特訓

第91話 特訓-01

俺とキットは機密情報ファイルの”スメラ・ルキフェル条約”を読み終わった。


「ふう・・・こんな条約を結んでいたとはな。」

「困りましたね。」

「あぁ、形式的には前の政府機能を引き継いでいるからな。」

「引き継いでいる以上、同盟条約は今も生きています。」

「つまり、履行を求められる訳だ。」

「破棄した場合は、” 軍事行動を含めたあらゆる選択肢の中から報復を行う”ですから、最悪の場合はルキフェル軍との戦争となりますね。」

「それは避けたいな。」

「自由意志で拒否できるのなら、同盟維持で問題ないのでは?」

「その時に子孫達が拒否してくれればいいんだが・・・」

「今は魔法使いの子は居るのですか?」

「あぁ、レベルは大したことは無いが全員が魔法使いだ。」

「2,000人全員ですか・・・以前のスメラの平均値から考えると多いですね。」

「まぁな。そう言えば、さっきのファイルで気になる言葉があった。」

「”安全装置”ですか?」

「あぁ、どうも胡散臭い。」

「機密フォルダにあるかもしれません。」

「そうだな、調べてみよう。」


機密フォルダ内を探してみると、あっさりと見つかった。


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「酷いな。」

「人の尊厳を踏みにじっていますね。」


”安全装置”とは有体に言えば洗脳だ。

一定以上の魔法レベルの者には、覚醒させる前に軍や警察への入隊志望や法律および上官命令への絶対的服従が強制的に脳内インストールされる。

そしてその処置は公にはされず、代々の最高首脳部と極一部の者にしか知らされていなかったらしい。


「ちょっと待てよ・・・15歳になった時に覚醒処置するっていう予定だったよな?」

「はい。あの時は魔法使いが居ませんでしたから、誰に素質があるか分からないので、とりあえず全員に覚醒処置を施すという方針になっていました。」

「冗談じゃないぞ!子供達に洗脳なんかさせられるか!」

「コウ、落ち着いて下さい。まだ時間はありますから。」

「すまん、つい熱くなった。」

「やはりコウは変わりましたよ、人として良い方向に。」

「ありがとよ。とりあえず、条約と”安全装置”に関しては機密指定解除して皆と情報を共有する。」

「そうですね、臨時議会を招集して方針を決めましょう、大統領。」

「やめてくれ。」


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俺は早速、臨時議会を招集し、条約と”安全装置”について説明した。


”安全装置”の方は、皆も俺と同じように憤りを感じたらしく、全会一致で廃止となった。

早速、オモさんに覚醒処置プロセスへの一時アクセス権を付与して該当箇所を削除してもらったので、今後は子供たちに”安全装置”が施される心配は無くなった。

ただ、魔法は絶大な力であるという現実から目を背ける事は出来ないので、一般常識の情報インストールに”魔法は悪用してはいけません”という項目だけは追加しておいた。


一方で、条約に関しては、皆の反応は俺とは違っていた。

スメラで15年生きて来たと言っても、まだまだカルチャーギャップがあったのだ。


「・・・という条項があるので、自由意志で拒否すれば派兵せずに済みます。」

「大統領!いったい何を言っているのですかっ!!!」

「そうです!何を腑抜けた事を言っているのです!」

「親兄弟や友人を殺され諦めかけていた所に、ようやく仇討ちの道が見えたのですよ!」

「わたしは・・・魔法レベル0の自分を今ほど呪った事はありません!」

「いや、でもさ・・・ひょっとしたら子孫が死んじゃうかもしれないんだよ?」

「仇討ちで散るは一族の誉れ!」

「仇から逃げ回るなぞ恥を知れ!」

「命惜しさに名誉を捨てる気かっ!」


議会は紛糾した・・・というより俺が一方的に糾弾されていたのだが、オモさんが助け舟を出してくれた。


「皆さん、落ち着いて下さい。仮にも議会なのですから、冷静な議論をしなければなりません。議会として要望を纏めて大統領に提出しましょう。」


オモさんのおかげで皆は何とか冷静さを取り戻し、休憩後に議会だけで討論をする事になった。


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「そう言えば報復権ってのが有ったが、まさか、あれ程とはな・・・」

「郷に入りては郷に従え、です。」

「そうだな。ただ、今の子供達の世代が戦う事は無いだろう。」

「そうなのですか?」

「あぁ、なぜか壊滅前より平均魔法レベルはずっと高くなってるが、それでもルキフェルの戦力になる程の魔法レベルの子はいない。」

「では、明日にでもルキフェル隊が来てくれる方がいいですね。」

「いや、それがなぁ・・・」

「どうしました?」

「俺の魔法レベルは無茶苦茶高いんだ。」

「自由意志で拒否すればいいのでは?」

「仮にも大統領の俺が拒否したら実質的な同盟破棄と見做されるだろ?それに恩義もあるから断るわけにはいかない。」

「確かに、ナホさんが生き延びられたのは同盟がもたらした技術のおかげですね。」

「万が一、ルキフェルが負けてスメラがまた襲われたら厄介だからな、俺が生きてる間に来たら手伝ってやるつもりだ。」

「上から目線ですね。」

「魔法レベルに限って言えば、記録に残ってるルキフェルよりも上だからな。」

「限って言えば・・・ですか?」

「あぁ、1万年を”短い”なんて言える程長く軍人をやっている奴だからな、能力をほとんど完全に使いこなせてる筈だ。瞬間移動魔法とやらも使えるくらいだ。」

「なるほど、達人どころではありませんね。」

「逆に俺は覚醒したばかりで、使えるのは物理バリアと運動エネルギー系の魔法だけだ。」

「勝負になりませんね。」

「だから、後でオモさんに戦闘魔法について色々と聞いてみるつもりだ。」


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なお、議会からの要求は”同盟条約の誠実な履行を求める”となった。

俺もスメラの一員として腹を括ったので、大統領として承諾した。

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