第2話 アンタなんのつもり?


 いやぁ。

 よかった、よかった。

 僕はホッとため息をついた。



 手元には契約書類の紙切れが一つ。

 そこには純子ちゃんの生命力がバッチリと振り込まれている。

 うんうん。

 僕の心はホクホクだ。 




 ...純子ちゃん凄い怯えた感じにこっちを睨んでいるが、それでもホクホクだ。




 ..あ。

 でもアレだよ?

 腹をかっさばくなんて本当にしてないから安心して。

 いくら僕でもそこまで鬼畜にはなれないよ。

 あの怖いセリフだってブラフの一つさ。


 あの後だって、泣いて助けを乞うたところで、サインを一つとってもらって。

 契約成立。

 ばんばんざいさ。

 今日から貴女も魔法少女さ、ってね。



 え?

 それでも首を吊って同意を強要したんだろ?


 ..そうだけど?


 え? え?

 君達なんだい? その視線。

 まるで僕が厚顔無恥も甚だしいやつ、とか言いたげだねぇ。

 これでも僕なりの優しさなんだよ?

 ..ま。僕がやられたら殺すけど。


 

 ...


 ...え?



 もう、まったくぅ。

 君達まで僕をそんな、「ああ。こいつ終わってんなぁ」みたいな顔をして。

 純子ちゃん至っては軽蔑の視線だ。



 ま、いいさ。

 今の僕はご機嫌なんだ。

 今ならどんな悪口でも許容しよう。  

  

 と、いつもなら言わない、そんな大それたことを言うくらいには、僕の気分は上々だ。



 え? 

 なんでそこまで喜ぶかって?


 

 魔法少女ができたんだよ?

 僕にパートナーができたんだ。

 そりゃあ喜ぶさ! 

 なにせ僕の仕事は魔法少女がいないと始まらないんだから。

 君達に分かるかい? 

 どこにいるかもわからない、名前も知らない相棒を見つけるために、ただただこの世をさまよう不毛さを。



 苦節五年。


 僕がこの世に降りて、すでにそれだけの時間が経っている。

 その間、発生した怪異事件は数知れず。

 僕は一人だと無力に等しいんだ。

 それ故に、これまで一体どれだけの怪異事件を放置してきたことか。

  ...それを思うと僕は悔しくてならないよ。

 僕が見限ってきた事件については、うん。他の同僚達がきっと解決してくれると、願うしかないね。



 て言うか、この魔法少女システムは欠陥だらけでね。

 純子ちゃんのような候補者に力は簡単に与えられても、候補者自体は勘で探せって感じ。

 まさにクソだね。

 超クソ。 

 無茶ぶりも甚だしいよ。



 純子ちゃんが見つかったのは本当に奇跡に等しいことなんだよ? 

 街中で見かけて、「あ。この子だ」って。

 


 あ。君達、それは納得してない顔だな?

 気持ちはわかるさ。

 いや、でもね。ホントそれだけだから。

 明確な判断材料とかないよ。ホント、何となく。何となく「彼女だ!」って、わかったんだ。




 と、まぁ。

 そんなことや、あんなことを彼女に伝えたわけだけど、..アレね。

 ..はは。

 この機を逃してなるものかと、ついつい強引な手を使っちゃったね。 

 今更ながら自分の行動に笑けてくるや。


 純子ちゃんがちっとも喋ってくれない。



「ねぇねぇ、井上さん。」


「.......」



 うん。だんまり。



「...あ、あのぉ。井上さん? 聞いてる?」


「.......」

   


 うんうん。




 ....



 .........  



 ...............ね?





 超無言。

 超。

 やべぇなぁ。

 こんな感じにさっきから声かけてるんだけどこれだよ。


 ...いやぁ、そろそろ反応してよ、って感じにね、「さっきはごめんね」と穏やかに言ってみたりするだけどね。



「......。」



 ってな感じに、はい。

 ただガタガタと震えるだけの純子ちゃん。シカトだね。

 警戒心満々である。




 ...ね? 

 さっきからずーっと、この調子。

 これは初手、打ち間違えた系ですかな? これからの関係性に絶望しか見えないよ。

 


 ..あぁ。

 これでも一応パートナーなんだけどなぁ。

 これからギッタンバッタン敵倒して、皮肉言い合っては背中を預ける、そんな仲になる予定なんだけどなぁ。

 こんなんじゃ絶対寝首かかれるよ。

 

 

 え? どうしよ、これ?

 こっから関係つくるの? 

 無理臭くない? 

 初手王手されたくらい詰んでるよ?



 え?

 でも自業自得だろって?

 ...うん、まぁ、そうだね。身から出た錆ってやつだね。



 

 


 ..ま、そっか。


 そうだよね。



 だったら、よぉし。

 パンパン、と頬を打って気合いを入れる。


 

 いつまでもうじうじなんてしてられない。


 身から出た錆というなら、自分が出した錆くらい、自分で後始末してやろうじゃないか。

 

 だったら黙ってちゃいられないね。

 もっと純子ちゃんに声をかけなくちゃ。 


 よーし。

 見てろよ、純子ちゃん!

