親友:Reliable, but a Pity

 ――私立潟上塾学園高等部。ミュウの通っている高校。彼女はそこの普通科に所属している。


 当然ながら、『家』が燃えた事件は教室でも大きな話題になっていた。


 一方、壊素怪火の存在や自分が殺されたことは表沙汰になっていなかった。その代わり、ミュウは火災に巻き込まれて入院していたと広まっていたようだ。


「ミュウ、大丈夫だった?」


 教室の皆が心配してくれた。


 けど、


火事って怖いね、放火かな?」


「でも、ミュウが無事でよかったね」


大変だったのに、これからどうするの?」


 と言われたのは、流石に胸が痛んだ。


 司山ヨシヒサの言っていた通りだ。壊素怪火に魂を食われた人間は存在を記憶から消される。皆、家にはミュウ以外も住んでるのは知っている筈なのに。


 家族を殺されただけじゃないんだ。存在まで消されてしまったんだ。壊素怪火って化け物と雫石霊心とかいう謎の人物によって。残酷な事実に拳を握りしめたくなる。


「あたしを引き取ってくれる人が名乗り出てくれたんだ。今は、そこで寝泊まりしてるよ」


 ミュウはそれだけしか答えられなかった。


 ★★★


 あれから数日経った現在、ミュウは別の理由で机の上に突っ伏していた。 


「もうやだ。最悪。こんなに大変だとは思って無かったよ……。うう……」


 幸いというか偶然というか、司山ヨシヒサ邸から学校まではさして距離もなく、通学には困っていなかった。


 一番の悩みは主のセクハラ。昨夜はあの出来事のせいで、すぐに寝込んでしまった。体力には自身のあるミュウにとって、帰宅してすぐの雑用仕事は苦にならない。だけどあれだけは、流石に無理。


 また溜め息をつく。


 ふと、真後ろから誰かの気配。顔を上げて振り向くと、昔から知っている顔が目の前にあった。


「ミュウ。テンション低いぞ。なんかあったの?」


 染めた長い髪を左右に縛っている、ウサギのように目元が赤い丸目の女の子。ミュウのよく知る人物。親友。


「うええっ。うづきちゃああああああああんっ!」


 考えるよりも身体が動くとはまさにこの事で、ミュウは半ば無意識に、そして猫が餌に飛び掛かるように、彼女に抱き着いた。


 因幡いなば卯月うづき、それが彼女の名前だ。


「おーおーどうしたいきなり。落ち着けって落ち着けって」


 しがみつくミュウをしばし受け止めた後、卯月は優しく彼女を放した。


「うう。いや、なんでもない。ただ……なんか抱き着きたかったんだよぅ」


 また椅子に座り込みながら、ミュウは泣く子のように言葉を漏らす。


 主のセクハラ、先輩の不理解――これらを果たして言っていいものか。


 ミュウは一応、学校生活の傍らメイドの仕事をしていることは秘密にしている。皆の憧れの仕事をしていると自慢したら妬まれるリスクがあるし、そもそも言ったところで信じてもらえるかどうか怪しい。


 卯月は何も聞かず、ミュウの前の席に座った。そしてミュウの机に腕を乗せて体重をかける。


「まあ、誰だって病む時はあるか。分かった。理由は聞かない」


 それだけ言って卯月は微笑んだ。無理して深掘りはせず、ただ、いてくれる。親がいないことも知っているけど、茶化すことも重く感じることもせず、ただただ受け止めてくれる。


 あの日、家の火災の件で教室の皆が心配して色々詮索してきた時も、卯月だけは違った。


「はい、終了。ほらほら、もう放っといてやりなって」


 このフォローのおかげで、火災に関するインタビューは一瞬にしてお開きとなった。無論、卯月も何もミュウに訊いてこなかった。代わりに、ミュウがどうなろうが、あたしたちは変わんないよ。なウインクをこちらに向けたのみだった。


 小学校の時からそうだった。困った時も楽しかった時も、絶妙な距離でいつも隣にいてくれた。頼りになる良い奴。だから親友。


 だがそんな彼女にも、ひとつ問題点が。


「こっちだって悩んでるよ。本当に困った。学校で探しても町を歩いても見つからない。どこを探しても見つからない。待っても動いても見つからない。ああもう、私の運命のイケメンはどこにいるんだろう!」


