第87話 条約-02

監視を始めてから150公転周期が過ぎた。

この星の公転周期は母星と同じだったので、ちょうど150年が過ぎた事になる。

相変わらず雑兵かそれ以下の魔法レベルの者しか誕生していないが、数だけは増えている。



『こちら本部、第075隊331応答せよ。』

『こちら第075隊331どうぞ。』

『あと3日で本隊がそちらに到着する。友好的にその星の代表者との会談を準備せよ。以上。』

『了解。』


すぐに降下を始めながら翻訳機を起動させた。

150年蓄積した言語データを入力済みなので会話には問題ない筈だ。


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「おはようございます、大統領。」

「やあ、おはよう。今日の予定を教えてもらえるかな?」

「はい、午前中は書類の決裁だけです。午後からは終日、安全保障会議となります。」

「久しぶりにのんびりできそうだな。」

「初めまして、大統領。申し訳ありませんが、午前中のお時間をいただけますか?」


大統領と首席補佐官以外に誰も居ないはずの執務室に声が響いた。


「ん?」

「えっ!」


二人は声の方に振り返り、その者の姿を見、そして硬直した。


頭には角が生えている

大きな口に牙が生えている

手指には大きな鉤爪が生えている

足指にも大きな鉤爪が生えている

背中には翼が生えている

身体は鱗のようなもので覆われている


首席補佐官が我に返った。

大統領の周りに最大強度のバリアを張りながら叫ぶ。


「近衛!賊が入り込んだ!出会えっ!!!」


首席補佐官は若い頃は魔法憲兵隊に所属していた魔法使いだ。

現役の精鋭には負けるが守りに徹すれば近衛が来るまでの時間を稼ぐ自信はあった。

しかし、いつもは即座に現れる筈の近衛はいつまで経っても現れなかった。


「申し訳ありませんが、あまり時間がありませんので、すぐにでも大統領とお話ししたいのですが?」

「お前は何者だ!なぜそんな格好をしている!近衛はどうしたんだ!」

「順番にお答えしましょう。わたしはルキフェル近衛隊所属の第075隊331です。これはわたしの生まれつきの姿です。近衛の方々には何もしていませんよ。ただ、この部屋はわたしのバリアで遮断していますので声が届かないだけでしょう。」

「何が目的だっ!」

「はい、順を追ってお話ししたいのですが、お時間を頂けますか?」


大統領が首席補佐官の前に出た。


「いいでしょう。ただ、わたしとしても準備をしたいので、少し時間を頂けますか?あと、バリアを解いてもらえますか?なに、あなたに危害を加えるつもりはありません。それに、そうしようとしても絶対に不可能でしょう?」

「だ、大統領?」

「ありがとうございます、大統領。」

「では、そちらに掛けてお寛ぎ下さい。」

「お気遣いありがとうございます。ただ、この翼が邪魔になるので立ったままでもよろしいですか?」

「あぁ、これは気付きませんでした。それではご自由になさってて下さい。」


「大統領?」

「あぁ、あの方はたぶん大丈夫だよ。君は、救星の英雄であり、魔法使いの始祖でもあるキユ大佐の自伝を読んだことはあるかね?」

「はい・・・あっ!」

「そうだ。キユ大佐が覚醒したきっかけとなった”異形の者”の記述と同じだろう?」

「はい。では、さっそく関係閣僚を招集します。」


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大統領執務室に、内容は伏せたまま緊急招集された閣僚が集合した。

首席補佐官が大急ぎで作った資料を読み、皆一様に信じられないといった表情になった。


「さて、会議の前に確認しておきたい事はあるかね?」

「大統領!」

「魔法憲兵隊長か、何だね?」

「その者は・・・本当に魔法を使ったのですか?」

「あぁ、使っていたが、それがどうかしたのかね?」

「自分は最高の魔法レベルを持つ者の一人なのですが・・・魔法気配が感じられません。つまり、その者はわたしよりも2以上魔法レベルが高く、しかもそれがルキフェル近衛隊の兵士の一人に過ぎないという事になります。」

