もしも香川県だけに「ゲームは1日1時間」という条例ができたら

「あと少し!」

「いけるいける! このまま押し切ろうぜ!」


 いや……無理だ。

 持ち込み制限3個のマジックブースターを2個使ってしまった。ブースター1個じゃ7層のメテオライトゴーレムの突破に3分、最低でも2分40秒はかかる。するとタイラントドラゴン戦で使える時間はせいぜい5分。とてもじゃないが削り切れない。


「メッツ、攻撃しろ! 時間ないぞ!」


 深呼吸を一つして、キーボードを叩く。


「僕は引退します」


 やれるだけのことはやった。諦めるしかない。


「メッツ!」

「ここまで来て何言ってんだ!」

「行けるところまで行ってみようよ」


 チャットの文字が温かい。今、この時間、確かに僕に向けた送られた言葉。画面の向こうに人がいる。


「これ以上皆さんの邪魔はできません。今まで足引っ張ってごめんなさい」

「そんなこと思ってねーよ!」

「遊んでくれてありがとうございました」

「メッツ、落ち着け。今回駄目だったからって何も引退まですることはないだろ。レベルを上げれば火力は上がるし、もっといい作戦があるかもしれない」

「でも、何をしようにも僕だけ時間がありません」


 1日1時間のレベル上げじゃたかが知れている。すぐにみんなとの差が開いていく。

 常に残り時間を気にしながらでは話し合いも満足にできない。焦ってしまう。今だってそうだ。

 自動シャットダウンまで、残り12分19秒。


「1時間以内でできることを考えようよ。大穴が無理なら他行けばいいじゃん」

「そういうわけにもいかないでしょう」


 現状、4枚目のスキルパネルを解放するにはアヌビスの大穴を攻略するしかない。そして、4枚目を開かないと今後の選択肢が極端に狭まる。高難易度ダンジョンに挑むのはほぼ無理。すでに行ったことのある場所で狩りや生産を続けるぐらいしかできない。

「遊び方は無限大!」と広告は言うけれど、どうしても避けて通れない道もある。たぶん、人生もそうなんだろう。高校も卒業しないで成功したやつがどれだけいる? 僕ら凡人にとって、生き方は無限大じゃない。


