第2-1話 野営地にて①
そこは街道沿いの少々高い丘であった。周囲は緑色の草原が広がるだけで遮る物がほとんどない。そこから見る景色は絶景といっても過言ではなく、沈んでいく太陽に赤く照らし出された空や緑色の地平線、壮大な山々が全周囲に広がり、その光景はまさに一つの風景画になり得るだろう。
その場所に一つの軍勢が陣取っていた。誰もが皆、白の鎧を身に纏い腰に剣を装備した騎士ばかりだ。その数はおおよそ百人ほど。彼らはそれぞれ役割が決まっているのか、せわしなく自らの仕事のために動いている。ある者は野営の準備のためにテントを張り、ある者は夕食の準備をする。そしてまたはあるものは馬への餌やりなどだ。
誰もが淡々と仕事をこなしているこの場所に、数名の馬に乗った騎士が到着した。それはあのゴブリンの群れから彼女を救った騎士の一隊である。彼らは馬をゆっくりと歩かせ、野営地に入った。
保護された彼女は隊長と呼ばれた男と同じ馬に乗せられている。その体勢は前に彼女が座り、落ちたりしないようにその後ろに男が抱きかかえるように乗っていた。抱きかかえられている彼女は元が男なだけ合って恥ずかしがること事はなかったが、生まれて初めての乗馬体験に若干緊張ぎみだ。
そんな中、男は無事に本隊に合流できた事にほっとしたのか、小さなため息をつくと前に座っている彼女に声をかけた。
「さぁ、着きましたよレディ。ここが私たちの野営地です」
「すごい人数ですね。何か訓練でもしていたのですか?」
「はい、数年に一度の我らの団長を含めた総合訓練になります。とはいえ、今回は規模は小さめですけどね」
彼の説明を聞きながら物珍しそうに彼女はあたりを見渡す。周りをせわしなく動く騎士たちは、彼女にとってその目で初めて見た実物だ。当然ながら彼女は本物の騎士など見た事がない。そもそも現代では騎士という物は存在しているが、甲冑に身を包み戦うなどと言うことはない。
むしろそういうものは全て映画などのフィクションの世界でしか存在していない。故に今の彼女はまるでその映画の中の世界に迷い込んだような心境だ。
ふと、彼女は自らのほっぺを軽くつねる。
「痛い、やっぱり夢じゃないんだ」
「どうしました?」
「いえ、何でもないです」
ここが映画の中の世界でも、自分が寝ているときに見る夢の世界でも無い、紛れもない現実という事を彼女は再認識しながら再び、珍しい物を見るように周囲を眺め始めた。
やがて一行は馬を引き留めている場所に到着する。彼らが到着すると、そこにいた馬を世話する係であろう者たちが視線を向けてくる。そして気を利かせたのだろう、近くにあった足場を持ってきた。
「ここで降りましょう。ちょっと失礼」
彼はそう言うと左足をあげて馬の尻の上を通過させながら彼らが持ってきた足場に降りる。次に彼女の脇に手を入れて子どものように抱きかかえるとそのまま地面に下ろした。彼女はあまりにも軽々持ち上げられたので少々驚いていた。
「あ、ありがとうございます。あの、重くなかったですか?」
「いえいえ、とても軽かったですよ」
彼女の言葉に彼は事も無げに笑いながら答えた。その様子から無理をしているようには見えず、さすがに騎士と言うだけあってかなり鍛えているんだな、と彼女は心の中で関心していたその時だった。
「アレン隊長」
そう言って彼女たちに話しかけてくる声が聞こえた。その方向を見てみると複数の騎士を従えて腕組みをした一人の女性が立っていた。
「エレナ補佐官! 敬礼!」
そうアレンと呼ばれた彼は馬を下りた部下たちと共に一列に並ぶと姿勢を正し、右手に拳を作ると心臓に当たる場所にその拳を置く。この世界の敬礼なのだろうか、と彼女は見てそう思いながらエレナという女性に視線を向ける。首のあたりで切りそろえられた銀色の髪、攣り目気味の青色の瞳に眼鏡をかけており、第一印象は非常に厳しそうな人に思える。そして他の騎士とは違い、鎧は着用しておらず、白を基調とした制服を身にまとっている。
エレナと呼ばれた女性は彼女を一瞥した後、再びアレンに厳しい視線を向けてさらに声を発する。
