第6話 発明や飛行をアンダルシア
1
何番のボタンを押すか迷ったが、瀬勿関先生が代わってくれた。1から7の順ですべてを同時に点灯させる。
スクリーンに後ろ姿が逆光で。
「課長!」本人確認のつもりで呼んでみた。
「課長ではないよ」課長だった。「課長じゃない。課長は」
「質問は三つまでだ」瀬勿関先生が監視している。
ライブ映像であることを期待して。「娘さんの復讐はいいんですか?祝多さんがいなくなったくらいで」
「最初はそうだったさ。そのつもりで対策課を立ち上げたし、祝多も巻き込んだ。しかし祝多が死んだ。消されたんだ。ムダ君、きみも第一線を退く羽目になった」
僕は核心に近づきつつある。
しかし、核心に触れたくない僕も存在する。
「あと二つ」瀬勿関先生が言う。
「先生にもできますよね?」質問。
「こちらも二つだがな」瀬勿関先生が壁にもたれる。「残しておいたほうがいいんじゃないか。本当に二つしか答えないぞ」
「この更生研究所を出所というのか、更生して出られた性犯罪者の中に、課長が含まれてますね?」
「君はケーサツには向かない。私の部下になれ。歓迎する」
「答えてください」
「登呂築が本名じゃないと聞いたろう」瀬勿関先生が言う。「私が与えた名だ。そうだよ。登呂築は私の更生プログラムによって更生した数少ない成功例だ。が、祝多がいなくなってしまったからな。再発だよ。元の木阿弥だ」
あと三手。三手もある。
僕は三手も使って自分の首を絞めなければならない。
「課長。娘さんを死に追いやった犯人は、ここに収容されていませんね?」
「ああ。野放しだよ。いまものうのうと生きてるさ」
「最後だ」瀬勿関先生が言う。
「娘さんを死に追いやったのは、祝多さんですか?スーザちゃんですか」
「野放しだよ。それが答えだ」課長が振り返る。「祝多の名前を教えようか。優秀すぎる部下に餞別といこう」
「受け取れません。チケットを使い切りました」
残る一手。
瀬勿関先生がスクリーンを沈黙させる。7から1の順でボタンを押して。「本当に考えないか。対策課も存続自体危うい」
「僕が追い続けていた悪はすでに亡い」
「わかっていることを質問するな。ムダ遣いだな」ムダ君。瀬勿関先生が微笑む。「有谷霜子はイブンシェルタに収容れる。ルシュドの席が空いている」
「惣戸杏里耶でなくて?」
「あいつは消えたほうがいい」瀬勿関先生が呟く。
2
時刻は18時。そんなに、なのか。まだ、なのか。
裏通りが徐々に活動を始めつつある。
祝多出張サービスの敷居を跨ぐ。二代目店主のスーザちゃんが、待ってましたと言わんばかりに。
天上の頬笑みをくれる。「真相に至れまして?」
何と言い返しても不適当な気がした。
立っているのも不適。座るのだって不適。
寝るか、いっそ。
「スーザちゃん」
「はい?」
「僕のこと」
スーザちゃんが僕の正面に。「ええ。とても」
「どのくらい?」
「ママからお話を聞いたときに、運命の方と悟りましたわ」
スーザちゃんの髪に触れる。
スーザちゃんはその手に触れる。「うれしいですわ。ムダさんがわたくしに」
「祝多さんは課長が」
「そのようですわね。ですがママは少々強欲なところがおありでして。本心などわかりませんのよ」
「でも胡子栗は殺された」
「わたくしが助けましたけれど」スーザちゃんは僕の手を。
胸と胸の間に持っていく。
感触も温度も麻痺する。零下。
隷下。
「君の思い通りに動いてくれて」胡子栗をして。
課長と祝多さんの間を裂かしむ。
「ママは恋の病に支配されやすいところがございますのよ」
「君は大丈夫なの?」
スーザちゃんが照明を落とす。遠隔操作。
