子息:Boy Puts the Heat on Maids

 数十分後、ミュウは司山ヨシヒサの采配によって担当された場所にいた。


 金時会館――金時邸に隣接する建物で、大きさは母屋より少し小さい程度。大ホールといった大型の部屋がいくつかある構造の建物なのだが、そのうちの一つが独特だった。


 白を基調とした解放感のある空間の中に、最新鋭の戦闘装備を身に着けたマネキンやら、様々な自動小銃を乗せたガンラック、更には、ロボットのようなパワードスーツや、自立起動の多脚戦車やらが博物館の展示品宜しく置かれている。更に驚くべきは、これらは主の単なる趣味ではない。れっきとした、金時の製品なのだ。


 金時グループ――司山グループ等に連なる大型企業グループの一つ。もともと、日本国防軍の兵器の委託生産先の一つに過ぎなかったのだが、先代会長である金時重望しげもちの辣腕によって急成長。今や、兵器、車両、造船、航空、鉄鋼、化学といった分野において、知らぬものはいないと言わしめるほどの世界的な企業となった。


 そんな金時の製品が並ぶ部屋――金時ショールームの掃除を任されたミュウは、まず製品の数々をハンドモップなどの道具で綺麗に磨く作業に着手する。


 製品の一つであるパワードスーツ――『マスラオ』を、メイドリングのスキャン機能で調べ、脆弱でない箇所をあらかじめ確認する。掃除の拍子に壊してしまったら大変だ。けれども、流石は軍事品かな。過酷な戦場でも問題なく作動することが重要視されているだけあって、下手な掃除の仕方程度では壊れてしまう心配はなさそうだ。


(ええと、このマスラオってのは、ここのプラグを引っこ抜いても大丈夫そうだね。……埃が溜まりそうな場所だなあ)


 なんてことを考えながら、ミュウはマスラオが背負うジェネレーターから腰部に伸びたプラグに手を伸ばす。


 ――その時だった。


 主からのセクハラが脳裏を過った。そっと背後に忍び込んできて尻を触ってくるような、悪しき気配……!


 ぱっと振り返ると、ミュウの目の前にいたのは、一人の男の子だった。


 歳は、小学生の低学年ほどだろうか。サスペンダー付きの服を着た、いかにも育ちの良さそうな身なりをしている。年相応の丸っこい頬をしているが、目鼻立ちがきっちり整っているため、成人すれば間違いなく美男子へとなりそう。


 誰だろう? と、一瞬だけ思った。金時会館は一般にも開放されており、このショールームを見学しに来る人も少なくはない。けれども、この依頼中は会館全体が封鎖されており、虫一匹通さないほど厳重に警備されている。つまり、目の前にいる人物は、この邸宅と無関係な人物ではない。となれば、ミュウは誰だかすぐに分かった。


「えーと、立人りゅうと君ではないですか。ショールームで御散歩ですか?」


 金時立人りゅうと――金時武志と徳江夫人との間に生まれた長男だ。彼の名は、依頼の説明の際に聞いていた。


 ミュウが尋ねると、立人は突然、彼女を指差してきた。


「僕に気付くとは合格だ。それぐらい出来なくちゃ困る」


「……へ?」


 吐き捨てるように言うと、立人はショールームのどこかへと走り去ってしまった。


「あの、ちょっと? 立人君……?」


 残されたミュウは首を傾げた。いきなり現れてあんなセリフを吐くなんて、一体どういうことだろうか? しかし、目の前の仕事の方が重要なので、仕方なく気持ちを切り替えて作業に戻る。


 台座の上に乗せられた自動小銃を専用の布巾で磨く。と、そんな彼女の近くを、巡回中のメイドが通り過ぎる。そのメイドが手にしていたのも自動小銃だったので、ミュウはどきっとした。


 今時、武装したメイドは少なくない。空港や原発など、銃を持ったメイドが警護している場所は至る所にある。ミュウもテレビで、屈強そうな男の兵士に混じって、銃で武装したメイドが要人警護しているのを見たことがあった。


 ミュウは次の製品を磨く。自立起動型多脚戦車――ツチグモ。


 太い四本の脚で地面に立ち、強靭なアームが前方に二本伸びている。それだけでも、大型SUVやトラック並みに大きいのだが、背負っている砲塔を足すと更に巨大になる。砲塔は細長い箱のような外見をしているが、あまりにも大きすぎてショールーム二階のキャットウォークから見ないと全貌が把握できない。この建物の天井が高いのは、大体こいつのせいなのだ。


 展示品ゆえ全く動いていないが、傍に立っているだけで寝ている肉食獣の近くにいるような緊張感があった。もしこれが動き出したら、背中の機銃が動いて自分は蜂の巣にされてしまうのではないだろうか。