「そもそも1時間縛りさえなければとっくにクリアできてるはずなんです」


 僕がパーティーを抜ければ済む話だ。

 今はみんな優しいことを言ってくれるけど、この状況が続けば内心イライラする人も出てくるだろう。それが怖い。


「僕のことはもう気にしないでください。香川県に生まれたのが悪いんです」

「くそ、香川め! メッツお前やっぱり引っ越せよ!」

「無茶言うなイエモン。メッツはまだ高校生だろ」

「香川県議会憎し。うどんボイコットしようかな」

「うどんに罪はありません。つるつる食べてください」


 うどんへの熱い風評被害に僕は心を痛めている。SNSには「これがうどん脳か」「うどんでもこねてろ」そんな書き込みがずらりと並ぶ。

 うどんは何も悪くない。海や空がただそこにあるように、うどんもただ存在している。つやつやと輝いている。


「うどんの話はまた今度にしてさ、今は大穴の攻略を考えよーぜ」

「おk」

「せやね」

「ジョブ編成見直してみないか?」

「そうだな。思い込みに捉われ過ぎている気がする」

「壁役を外したパターン、改めて検証してみる?」


 さんざん試してきた。その結果が今の編成だ。壁役や回復役を外せば序盤の突破は早くなるけど、結局最後までもたない。5層の手前でリソースが尽きる。

 もしかしたら何か隠された方法があるのかもしれない。1時間縛りで大穴の攻略に成功したらちょっとした伝説になるだろう。でも、もういい。

 現実と違って、活躍できるからゲームをやってきた。現実と同じようにみんなのお荷物になるなら、続ける意味がない。


「皆さん、もういいです。僕が抜けるのが一番の攻略です」

「そう言うなって。惜しいとこまでは来てるんだから、きっと何か手はある」

「僕が嫌になったんです。これ以上はつらいです」


 チャットが止まった。

 呆れられたかな。

 僕のために考えてくれてるのに、その僕が駄々をこねてる。

 みんな今どんな顔してるだろう。

 くそ、どうしてゲームでこんな思いをしなきゃならないんだ。


「引退して、それからどうするんだ?」


 ……どうするんだろう。


「わかりません」


 運動部のノリが無理で、オタク系のグループとも気が合わなくて、唯一の居場所がこのゲームだった。

 ずいぶん長い時間を費やしてきた。だからこそ大人たちはやめさせたいんだろうけど。

 頑張って、現実の学校で、新しい居場所を探す? 本当に今、そんなことしなきゃいけないんだろうか。

 いつだったか、学校でハブられてるという話をしたら、ゴマムギさんが「やり過ごせ」と言ってくれた。


 ――社会に出てしまえば、自分が生きやすい場所はいくらでも探せる。子どもには想像もつかないほど自由になる。だから、運が悪かったと思ってやり過ごせ。その間俺たちと遊ぼう――


「わかりませんけど、どうしようもないです」


 法律を変える力なんてない。まだ投票権すらないんだし、大人の決めたことには逆らえない。


「あのさ、引退までしなくてもよくない? パーティー抜けてもゲームは続けなよ。私たちもメッツと話したいし」


 ああ、ヘルシアさんは優しいな。旦那さんが羨ましい。きっとヘルシアさんはきれいな人で、旦那さんもいい人で、明るい家庭なんだろうな。そういう人生を送ってみたかった。


「香川県民限定のパーティーメンバー募集出てるよ。これに入ってみるとか」

「お、なるほど! それなら条件は一緒だもんな。ヘルシア頭いいじゃん」

「私のアイディアじゃないけど」


 もちろん、県民限定のパーティーに入ることも考えた。でも、時間を合わせるのが面倒だし、大穴が攻略できないのは変わらない。何より、この人たちと別れて、気兼ねなく話せる仲間が新しく見つかる気がしない。


「ありがとうございます。でも、中途半端になっちゃうんで、やっぱり引退しようと思います」

「メッツ、もう時間がない」


 言われて時計を見る。いつの間にか残り3分を切っていた。


「明日、ログインしなくてもいい。当分ログインしなくてもいいから、アカウントは残しておいてくれ。それで、気が向いたらいつでも会いに来てくれ。俺たち友達だろ?」


 ……。


「それに、条例は変わることもある。香川県民は永遠に1日1時間しかゲームができないと決まったわけじゃないんだ。あの条例はわりと笑いの種にされてるし、近いうちに撤回される可能性はある。とにかくアカウントは消さないでくれ」


 ゴマムギさんの言うことはいつだって正しい。

 でも、アカウントを残しておいたら、僕は未練に押し潰されてしまいそうな気がする。


「ゴマムギさんは僕の憧れでした。いつか『やり過ごせ』って言ってくれた時のチャット、大事にスクショしてあります」

「メッツ!」

「ヘルシアさん、いつも優しくしてくれてありがとうございました。学校はクソつまんないけど、ここにいる間は本当に楽しかったです」

「待ってよメッツ。そんなお別れみたいなこと言わないで」

「イエモンさん、仲間になってくれてありがとうございました。最初にパーティー組んだのがイエモンさんじゃなかったら、僕はきっとここまで続けられなかったと思います」

「メッツ、早まんな! とにかくアカウントは残せ」

「皆さん、今まで本当に」


 最後の言葉は送信できなかった。

 強制シャットダウン。ゲーム中にこれが起きると、ペナルティーとして20時間、端末の起動ができなくなる。

 アカウントを消すには、明日まで待って、もう一度ゲーム画面を開かないといけない。20時間――長過ぎる。心変わりしないといいけど。


 僕はノートパソコンの蓋を閉じ、台所に行って、小麦粉をボウルに入れた。そこに食塩水を加え、心を無にしてうどんをこね始めた。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る