「アレン隊長。私はあなたに偵察任務を命じたはず。女性をナンパしてくるようにとは言ってなかったと思うのですが」
「はっ、申し訳ありません。任務中この女性が魔物に襲われており、緊急事態という事で彼女を保護いたしました」
「そうですか。その騎士道精神にあふれた行動は見事です。ですが、その女性は明らかに部外者です。緊急事態とはいえ、身元不明の者を私や団長の許可を受けずに連れてくるとは、良いこととはいえませんよ」
「はっ、承知しております。申し訳ありませんでした」
「よろしい。今、団長は他の幹部と会議を行っておりますので、終了次第、私から報告します。あなたはその女性を連れて自分の天幕にて待機しておくように。対応は後ほどそちらに向かった際に伝えます」
「わかりました」
その答えを聞くとエレナと呼ばれた女性は踵を返して引き連れていた騎士たちともに他の団員の中に溶け込んでいった。彼女が行った事を確認すると緊張が解けたのか、アレンは小さくため息をついた。
「えっと、すみません。なんか私のせいで怒られちゃったみたいで…」
そう彼女が少し頭を下げて謝罪すると、アレンは手でそれを制止し、事も無げに笑う。
「いや、心配しなくてもいいですよ。むしろ怒られる程度で済んで良かったと思います。それに、それくらいのことを恐れて助けられなかったら、それこそ騎士道の名折れですから。それより我々の天幕に向かいましょう。それとお前達、もう兜ぐらいはとっていいぞ、ずっとつけているのは苦痛だろう?」
「お、さすが隊長。言ってくれなかったら俺の顔が蒸し焼きになるところだった」
そう言って部下の一人が兜を外す。そこに見えたのは角刈りにされた黒色の髪に無精ひげを生やした中年の男の顔が現れた。少々顔に小じわがある事からアレンよりも年上なのだろう。彼は兜を脇に抱えると手で額についている玉のような汗を拭い、人懐っこそうな笑顔を浮かべもう一人の部下の方を見る。
「ふぃー、生き返った気分だぜ。おいクレアよ、隊長からの許可があったんだからおまえも兜を脱げよ。暑いだろ?」
「いえ、私は結構です。私にはこの女を監視する任務がありますので。そもそもダリル、あなたは緊張感がなさ過ぎるのではありませんか?まだこの女の正体がわからない以上、警戒は解くべきではなくて?」
突き放すような冷たい言葉を言い放つクレアに対し、ダリルと呼ばれた男はその塩対応ぶりに苦笑いを浮かべる。
「相変わらずお堅いこって。まぁ、確かにその通りだと思うけどよ。で、隊長はどう思います?」
「いや、かまわないよクレア。兜をかぶってなくても任務は出来るだろうし、我ら三人で監視しておけば妙な事は出来ないだろうから心配はいらないだろう。いざと言う時にはその手に持つ剣を使えばいい」
「・・・わかりました」
渋々と行った感じで彼女、クレアは両手で兜をつかむとそのまま上に上げて引き抜いた。色白の肌に赤色の髪と瞳。眉毛と目尻は上がっており、第一印象としては先ほどの補佐官と呼ばれた女性と同じ様にきつい印象を受ける。そんなクレアは兜を手に持ったまま、彼女を睨むように一瞥するとアレンの方を向く。
「隊長、これでよろしいですか」
「ああ。それじゃ私たちの天幕に行こうか。ああ、それとお前たちはここに残って馬の世話をしていてくれ。ではレディ、私に付いてきてください」
アレンはダリルとクレア以外の部下にそう指示を出すと、彼女にそう声をかける。そしてアレンはたくさんの天幕がある方向に向かって歩き始め、彼女は言われた通りにアレンの後をついて行く。さらにその後をダリルとクレアが続いた。
彼女たちが移動する場所は天幕が集まっている所、中央に道として設けられているであろうスペース、両側に天幕が綺麗に並べられている。
まず先に通り過ぎたのは武器などが置かれている天幕だ。外には剣や盾、そして装飾が施された銀色の筒に引き金のような物が付けられた物が置かれている。
歩きながら見ていたため細部は分からなかったが、彼女にはそれが何なのかなんとなく分かった。
(あれ、銃だよな?と言うことは、ここは小説とかでよくある中世の世界では無いって事か?)