「病気のせいにしてくださいますの?本当にお優しいですわね」
表情が見えない。見るなということだろうか。
右手でスーザちゃんの気配を感じる。
左手でスーザちゃんの気配を消すべく。
「三つ訊くよ」落ち着け。冷静に。
「なんですの?セキさん方式など採らずともムダさんのご質問ならばいくつでも」
「じゃあ七つ」正直に答えてくれることを期待して。「祝多さんを殺した?」
「ええ」
「二代目になりたくて?」
「ええ」
「課長の娘さんを殺した?」
「ええ」
「課長の娘になるために」
「ええ」
いま幾つめだ。
スーザちゃんの回答が肯定一辺倒なので混乱する。
「ええっと、本当は男?」
「いいえ」
スーザちゃんにつかまえられている右手が下に。
つかんではいけないものをつかまされる。
「違いますでしょう?」
思考が乱される。
それが狙いだったら大したものだが。
「祝多さんの本名は?」
「偽名ならお答えできましてよ」
「祝多イワン?」
「ええ。ムダさんもよくご存じのはずですわ」
スーザちゃんにつかまされている右手を囮に。
左手で。
いま、
眼が慣れた。「動かないで」
「あら?両利きでしたの」
照準を眉間に。
震えてるのが自分でもわかって嫌だった。
「どうぞ?ご自由になさって」スーザちゃんが眼を瞑る。
「君を殺してもどうにもならない」
「気は晴れますわよ?」
気を晴らしたいんじゃない。
「復讐してくださいな?」
復讐を。
したいのだろうか。スーザちゃんにこんなものを突き付けているということは。
彼女は悪だ。悪を殺したスーザちゃんは。
正義?
いや、悪だろうが正義だろうが殺したのなら。
悪になる?本当に?
僕は彼女を捕まえて。
どうしたかったのだろう。気を晴らしたかったのだ。
僕は銃を下ろす。
「殺す価値などありませんのかしら?」
「君は僕が捕まえる」
「お待ちしてますわ」スーザちゃんが眼を開ける。「キスしてくださらない?とても怖かったのですわよ」
また眼を瞑ってしまった。
スーザちゃんは。
どうして僕なんかを。「僕じゃなきゃダメなの?」
「まあ、そのような物騒なものを押しつける気でいましたの?この可憐な唇に?」
「そうじゃなくて」銃を仕舞う。「なんで僕なんか」
「キスしてくださったらお教えしますわ」
「じゃあいいや」
3
一発付き合うという見返りで得た情報によると。
祝多さんは、
本気で課長に。
「俺じゃないんだよ?利害が一致したってゆうか」胡子栗は、この期に及んでも尚自分を正当化する。スーザちゃんに罪をなすりつける。
「続きは服着てからにしてくれません?」
「あーそーだ。俺の直属の部下のムダ君としては、やっぱり課長である俺の本名。知りたいんじゃないかな?知りたいよね?」
「なんで暴君なんですか」
「あーそっち?そっち来る。うーんとね、話せば長いんだけど」
「じゃあいいです」
腰に絡みつく胡子栗を引っぺがして。
熱帯夜の風に当たりにベランダへ。さすがの胡子栗も真っ裸のまま外に出ようと。
している。
僕は、戸が開かないようにつっかえ棒のごとく座る。
「開けないとカギ閉めるよ?」
「公然猥褻で捕まってもいいんですか?現役の警察官が」
「いいよ。俺、ケーサツじゃないもん。ムダ君にならむしろ捕まりたい。捕まえてよ」
「え、あの」警察官じゃ。
「ないよ。民間委託だって、聞いてない?」
あれはそういう意味か。「じゃあ課長も」
「課長は俺。トロツキは課長じゃないの。憶えてよー」
うるさいので室内に戻る。こんな深夜に近所迷惑も甚だしい。壁が薄いのですでに近所迷惑だった可能性も否めないが。
「僕はまだ警察官なんでしょうか」
この度の異動は左遷ですらなくて。
