第壱章
出動:First Job of Armord Maid
嗚呼、あれはいつも見る。
「なんで私じゃないんですか! 私にも引き継ぐ資格はあるはずです! 私は死にたくなんかありません!」
白髪の少年が、ずっと背の高い相手に向かって必死に訴えている。
あいつは、昔から四人の中で一番出来る雰囲気はあった。だけど、生まれつき身体が弱かった。それでいて、なにかとんでもないことをしでかしそうなほど、何かを見ている雰囲気が凄まじかった。
それと、これも良く見るな。
「家の役目は僕が引き継ぐ。表の世界は優秀で自由なお前達に任せる。それでいいだろ?」
少年が、目の前にいる同年代の少年達に向かって言い放っている。その中には、さっき何か必死に喋っていた白髪の少年もいる。案の定、さっきの発言に対して露骨に不満そう。
他の二人の少年——ひとりは、同じ年代とは思えないほど図体が大きく、体格ががっちりしている。もうひとりは、体格は普通なんだけど、身長が他の少年達と比べて頭一つ高い――は、特別、悪い話だとは思っていないようだ。いや、この時はまだ、白髪の少年よりも物事を分かっていなかっただけなのかもしれない。
でも、一番好きなのはこれだ。
また場面が変わる。この家にやってきたのはいつだろうか。もう、覚えていない。
目の前に少年がいる。さっき、皆に向かって言い放っていたあいつだ。
私は、こいつが好きだ。
ちょっとめんどくさいこともあるけど、一緒にいて一番楽しいし、一番退屈しない。抱きしめられるのも撫でられるのも、他の奴にされるとなんか落ち着かないが、こいつだけは違う。なんというか、あいつらの中でこいつが一番存在が温かいのだ。
少年がこちらに手を伸ばしてきた。
嫌がる理由なんて無い。喜んで飛び込ませてもらう。
少年はわたしを膝の上に乗せながら背中を撫でると、またあの言葉を口にした。
「ダイアナ。お前は、今までもこれからも僕のモノだ。くたばるまで永遠に飼ってやる」
★★★
目が覚めた。
ふと、目覚まし時計を見ると、ちょうど鳴り響く一分前。あの安眠を一瞬にしてぶち壊す爆音を浴びずに済むとホッとする反面、もうちょっと寝られたよね。と、損した気分にもなってしまう。とりあえず、二度寝するわけにもいかないので起きるわけだが。
あの夢は、メイドとして司山ヨシヒサ邸で寝泊まりするするようになってから頻繁に見ていた。
夢の意味は分からない。判明しているのは、自分が館の飼い猫になっていて、四兄弟のうちの長男から大切に育てられているということだけだ。
ふと、自らの生い立ちの違いを思い知らされて気分が沈む。豪奢な館の中で育ち、主の愛情を目一杯に受けて生きることのなんと幸福で羨ましいことか!
(比べるのはやめよう。あの毎日だって、なんだかんだで楽しかったんだから……)
それと、あの夢についてもうひとつ違和感。
(あの飼い主、どこかで見たことあるんだよなあ)
★★★
高速道路を一台のSUVが走り抜けていく。
軍用車両を民間仕様にして作られた外国製の高級SUV。都会の雰囲気に溶け込むような優雅さの類は一切なく、堅牢さや無骨さを徹底的に伸ばした外見。疾走しているというよりは、もはや見えないものを含めたあらゆるオブジェクトを蹴散らしているよう。
そんなSUVを颯爽と運転しているのは、いかにも高級そうなスーツに身を包んだ黒縁眼鏡の男——司山ヨシヒサ。隣に座っているのは、狗美。そして、後部座席に座っているのは、安仁屋ミュウである。
「あの、ご主人様、もう一度、目的地について教えてくれませんか?」
「またか。まあいいだろう。僕と他所へ行くのは今回が初めてだからな。お前のちっぽけな頭でも分かるよう、もう一度教えてやる。これから行くのは、
ちなみになぜミュウが少し落ち着かない雰囲気なのかというと、決して慣れない高級車の中にいるからではない。
今日は平日——ミュウは学校を休んでいたのだ。しかも無断で、数日、あまつさえ、当日にいきなり。司山ヨシヒサ曰く、「適当に理由を見繕って、ミュウを休ませろ」と自らの権限で学校を休ませたのだという。
司山ヨシヒサは潟上塾学園の理事長とは知り合いだから問題ないと言っていたが、クラスメートの皆は納得してくれているのだろうか。だが、今のミュウでは成り行きに任せる以外選択肢が無い。司山ヨシヒサの角の立った解説を聞くしかない。
「金時武志およびその家族は、ここ数日の間、嫌な怪物を目にするという悪夢に苛まれているらしい。警察や霊能者の類にも頼んだようだが、まるっきり役に立たなかったらしくてな。仕方なくというわけで、噂を通じて僕に依頼が来た」
「嫌な怪物って、もしかして……!?」