そんな事を考えていると、やがて居住区に到着する。そこには鎧を着たまま雑談をする者、もしくは鎧を脱いで天幕の中に設置された椅子に座りながら呆けた顔をしている者と、各自が思い思いの休憩をしていた。だが、そんな彼らに共通しているのは、すれ違う度に物珍しそうに彼女を見てくることだった。しかもチラッと脇見程度ではなく、じっと見つめるように視線を向けてくるのだ。それに彼女はなんとなくではあるが、居心地が悪く感じていた。その様子に気づいたダリルが声をかける。
「どうしたんだ嬢ちゃん、そんなにソワソワして?」
「いえ、すれ違う人たちが皆私の方をじっと見てくるような気がしまして、なんとなく気になります」
それを聞いてダリルは何かを考えるような仕草をすると、次の瞬間にはその厳つい顔に苦笑いを浮かべる。
「嬢ちゃんはどっかの誰かさんと違って美人で可愛げもあるからな、仕方がないさ」
「ダリル、そのどっかの誰かというのは、まさか私の事ではありませんよね?」
刺すような目でクレアはダリルのことを睨み付ける。それに彼はいつもの事と言わんばかりに肩を竦ませて交わす。
「おお怖い怖い。どう思うよ嬢ちゃん、こんなきつい視線を向けてくる奴は?」
「えっと、視線についてはさておき、クレアさんはきれいな人だと思いますけど・・・」
一般論で言えばクレアは美人の部類に入ると彼女は思っていた。確かに鋭い目付きからきつい印象を受けるものの、整った顔から多くの人を引き寄せる人物であることに違いない。
「へぇ、そうか。で、それを聞いておまえはどう思うよ」
「何ともありません」
「即答かよ。隊長はどう思います、クレアについて」
即座に帰ってきたクレアの突き放すような答えに、ダリルは苦笑しながら先頭を歩くアレンに声をかける。彼は顎に手を当て少し考えるとこう答えた。
「そうだね。私も彼女の意見に賛同するよ。確かにクレアは美人だと思う」
「・・・ありがとうございます」
そう言ってクレアは顔を下にそらす。心なしか彼女にはクレアの頬が少し赤みがかっているように見えた。
(反応がわかりやすいな。まぁ、変な事は言うつもりないけど)
彼女はクレアを見ながらそう思った。自分は疑われている身であり、変なことを言えば余計な事に巻き込まれると考えたからだ。そんな風に彼女が思っている時だ。
「わぷっ!」
クレアの方を見ていた彼女は前を歩いていたアレンが立ち止まったことに気づかなかった。結果、彼の背中に見事にぶつかった。
「わわ、すみません!」
「いえいえ、大丈夫ですよ。怪我はないですか?」
「はい、大丈夫で――っ!」
その時、彼女は感じ取ってしまった。自分の後ろから刺すような視線が背中に突き刺さっているのを。振り返らなくてもわかる、誰がこの視線を送っているのか。何せこの場でそしてこのタイミングでこんな視線を送ってきそうな相手は一人しかいない。恐る恐る後ろの方を見るとクレアが鬼の形相で彼女を睨み付けていた。その右手は剣の柄に触れており、すぐに切りつけてやると言わんばかりの姿だ。それを見て彼女はあまりの恐ろしさから、バッと擬音が出るほどの速さで顔をアレンの方に向ける。そしてなるべく平常を装おうとするがその背中は冷や汗でいっぱいだ。
(いやいやいや、クレアさん怖すぎだろう!?ただ俺がぶつかっただけだよ、アレンさんに危害も加えていないよ!何ダメだった?ぶつかったのがそんなにいけない事だったの!?)