懲戒免職に等しい。
対策課に配属される以前に僕は。
彼女を捕まえる資格を剥奪されていた。ということか。
「対策課はどうなるんですか」
「どう、て。正真正銘の課長が黄泉の淵から蘇ったわけだから?そりゃこれからが本番て感じで」胡子栗が圧し掛かってくる。
電話が震えた。僕のじゃない。
「出られたほうが」
「どうせスーザちゃんだよ。嫉妬の邪魔っ子着信だ」と言いつつ胡子栗は、しぶしぶ耳に当てる。「はーい?なに。あーうん。えー?わざとじゃないの? うううん。へいほー。りょーかいしましたよっと」切った。「まずい。対策課、緊急出動」
「どうしたんですか」相手がスーザちゃんなら。
僕のところに掛かってきたっていいのだが。
僕の部屋に。胡子栗がいることを見越して。
胡子栗に掛けてきたのだとしたら。
その証拠にほら。
着信なし。「まずいですね」胡子栗死亡まで秒読み。
「惣戸杏里耶がまたやっちゃったって」胡子栗が僕の衣類ケースを漁る。「電車ん中。終電近いから被害は最小限かなあ」
「保護してたのでは?」
「テキトーに借りてい?」
「下着以外なら」
「ノーパンで現場って?うーわ、スカートなんだよ?地下鉄の風とかってそれはそれはよーしゃなく。て、聞いてる?」
0時10分。
三つの路線が交わる駅。地上から一番遠いところを走っている路線のホームに。電車が止まっていた。
改札付近が運転見合わせ云々でごった返していなかったのは、すでに終電を迎えた後だったからだろう。いや、むしろいままさにホームに止まっている電車こそが終電だったのか。
なんにせよ、胡子栗のスカートが強風に煽られる可能性は皆無となったわけだが。
「被害者の痴漢おっさんは、深夜だろうがぎらぎら血気盛んな一課に任せようね」胡子栗が周囲を見回して。「どこだろ」
てっきり身柄を拘束されているのかと思いきや。
一課連中も鉄道会社側も、惣戸杏里耶の犯行だとまでに至れておらず。いま必死に寄ってたかって、現場の検証ならびに原状の回復に努めており。
原因を把握しているのは、スーザちゃんだけ。という。
胡子栗が捜しているのはスーザちゃんであり、惣戸杏里耶はとっくに逃げおおせたあと。
仕事帰りの会社員が三名。終点の駅にて、変わり果てた姿となって発見された。
どこぞの駅から乗った惣戸杏里耶が、会社員三名と。電車内で痴漢行為に及んだのち、毒殺にて男たちを皆殺し。どこぞの駅で堂々と降車する。シートには小型ビデオカメラ。地下鉄特有の変わり映えしない真っ暗の車窓をひたすらに揺らし続けていることは容易に想像がつく。
手口が同一。気づかないのか。
気づけないのか。
第3の事件の証拠品を、根こそぎ課長に奪われていたのなら無理はないが。オリジナルごとカメラを破壊されている。投擲。
改札につながるエスカレータを上ろうとしたとき。
文葦学園の制服を着た少女が。僕らを見下ろしている。
惣戸杏里耶だ。
「天罰が下った」少女はそれだけ言うと、行ってしまおうと。
「待って」エスカレータを駆け上がる。立ち止まってだとか、歩かないでだとか、況してや走らないでだとか。
そんなことをちまちま考慮していられない。「ちょっと」
胡子栗に連絡する手間が惜しい。二手に分かれてスーザちゃんを捜していたのだが。
どこ行きやがった。
惣戸杏里耶は、別の路線の乗り換え用連絡通路へと。足は決して速くはない。この駅の利用頻度の違いだ。突き放される距離は。
「待って」
「と言われて待つ逃亡者などおりませんことよ」スーザちゃんの声がして。前方で。
足が止まる。「どうも?役に立たない二代目さん?それと」惣戸杏里耶はくるりと振り返って。「お人よしのケーサツの人?体力つけて出直しといでよ」再び前に向き直る。