「それは分からん。だから、僕達が確かめに行くのだろう?」
悪夢の話が真実ならば、きっと彼もまた、壊素怪火の恐怖に怯えているのだろう。あの日工場で殺された人達のように、かつての自分のように。ならば、自分のやるべきことは決まっている。
「ところで、ミュウ。お前は、天冥逆転の連中についてはどのくらい知ってたんだ?」
ここで司山ヨシヒサが話題を変えてきたので、ミュウは答える。
「天冥逆転.netのことですよね? あたしは何も知りませんでした。でも、ご主人様の言ってた通り、名前だけならあたしの学校でも話題になってましたよ。友達にも何人か、天冥逆転.netのサイトにアクセスしてる子がいました」
「やはりいたか。お前は止めなかったのか?」
「そんなの無理ですよ。滅茶苦茶流行ってますし、何より、あたし一人にサイトを使わせないようにする権利なんてないですもの」
「まあ、そうだろうな。流行ってる中で自分だけ禁止しろと抜かしたところで誰も話を聞かんだろうし、「何言ってんだこいつ?」と不届き者扱いされ、返って自分の立場が悪くなるだけだろう。往々にして『悪』とはそうやって生じるものだ。で、天冥逆転に入り浸ってる連中から何か情報は聞き出せたか?」
「うーん、どんな人が所属してるかまでは分かりませんでした。でも、天冥逆転.netのシステムは少しだけ分かりましたよ。会員がそこに何か『ねがいごと』を書き込むと、尊師……霊心とかいうクソヤローがそれを叶えてくれるって感じみたいです」
ミュウの口から『霊心とかいうクソヤロー』が出た途端、運転席から軽い失笑。
「『ねがいごと』か。それについて、ここ最近の連中の活動については、お前は何か分かったか?」
「そうですね……。あ、そう言えば、『いじめに悩んでいるからなんとかしてほしい』って書き込みが天冥逆転.netの掲示板にあったらしくて、数日後、そのいじめの主犯格の両親がそれぞれ勤務先の事故に巻き込まれて死んで、それがきっかけで主犯格の子は自殺しちゃったってのがあったみたいです。で、尊師の力は偉大だって掲示板の中で大きな話題になっていました」
「ほう? それは、気になるな」
そう呟くと、司山ヨシヒサはおもむろにハンドルから手を放して自動運転モードに切り替えると、ホログラムのディスプレイとキーボードを起動させて何かを調べ始めた。
「なるほど、そういうことか」
「ご主人様、何か分かったんですか?」
「結論を言うと、そのいじめの主犯格とやらの父親が勤めていたのが金時重工の黒田工場で、母親が勤めていたのが矢櫃工業の宮ヶ瀬工場だったようだ。そういえば、矢櫃工業と言えば、つい最近、お前も行ったことがある場所だな?」
「……!? もしかして、あのキノコの壊素怪火がいた場所ですか!? え? じゃあ、そのいじめられっ子の為に、あの壊素怪火は矢櫃工業を襲ったんですか? でもそれじゃ、その後に
「単に、力丸の野郎——ああ、お前には霊心と呼んだ方が良いな――が、そのガキの書き込みを叶えるために、単に矢櫃工業とKSIに生前恨みのあった輩を壊素怪火にして送りつけただけだろうよ。なんにせよ、己の信者に力を見せつけるために、随分と大それたことをしやがるもんだ」
ミュウは驚いた。まさか、あの襲撃事件の裏側に、そんな話があったなんて。
「そういえば、襲撃された場所のひとつに金時の工場があるな。依頼主の所有している工場と一緒だ。もしかすると、今日の依頼と関係あるかもしれんな」
——となると、これはしくじったかもしれん。
今にも空調の音にまみれて消えそうな司山ヨシヒサの独り言は、果たしてミュウの耳に届いたのだろうか。
というか、ミュウは車両の前方へ顔を向けたくないのだ。
理由は勿論、司山ヨシヒサだ。あの男、事ある度に助手席にいる狗美の身体中をまさぐっている。運転中、信号待ち、果ては単なる一時停止の時ですらやっている。すぐ隣をバイクが走っていた時は、やられてもないのに生きてる心地すらしなかった。あれ、見られてたらどうするつもりだったのだろうか。自分も助手席に座ったら同じことをされるのだろうか。そんなことを否応なしに考えさせられるのが嫌すぎて、ミュウはひたすら窓の外を眺めるしかなかった。
高速道路の柵の向こう、背の高いビルが林立する景色から背の低い住宅街が並ぶ景色に変わり、やがて雑木林や小さな山など視界の緑の比率が次第に増してくる。
やがて、SUVは高速道路を降りた。一般道を進むことしばし、司山ヨシヒサ一行は目的地に到着する。
和風の邸宅。あるいは、中等部の修学旅行の時に見た大きな寺院。それが、ミュウの第一印象だった。
