第138話 贖罪
俺とキッカは大統領執務室に居る。
シェルターの方でなく、神もどきが再生した方だ。
「キッカ、見つかったか?」
「いえ、痕跡すら見当たりません。」
俺達が探しているのは、”遺跡”に関連する情報だ。
神もどきが色々と再生して”遺跡”も復活しているはずなので、あれが何だったのかを調べる為だ。
大量の非常用保存食が厳重に保存されていた研究施設らしきものだったので、おそらくキユ大佐関連だとは思うのだが、はっきりした事は分かっていない。
「こっちもお手上げだ。大統領にも知らされていない施設だったのかもな。」
「あるいは口頭でのみ伝えられていたのかもしれません。」
「しょうがない、実地調査するか?」
「そうしましょう。今ならどうとでもできます。」
「だな。」
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「ここに来るのも久しぶりだな。」
「そうですね。それにしても見事に隠蔽していますね。」
何の変哲もない景色が広がっているが、ここの座標は”遺跡”だ。
「魔法で探っても外側からじゃ反応がほとんど無いとはな。ここにあると知ってて初めて気付くレベルだ。」
「完全ステルス装置のような汎用性はありませんが、ここまでとは驚きです。」
「キユ大佐ってのは天才だったんだな・・・」
「そうですね。本当にそう思います。」
「じゃあ、そろそろ行くか。」
「はい。」
レーダーなどでは見つけられないが、拡張視野を使ってミスリルの扉から地下通路を辿って行けば地上の出入口を見つける事は簡単だ。
俺達は巧妙に隠された洞窟から地下通路を通りミスリルの扉へと向かった。
「連邦大統領のコウだ。ここを開けてくれ。」
俺は大統領IDを示しながら監視カメラに向かって言った。
初めて来た時には1万年以上が経過していたが、現在は神もどきが神軍襲撃前の状態に再生している。
しかし、扉は開かなかった。
「開かないな・・・」
「電源を落としているのでしょうか?」
「いや、監視カメラは追尾してた。別の出入口がどこかにあるんだろう。」
俺とキッカは再び拡張視野で別の出入口を探す。
扉を破壊する事も瞬間移動で中に入る事も簡単にできるが、以前のように敵視されるのも面倒なので正規の入り方にするつもりだ。
「コウ、ありました。」
「でかした。じゃあ瞬間移動するぞ。座標を教えてくれ。」
「あ、わたしの方でやってみていいですか?」
「構わないぞ。」
「ありがとうございます。では!」
キッカは神軍仕様のチートボディを使って瞬間移動魔法を発動させた。
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「資材搬入口っぽいな。」
「あ、脇に人間用の入口がありますね。」
「こっちから入れればいいんだけどなぁ。」
「とりあえず試してみましょう。」
通用口に近付くと、カードリーダーらしきものが点灯した。
「お、生きてるみたいだな。」
「そうですね、大統領IDで入る事ができればいいのですが。」
「ま、どうしようもなかったら瞬間移動するさ。」
カードリーダーに大統領IDカードをかざすと、無事に承認されたようだ。
自動ドアが開くと、核シェルターの扉のようなものが見えた。
「なかなか用心深いな。」
「おそらく、こちらが本来の入口なのでしょう。」
「そうだな。あっちは出口専用みたいだから非常用だったんだろうな。」
再びカードリーダーに大統領IDをかざすと扉が開いたが、その先にはまた同じような扉があった。
中に入り、背後の扉が閉まるとカードリーダーが点灯した。
おそらく、同時には開かないようになっているのだろう。
同じ作業を5回繰り返すと、ようやくロビーのような場所へと辿り着いた。
正面の大型モニターにはCG映像が映し出されている。
「お手数をお掛けしました、閣下。」
「いや、あれくらい用心している方がいいだろう。」
「ありがとうございます。ところで本日はどういったご用件でしょうか?」
「この施設が何の施設だったのか情報が失われてしまっているんだ。それを調査しに来た。」
「閣下が直々にですか・・・」
「まぁ、事情があってね。後で説明する。」
「承知致しました。現在は人工知能のわたししか居りませんので、誠に失礼ですがご案内できる者が居りません。お手数ですが誘導灯に沿って応接室までいらして下さい。」
「分かった。」
廊下に矢印が表示されたのでそれに沿って移動したが、ミスリル扉の方と同じく曲がりくねっている上に幅や高さが一定ではない通路だった。
こちらも天然の洞窟に偽装しやすいようにしているのだろう。
「ここか。」
「そうみたいですね。」
かなり奥まったところに応接室があったが、要人来訪時に機械軍の襲撃があっても時間が稼げるようにしているのだろう。
「閣下、申し訳ございません。お飲み物のご用意ができません。在庫が全て無くなっておりました。」
応接室に入るなり、頭を下げている映像がモニターに映し出された。
「あぁ、気にしなくてもいい。それよりも、この施設について教えてもらいたい。」
「承知致しました。」
