僕と契約して魔法少女になった女の子の末路

上下反転クリアランス

第1話 なにこいつ?

 


「僕と契約して魔法少女にならないかい?」




 僕がそう問いかけると、少女はポカンとした顔をする。

 ...そりゃあそうだろう。

 いきなりそんなことを言われたのだ。

 誰だって面食らった顔の一つや二つするものさ。

 


 だけどね。

 これはそんなに難しい話じゃないんだよ。

 なるか、ならないか。ただそれだけの話なんだ。




「.....は? え? ちょ、え?

 ...いきなり何ですか?」



 少女は後ずさってこちらを睨む。

 警戒心満々である。 

 目付きがこわいなぁ。

 


「ああ。いきなりごめんね? でもこれ、大事な話なんだ。

 魔法少女になるか、ならないか、そういう話だよ。」


「ま、魔法少女? な、なにそれ。つか貴方はなんなんですか?」



 なるほど、君は混乱してるんだね? うんうん、まだ高校生だもんね。

 僕は言った。


 猫である、と。

 


「そんなの見たらわかりますッ。そうじゃないでしょう!! 

 猫で喋るなんてあり得ません!! 貴方は何者なのかって聞いてるんですッ。」



 僕の返答が気に入らないのか、純子ちゃんはがなり立ててそう聞いてくる。


 井上 純子。18才。

 まだまだ思春期真っ盛りのお年頃。

 日本人人生最も勉強するだろう受験勉強の真っ最中でもある。

 見た目ちょっとガリ勉っぽいし、ストレスも貯まっていることだろうさ。

 純子ちゃんはガリガリと頭を掻いた。



「ごめん、ごめん。言葉が足りなかったね? そう怒らないでよ。ちゃんと説明するから。」


「怒ってませんから。私はただ聞いてるだけです。」



 それを怒ってるって言うんだよ? ま、それは言わないけどさ。

 僕は大人な猫だからね。






 まずは僕がどういう存在なのか、という話だね。


 端的に云えば、世界の守護者さ。

 ま、こんな猫みたいななりでも、世界を守る存在ってことだよ。

 猫は、まあ、仮の姿ってやつだね。


 ...あ、でも勘違いしてはいけないよ? 世界を守ると言っても、災害から人々を救ったりとか、世界から戦争をなくすとか、そう言ったことはできない。

 

 あくまでも守るのは世界の摂理に反したものからだ。悪魔とか、悪霊とか、そういうやつだね。つまりはスピリチュアル的なもの限定ってこと。


 災害はあくまでも自然に発生したものだし、戦争だって人が理由があって起こすものさ。

 世界の摂理に反してない。

 例え人類の科学が世界を汚染し、それで地球を破滅に導いたとしても、それで僕たち守護者が動くことはないだろうね。

 ただそう結果として現れただけのことだ。

 世界は終わりの運命を受け入れる。



 ま、僕として悪霊や悪霊とか、そういうものにもそれはそれとして、何かしらの法則に基づいてそういう存在があると思ってるんだけどね。

 僕みたいな存在がいるんだ。

 悪魔や悪霊だっていたっていいだろうにと思うんだ。

 正直、スピリチュアル的な存在がどういう感じに世界の摂理に反しているのかは僕にもわからない。

 何が良くて、何が悪いのか。

 許される許されないの基準なんて知らないのさ。

 


 結局は世界の意思とやらが決めることだ。




 ...なぁんて、長々と話したけど要するにだ。


 今この近くでその怪異的事件が起きている。

 だからね、その事件解決のためにも魔法少女になってくれないかな?




 と、僕は長い説明を終えて、最後に「お分かり頂けただろうか?」と言わんばかり、茶目っ気たっぷりにウィンクをとばしてみたところ。





 ..純子ちゃんはいなかった。








「...え?」





 僕は唖然とした。誰もいない夜の暗い路上をただただ見つめる。 

 

 逃げた?

 嘘だろ? 

 人が話してる最中に?



