第4話 廃墟1階にて空腹を満たす。
黒革のドレスの少女は階段を降りる。
そこはキッチンダイニングが広がっていた。かれこれ目覚めてから4時間は経過していたが黄昏時は続いていた。
これが永遠の黄昏なのだ。緩やかな時間だけが流れ、世界を西陽が覆い続けている。決して現実などではない。しかし、少女の空腹感は現実感をもって現れた。
キッチンの上に様々な食材が置かれている。バケットの中に数本のフランスパン、大皿の上にクレソンやらピーマンやらブロッコリー等等様々な野菜がまるで山の様に盛られている。その隣には牛肉だと思われる肉の塊が置かれている。銀製のポットにはミルクが並々と満たされている。
不思議な事にそれらの食材は何れも新鮮そのものであった。
少女はキッチンの片隅にメモを見つけた。
【この食材を貴方様に差し上げます。調理器具から食器まで好きなようにお使い下さい。】
貴方というのが誰を指すのかは不明だが空腹の少女は自分の事であると思い込む事にした。キッチンに備え付けられた各種包丁の中から自分の手に合いそうなステンレス製のオーソドックスな物を手に握ると肉の塊を厚切りステーキのサイズに削ぎ落とした。
コンロの上に年期の入ったフライパンを置き油を敷いて点火した。
フライパンが熱された頃に塩コショウを振りかけた肉を投下する。
油のはぜる音と共に食欲をそそる肉の焼ける匂いが鼻腔をくすぐる。
少女は嬉々として包丁を振るう。瑞々しい野菜達はまな板の上でダンスを踊る。踊り終えた野菜達は皿に盛られドレッシングをかけられた。
鉄板の上に存分に焼いたステーキを乗せ、その上に置いたバターが溶けていく。
ミルクをグラスに注ぎ、フランスパンをスライスして小皿に乗せる。ナイフとフォークを準備し、木製の巨大テーブルの上に置いた。
少女は椅子に座る。完成された食材達が王女に謁見する騎士達の如く整列した。
ナイフとフォークが肉を裂き、鉄板と接触した金属音が静かなフロアに音楽を作り出す。
少女の空腹を満たす饗宴が始まったのだ。
肉を噛む。口腔内に肉の熱と重厚な肉汁が広がり少女の胃袋を満たしていく。サラダを咀嚼し、パンをミルクで喉奧へと流し込む。そしてまた肉を飲み込んでいく。
饗宴がグランドフィナーレを迎える頃、少女は廊下への入口に気配を感じた。直ぐ様視線を向ける。
黒い影が見えた。ギョロッとした大きな目玉。人ならざるものだ。次の瞬間ヒタヒタという音ともに逃走した。
フォークを手放し、モーゼル拳銃を握る。フォークが床に落ちる音。少女は廊下に飛び出た。
そこにはもう気配はなかった。
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