 最後の部分はボリュームが桁違いだった。


 興奮のあまり、ミュウは手首を引っ掴んだ。


「ねえ、どっかにいいイケメンいるか、知らない!?」


 流石にこれは、ミュウは何も言えぬ。そちらから悩みを聞くような態度で来たと思いきや、いつの間にかこっちがその立場になっているではないか。


「いや……。そもそも、卯月ちゃんの好みのタイプ、あたし良く知らないし……」


 すると卯月は、自分の手前でパンと両手を合わせると、これでもかというほど眼を輝かせた。


「何よ。知らないの、ミュウ? 私が大好きなタイプはね。ピシッと決まったスーツを来て、キラッとクールな黒縁眼鏡を付けて、ちょっとSな雰囲気の漂う、なんとも爽やかぁ~な感じの人っ。今想像しただけでも堪らないっ! でもこの高校、良い男自体がまずいないし、そんな感じの人なんて見た事ないのよね……。ああーっ! 一度でいいからそんな人に生で会いたいなぁーっ!!」


 そしてまた沢山、語り始める始末。きっと今、彼女の脳内は、ある種の快感を司る物質で一杯なのだろう。とても、悩みで病んでいる人間の様子ではない。


 そしてまた、卯月はミュウの手首を引っつかむ。


「ねえ、そんなイケメン、心当たり無い?」


「こ、心当たりねえ……」


 無いわけではない。ミュウのセリフを頼りに脳内モンタージュを作成してみると、彼女の知る人物像に辿り着くのだ。


(スーツ……、黒縁眼鏡……、爽やか……)


 しかしなぜだろう。思い浮かんだかと言えば確かにそうなのだが、なぜだかちっとも腑に落ちない。


 まるで自分の中にいる誰かが、脳内にいる何者かが、いや、シナプスや脳細胞そのものが、いやいや、神経はおろか表皮細胞や骨芽細胞といった身体を構成する体組織の全てが、いやいやいや、さらにそれらを構成する原子の粒の一つ一つが、「奴は違う!」と一斉にシュプレヒコールをかけているような、そんな感じがするのだ。無論、とても気分のいいものではない。


「ゴメン。ないや」


 ミュウはさらりと答えた。卯月はがっくりとうなだれ、


「そっかぁ。でもしょうがないよね。そんな都合よく、理想のイケメンがいるわけないか」


 すぐにケロリと元に戻った。


(卯月ちゃん、ゴメン。会わせてやろうにも、出来ないんだよ。会わせたら会わせたで卯月ちゃんが被害に遭うかもしれないし。本当にゴメン!)


 卯月の無邪気な顔に、ミュウは心の中で謝罪した。


 ――放課後。


 授業もSHRも全て終了し、ミュウは校門にいた。それも正門とは違い、極めて使用率の低い北門。


 首筋に手を当てる。体内に隠れていたメイドリングが姿を現し、映像が眼前に投射される。選ぶアプリは『Vehicle』。


 すると次の瞬間、ミュウの手前直径数メートルの空間が歪んだか思いきや、そこから一台のスクーターが現れた。それも、タイヤが無く、反重力機構で浮上して駆動するホバータイプの最新型!


 付属のヘルメットを被ったミュウは、早速それに乗ってエンジンをかける。小さな駆動音を唸らせ、ふわりと機体が浮かび上がった。


 このスクーターは主から支給された。市販の物を取り寄せるのは面倒だったので、知り合いに作らせたのだとか。なんとも有り難い限りだが、今までのセクハラ行為が見事に相殺してしまっているおかげで、特に感謝はしたくない。