敷地内をぐるっと囲っていた石の壁からして威圧感があったが、目の前にある母屋もまた、住む者の力が如何程であるかを如実に標榜しているようにすら思える。真っ黒な瓦屋根が特徴的な外観が、訪れる客人をどっしりと待ち構えているようにすら感じられた。
金時邸。今回の依頼者の住まう屋敷。
SUVが駐車場に停まるや、すぐさまミュウと狗美は車から降り、運転席のドアを開けて司山ヨシヒサを出迎える。ミュウ憧れのメイドの所作のひとつだ。事前に、狗美から実際に手ほどきを受けて身に付けたものだ。
「お待ちしておりました、司山ヨシヒサ様。中でご主人様とご婦人様がお待ちです」
玄関を守護するメイドに案内され、司山ヨシヒサ一同は、広いエントランスに隣接する応接間へと案内された。
靴を脱がずそのまま案内された応接間は、シンプルながら豪華だった。
露出した太い梁が通る天井は高く、壁は材木の質感をそのまま活かした作りになっている。単なる板張りかと思ってしまうミュウだが、恐らくこの材木一枚だけでも相当な値段がするのだろう。
応接間に置かれている備品は、対面するソファとテーブルと何かくらい。応接間には誰もいなくて、メイドたちに促されて司山ヨシヒサがソファの中央に座る。ミュウと狗美は座らず、ソファの左右後方にそれぞれ立つのみ。
程なくして、玄関側じゃない方のドアの向こうから僅かに物音がして、メイドが入ってきた。他のメイドと異なり、ワンピース部が緑色の迷彩柄になっている年配のメイドだ。彼女が「ご主人様とご婦人様が来られます」と頭を下げると、彼女の後を追うようにして二人の人物が入ってきた。
まず、ご婦人様、気品あふれるフォーマルな衣装を身に纏っており、優雅に佇む姿は美しき社長夫人そのものと言った感じ。司山ヨシヒサに近い年齢なのでは? と、思ってしまうほど若々しい風貌で、髪を後ろに小さく丁寧に纏めた端正な顔立ちは、眉間の方に皺が寄ったきつい目つきも相俟って、周囲の者に近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
続いて、ご主人様——依頼人である金時
(うわあ。なんか、本当にとんでもない人の家に来ちゃったん――)
「久しいな、タケシ。先代から
空気が一瞬にして悪くなったのは言うまでもない。
(うわ、何言ってんの、この人っ!!?)
「ヨシヒサさんは相も変わらず口が悪い。ヨシヒサさんこそ、
金時
「タケシこそ、命に係わる状況だからこそ、僕に助けを求めざるをえなかったのだろう? お前らでは理解出来んもんで死んでしまったら、今後の金儲けも権力の維持も出来なくなるからな」
「私達には、本件の依頼をヨシヒサさんから
「図に乗るな、タケシ。その事業や案件が誰のおかげで成立しているのか分かっとらんから、お前は
「いい加減にしてくださいよ、ご主人様っ!! あたし達、何のために来たんですか!? 依頼人バカにするために来たわけじゃないでしょっ!!?」
ミュウの怒声が、この剣呑な空間を真横から吹き飛ばした。あまりの声量に、司山ヨシヒサすらこちらを振り向く始末。で、ゆっくりと依頼人の方へ向き直して一言。
「失敬、うちの新入りが癇癪を起したようだ。本題に入ろうじゃないか」
(はあああ~~~~? 癇癪ぅ~~~~?? 全部、ご主人様が蒔いた種でしょ!!?)
司山ヨシヒサの言動に、金時夫妻以上に青筋を立てて苛立つミュウ。
けれども、この目下からの怒りの諫言およびオーラが金時夫妻の面子を保ってくれたからだろうか、これ以上のネガティブな発言は金時夫妻の口からは出て来なくなった。
(なにこれ……あたしのおかげで結果オーライってこと? なんか納得いかないんだけど)
「詳しい依頼は――
ここで、徳恵と呼ばれたご婦人——金時
「明日、金時重工の新製品のプレゼンテーションが、金時会館の大ホールにて行われます。依頼は、このプレゼンテーションが行われるまでの間、誰もこの敷地内に入れないことでございます」
「要するに、重要な集まりが会社で行われるから、その間だけ厳重な警備をしてくれということか」
「はい。あと、警備の強化という名目で、ある程度の武装は認めますが、普段通りの警護に努めて頂くようお願い申し上げます」
「いいだろう。ただし、条件がひとつある。僕のメイド、狗美とミュウだが、二人の采配は僕に振らせてもらう。狗美、ミュウ、お前らは依頼人夫妻ではなく僕の命令に従え。依頼人から何か話があったら、一旦、僕を通せ。分かったな」
依頼を受けた司山ヨシヒサからの指令に、ミュウと狗美は「承知致しました。ご主人様」と答えた。
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