第1話 Bパート 俺たちの最終決戦



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飛行機と電車を乗り継いで2時間半。ここが俺の家族が住むことになる街だ。時刻は朝の7時を過ぎたところ。新しい制服に袖を通して、学園への地図を片手に俺は家を飛び出した。


見慣れない景色が流れていく。忙しそうな人、おしゃべりする人、楽しそうな人。人々はみな、それぞれの人生を思い思いに生きている。

「俺たちの手で掴んだ平和、か……」

桜の舞う穏やかな空。初めて踏み入れた学園の校庭には、他愛のない挨拶や、朝練に励む部活生の声が響く。こんな何気無い日常こそ、本当は誰もが求めているのかもしれない。

そんなことを考えていたら不意にチャイムが鳴り、慌てて俺は教室に向かった。



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「今日は転校生を紹介する、入ってくれ」

何度転校しても、この瞬間だけは緊張する。新しい制服の匂いを、胸いっぱいに吸い込んで、教室のドアを開けた。みんなの視線が集まってくる。

「赤崎竜太です。親の事情で転校してきました。なんていうかその…よろしく!」

教室いっぱいに拍手が響く。なんだか照れ臭くて目を伏せた。思わず髪を搔き上げると、軽くなった左腕がこめかみに触れる。

……きっともうこの腕に、ギガチェンジャーを付ける事はないのだろう。

これからの俺はギガレッドじゃない、ただの赤崎竜太なんだ。


「赤崎、あそこがお前の席だ」

感傷に浸っていると、急に声をかけられて、驚いて顔をあげる。みんなの目には、落ち着きなく映ったらしく、緊張しているのか?という先生の問いかけに、曖昧に笑って誤魔化す。急いで示された席に向かうと、突然近くの席の男の子が手を差し伸べてきた。


「転校生だってな、いろいろ大変だろうけど、頑張れよ。俺も力になるしさ」

「あ、ありがとう! これからよろしく!」

緊張しながら力強く握り返すと、ふと少年の装いに、なんとも言えない違和感を感じる。時間の止まったような感覚の中で、差し伸べられた右手の袖から覗く、なんだか見慣れない

--いやむしろとても見覚えのあるものが目に入った。




……ん?




くるりと前を向き、元のように腰掛ける少年を、物凄い勢いで凝視する。何度見返しても、間違いなくその少年に装着されている。時計にしては異様に大きな。俺以外ならそうそう、いや、普段なら絶対に目にすることのない



待て待て待て、お前の右手についてるそのウォッチは何!?どう考えても時間を測る以外の機能がついてるよね!?通信とかできちゃうやつだよね!?時計にしてはゴツ過ぎるもんな!!

えっ、変身アイテム?まさかの同僚!?!?

っていうか、もしや現役!?!?




あまりの事態に頭の回転が追いつかない。思考回路がショート寸前だ。

腰が抜けてたのか、いつの間にか席に座ってた。先生が前で何か話しているけどまったくもってそれどころじゃない。まさか、たまたま入った学校に現役のヒーローがいるなんて。なぜだ、なぜ転校早々、唯一と言っていいほどの俺のアイデンティティが、揺らがされようとしているのか。


勉強はまるっきり出来なかったけど、人々を守っていく中で、自分にもできることがあると気づいた。自分と仲間達をつなぎ、育ててくれた特別な力。それを積み上げてくれたものの特別さがいま、思わぬ方向で崩れようとしている。




いやいやいや、しかもなんで絶妙に斜め前なんだよお前の席。授業中嫌でも目に入るじゃんか。いや、だから振り返ってきてウインクじゃないよ。『この学園のことは任せろ』みたいなドヤ顔でこっちを見るんじゃない。

こちとら感傷に浸ってたの! 特別な力を失って、それでもひとりの人間として大きくなっていくみたいな、そういうノスタルジーに浸ろうとしてたの!!もうちょっと余韻を味あわせてよ!

高校の見知らぬ同期が後輩って心中複雑すぎるだろ!!!



頭を掻き毟ったり、机にぶつけたりしながら、ひとしきり心に渦巻く思いの嵐をやり過ごしていると、不意にピカピカの机に映った自分と目があった。くしゃくしゃになった髪が、情けなく取り乱している俺の顔にかかる。そんな姿を眺めていたら、自分の中にもすこしだけ、気持ちの余裕が生まれてきた。



ま……ちょっと大人気なかったかな。新たな後輩(?)の活躍を応援できないなんて、先輩失格だよな。俺だって、いつまでも子供じゃない。こうして先輩になった以上、かつての自分に縋り付くのはやめよう。





心の中でひとりそう思うと、深呼吸をして、前に向き直った。複雑な気分ではあるけど、先輩っていうのは悪くない。それに、きっと彼が活躍していることで守られてる、誰かの未来もあるのだ。

