心霊否定派A

ちょっとね、いろいろ考えちゃった話がね、あるんですよ。


あれは、何年前かなー。義母恋子さんとか清畑少年がマスコミを賑わしていた時代。

俗に言う『オカルト・ブーム』の時代ですよ。

私もね、そのブームに乗っかって、自身の心霊体験を語ってる内に『怪談なら稲庭』っていう事になっちゃいまして。いやーありがたい話だなー。

下世話な話。オカルト・ブームには結構、稼がせてもらいましたよ(笑)


今では、偉い人になっちゃいましたけど、当時、オカルト番組を得意としていたTVディレクターのDさんがいましてね。私に言うんですよ。

「稲庭さん、この人知ってる?」

って写真週刊誌を開いて見せるんです。

そこには、真面目そうな中年の男性の写真がデカデカと載ってるんですよ。私、知らなくて、首を横に振ったら、Dさんはニヤニヤしましてね。

「Aさんていう面白い心霊否定派の学者さんなんだけど、会ってきなよ」

って言うんですよ。もう、アポは取ったからって。

ずいぶん、勝手な話ですよね。でも、私も嫌いじゃないですから、会いましたよ。Aさんのお宅まで会いに行きましたよ。


学者さんのお家は年季の入った団地でねえ、ヒビだらけで心霊スポットなんか言われたら信じちゃう感じ。

ピンポーンってインターホンを鳴らしたら、「はーい」って、Aさんがドアを開けてくれましたね。

「うわあ、本物の稲庭さんだ。サインしてくださいよ」

って開口一番。学者とか先生ってどこか近寄りがたい雰囲気があったりするんですが、この人は違いましたね。普通のおじさん。

私、ハイハイってサインをしてたら、奥の、たぶん居間に繋がる扉が半分開いて、そこからひょっこりと女の人が顔だけ出して、こっちを見てるんですよ。

Aさんに「家内です」と紹介された。

キレイというよりは、丸顔のかわいらしい、ほんと、笑顔が似合う女性。

「ちょっと、稲庭さんと出掛けるから、夕飯はいらないよ」

Aさんがぶっきらぼうに言うと、「はーい」って奥様はパタンと扉を閉めた。

「ステキな奥様ですね」

と私が言うと、Aさんはすごい恥ずかしそうに「そう言ってくれる方はあまりいなくて、恐縮です」ってあー奥さんのこと愛しているんだなあ、ってよく分かりましたよ。


その後、Aさんが行きつけの居酒屋で呑んだんですよ。一緒に。穏やかな人でね。すごいいい人。

でもね、いざ心霊関係に話が及ぶと、目をギラギラさせて、熱弁を奮うんだな。

「稲庭さんは肯定派でしょ?駄目ですよ。全部インチキなんだから」

それにはムカッと来ましたよ。お酒も入ってるからなおさら。

で、私が実際体験した怪異をお話したんですよ。

テレビの取材でいわくつきの廃墟に行ったら同伴していた某三人組のアイドルグループの女の子が次々と「幽霊を見た」って発狂しちゃってみんな病院に搬送された。ってまあこんなお話ですよ。

「ああ、なるほどそこに霊能力者というインチキ野郎は二人以上いたんじゃないですか?」

ってAさん。ビックリしちゃった。そうなんですよ、その時、ある高名な霊能力者の方とその助手の方がいたんだな。

「なんでわかるんですか」

「奴らの常套手段ですよ。幽霊の類は全て作り出せるんです」

「作るってなんですか」

Aさんはそりゃ得意気な顔で『幽霊を作り出すポイント』を語りだした。

今日は特別に簡単にちょっと、並べてみようかな。


・幽霊が出そうな舞台。人死にが日常茶飯事だった場所、それが廃墟なら尚良し。


・二人以上の霊能力者。ひとりで、『あそこに幽霊がいます』って言っても説得力という点で心細い。しかし、複数人が見たならば説得力は飛躍的にUPする。ここで重要なのは、掛け合いで幽霊に肉付けする事だそうです。「腰まで伸びた濡れ髪の女がそこに立ってます」ってひとりが言ったら、もう一人が「本当だ。水草が全身にまとわりついてる。きっと、そこの沼に身を投げたんでしょう」ってこんな具合。


・最後は、思春期の子供。子供は感受性が強いから霊能力者の言葉に惑わされて幽霊を見てしまうんだそうです。霊能力者以外の目撃者が出来た事で幽霊の存在が認められるとこういうわけなんだな。度々、修学旅行の生徒が特に理由も無いのに集団で体調不良を訴えるそれと一緒で、三人の少女が次々と卒倒したってのは「集団パニック」の典型だと一蹴されましたね。


あーそうか、なるほどなあ、って思っちゃいましたよ。肯定派には違いないんですがね。一理あるなと思っちゃった。それほど、説得力があったんですね。Aさんの話には。

で、いい感じで酔いが回ったくらいで飲み会はお開きになりましたね。


翌日、Aさんを紹介してくれたDさんから「どうだった」って電話がかかってきましてね。

「うん、確かに面白い人だったね。愛妻家みたいだし」

「愛妻家?」

ってDさん。

「あー、かわいらしい奥さんだったよ」

そしたら、Dさん、急に黙っちゃった。

「どうしたの」

「…え、もしかして丸顔の目がくりっとした?」

「そうだよ、年齢より若く見える感じの、それがどうしたっていうの」


受話器越しにDさんの生唾を飲み込む音が聞こえた。


「Aさんの奥さん。三年前に交通事故で死んでるんだよ…」


もう、ゾゾゾゾーって鳥肌たっちゃった。

それで、しばらく考えちゃいましたね。

どういう経緯でAさんが心霊現象を全否定するに至ったのか…とかいろいろね

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