キッカが水筒のお茶を入れてくれたので、俺はキセルを取り出し紅葉草に火を点けた。
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「なるほど。予想していたが、やはりキユ大佐の秘密研究所だったか。」
「はい。人機大戦が始まるずっと前から外部ネットワークとは完全に遮断された研究所でした。」
「大統領官邸にもここの情報は無かったが、理由を知っているか?」
「大戦終了時にここは閉鎖されましたが、万が一に備えて口答でのみ後任に存在を伝える事になっていたようです。」
「用心深いな。ところで、ここに6機のアンドロイド兵は居るか?」
「はい。先端研究用のヴァルキュリア部隊が地下倉庫に長期保管されています。機械軍にハッキングされないように人工頭脳を搭載した試作機部隊です。」
「そうか、見た目はこんな機体か?」
キッカが襲撃時の映像を元にしたCGを映し出した。
「はい、そうです。起動させましょうか?」
「いや、まだいい。あと、多脚重戦車も保管されているか?」
「はい、されていま・・・大変です!」
「どうした?」
「搬出記録は無いのですが、機体が無くなっています!」
「そうだろうな。とりあえず、慌てなくてもいい。」
「は、はい・・・」
多脚重戦車は装甲板を色々と転用しているので、元には戻っていない。
当然、ここに機体は無い筈だ。
「これから話す事は信じられないだろうが事実だ。」
俺は研究所の人工知能にこれまでの事を話した。
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「申し訳ございません!閣下の御命を二度も狙うとは・・・」
「いや、それはいい。その頃は大統領でも無かったしな。それよりも、どうしてそうなったかを知りたい。」
「そうですね・・・1万年も経過していたとなると、再起動時にファイルが損傷していた可能性が高いと思われます。」
「さすがにスメラの技術レベルでもそうなるのか・・・」
「おそらく、修復処理の後にバックアップファイルを読み込んだ筈なのですが、最新のファイルが破損していて大戦終了を知らなかったのでは無いでしょうか?」
「そんな都合よく最新ファイルだけ壊れるものか?」
「古いファイルは10万年以上保存可能なホログラム媒体に移しますが、定期バックアップ中のものはせいぜい1,000年程度しかデータを保持できません。それに、時刻データを管理している機材も停止している筈ですから、日時も分からなかった筈です。」
「なるほど。それでまだ大戦継続中と勘違いしたのか?」
「おそらく、そうでしょう。その状態で研究所に誰もいなければ、わたしが指揮官となりますから、ヴァルキュリア部隊を起動して追撃に出した筈です。」
ヴァルキュリア部隊について聞きたい事はあるが、とりあえず先に進めよう。
「じゃあ、その部隊が全滅したとして、多脚重戦車を出撃させるか?」
「大戦終了を知らなかったという事は出処が不明の謎の機体となりますが、わたし自身は戦えませんから、利用した可能性は高いと思います。METは全て取り外して中央制御部も無い状態で保管されていましたから、勝手に動き始める事は無いでしょう。」
「ふむ・・・出撃が15年後だった理由は分かるか?」
「恐らく、METの製造に時間が掛かったのでしょう。」
「製造?」
「現在の未起動METの在庫数では、あの機体の必要数には全く足りません。ですので、この研究所のMET試作装置で可能な限り製造する事になると思います。ですが、それでも・・・」
「それでも?」
「素材の在庫を全て使っても、完全に動作させる為の必要数には足りません。」
「なるほど。じゃあ、お前ならどういう配分にする?」
「少々お待ちください。シミュレーションを行います。」
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「お待たせしました。」
「じゃあ教えてくれ。」
「まず前提としてヴァルキュリア部隊が全滅している為、随伴機の居ない単騎出撃となります。」
「そうだな。」
「その場合、機動力と全周囲攻撃可能な副砲は欠かせません。必然的に、主砲に回すMETの数を減らす事になります。主砲は対要塞砲としても過剰な威力ですし、照準を合わせる為に本体の姿勢制御が必要ですから使い勝手が悪いという点もあります。」
主砲の威力がずいぶん低かったのはそういう事情か・・・
「なるほど。そう言えば不思議な事があるんだが・・・」
「何でしょうか?」
「多脚重戦車が現れた時、ここを大規模に破壊して出て来たんだ。そんな事するか?」
「機密保持の為に破壊した可能性もありますが、おそらくトラップが作動して乗っ取られたのでしょう。」
「機械軍にか?」
「はい。キユ大佐の詳細な調査によって非常に手の込んだトラップが設置されている事が判明していますが、最新のバックアップファイルが失われた状態では見落としていた可能性が高いと思われます。」
「それなら辻褄が合うな・・・最後にもう一つ聞きたいことがある。戦い方が何というか・・・妙だったんだ。」
「例えばどういった点でしょうか?」
