第137話 出生

田舎の一軒家の一室に若い男女が困り顔で座り込んでいる。


「どうしましょう・・・」

「大丈夫だよ。僕がきっと何とかするから。」


コンコンコン

二人の心臓が跳ね上がった。


「俺だ。入るぞ。」


返事も聞かずにやや年上の男が入って来た。


「光庵さん!」

「光庵様!」


入って来たのは、この家の持ち主の山王光庵だ。

二人から内密の相談をしたいと頼まれて、特務一課課長として保有する隠れ家を提供したのだ。


「いったいどうしたんだ?妙にしけた面してるじゃねぇか。」

「実は・・・身籠って・・・しまって・・・」

「はぁ?誰の子・・・って、まぁ、一人しか居ねえよな。」

「はい、僕の子です・・・」

「鈍い俺でも二人が好き合ってるってのは薄々気付いてたが・・・さすがにまずいだろ?」

「こうなったら皇籍離脱してでも・・・」

「いけません!わたくしが一人で育てます。」

「いや、そんな無責任な事できないよ!」

「まぁ、二人とも落ち着け。お前ら普通に働いて生活できんのか?」

「そのつもりだよ!だから偽造身分証明書をお願いしようと・・・」

「俺の質問に正解できたら考えてやってもいいが・・・」

「「お願いします!」」

「玉子1パックの値段、職歴無しでも出来る仕事の時給、ファミリー向けボロアパートの家賃、これを全部正解してみろ。」

「・・・」

「どうした?」

「一万、十万、百万・・・くらい?」

「・・・まるで話にならねぇ。」


ガチャッ


「飢え死にまっしぐらだな。」

「お、親父!なんでここが?」

「特務局局長なめんなよ?お前程度の偽装じゃバレバレだ。」

「皇子、何てことを・・・」

「継巫女、あなたは・・・」

「父上!」

「母様・・・」


神代三家の現当主が揃って現れた。


「親父、これはもうバレてるって事だよな?」

「そういうこった。お前はついさっき知ったみたいだから、特務隊特殊格闘訓練は勘弁してやるよ。」

「父上!わたしの覚悟は変わりません!」

「母様、わたくしも産みとうございます・・・」

「第三者の俺が言うのもなんだが、裏付けのない覚悟があるのは知っている。」

「「うっ・・・」」

「まぁ、とにかくちょっと付き合ってもらおうか。」

「どこに・・・」


ドゲシッ!

光庵の鳩尾に拳が突き刺さり、30cmほど身体が浮いた。


「ぐふっ・・・」

「手荒な真似はしたくないから、素直についてきてくれよ?」

「「は・・・はい・・・」」


皇子と継巫女はカクカクと首を縦に振った。


「お、親父・・・お、俺は何もしてないぞ・・・」

「特務一課課長ならいつでも警戒を怠るな。お前もついて来い。」

「分かったよ・・・」


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「あぁ、わたしは何てことをしてしまったんだ・・・」

「わたくしは・・・わたくしは・・・」

「という事だ。まだ知らなかったとは言え、神命に背いちまったな。」


皇子と継巫女は頭を抱えて座り込んでいた。

情報インストール装置により、神への信仰という名の洗脳を施され、神代三家はそれぞれ血筋を残すべきという神命を知らされた結果だ。


「いったいどうしたら・・・」

「この子を諦めなければならないのでしょうか・・・」

「おい光庵、お前、電撃結婚したからな。夕方から記者会見だ。」

「へ?」

「5年前から密かに交際していた女を孕ませちまって、今日結婚したんだよ。」

「・・・偽装工作か?」

「そういうこった。」

「でも、いいのか?」

「”産むが良い、山王が育てよ”と神託がございました。」

「そうですか・・・」

「なんだ?不服なのか?」

「そんな訳ないだろ?神命は命懸けで守るつもりだ。ただ、二人に会わせてやるのは構わないか?」


光庵は三人の中で兄貴分だ。

二人の実子に会いたいだろう気持ちを考えていた。


「大丈夫だろ。俺もガキの頃に帝や今巫女と遊んだ記憶があるからな。お前もそうだろ?」

「そういやそうだったな。俺が子供連れて遊びに行く形にすりゃいいか。」

「じゃあ、これが記者会見の原稿だ。夕方までに覚えろよ?」


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帝立病院特別室に継巫女は入院した。

表向きは病気による入院だが、実際には出産準備だ。


「あれ?皇子も来てたのか?」

「光庵さんもいらしたんですね。」

「うふふ、気が合いますね。」

「そうかもな。これ持ってきたぜ。」

「あれ?わたしもですよ。」


二人が持ってきたのは神薬が詰まったスーツケースだ。


「巫女家からも届いていますよ。」

「かぶっちまったか・・・」

「どうしよう?」

「が、がんばって食べます。神様から賜った神薬ですから、きっと丈夫な子に育つ筈です。」


神薬とはもちろん非常用保存食の事だ。

古代の栄養不足の時代に妊婦と乳幼児の健康の為に食べるように神命が下されて以来、今でも律義に守り続けられている。

ちなみに、見た目は明らかに工業的に製造されたものにもかかわらず、神薬と信じ込んでいるのは洗脳されているからだ。


「ん?頑張って?」

「どういう事?」

「良薬は口に苦し、という言葉がありますが、これは神薬ですのでその比では・・・」


基本的に男性は幼児期の頃に食べた微かな記憶しか無いので、非常用保存食の味については覚えていないのだ。

その結果、継巫女は飽食の現代にもかかわらず、三食全て非常用保存食を食べる事になってしまったのだ。


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それからしばらくして、山王光庵の名目上の妻、里美も出産準備のために帝立病院特別室に入院した。

もちろん、実際に妊娠している訳では無く、皇子と継巫女の子を受け取る為の偽装工作だ。


今回の事態を受けて、特別室フロアの医師や看護師は巫女家の者で占められているので、医療関係者から秘密が漏れる恐れは無い。




そして赤子は無事に生まれ、光齎と名付けられた。

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