「どうしました?やはりどこかに怪我を」
「いえ!なんでもありません!大丈夫です!それより急に立ち止まってどうしたんですか!?」
「は、はい。目的の場所に到着しまして、私たちが寝泊まりしている天幕です」
そう言って彼は真横にある天幕を指差す。そこにあったのはベージュ色で三角の形をした少々大きめのテントだ。開いている入り口から中を覗いてみると背もたれのない丸椅子が二つ、中央には四方三十センチぐらいの正方形に、四隅の角に簡素な柱が着いている机。そして白色の寝袋のようなものが二つ置かれていた。そして天幕の中央には吊り下げ式のランプのような物がぶら下げられていた。
「意外と広いんですね」
「ええ、使っているのも私とダリルだけですので広々と使わせてもらっています」
「へぇー、って使っているのはお二人だけですか?クレアさんは?」
「女はまた別のところで寝るのさ。そうしないと中には妙なことをやり出す奴らがでるかもしれない。そんなことになれば隊の風紀が乱れちまうからな。仕方がないことさ」
「なるほど。となると私はどうすればいいんですか?寝るときにはここにいることは出来ないですよね」
「そうですね。ですが私たちにはあなたを保護した責任がありますから、後で団長に今日だけ我々がここで一緒に過ごすことが出来るように上申してみましょう」
「いいんですか?」
「はい、では中へ。その椅子に座ってください」
アレンにそう言われ、彼女は天幕に入ると二つある内の一つに腰掛ける。アレンもその後に続き、もう片方の椅子に、残りのダリルとクレアはそれぞれ寝袋の上に座った。
「ふぃー、やっと腰を落ち着けられたぜ。本音を言えばこのまま休みたいところですがね」
「悪いがまだまだ仕事中だ。さて、申し訳ありませんが、なぜあなたがあそこにいたのかをもう一度教えてもらえませんか?」
「え。あ、はい。そうですね・・・」
そうアレンに諭され、彼女はこれまでの経緯を話し始める。当然、自分は全く別の異世界からの事は伏せてだ。とはいえ、そこまで長い話ではないため、数分で話し終わった。
「・・・というわけなんです」
「なるほど。しかしあなたが最初に見た湖というのは・・・」
「隊長、あそこじゃないのか?ほら、俺たちがこれから向かう街の途中に脇道があってその先に大きな湖があるだろう」
「ああ、あの湖か。すっかり忘れてしまっていた。しかしいったいどうしたものか。あなたから聞き出すことで何か情報が得られれば、もしくは何らかの記憶が戻ればと思ったが、これでは期待できないな」
そう言ってアレンは腕を組み難しい顔で考えこみ始める。彼の頭の中では彼女の今後の処遇についての事が回っているようだ。
「で、隊長。この嬢ちゃんの処遇はどうするんです?まさか、このまま訓練中もつれて回そうって言いませんよね?」
そんな時、ダリルがアレンにそう話しかけた。彼の試すかのような口調にアレンは苦笑し首を横に振る。
「さすがにそんなことは出来ないさ。それをしてしまえば、他の部隊に迷惑をかけてしまう事が分りきっているからな。これから向かうアリオンのギルドマスターに頼もうと思う。あの人なら何が起こっても心配はいらないさ」
「そういえば隊長の知り合いとか言う話でしたね。話に聞くととんでもない魔法使いだとか。確かにそんな人物なら問題ないでしょう」
「私もダリルの意見に賛成いたします。問題はアリオンに着くまでどうするかですが・・・」
「それに関しては俺たちで見張ればいいだろう?明日にはアリオンに着く予定なんだからよ。今日一日耐えればいい話だぜ。不穏な動きがあれば一斉に抑えこめばいい」
(それ、本人の前で言うのかよ。もしかして妙なことはするなという警告か?)
