第92話 特訓-02
「オモさん、ちょっといいかな?」
「はい、大統領閣下のご命令は最優先です。」
「勘弁してくれ・・・今回は大統領としての依頼じゃないよ。」
「分かりました。いずれにしても大丈夫ですよ。」
大統領に就任して以来、オモさんは時々こうして俺をからかう。
ひょっとしたら、俺に大統領としての自覚を持たせる為にやっているのかもしれないが。
「魔法に覚醒したのはいいんだけど、すぐに使えたのは物理バリアと運動エネルギー系の魔法だけなんだよ。」
「それだけでも凄い事ですよ?」
「そうなの?」
「はい。通常は魔法の情報インストールをしない限りは、試行錯誤をしないと上手く使えないとされています。」
「おっ!そうそう、そういうのが有るかどうか聞きたかったんだよ!」
「もちろんいくつもありますよ。」
「そんなに種類があるんだ?」
「えぇ、”安全装置”の件でも分かるように情報インストール技術は悪用されると非常に大きな影響を与えます。ですから、政府が厳重に管理していました。」
「政府自体が悪用していたんだけどな。」
「えぇ、皮肉なものです。そしてその管理体制故に台数が限られていました。」
「そりゃそうだろうなぁ。」
「一方で人口は順調に増加していましたから、なるべく短時間でインストールする必要があったのです。」
「なるほど、それで必要な分だけインストールできるように細分化したんだな。」
「えぇ、その通りです。」
地星では星全体で数えれば1日に何十万人も産まれていた。
スメラでは人機大戦で総人口が大幅に減った事や発展途上国での人口爆発が無いとしても、1日数万人は増えていた筈だ。
限られた台数でそれだけの数をこなすのは大変だっただろう。
「じゃあ、戦闘魔法でなるべく高レベル向けっていうのはあるかな?」
「ありますが、1つ懸念があります。」
「懸念?」
「理論自体はあったのですが、使いこなせる者が居なかったので実証が済んでいないものが含まれています。」
「そういう事か。まぁ、そこは自分で検証しながら進めていく事にするよ。」
「分かりました。明日の午後には準備が出来ていますので、装置の設置してあるシェルター下層に来てください。」
「ありがとう。じゃあ、よろしくお願いします。」
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翌日の午後
「オモさん、来たよ。」
「準備は出来ています。それでは早速始めますか?」
「えぇ、よろしくお願いします。」
「では、こちらにお掛け下さい。」
「えっ!」
そこには見覚えのある装置があった。
転移直前に洞窟で見た妙な冠のような装置だ。
「どうかされたのですか?」
「俺は・・・これと同じ装置を地星で見た。キット、映してくれ。」
壁に当時の様子が映し出された。
「キット、一致度を計算してくれ。」
「少なくとも映像で確認できる範囲では100%です。」
「わたしの方でも同じく100%ですね。同一装置と見做すべきでしょう。」
「オモさん、この装置はスメラ製なのか?」
「はい。装置自体は人機大戦直後に作られていますから、ルキフェル軍の技術は使われていません。」
少し転移の謎に迫れそうだ。
「オモさん、半径1万光年の範囲内で地星らしき惑星は確認できない?」
「はい。その程度の範囲は全て観測済みですが、地星と同じ、即ちスメラと同じような恒星系は存在しません。」
「という事は、あの装置は瞬間移動で地星に運ばれた事になるな。」
俺が時間まで跳躍していない限りは、人機大戦直後から転移までの時間は約1万年だ。
限りなく光の速度に近い超高速移動をしたとしても、最大でもスメラから1万光年の範囲内に地星が存在しないと到達できない事になる。
「そういう事になりますね。」
「誰が運んだか?という事になるが・・・」
「ルキフェル隊、スメラ、第三者のいずれかでしょう。」
「もしルキフェル隊が地星に来ていたとすると、スメラと同じように同盟を持ちかけていた可能性が高いな。少なくとも何も接触せずにスメラ製の装置あるいはコピー品を地星に置いて行くのは不自然すぎる。キット、各国の機密情報でそれらしい痕跡は無いか?」
「ルキフェル隊の情報を入手してから、空きリソースで何度かスキャンしているのですが、全く引っかかりません。」
「そうか・・・特務隊の機密情報データベースにも痕跡が無しか。ルキフェル隊の可能性は低いな・・・」
どうやって調べているのか俺にも詳細は明かされていないが、特務隊は各国のほぼ全ての機密情報を握っている。