 というか、それ以上に気にかけていることがある。


 司山ヨシヒサ邸宅のガレージにてスクーターを貰った時、ミュウは戸惑っていた。なぜなら、


『あの、スクーター頂けたのは有難いのですが、あたし、免許が……』


『免許? ああ、そうだった。まだ渡していなかったな。ほれ』


 そう答えて、司山ヨシヒサがミュウに手渡したのは――免許証。ミュウの顔写真とフルネームがあって、現住所が司山ヨシヒサ邸になっていて、原付の部分が〇になっている。


『いや、あの、その、それ、本物なんですか?』


『本物だ。実際に使えるぞ? ……なんだ? 何か問題でもあるのか?』


『いや、あたし、原付免許の試験も受けてないですし、教習所とかも行ってないんですよ? もしかしてそれ、ぎ、偽造じゃないんですか? 持ってて本当に良いんですか?』


『ああ、そういうことか。確かにこれは僕が作ったものだが、全然問題ない。認可は降りている正式なものだ』


『え? な、なんでですか!? いくらご主人様でも偽造はダメでしょ!? なんでまかり通っちゃっているんですか!!?』


 すると司山ヨシヒサは、顔をグイっとミュウの方へと近付けた。急に美顔をドアップにされてたじろぐミュウの前で、司山ヨシヒサは不敵な笑みを浮かべる。


『これが、司山一族のだ。お前、メイドに憧れてる分際で、そんなことも知らなかったんだな』


 ミュウの顔から血の気がさあっと引いた。


『お前は大人しく受け取ればいい。なに、乗り方は心配するな。メイドリングに刻まれているからな』


 主からの受取命令である以上、ミュウに断る選択肢など無かった。なんか、知ってはいけない闇の一片を見た気がする。


 周囲の安全を確認した後、ミュウはスクーターを発進させる。地面から離れているわりにはハンドルやブレーキの効きもよい。流石は最新型。


 ★★★


 さて、これから司山ヨシヒサのいる邸宅へと帰るわけだが、その前に立ち寄らなければならない所がある。


 主と出逢う前からずっと通っていた道を辿る。やがて到着したのは、ミュウの暮らしていた『家』——があった場所だった。


 かつての生まれ育った思い出深い家屋は、もうそこにはない。代わりに、敷地と同じ広さの土地と、一個の大きな碑が置かれている。碑には、なにも刻まれていない。何を刻むか、まだ決まっていない。


 ミュウはその敷地にスクーターを止めると、碑の前に腰を下ろした。


 碑の手前には墓石と同じように水鉢と花立、香炉がある。花立の数は――


『ミュウ、壊素怪火に食われたお前の『家族』とやらは何人いた?』


 ——9本。


 碓氷うすい直道なおみち長野ながのヴァン、甚目じんもくかく甚目じんもくてら、川場かわば武尊ほたか赤城山あかぎやま白子しろこ佐宗さそうけい佐波川さばがわ七七なな、そして、富小路とみのこうじ禎愛よしあ——計9人の家族の名前が、それぞれの花立にひとつずつ刻まれている。


 花立に挿している花を抜き、ひとつひとつ水を入れ替える。水は、ボトル入りの水ならメイドリングで速やかにその場で手配できる。花も同じ。萎れていたら新しいのに取り替える。一通りの処理を終えると、最後に火をつけた線香を香炉に入れて手を合わせる。


(みんな。あたしはみんなのこと、忘れてないよ。みんなの分だけ、あたしは生きる。絶対に生き抜いてやる。あと、みんなを食ったあいつも、あたし達を殺したあいつも絶対に許さないから。かたき、絶対に討ってやるから!)


 やがて、ミュウはその場を後にする。これからも、ミュウはここを通うつもりだ。


 実は、ここを作ってくれたのは司山ヨシヒサらしい。家が焼失した後、土地を丸々買い取った上に、碑もまとめて彼が自作して設置してくれたそうだ。狗美からの伝聞で知ったミュウだが、これはミュウにとってとても嬉しかった。家族がいたという拠り所を遺してくれたのだから。


 ……正直、面と向かって感謝はするのは抵抗があるけど。


 と、そんな彼を思い出していたら、無線も兼ねるメイドリングが鳴り出した。しかも、着メロから察するに発信主は――司山ヨシヒサ。


「全く、今から帰るってのになんなのよ、ご主人様」


 メイドリングの機能を用いれば、両手が塞がっていても通話は出来る。通信を繋ぐと、司山ヨシヒサの低い声が早速聞こえてきた。


『境界クラックの反応が出た。既に、そこから現世に壊素怪火が出た可能性が高い。場所はお前の近くだ。帰る次いでに始末してこい』


 


 

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