 僕は心底信じられない心境にいたが、今はそれどころでないと、段ボールの中から辺りを見渡す。

 


 え? 何で段ボールの中にいるのかって?

 なに、それは簡単なことだ。

 帰り道を歩く純子ちゃんの気を引くためだ。わざわざ「拾ってあげてください」と書いた段ボールを用意して、彼女が通りかかったところで「ニャーニャー」と鳴いたのさ。

 そして冒頭の対話である。


 な? 簡単だろ?



 で、僕は急いで段ボールから這い出る。

 彼女の帰り道はこっちだと、そばの曲がり角を曲がって四足走行で走ってみれば。

 何事もなかったかのように黙々と歩いている純子ちゃん。



「ちょっと!ちょっと! 井上さん!」



 僕は名字で呼んだ。

 こういうところが大事である。人間関係ゆっくりとね。

 僕猫だけど。


 が、僕の声が純子ちゃんは酷く鬱陶しいのか、嫌々こちらを振り返る。

 傷つくぅ。



「...何か?」


 何か?じゃありませんが?

 人が話してるのにどっか行くなんて。そんなことしていいのは漫画の中だけだからね?


 なんてことを、彼女に人としての道理を説いてやるも、


「だって話長いですし。」


 はい、この一言。


 かぁー、まったくぅ。

 最近の高校生はまったくぅ。

 心の寛大な僕だからいいけど、他の人にやっちゃいけないからねそれ。人間関係破綻するよ?




「大きなお世話です。」





 ...



 ....... 



 ..............





「...お願いですから、もう少し僕のお話しを聞いてくれませんでしょうか。」




 よくこれまで人間社会で生きていけたね。僕はため息をつきたくなった。 

 つかないけどね。


「...あのですねぇ。私、受験生なんです。なので私、早く家に帰って勉強しなきゃいけないんです。」


 と、面倒臭そうにする純子ちゃん。

 とは言いつつも、話は聞いてくれるみたいだ。ため息をつきつつも、「それで?」とばかりに、苛立たしげにこちらに目をやる純子ちゃん。


 でもね、僕知ってるから。

 純子ちゃん、見た目真面目そうだけど家では勉強せずに漫画とか読んだりしてるタイプだよね。

 

 ふてぶてしい態度に僕の心がささくれ立つが、事は穏便に進めたい僕である。

 僕は「あぁ、ごめんね」と、取り合えずなんか一言謝って、再度もう一度、魔法少女になってくれるようお願いした僕。


 が、






「大変申し訳ありませんが、一身上の都合によりお断りさせて頂きます。」







 し っ て た 。



 即答だよ。

 しかも超拒絶。全く申し訳なさそうじゃない声でそんなご丁寧な言葉使うあたり超拒絶。

 ていうか、雰囲気で最初からお察しでしたね。

 最初から嫌々満々だったし。



 でも、まぁ。

 ...僕はもう少し粘ることにした。

 

「そこをなんとか、考え直してもらえませんかにゃあ?」


 猫なのでにゃーとか言ってみる。これは茶目っ気だ。

 だが彼女は腕を組むと「はッ」と心底馬鹿を見る目で僕を見下す。


「何が、にゃー、よ。バッカじゃないの?」


 はぁぁぁぁ、心にくるぅぅ。

 JKの言葉が猫の繊細な心にザックリ刺さるぅぅ。

 言葉の暴力は良くないって習わなかったんですかねぇ? 

 もう二度とにゃーとか言わねぇからな。


「ていうか、なんで私がそんな馬鹿みたいなことしなきゃならないんですか。私関係ないですよね?」


「う、うん、まあね。 

 あ、いや、関係なくはないんだ。まだニュースになってないけどね、この町ではもう二人くらい純子ちゃんと同じ高校生が行方不明になっているんだ。これも怪異の仕業でね...」


 と僕が言ったところで彼女が冷たく言った。


「そんなの私の知ったことじゃありません。興味ないですから。」


 はい、出ました。

 人にマウントとりたがる拒絶系ワードそのひとつ「興味ないから」

 

 僕はもうげんなりした。

 ため息をつかない自分を褒めたい。


 

 ...わかるよ?