 ツチグモの足元には、ダイニングテーブル程度の空間がある。案の定、脚の辺りに埃が溜まっていた。徳江夫人の説明が正しければ金時ショールームはプレゼンテーションの会場にはならないそうだが、もし訪れた客がこの埃を見て気分を害された大変だ。考えすぎかもしれないが、来賓の中には司山ヨシヒサのような性分の悪い人もいるかもしれないし。


 床に膝を付き、ハイハイの原理で潜り込んで、床と下部を掃除する。ツチグモには突起物が少なく、メイド服の一部が引っ掛かるような事態はなさそうだ。だが、作業の真っ最中、後方より再び並々ならぬ雰囲気。


 ツチグモの足元で器用にくるっと方向転換したミュウの目の前に人影。顔を上げると、そこにいたのは、


「立人君……! どうしてまたこんなところに?」


 立人は、驚いた様子でミュウを見ていた。そして、また吐き捨てたように言う。


「また気付くなんて上出来じゃないか。僕は君のことが気に入ったよ」


「いやその、なんでそんなことを言うのか理解できないんですけど。それと、その両手! どう見ても、あたしにカンチョーするつもりだったんでしょ⁉」


 銃のように人差し指だけ伸ばして合わせた立人の両手をミュウが指摘すると、立人はそれを慌てて自分の顔に近付けて誤魔化した。


「これは、その……よくぞ見破ったな。僕もたくさんのメイドを見てきたけど、君はその中でも一番優秀だ。僕は嬉しいぞ。引き続き、仕事に励んでくれたまえ」


(いやいやいやいや、何この子、いくらなんでも上から目線すぎない⁉)


 ミュウのこめかみ辺りを沢山の血が流れていくのを感じる。目の前の少年が、次第に主の面影と重なってくる。


 実は同じような被害を、ミュウは既に司山ヨシヒサから受けていた。カニグモと同じくらいの高さをしたテーブルの下を掃除していたとき、司山ヨシヒサに指で突かれたのだ。下着に包まれた少し膨らんだ部分を。


 あまりの衝撃に、ミュウは素っ頓狂な悲鳴を上げて、天板に腰と後頭部を強打した記憶がある。おかげで、危うくテーブルの上にある食器を落としそうになり、貞操が云々どころか二次災害まで起こしかけた。あまりのトラウマに、以降の同様の作業では後方の安全に気を配るようになっていた。


 だから、今の立人の態度には腹が立った。ただの悪戯では済まないのだ。だが、ツチグモから出て注意しようとした時には、既に彼はどこかに消えてしまっていた。


 追いかけようにも持ち場を離れるわけにはいかず、ミュウは仕方なく作業に戻った。


 司山会館の外や母屋の向こうからメイドの小さな悲鳴が聞こえてくる。「立人様!?」みたいな声も同時に聞こえてくる辺り、自分以外にも迷惑をかけているようだ。一体、何のつもりなのよ……と、作業しながら嫌な気持ちになる。


 ツチグモの清掃は、最も目立つ砲塔のフェイズへと移る。やり方は分かっている。リフトのように動く二階のキャットウォークから安全に掃除できる。やむを得ない場合は、機体を踏み台にして掃除しても良いとも言われていた。というか、実際の顧客も機体に乗っかって掃除とかしているらしい。身軽なミュウにとっては、お茶の子さいさいな仕事だ。


 砲塔を磨き、機体を掃除し、最後に足回りを掃除する。こうすれば、自分の足跡という余計な仕事を増やさなくて済む。こんなところにも機銃があるの!? なにこれ、ミサイル出るの? これ、ライトかな? ちょっと可愛い。なんて思いながら作業を進めていく。


 外を見ると、日が暮れていた。足回りの掃除も完了し、これで完了と一息つくミュウ。


 その時だった。また嫌な雰囲気を感じてツチグモの方を見ると、母屋にいるはずの立人が機体の上にいるではないか。しかも、しゃがんでこちらを向いている体勢――明らかに、こっちへ飛び掛かろうとしている。


「立人君!?」


「ばれたか! けど、仕方ない。くらえええっ!」


「え、わ、ちょ、まっ!」


 カエルのように飛び掛かってきた立人を、ミュウは真正面から受け止めた。が、少年の体重を制御しきるのは、女子高生の力だけでは出来るわけがなくて……。


 がっしゃーん!


