第88話 条約-03
会談まで3日間しかないので大急ぎで準備が整えられた。
歴史上では電撃会談はいくつも有ったが、その裏では非公式な打ち合わせが事前に繰り替えされているのが普通だ。
今回のようなケースは例外中の例外であり、官僚達は徹夜続きとなったのだった。
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会談当日、大統領官邸の広大な庭園には最高首脳部と第075隊331の姿があった。
もちろん、庭園の周囲は魔法憲兵隊を始めとするスメラの最精鋭魔法兵が警護の任に当たっている。
「ところで、あと1分ほどで予定時刻ですが、まだ艦隊はいらしてないのですか?」
「いえ、すでに衛星軌道上に転移しています。旗艦はここのすぐ上に停泊していますよ。」
思わず上空を見上げたが、青空が広がっているだけだ。
続いて将軍の方を見たが、首を横に振るだけだ。
少なくとも軍の監視網では発見できていないのだろう。
「完全ステルスとは大したものですなぁ。」
「魔法気配までは遮断できないのが難点ですが・・・隊長がいらっしゃるようです。」
「え?・・・うわっ!」
目の前にいきなり人影が現れた。
意外な事に、姿形は異形の者と違い、スメラ人と瓜二つだった。
「我は近衛隊隊長ルキフェルだ。貴殿がこの星の代表か?」
「は、はい。スメラ連邦政府大統領シンゾアベです。突然の事で驚いてしまい失礼しました。」
「そうか、瞬間移動を見るのは初めてか、許せ。」
「しゅん・・・かん・・・いどう・・・」
スメラ星の理論物理では、光速度を超えて情報が伝達可能だとすると因果律が崩壊する事になるので、瞬間移動は不可能とされている。
もちろん、ルキフェルが行ったのは文字通りの瞬間移動であり、光速以下での超高速移動などでは無い。
「この者は我の副官のデアフィリアだ。」
「デアフィリアと申します。以後お見知りおきを。」
デアフィリアは事前に情報収集しておいたスメラ式のお辞儀をした。
その姿は礼儀作法の師範ですら感嘆の息を漏らすほどの完璧なものだった。
もちろん、礼儀という意味も込められているが、ここは外交の場だ。
その完璧さには、”お前たちの事は全て把握しているぞ”という示威行動も含まれている。
そして、権力闘争の末にその頂点に立った政府高官達は、その意味を即座に理解した。
表情に出すような間抜けは居ないが、ほんの僅かな心拍数の変化などから、彼らの動揺はルキフェル達には筒抜けとなっている。
「よろしくお願いします。それでは早速ご案内します。こちらにどうぞ。」
「うむ。」
「はい。」
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一行は応接室に到着した。
ちなみに、ルキフェルとデアフィリア用の椅子はソファーに変更されている。
設営責任者が涙目になりながら到着までの僅かな時間で必死に入れ替えたのだ。
「では早速だが、会談の目的は我が隊と貴星の同盟締結だ。」
「同盟・・・ですか?」
明らかに不自然な話だ。
彼我の戦力差、科学技術の差は一目瞭然であり、先方にメリットが無い。
全面降伏と隷従を求められる方が納得できる話だ。
「そうだ。仔細はデアフィリアに任せる。」
「はい。まず我々の部隊である近衛隊は神を守護する事が第一の任です。」
「神・・・ですか?」
「文化的な相違がありますから完全に同一とは申しませんが、最も適切な訳が”神”となります。」
「なるほど、必ずしも私たちの考える神と同じではないのですね。」
「はい。最も大きな違いは、我々の神は母星であるヘヴ星に御座します。」
「実在されるのですか・・・」
「創造主、造物主にして圧倒的な力をお持ちです。我々は皆、畏れ敬っております。」
”十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない”という言葉があるが、それと同じで、”圧倒的な力を持つ存在は、神と見分けがつかない”という事だろう。
「しかし、神の側近に当たるデヴィという者が、神を封じてしまったのです。そして、神に成り代わり恐ろしい詔を発したのです。」
「それほどの存在が封じられたのですか?」
「はい。詳しい事は分かっていませんが、側近という事もあり油断をされていたのかもしれません。あるいは、何らかの神のご意思があっての事かもしれませんが・・・」
「なるほど、その恐ろしい詔とはどういった内容でしょうか?」
「”全ての知的生命体の虐殺”です。既に発見していた他星の知的生命体は惨たらしく滅ぼされてしまいました。」
「そんな事が・・・しかし、いくら神の詔と思っていたとしても、誰も逆らわずにそんな事を行ったのですか?」
「我々は創造主である神にそのように創られております。上意下達が徹底されているのです。」
「我只一人が、例外時のみ詔に背く事が出来る。」
ルキフェルはそれだけを言うと、続けるようデアフィリアに目配せした。
「そこで、我々は封じられた神をお救いする事ができるよう、戦力を増強させる為の旅をしているのです。」
「そういう事でしたか。しかし幾つか疑問点があります。」
「どうぞ、仰って下さい。」
「1つ目は敵の規模、つまり勝てる見込みがあるのかどうか。2つ目は何故我々なのか、我々の戦力は貴軍に比べて圧倒的に劣っています。そして3つ目は・・・」
大統領は言い淀んだ。
外交の場であってはならない失態だが、これほどの強力な相手に対して言うのが憚られたのは仕方の無い事だ。
「3つ目は貴星のメリットですか?」
すかさずデアフィリアが言い当てた。
「はい。わたしはこの星の最高指導者ですが、独裁者ではありません。民主的な方法で選ばれた代表者である以上、民衆を納得させる必要があるのです。」
「貴星の政治システムからすれば当然だと思います。それでは順番にご説明しましょう。」
「よろしくお願いします。」
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