 急にこんなこと頼まれても、「はい、やります!」なんて普通言えないよ?

 わかるんだよ? 人の都合そっちのけに、「世界を救うために戦って」って言ってるようなもんだもんね?



 ...でもね、そうじゃないの。...そうじゃないんだ。 

 もう少しね、悩んだり、考えたりしてくれてもいいんじゃないかな? って猫さん思うの。




「...井上さん。僕はね、なにも人様を助けるの為にやってよ、なんて言うつもりはないんだ。」


 ゴマをすって彼女に寄る僕。


 そうだ。僕は性善説を唱えるつもりは毛頭ないさ。人の都合を考えない押し付けがましい綺麗事ほど嫌なものはない。

 人の為だなんてくそくらえだ。

 純子ちゃんは受験勉強で一杯一杯なんだ。割にあったご褒美がないとやるわけがないよね。

 


「契約して、事件が解決した暁にはちゃんと対価だって用意するよ。

 僕は嘘をつかない猫として定評がある猫さ。」



 僕は自信満々にそう言った。




「さあ、君の願い事を言ってごらん。僕は君の願望を享受する。

 魔法少女になってくれたら、どんな願い事でも叶えてあげるよ!」







 僕は精一杯説得した。




 ...でもさ。それでも、どうにもならないことって、あるじゃない? 僕の奮闘も虚しく、純子ちゃんの返答は変わらない。


 


「叶えて下さらなく結構ですから。」



 彼女は冷たく、そう言い捨てる。

 頑張ったんだけどなぁ。



「私はこれでも受験生ですので、貴方のように暇じゃないんです。

 なので他を当たって下さい。」



 そう言うと、「じゃあ、失礼します」と言わんばかりに背を向けて歩いてく純子ちゃん。


 

 ...はいはい、そうでしゅか。願い事は結構でしゅか。

 年齢のわりに随分背伸びした言葉使いをするんでしゅね。...くすん。







 ま、そりゃそうだ。


 喋る猫に急に出くわして。


 魔法少女になってくれなんて胡散臭いこと言われて。


 さらには何でも願いを叶えるなんてこれまた胡散臭いこと言われて。



 これで「はい、やります」なんて人は、よっぽど普段の日常に飽きてる非日常待ってますよ系か、よっぽどの何かを抱えてる事情重たい系のどちらかだ。




 ...わかるよ? わかるんだよ?


 



 でも、ごめんね?

 






「...悪いけど、はい、そうですか...だなんて、そうは問屋が下ろさないんだよねぇ。」



 一オクターブ低くなった僕の声。嫌な予感でも感じたのか、純子ちゃんはびくりと肩を震わせこちらを振り替える。


 けど、その行動に意味はないよ。


 僕の尻尾は伸縮自在。彼女の首に目掛けて尻尾を伸ばす。

 「きゃッ!」と叫ぶと逃げようとする純子ちゃん。 


 でも遅い。


 尻尾で彼女の首を巻き付けると、そのまま彼女を宙へと浮かす。彼女のようなガリガリな体格、宙に浮かすことくらい訳ないさ。

 いわば首吊り。

 苦しくないわけがないよね。純子ちゃんは「あッ..がッ.が」と苦痛に悶える。




 確かに僕は猫である。悪魔や悪霊なんて倒せやしない、無力な猫さ。

 だがこれでも、世界の守護者という肩書きを背負ってるんだ。


 ただの喋れる猫だと侮ってもらっちゃ困る。人間の一人くらい、どうにかできる力くらいは持ってるんだよ。

 

 


 ようやく己の立場を理解したのか、純子ちゃんの僕を見る目に恐怖が色付いた。

 苦痛に悶える最中、「や、やめッ..」と助けを乞うような声も聞こえる。

 



 ...ごめんね。


 君には悪いけど、君には魔法少女はなってもらう。

 魔法少女は選ばれた者にしかなれない。君以外に他はいないんだ。仮にいたとしても君がなることに変わりはない。

 


 なぜかって?