大人になろうと努力する気持ちを胸に、それなりに冷静になって前を見ると、教壇でいまだに先生が喋り続けていた。よくよく聞けば、ガイダンスや入学前に説明されたことばかりで、あとは全体に学校での過ごし方とか、受験の期間の心構えとか、俺にというよりは全体に語りかけてる感じだった。


大して勉強ができなかったこともあって、前の学校でも口を酸っぱくされて言われたことだ。(主に生徒指導に)そんなもんだから、通り一辺倒な高説にも、だんだん飽きてきて、そわそわと周りを見渡し始めた。絶対こういう時に、早弁してるやつとかゲームしてるやつとかいるよね。


さっき一人の大人になるとかほざいてみたけど、やっぱりなんだかんだで、サボり仲間は欲しい。受験だって、どこ行くかなんて決まってないし、もともと俺に勉強なんて向いてないのだ。






幸い、教室の一番後ろの席だったので割と周りが見渡せる。近くの席で女の子がカードを広げていた。あ、ほらいるいる。トランプ占いとか授業中に……え?


なんだろう……トランプだと思ってたんだけど……。明らかトランプじゃない絵柄だよなあ。バーコードもついてるなあ。スキャナーぽいのも持ってるなあ。

いま一瞬ケータイと謎の生き物が融合したみたいなのが見えた気がするんだけど、気のせいかな。疲れてるのかな、俺。ははっ。




そっと腰につけたポシェットに、そのコンパクトサイズのケータイをしまう彼女。こうして見ると、一見ただのケータイにも見える。そうだ、あれはケータイだ。何を言ってるんだ俺は。あれはケータイなんだ。どこからどう見てもそうだろ? しっかりしろ赤崎竜太。




全力で見間違いであって欲しかったが、どうやら現実はそう甘くないらしい。




あああああああ〜〜めっちゃポシェット跳ねてるうう〜〜〜!

ビョンビョンしてなんか訴えてる〜〜〜! いやあなたも動揺しすぎでしょ! 隠す気ゼロか!! なんでそいつ家に置いてこないの! 理由はわかるけどさ!!! ともかくそれ抑えて! みんな気づいちゃうから!




なんかもう、ものすごく目も当てられないような気分になる。自分がそうだったのもあって、他人の秘密が暴かれそうな姿を見てしまうと気が気じゃない。

……まあこの場合、俺は秘密を知っていいポジションに値するのか、非常に微妙な気はするんだけど。


これ以上見てられなくて、苦し紛れに反対の席へ振り向く。あれは心臓に悪い。

あんなもん幻覚だ幻覚。俺は関わらないぞ。




そんなことを考えてながらふり向いた先で、机の下でスマホをいじってるやつが目に入った。

お、いたいた。俺も良くやってたなあ。ま、だから勉強できないんだけど。

学園って言っても、真面目な生徒ばっかじゃないってことだな。退屈な授業を真剣に受けてたって、ノイローゼになっちゃうぜ。

へへ、俺みたいなやつがいてよかったよかった。



……良くないんだよ!!



なんだよそのスマホ!明らかに変形するだろ!?スマホカバーとかさ(確かに最近は異様にでかいヤツもあるけど)そういう次元じゃないよなそのサイズ!!

てかもう手に収まってないじゃん!むしろ日常生活に支障がある大きさだよ!ポケットに入らないじゃん、どこに入れるんだよそれ!!




そいつの机の上には、他にもいっぱいゴロゴロと、文房具にしては異様にごついものが並んでいた。多分これも変形して、偵察とかしに行くんだろう。いや見たことないけど。俺も使ったことないけど。想像だけど。


なんだか急にぐったりしてしまって、諦めて前を向く。

右を向いても左を見ても、ツッコミの嵐だなんて地獄だ。





しかし、地獄はそこで終わらなかった。





ゴトッ!と後ろのロッカーから突然音がした。思わず振り返ってしまい、俺は唖然とする。

学生鞄が……動いてる。

明らかに中に何か生き物が入ってる、それも猫くらいの大きさの。

それがジタバタと、鞄から出ようともがいている。

これだけ次から次へ異様なことが起こる学校だ、絶対にヤバいものが入ってるに決まってる。


はっきりいうが、俺はホラーものが大っ嫌いだ。黒猫だけでも見るとドキッとするのに、スプラッタな肉の塊とか、動く人形とか、そんなのを見た日には間違いなく卒倒するだろう。