「一言で言うなら”避けない”だな。」
「やはりそうでしたか・・・」
「見当がつくのか?」
「はい。閣下は多脚重戦車の実用性についてどう思われますか?」
「浪漫兵器だが、リソースの無駄遣いだな。あれに投入する素材や生産能力を通常兵器に回す方が戦力的には遥かに有意義な筈だ。」
「はい、その通りです。キユ大佐もその点について疑問を持たれていたのですが、戦闘ロジックを解析した結果、あれは心理兵器であるという事が分かりました。」
「心理兵器?どういう事だ?」
「戦力的には機械軍はいつでもマホロバ国を滅ぼせる状態にありましたが、苦しませる為に敢えて滅ぼさずにいたという事が判明しています。」
「確か人工知能に与えられた命題の一つだったな・・・」
「そうです。ですが、機械軍は決して無敵の存在ではありません。マホロバ国は勝利を諦めずに抵抗を続けていました。そこで、その心を折り絶望に陥れる為に開発されたのが多脚重戦車だったのです。」
「なるほど、無敵の存在を見せつけようって事か。」
「はい。その為に、攻撃を敢えて正面から受け止め、圧倒的な威力でやり返すという戦闘ロジックが組み込まれていたのです。」
「そういう事か・・・」
俺たちの主砲への攻撃を回避しなかった理由がやっと分かった。
「次にヴァルキュリア部隊について聞きたい事がある。」
「はい。」
「人工頭脳が搭載されているそうだが、普通の人間の脳と違うところを教えてくれ。」
「まず、思考速度や精度やダイナミックレンジといった部分は人間よりも優れています。」
「他には?」
「過去の記憶はありませんし、機械軍を倒す事以外は考えないように製造されています。」
「人間の頭脳はそういう状態に耐えられるものなのか?」
「動作原理は人類の頭脳と同じですが、脳機能の完全解明は終戦後に機械軍のデータを入手するまで不可能でしたから必要な機能のみ搭載されています。感情に関する機能は機械軍への強い怒りや憎しみのみ組み込まれていますので大丈夫です」
フジさんよりも非人間的な酷い境遇なんだな・・・
「彼女達を今の世に開放したら幸せになれると思うか?」
「戦闘に必要な機能以外は搭載されていませんので、おそらく不可能でしょう。それに、そもそも幸せというものを理解できない設計です。」
「そうか・・・」
一部の感情を持たせておきながら只の戦闘マシーンか・・・
「会ってみたい。」
「承知致しました。直ちに起動してこちらに来させます。事情は説明しておく方がよろしいでしょうか?」
「そうしてくれ。あぁ、服は着させてやれよ?」
「申し訳ございません。服の在庫も無くなっております。」
俺はキッカを見た。
「キッカ、頼む。」
「はい、分かりました。」
何も言わずとも理解してくれたようだ。
「服は用意する。どこか部屋を用意してキッカを案内してくれ。」
「承知致しました。誘導灯でご案内致します。」
「では行って参ります。」
ヴァルキュリア部隊について質問をしながら待っていると扉がノックされた。
「入ってくれ。」
「失礼します!」
同じ見た目の6人の少女が整列した。
キッカがEMT魔法で再現した人機大戦当時の軍服を着ている。
人工知能との会話は通信魔法でキッカとシェアしていたので、階級章もそれぞれのものが付けられている。
「敬礼!」
一糸乱れぬ見事な敬礼に俺も答礼した。
「楽にしてくれ。」
「休めっ!」
「既に聞いているとは思うが、既に機械軍は全滅した。」
「はっ!」
「これから、どうしたい?」
「ご命令を頂ければ、どのような事でも致します!」
「では、除隊し人として自由に暮らせるか?」
「そ、それは・・・」
それまでと打って変わり、6人に戸惑いの表情が浮かんだ。
「では、廃棄される事になった場合、どう感じる?」
「役割を終えた機体ですので、当然の事と思います!」
あぁ、人は作ってはいけないものを作ってしまったんだな・・・
「分かった。では、この場での即時機能停止を命令する。」
「了解しました!」
6人は何の躊躇いも無く、機能を停止した。
「キッカ・・・」
俺は右手をキッカに差し出した。
「はい・・・」
俺の手にコイルガンが渡された。
人として、大統領として、そんな風に作ってしまった事への贖罪として、俺は自分の指で引き金を絞り続けた。
「すまないが、今日起こった事は全て長期保管用のバックアップにすぐ保存してくれ。」
「はい、承知いたしました。わたしも機能停止する方がよろしいでしょうか?」
「これからも今まで通りここを維持しておいてくれ。」
「承知致しました。」
「じゃあ、俺達は戻るよ。」
「お気を付けて。」
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俺とキッカは地上に瞬間移動した。
「なぁ、キッカ。」
「はい。」
「あれで良かったよな?」
「最善の方法でしょう。ですが、コウは辛くはないですか?」
「俺がやるしかなかったからな・・・」
「・・・ありがとうございました。」
遺跡訪問は後味の悪いものとなった。
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