 ...簡単なことさ。


 それは僕が君以外の候補者を知らないからさ。現状、僕が探した範囲で「井上 純子」以外に候補者はいない。怪異事件の深刻化も時間の問題だ。



 だから彼女。

    

 

 そう。...僕が君を選ぶのは、ただそれだけのことだ。





 他の候補者なんて、いつ、どこで生まれて、今はどこにいるのかなんて僕にはさっぱりわからない。




 ...不便だよね?


 可笑しいよね?


 こんなよくわからない敵を倒す力はあるのに、その力を継がせる相手を探す力なんてのは持ってないんだ。




 だからこそ、彼女でないと困るんだ。



 ...。


 ........。


 ..............。








 首が締まる。

 苦痛に悶える中、猫は言った

 

「僕だってね、本当はこんな手荒な真似はしたくなかったんだよ?」


 最初の印象と同じ柔らかい声。しかし井上は聞いちゃいなかった。




 苦しい。


 離せ。


 助けて。

  

 ただただそう願ってもがく中、猫はなお変わらずに穏やかに続ける。



「でも君が強情だから仕方ないよね? 僕が下手に出てる内に契約をしておけばいいものを。            

 そうすれば気分よくこれからも僕と信頼関係を築けて、願いだってちゃんと叶えてあげたっていうのに..さぁ。」


 その途端、「うげぇッ」とうなった。

 姿勢を変えられたのだ。首に巻き付いた尻尾が井上の顔を下へと向けさせる。

  

 猫と視線が合う。

 猫は微笑んでいた。...だが、その目は全く微笑んじゃいない。


 なんて冷たい瞳だろう。

 井上はそう思った。先程までゴマをすっていた人の良さそうな人相は欠片もない。


 猫は言う。

 僕が欲しいのは君の同意なんかじゃない、と。

 

「僕が欲しいのは、君自身の生命力さ。」


 知らない。どうでもいい。


「そう。生命力。それは生者のみがもつことができる、形のないエネルギー。」


 どうでもいい。痛い。はやく離せ。井上はただただもがいた。


「でね? 契約にはそのエネルギーが必要不可欠でね。で、その生命力は様々な形で表すことができる。」


 猫はどこから取り出したのか、契約書をヒラヒラと見せる。


「一つは精神さ。

 いわば君の意志。お手軽だろ?

 本来ならこれだけだったんだよ? 君の意志ひとつで契約なんてのはパパッと済むはずだったんだけどね。」


 何が可笑しいのか、猫はそこで「ふふっ」と笑う。  

 このやろう。何が可笑しいんだ。井上は苦痛の続く中、憎悪を燃やした。




「でも、そう頑なに断るんなら、仕方ないよね?」


 ここにきてニッコリと笑う猫。離せッ。離せッ。


「二つ目は血液さ。この契約書に一定量の血を満たせばそれでいい。

 強情な君にはこれがお手軽だと思わないかい?」




 離ッ........は?




 井上は嫌な予感が満載だった。


 その途端、「ぎゃぁッ」と声がもれた。体を揺さぶられる。何だ? と思う暇もない。

 はたまた尻尾で体を動かされたのだ。

 位置が低い。

 床に膝もつく。

 

 しかしすぐに気づく。








 猫は、すぐそばにいた。



「じゃあ、さっそく。君の腹でもかっさばいて、その血を頂くことにしようかな?」



 猫はその爪をギラリと尖らせた。 

 ...ちょ、ちょっと待ちなさいよ。



「ちなみにね、必要量は1リットル。

 気合い入れてね? 

 ...あ、でも安心していいよ? 契約が済めば、あら不思議。契約の加護で君の体はすぐさま元通りさ。

 都合のいい契約でよかったね? 井上さん?」



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