 君がいくら無視したって、粘り強く、根気強く、君が根負けするまで声をかけ続けてやるからな!

 

 ..と、「ふんすっ」と意気込む僕である。


 が、打って変わって、...にこやかに人好きのいい顔をしては彼女の顔をのぞきこむ。

 


「井上さん。」


 すりすり。

 すりすり。


 僕はゴマをする。


 だが純子ちゃんは変わらずの警戒の構えだ。

 まさに野良猫というやつである。

 て、いうか...。うん。

 純子ちゃんの目がね。

 むしろアレ。明らかにこちらを唾棄すべきものとして見てる視線だね。

 「こいつ、なんなの?」ってのがありありとわかるよ。

 もう目で言ってる。



 ..ていうかね? 

 それを見て、何も思わない僕なわけないだろ?

 繊細な猫さんには大ダメージだよ?

 僕死にそう。


 

 純子ちゃんのこの嫌そうな顔。

 ..もうほんと、もう。..うわぁ、である。


 顔には出さないよ? 

 僕は弁えた猫さんだからね。



 ..はぁ、はぁ。

 ...心が。..心が軋むぅ。

 でも負けない! 


 僕負けないゾ!


 寸でのところで何とか踏みとどまる僕である。


  

「井上さん。

 色々と思うことはあるかもしれないけど、僕達はもう一蓮托生だ。

 いわば、そう! 僕たちはもう切っても切れない関係さ。

 相棒と言ってもいいね。」



 サッ、と僕は手を差し出す。

 さぁ握手。



「これから沢山大変なことでいっぱいだろうけど、僕たち二人で力を合わせて頑張ろう!

 これからヨロシクね、井上さん!」







 スパァァァァンッ!!!!!!!!!






 ..凄まじい勢いで手をはたかれた。




  




「私に近づかないでッ!! この化け物ッ!!」







 ....



 ..........



 .................



 ..ススス。

 僕はそっと彼女から離れた。




 ..そうスか。

 僕は化け物ものっスか。

 そうですよね。

 喋る猫なんて化け物ですよ。..くすん。






 ..なんて。


 まぁ、泣きはしないけどね、うん。


 別に「化け物」って言われても、...ねぇ?

 そんな言葉で罵られてもアレだし。

 なんかそんなダメージないよね、「化け物」って。

 逆にふふんってなるね、僕なら。

 フフン、て。  


 むしろ勝ったな、的な?



 むしろ「気持ち悪い」とか言われたらそれこそ大ダメージだったわ。

 猫の繊細なハートが粉々に砕け散ってた。

 僕は立派な男の子。

 「気持ち悪い」の一言が一番効くの。

 

 君達もそうだよね?





 よしよし。

 僕のハートはまだまだ余裕。

 とりま、まずは謝るか。と、僕は誠心誠意、腰を低くして謝った。


 ..が、しかし。




「なにソレッ!? なんのつもりッ!?

 いいからあっちいってよッ! この化け物ッ!」



 と、これである。

 聞く耳持ちませんねぇ。

 急にキレましたよ、この子。

 そんな純子ちゃんの対応に困って、「あ、はい。化け物です」、だなんて、適当に相棒をうってみたりする愚かな僕だ。

 更に怒鳴りまくる純子ちゃん。

 そりゃあ怒るわ。

 「あんた私をなめてんのッ!?」とキレだすまである。

 いや、とっくにキレてるけどね。



「もう、いい加減にしてよッ!」



 純子ちゃんは言った。



「気色悪い笑顔でゴマをすってたかと思えば急に首をしめて脅したり、契約が済んだらまたニコニコゴマすって...。

 アンタは私をどうしたいわけッ?

 気持ち悪いのよアンタッ!!」



 う、うん。

 ..え? まぁ。うん、そうね。


 ちょ、ちょっと純子ちゃん。

 怒鳴りながら急に理性的にならないでよ。

 一理どころか二理、三理もありすぎて、ついつい納得してしまう自分すらいたよ。



「一つ、アンタに言っとくけどね。

 契約したからって図に乗んないでよ。私、戦うつもりなんて一切ないからッ。」


「..は?」


「は? じゃないわよッ!

 魔法少女ってことは何かしら戦うってことでしょ?

 嫌よッ、私はそんなこと。

 そもそもなんで私が戦わないといけないわけ? 私は絶対そんなのまっぴらごめんだからね?」



 断固拒否ッ。

 そんな主張を前面にだす純子ちゃん。


 おいおい、マジかよ。

 割とガチで困惑する。

 つかこれ、さっきまで僕に怯えていた女の子の言動なのこれ? 肝っ玉座りすぎでしょ。と半ば僕は反応に困ったほどだ。


 固まる僕に、スキありととらえたか。強気にそう言い残すと、一目散に走っていく純子ちゃん。

 



「あッ。ちょっと!? 井上さん!?」

      


 僕の制止は届かない。

 金輪際関わらんとばかりに去っていく。

  

 



 夜の住宅街。


 暗い路上。

 



 そんな寂しい場所、一匹残された僕は呆然と思う。





 ..うそん。




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