そうとしか思えない会話に顔には出さないものの心の中ではため息をつく彼女。しかし、それさえしなければ自らの安全は保証されているのも事実である。また身一つで外に放り出されるよりも遙かにましだ、と彼女は思った。
「で、話は変わりますが隊長、そろそろ夕食の時間だと思いますがどうします?嬢ちゃん連れて俺たちも食べに行きますか?」
「それはさすがにやめた方がいいだろう。ここに来る途中にも他の隊員からの注目を受けたことを考えるとあまり目立つような事はしない方がいい。団長の判断が下る前に余計な詮索を招くようなことは避けたい。それに私たちはエレナ補佐官にここに待機しておくように命令されている。新たな命令が下るまでここを動くわけにはいかない」
「そうでしたねぇ。とすると団長の会議次第ではそれも遅くなるかもしれませんねぇ」
「隊長、私がパンなどの軽いものを持ってきましょうか?それならばあまり時間はかかりませんし、ここで軽く食事をとることが出来ます」
「そうだな。クレア、頼めるか?」
「はい、おまかせください!」
そう言うとクレアはさっと立ち上がりアレンの方に向かって敬礼をすると走って天幕を出て行った。
「あそこまで急がなくてもいいと思うんだが。ダリル、どう思う?」
「仕方がないでしょう、あいつは隊長を慕っているんですから。頼られてうれしかったのでしょうよ。相変わらず顔は仏頂面でしたがね。そんなわけで悪いが嬢ちゃん、もう少しであいつが飯を持ってくるからよ、もう少し待っていてくれ」
そう笑顔を向けてくるダリルに彼女は小さく頭を下げる。
「いえいえ大丈夫です、お気になさらず。そういえば皆さんはどこから来たのですか?」
「私たちですか?私たちは隣にある国、レーツェル王国から来たのですよ。そしてそこにある騎士団に所属しているんです」
「そうなのですか。ということはご家族もそこにいるんですか?」
「いや、私は独身ですよ。ダリルは故郷に妻子がいますけどね」
「ははっ、まだまだ手の掛かるガキたちですがね。あいつには苦労をかけるぜ。で、嬢ちゃんは・・・ああ、そうか記憶がなかったんだった。わりぃ、忘れてくれ」
「いえいえ、気にしないでください」
頭をかきながら申し訳なさそうに言うダリルに彼女はそう返す。しかし彼女自身も結果的にだましている事に対して彼に心の中で謝っていた。
「そういえば、嬢ちゃんは記憶がないとはいえ、あの街道を一人で歩いていたんだよな。俺たちが通りかかったから良かったものの、この街道は今とても危険なんだぜ」
「それは・・・身を以て体感しました。整備された街道だったから大丈夫だと思ったんですけど」
「そうですね、以前は比較的安全な街道だったんですけど、最近魔物がよく出没するようになりまして。今ではここを通る人も激減してしまったんですよ。今ここを通ろうとするのは、ほとんどが護衛を雇って都市間を行き来する商業ギルドの方々だけですね」
「えっ、じゃあ私が全く人に会わなかったのはそれが理由なんですね。でも何でそんなことになっているんですか?」
「それに関しては何とも。騎士団の方でも調査を行っているのですが成果が上がっていないのが実情です」
「今のところ、騎士団やギルドの方で対応しているんだが、どうにもうまくいっていなくてな・・・。この街道を進む人が少ない原因の一つにもなっている」
そう言うダリルの顔は苦虫を噛み潰したように歪む。そこで何かが起こっているのは確かだ。しかし未だに成果が上がらず、危険なままというのは騎士の一人である彼にとってそれは悔しいのだろう。
「でもそんな中で訓練なんて大変じゃないんですか?」
「いえいえ、今回参加しているのはその多くが精鋭ばかりですから。それに久しぶりの実戦で張り切っているもの多いんですよ。だから心配はいりません」
「そういうこった。だから嬢ちゃんが心配するようなことは・・・ん?」
そうダリルが言おうと思ったとき外から走って近づいてくる足跡が聞こえてきた。
「クレアか?ずいぶんと早いな。何もそこまで急がなくてもいいんだが・・・」
「ですねぇ」
天幕の入り口を全員で見ているとそこに現れたのは、彼らが予想したとおりクレアであった。かなり急いで走ってきたのか、ゼイゼイと息切れを起こしている。だが、彼らが一つ不審に思ったところがあった。クレアは食事を取りに出て行ったはずである。しかし彼女は何一つ食べ物のようなものを持っていなかった。
「どうしたんだクレア。何も持たずそんなに急いで。何か忘れものでもしたのか?」
「た、隊長。大変です、団長が・・・」
「団長がどうかされたのか?」
「今ここに向かって来ていて――」
そこまで言いかけたクレアの後ろから顔を出すように一人の男性が現れた。天幕の入り口からひょこっと頭を出し、アレンに視線を合わせる。
「どうもお邪魔するよ。アレン小隊の諸君」
「なっ!だ、団長!」
そのアレンの反応に満足したように、今度は体全てを天幕の中に入れた。
短く駆られた茶色の髪に黒色の瞳。顔にある皺の数から四十代中頃の男性に思えた。白色をベースに金色の装飾がいくつも施されている鎧を身につけており、それがその人物がかなりの大物と言うことがよくわかった。それで彼女は察したのだ。この人がこの軍団を率いている人物なのだと。
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