「・・・」


圧倒的な戦力差に皆が言葉を失った。


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案内された別室で待っていると、迎えの者が来た。

表情が硬いが、この星は初めて異星人と会うようなので仕方ないだろう。

やがて先ほどの部屋に到着し、室内に迎え入れられた。


「お待たせしました。準備が出来ましたので、早速、ご用件を伺いましょう。」

「初めまして、わたしはルキフェル近衛隊所属の第075隊331と申します。お忙しい中、皆さまのお時間を頂戴できた事、大変感謝致します。」


友好的にという命令なので、丁寧な言葉で自己紹介と感謝を述べた。

ふと見ると、背もたれの無い椅子が用意されていた。

この星では、立たせたままというのは失礼にあたるようなので、一応、先方にも友好的に進めようという意思は有るようだ。

立ちっ放しというのも失礼かと思い、その椅子に腰かけた。


「わたしはルキフェル隊長の命令で、この宙域で知的生命体の探査を行っていました。そして、この星から発せられた電波を受信し、150年前にこの星に辿り着きました。」

「おぉ、ひょっとして、人機大戦時にキユ大佐が遭遇したのは貴方ですか?」

「はい、そうです。ルキフェル隊長の命令でその方を機械軍から保護し、魔法を覚醒させました。」

「やはりそうでしたか。全人類を代表してお礼申し上げます。あ、話の腰を折ってしまいましたな。どうぞ、お続け下さい。」

「はい、では続けます。そして、それから衛星軌道上でこの星の事を観察し続けていたところ、先ほど本隊が3日後にこちらに来訪するという連絡を受けたのです。」

「えっ!150年ずっとですか?そんなに長い間・・・」

「いえ、わたし達は不老ですので、それ位の時間はどうという事はありません。それに呼吸や食事も不要ですから特に不自由はしませんでしたよ。」


この星の知的生命体は、せいぜい100年程度で死んでしまう事が分かっている。

それに大気中に含まれる酸素を取り込まねば生命を維持できないのだ。

更に、他の動物や植物を体内に取り込み、溶解して吸収する事によって生命活動に必要なエネルギーや物質を得なければならない。


「いやはや、我々とはずいぶん違いますね。それでルキフェル殿は何をしにいらっしゃるのですか?」

「申し訳ありませんが、目的については、まだわたしは知らされていないのです。ただ、3日後に参りますので、大統領には予定を空けておいて頂ければと思い、本日は参上いたしました。」

「なるほど、直接会って話すべき内容という事ですね。分かりました。では受け入れ態勢を整えますので、人数などを教えて頂けますか?」

「本隊の人数は100万人ですが、1,000隻の戦艦に分乗していますので、大部分は宇宙空間に停泊する事になると思います。会談に参加するのはルキフェル隊長と側近1名と聞いております。」


魔法憲兵隊隊長が手を挙げた。

もちろん、この星の主要人物は把握済みだ。


「あの、ちょっとよろしいですか?」

「はい、何でしょうか?」

「護衛の方はいらっしゃらないのですか?」

「ルキフェル隊長は、隊長以外の全員で挑んでも勝てません。ですので護衛は不要です。」

「わ、分かりました。」


皆の表情が固まった。

この星の魔法レベルからすれば想像もつかない強さなのだから仕方あるまい。


「それにしても1,000隻の戦艦ですか・・・軍には間違って艦隊に敵対行動を取らないように厳命しておきます。」

「その点は心配ご無用です。完全ステルス化を行いますので、発見する事は不可能です。」

「完全・・・ステルス化・・・ですか?」

「はい。魔法気配以外のあらゆる探査方法に対するステルス技術です。」

「なるほど・・・1つお願いがあるのですが・・・」

「はい、何でしょうか?」

「会談の内容によっては、貴軍の威容を示して頂きたいのです。」

「それはもちろん可能ですが、どういう事でしょうか?」

「我々にとって、貴軍の全てが信じがたい程のものばかりです。そして人間には、見たいものだけが見え、信じたいものだけを信じる、という傾向があるのです。」

「・・・」


この星を観察してきたので、この言葉は納得できる。

この知的生命体には確かにそういう傾向があったのだ。


「ですので、会談で決まった事を進めようとした時に、信じない者が現れ障害となる可能性があります。しかし、もし貴軍の圧倒的な存在を見せつけておけば、そういった問題は起きないでしょう。」

「分かりました。その旨伝えておきましょう。」

「ありがとうございます。」

「では、後は実務的な内容を詰める事になりますが・・・」

「はい。では、この者を担当に付けます。」

「分かりました、実務はそちらの方と詰めておきます。では、本日はお忙しい中、ありがとうございました。」

「こちらこそありがとうございました。それでは3日後の会談を楽しみにしています。」

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