「スメラには瞬間移動の理論も装置もあったんですよね?」
「その件は機密情報だったのでしょう?わたしが知っているのは閣下からお聞きした内容だけです。」
「あぁ、そうか。瞬間移動についてもう少し機密情報ファイルを漁らないといけないな。」
「コウ、オーパーツです!」
「どうしたんだ、キット?」
「地星にとって情報インストール装置はオーパーツです。そしてツムハも!」
「そうか!オモさん、これに見覚えは?」
何も言わずともキットはツムハの画像を壁に映し出してくれていた。
「これは、ヒヒイロカネの少量生産に成功した時に作られたものですね。最後の魔法大会の優勝者に賞品として贈られたと記録されています。」
「ちょっと待てよ・・・魔法大会の優勝者・・・」
「ナホさんのお姉さんとお兄さんは魔法大会で優勝していました。そして神軍襲撃時にMIAとなりました。ところがお二人が受け取ったヒヒイロカネの剣が、山王家に代々家宝として受け継がれています。」
「確証は無いが、二人は大昔の地星に逃げ延びていたって事か・・・」
「おそらくそうでしょうね。そして閣下が地星からスメラに転移されたのは・・・」
「理由は分からないが、瞬間移動装置を使われたんだろうな。」
「コウ、ようやく謎が解けてきましたね。」
「まだまだ謎だらけだけどな。とりあえず謎解きはここまでにして、魔法を使えるようにしておこう。」
「はい。では、こちらにどうぞ。」
言われた通りに椅子に座り、妙な冠のようなものを被った。
暫くすると、オモさんが困り顔で近付いてきた。
「オモさん、どうかしたの?」
「それが・・・すでにインストールされているようなのです。それと、わたしの知らないデータもインストールされています。」
「え?」
「おそらく、地星の装置で既にインストールしていたという事でしょう。」
「まぁ、そうだろうね。でも俺はほとんど魔法は使えないよ?」
「えぇ、通常のインストールと違って妙な細工が施してあります。」
「妙な細工?」
「閣下は特定の分野で妙に理解が早かったりした事はありませんか?」
学生時代の事を思い出してみた。
「理系科目はだいたい得意だったな。勉強すればすぐに頭に入ったよ。人文系科目は人並みだったけど。」
「やはりそうでしたか。」
「どういう事?」
「魔法に必要な自然科学系の知識の情報インストールはされているのですが、外部から同様の情報がインプットされない限りロックが外れないようにされているようです。」
「え?じゃあ一通り自分で勉強しないと駄目なの?」
「いえ、ロックの仕組み自体は単純ですので、情報インストールの応用で全て外す事が可能です。」
「良かった・・・」
今更、勉強などしたくは無かったので、胸を撫で下ろした。
「ところで、オモさんの知らないデータって?」
「信じられないほど巨大なデータなのですが、わたしのデータベースには登録されていません。おそらく、シェルターが隔離された後に作成されたものでしょう。」
「よくそんなものが俺の頭に入ったもんだ。」
「人間の頭脳はネットワークの形成で記憶しますから、かなりの容量がありますよ。」
「ちなみに、どんなデータなの?」
「それが・・・わたしも解析しきれておらず、何の役に立つのか分からないのです。常識では有り得ないような公理の下で、非常に複雑な定義を定め、難解な定理を導いています。それだけならいいのですが、そうやって導いた定理を数万も集めて更に・・・という具合です。」
「うーん、そんなもののロックが外れたとして俺に理解できるんだろうか?」
「データさえ正しければ、それは大丈夫です。」
「そうなの?」
「完全に理解して納得した状態を脳に書き込むのが情報インストールですから、理解はできる筈です。ただし、最終的な解に辿り着くかどうかは、思考スピードと残り寿命次第です。」
「ついでだからそれもロックを外しておいてもらおうかな。」
一生使わないような気もするが、得体の知れないデータが入っているのも気持ちが悪い。
「わかりました。ただ、ロックを外す為のデータを作成する権限がありません。」
「分かった。では、大統領としてロックを解除する為の新たな情報インストールデータを作成する事を命ず。」
「了解しました。明日の午後には完成しています。」
「分かった。じゃあ、明日また来るよ。」
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