 勢い余って、ミュウはそのまま、背後にある『マスラオ』——歩兵ロボットを倒してしまう。そのまま隣のロボットやマネキンも巻き添えにし、ツチグモの脚に引っ掛かった所で、ドミノ倒しの惨劇はやっと止まることとなった。


 いったぁ……と呻くように呟くミュウの一方、立人は何事も無かったかのようにすっと上体だけを起こして。


「やはり僕に気付けるなんて君はすごいなあ。他のメイドだったら背中を取られていただろうに。この人なら大丈夫そうだ。僕の目に狂いはない。合格だ」


 ぶちっ


「ぬぁああにが合格だこのガキンチョがああああああああああああああああ!」


 散々人の作業を邪魔しておいて何の反省もない言い方に、ミュウはとうとう堪忍袋の緒が切れた。大惨事に戸惑う近くのメイドをよそに、ミュウは片方の腕で立人の首周りを押さえると、反対側の腕で立人の腰回りを押さえた。そして、怒鳴るように言った。


「メイドさん、倒れたは後でどうにかするから。メイドリング、依頼人夫妻がいるとこ教えて案内して! 立人君をそこ連れてくから!」


 怒れるミュウの音声に反応して、首の輪っかからホログラム映像が現れる。映像には金時会館と母屋の詳細な構造が映し出され、ミュウの現在地から目的地である金時夫妻の居室までのルートを一本の線で指し示した。その指示通りに、ミュウは歩く。


 屋敷のメイドたちは騒然としていた。憤怒の形相を浮かべた若いメイドが、主の子息を両腕で拘束しながら大股で歩いていれば当然だ。


「待て! 離してくれ! 僕をママの所へ連れて行くのだけは勘弁してくれ!」


「人の仕事を邪魔しておいて、今更そんな要求なんて聞けません! 立人君も警護されている身なんですから、人の悪戯なんかしてないで、部屋で奥様と大人しくしていればいいんですよ!」


 メイドリングの指し示した居室の中には、金時夫妻の他、司山ヨシヒサもいた。彼等は驚いていた。突然、廊下の方から息子の喚き散らす声が聞こえてきたかと思いきや、扉を蹴破って若いメイドが息子を抱えて現れたのだから。


「何事ですか!?」


「なんだ、ミュウ? ガキを抱えながら大人の場に殴り込みとか、どういう趣味をしてやがる」


「そんな趣味ないですよ。てか、この子を何とかしてください! 人の作業を邪魔しておいて、反省しないばかりか合格だとかなんだとかわけわからないことばかり言うんです! この子は警護されてる身なんでしょ!? どこか安全な場所で大人しくさせてやってくださいよ!!」


「ご、誤解だ! 僕はただ、君達が僕達の身を本当に守れるか試したかっただけなん――」


「とにかく、その減らず口をやめてくださいよ、本当にっ!」


 部屋に押し入って早々怒鳴りあうミュウと立人に、大人一同は早くも頭を押さえた。


「二人とも黙りたまえ」


 金時武志の一喝で、ミュウと立人の怒鳴り合いは強制的に終了した。その後、金時武志は一人のメイドを部屋に呼ぶ。柔和な顔をした、全体的に丸っこい体系のメイドだった。他に特徴的な点として、エプロンの下が青い迷彩模様。


「江田島、立人を部屋にお連れしろ。お前もその場に控えて、食事の時まで立人を一歩も外に出すな」


「はい、かしこまりました。ささ、お坊ちゃま、こちらへ」


 かくして、江田島と呼ばれたメイドによって、立人は金時夫妻の部屋から自室へと移動させられることになった。去り際まで立人は嫌がっていたが、江田島は見かけによらず膂力が凄まじいのだろうか、為す術もなく連行されていた。


 残されたミュウに、徳恵夫人は優しく口を開いた。


「ごめんなさいね。ああ見えて、立人は酷く怯えているの。謎の怪物を見たとか言った辺りから、いつもあんな調子なのよ」


「怪物……? 立人く……いや、お坊ちゃまも壊素怪火を見たことがあるんですか?」


「壊素怪火?」


「僕が先ほど説明した奴らだ。お前らの頭でも分かるように簡潔に表現するなら、実際に存在する怪物と言った所か」


「怪物……ね。そんな都市伝説なんか、私は興味はないわ。それに、相手が誰であれ、仕事を忠実にこなすのが貴女達、司山のメイドでしょ? 立人は私達に任せて、貴女は仕事に戻りなさい。ショールーム、大変なことになっているんじゃないかしら?」


 そう言って、徳恵夫人は自分の手前にある机の天板を押す。すると、天板の模様が瞬く間に監視カメラの画像へと切り替わった。倒れたままのロボットやマネキンと、それらを直そうとしているメイド達の姿が画面いっぱいに映っているのを見て、ミュウは顔が熱くなってきた。


「し、失礼しました……」


「いいわよ、問題を作ったのは立人なんだから。とりあえず、倒れたのを直すのだけは今日中に済ませてね。来賓の人にみっともないのを見せるわけにはいかないから」


「分かりました」


 かくして、ミュウも夫婦の部屋を退出した。


 彼女がいなくなった後、司山ヨシヒサが二人に向かって歯を剥き出しにして見せた。


「タケシ、徳恵、うちの新入りが初日からトラブルを起こして悪かったな。しかし、面白いだろう? あいつがいると、退屈しないんだ」

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