鞄の中身が飛び出す前に、なんとしても早く前を向きたくて堪らないのに、体がいうことを聞かない。呼吸が早くなり、金縛りにあったように視線が逸らせなくなる。


もぞもぞと動いていた学生鞄のファスナーが、徐々に徐々に開き始める。

やめて。やめて。俺本当にそういうの無理。見たら呪われるとか、俺絶対にダメ。

無慈悲にも、何か異物の入った鞄が開け放たれようとしている。

思いつく限りのシナリオが頭を駆け巡るが、いずれにしろもう手遅れに思えた。

最悪、俺死ぬかもしれない。



人の腕が通れそうなほどまで、ファスナーが開いた。まるで予兆のように、突然学生鞄がピタリと動かなくなる。

グググググ……と飛び出そうと縮む、その鞄の中の

心臓が高鳴るに連れ、俺の呼吸が浅くなる。

ああ、もう無理だ。終わった。


俺の精神が限界に達したその時。

ズボオッッッ!!!!!


突き出すように鞄から飛び出したのは


……もふもふの腕?



「うっ、うん、うんしょっ! 全く、ミミカもひどいクマ。こんなとこに閉じ込めるなんて」

なんの変哲も無いクマのぬいぐるみが、ファスナーを開けて、外に出ようとしている。ああびっくりした、なんだ、ただのぬいぐるみか。



ぎゃああああああああああああああああ!!!!!

ぬいぐるみが喋ったあああああああああああああああああ!!!!



その場で叫ばなかったのが奇跡なくらい、俺は心の中で絶叫した。混乱する頭の中を整理できずに、救いを求めるように先生の方を振り向く。

先生!このクラスに動くぬいぐるみがいます! 早く外に放り出してください!


先生は俺たちの方を向いて話していたから、絶対に俺と同じようにこの、不気味な動くぬいぐるみを目にしてるはず。先生ならきっとなんとかしてくれる。


……なんて思ってたら先生なんか探し物してるうううううう。机探って資料探そうとしてるううう。なんてそんなジャストタイミングで後ろ見てないんだよ!

気づけよ! 後ろになんかやばいやついるんだって!!




恐る恐るもう一度振り返ると、あのクマと目があった。

「あうっ」

可愛らしい鳴き声をあげて、あわわわわ!見つかったらダメなんだクマ!とかなんとか言いながら、ヨタヨタと鞄に戻っていく。


いやもう手遅れだよ!!!!

え、大丈夫なのかあれ。見てもよかったのか。呪われるとかそれ以前に、口封じでやられるとかないよな。もしくは、あのクマの言ってた、ミミカって人の下僕になるとか?

俺大丈夫かな。もしかして一番やばいもの見たかな。


どんなに可愛い見た目をしていようが、普通動かないようなものが動き出すっていうのは、はっきり言って不気味以外の何ものでもない。しかもそれが、後ろのロッカーの学生鞄に詰め込まれてる。背筋がぞわぞわした。





呆然として、再び動かなくなったボストンバックを見つめていると、程なく後ろのロッカーの異様さに気づき始めた。本来は、机に入らないものをしまう場所として活用されるロッカー。部活動生の必須アイテムなんかも、ここに突っ込まれている。


……いや、竹刀が入ってそうな袋多くない? ロッカーから飛び出してるけど。

多分竹刀じゃない剣も混じってるよな、それ。

てかなんで大体みんな、学生鞄パンパンに詰めてるんだよ!

ああもう、ちゃんと閉じてないからなんか溢れ出しそうになってる!

誰だよ、ソフビ大量に詰めて学校に持ってきてるやつ!




あのクマ以上に俺の寿命を縮めるものはなかったが、俺の精神を消耗させるのには十分すぎるアイテムが並んでいた。端から突っ込んでたらキリがない。

何故だ。なぜ今なんだ。

俺が現役で戦ってた頃なら、きっとこの状況も受け入れられたけど、今の俺は言うなればOBだ!一般人なんだ! ヒーロー当事者じゃないけど、かと言って全く関係者じゃない訳でもないって微妙なポジションなんだよ!

そんな状況下だから、そんなアイテム見せられたってどう接したらいいのかわかんないよ!

ぐるぐると頭の中に、今日目にしたものが渦巻く。




1人で悶絶して、憔悴しきった頃。気がつけば先生が再び教壇の上に立っていた。

慌てて、のそのそと疲れた顔を上げる。何も書かれてない黒板の前で、先生が教卓に手をついて、語りかけるようにみんなへ顔を寄せた。真面目そうな顔で、大きく声を張り上げて言った。

「以上が学園生活と、受験の心構えのガイダンスだ。それと、赤崎が困っているようなことがあったら、みんなで助けてあげるように」

「「「「「はい」」」」」

結局、その日の授業は何一つ頭に入ってこなかった。



俺はこの学園で、うまくやっていけるんだろうか……。

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元レッドなんだがwwwwwwwww きりんぱん @kirinpan

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