「先生から抹殺指令が下りましたのよ」紫のワンピースなスーザちゃんは脇の通路に目配せをして。
屈強な精鋭たる手駒が四名。歴代特撮ヒーロのお面を付けた。阿邊流秋の依頼で、胡子栗が引き連れていた四名とは別の部隊のような気がした。纏う戦闘的なオーラとかが。お面も違うし。
彼らがぐるりと。
惣戸杏里耶を包囲する。
「搾取する人には天罰が下るよ」少女は臆していない。
「イブンシェルタにお戻りになられますのなら」スーザちゃんは最後通告をするが。
「誰が。あんなとこ」
「そう。残念ですわね」スーザちゃんの合図で。
一斉に。
特撮ヒーロたちが。
かわされる。すり抜けて。
ホームへ続く階段へと。
一直線。
もう一人が。
「ソウコちゃん」有谷霜子が。
「ソウコちゃん?」惣戸杏里耶が。「ソウコちゃんだよね?」手を取る。「あーよかった。心配してたんだよ?」
どうして有谷霜子がこんなところに。
イブンシェルタ送りになったのでは。
スーザちゃんは何も言わない。様子を見ている。
すぐ傍らに特撮ヒーロを控えさせて。
「帰ってくるよね?」惣戸杏里耶が言う。「帰って来たってことなんだよね?」
「うん。ばいばい」有谷霜子が。
階段を。
もう一人の。
「ソウコさん」スーザちゃんの声が掻き消した。
階段を。
落ちていく。階段で。
姿を消す。
階段を。
見ていない。
掴んだような押したような。
「ソウコちゃん」有谷霜子が。
有谷霜子だろうか。
倒れているのは。
立っているのは。
惣戸杏里耶だろうか。
同じ制服。か細い腕と脚。
似たような髪型。
特撮ヒーロたちが。倒れている少女を。
確認して。
「生きていますの?」スーザちゃんも階段を下りる。「早く。連れて行ってくださいな」ケータイを耳に。「最悪の結果ですわ。いますぐそちらに向かいます。ええ。ご準備を」
倒れていた少女がどこぞへ運ばれていく。
立っている少女が心配そうに見守る。「ソウコちゃん」
「どうしてここが?」スーザちゃんが有谷霜子に尋ねる。
有谷霜子か。
いや、惣戸杏里耶はたったいま飛び降りて。落とされて。
「満足ですの?」
突き飛ばして。
「わたしのお父さんを奪ったんです」有谷霜子は、ぞっとするくらい平板な音を発声させる。「天罰です」
「あなたのお父様ではございませんわ」
「ソウコちゃんに奪られたくなかった」
「あなたは有谷霜子さんでは」ない、とばかりに。スーザちゃんが首を振る。
EVEn6
Q.あなたは樫武射月か
「いいえ」
※少女6 じっと手元を見つめ不動
「樫武イルナです」
Q.樫武射月とはどんな関係か
「射月は搾取されすぎて消えてしまいました。そこで私が樫武イルナとなって命を付け足したのです」
Q.命を付け足すとは
「イブンシェルタで行われている治療法です。セナセキ先生が開発されました」
Q.もっと具体的に
「搾取されて消えてしまった部分に強靭な物質を流し込み、搾取に耐え得る内臓を作り出すのです」
Q.自我を強化する
「違います」
※少女6 不動
「樫武射月は存在します。私とは別に」
Q.二重人格?解離?
「先生は違うと仰られました」
Q.人格の交換
「詳しくは先生にお聞きください」
Q.樫武イルナさんがオリジナルの樫武射月になり代わった
「死んでしまいましたから」
※少女6 微動
「全世界から私たちを搾取する男がいなくなればもしかしたら生き返るかもしれませんね」
Q.それが動機か
「射月を生き返らせるために?そうですね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます