか名前の由来とか意味とかあるんですか?」

「ううん、特にはないよ。ただ響きとかいいかなと思ってさ。それでどうかな、気に入ってくれたかな?」

「まぁ、いいと思いますよ。じゃあ俺はこれからその名前を使わせてもらいます」

「うんうん、どんどん使ってね!」


 そう答えたミリスの顔はとても活き活きとしていて光り輝いているように思えた。名前ひとつでそんなにもうれしい物だろうか、と彼女、シェリアは一瞬怪訝な表情を作るも、うれしそうなミリスの表情に水を差すこともないだろうと思い、その考えを心の中にしまった。


「それで、他にありますか?俺は聞きたいことはなくなったんですけど・・・」

「そうだね、ボクももうキミに説明することはなくなったよ。そろそろキミも眠りから覚める頃だしね」

「ああ、思ってはいましたけど、やっぱりここって夢の中なんですね」

「うん。ボクたちは世界に直接干渉は出来ない。だから話すためにはこんな風に眠っている時を狙っているんだよ。それとこの夢は普通の夢とは違って記憶にしっかり刻まれるから忘れることはないからね」

「そうなんですか。確かに起きた瞬間に見ていた夢を忘れることが多いですからね・・・ん?」

 

 シェリアがそこまで言ったときだ、突然目の前に見えていた真っ白い世界がだんだんと薄くなっていくような、そんな不思議な感覚に包まれる。最初は気のせいかと思ったが、徐々に薄くなっていく風景にそうではないと考えた彼女は焦り始める。また事態はそれだけでなく、自身もまるで眠りに落ちるときのように意識が微睡み始めた。自分に何か起こっているかわからなかったからだ。その焦った表情に気づいたミリスは安心させるような穏やかな口調でこう言った。


「その表情は・・・おそらくこの世界が薄くなっているようにそう見えているんだね。心配しなくても大丈夫。そろそろキミが眠りから覚めようとしているだけだから」

「これがそうなんですか?何というか妙な感覚だ」

「だろうね。世界が薄くなっていく感覚なんて現実に体験するような事はないからそうなっても仕方がないよ」


 と、表情を緩ませ肩をすくませながらそう言うミリス。それを聞いていたシェリアだったがその間にもどんどん事態は進んでいく。


「あー、そろそろ時間みたいですね・・・」

「うん、また会うこともあるだろうし、その時にまたいろいろと話そうね」


 ミリスがそう話したのを最後に、彼女のここでの意識は再び眠りの中へと沈んでいった。

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