第89話 条約-04

「まず、1つ目の神軍の規模についてですが、全部で7軍団となります。それぞれの軍団長は、ルキフェル隊長と同じく神に直接謁見できる7人が務めています。その配下の構成は近衛隊と同様に部隊長1,000名、各部隊長の配下に999名です。」

「・・・7倍の戦力差という事ですか?」

「いえ、それぞれの階層で魔法レベルが近衛隊よりも1つずつ低いのです。ご存知のように、魔法レベルが1つ違うと概ね10倍の戦力差となります。ですので、近衛隊と神軍の戦力差は魔法レベル換算で10:7です。」

「現状でも勝てる・・・という事ですか?」

「神軍との戦いという意味では、甚大な被害は出ますがほぼ間違いなく勝てるでしょう。しかし我々の目的は飽くまでも封じられた神をお救いする事です。その為には神軍を倒した後にデヴィを倒さねばなりません。しかし、デヴィは神の力の少なくとも一部を使えるようなのです。どこまで使えるのかは未知数ですが、可能な限り戦力を増強する必要があります。」

「神の力ですか・・・我々でどうにかできるとは思い難いのですが?」


「2つ目の疑問点ですね。確かに現状では、貴星の戦力を総動員しても兵卒の弾除け1発分にもならないでしょう。しかし、極稀に高レベルの魔法使いが産まれる可能性があります。そういった方を我々に戦力として提供して頂きたいのです。」

「確かに我々の統計調査でも、高レベル魔法使いが誕生する確率は0ではありませんが、貴軍の戦力足りえる程の者が産まれるには、相当な年月が必要となるはずですが?」

「そうですね。あと1万年ほどしか時間はありませんから、可能性は限りなく低いと思います。ですから、”もしも誕生したら”で結構です。」

「ちょ、ちょっと待って下さい。我々の寿命は100年程度です。仮に力ある者が誕生したとしても、とても生きてはいられません。」

「その点は大丈夫です。3つ目の疑問点にも関係するのですが、コールドスリープ技術を供与しますので、寿命の問題は無くなります。もちろん調整は必要になりますが、貴星の科学技術レベルであれば100年も掛からないでしょう。」

「なる・・・ほど・・・」


スメラの科学技術は発展しているが、コールドスリープはまだまだSF作品の中の技術だ。

人機大戦で暴走した人工知能が様々な人体実験を行い生命科学は飛躍的に発展したが、人を生かし続けるという方面には価値を見出さなかった事が影響している。



「そして、3つ目の疑問点についてですが・・・」

「我らが負ければ、いずれ貴星は滅ぼされる。」


ルキフェルが覇気のこもった声で短く言った。

心理的効果を狙ったものだ。


「当然、そうなります。もう少し詳しくご説明しますね。我々の様々な技術を供与致します。先ほど申し上げたコールドスリープや完全ステルス技術、瞬間移動用ユニットや高性能コンピューターなども含まれます。それらの技術を使いこなせるようになっておけば、神軍の襲撃を受けたとしても一部の方は逃げ延びられる可能性があります。」


瞬間移動には莫大なエネルギーが必要となる。

非常に長い時間を掛けてエネルギーを蓄えればMETでも起動は出来るが、現実的に運用するには高レベル魔法使いが必要だ。

つまり、高レベル魔法使いが産まれる前に襲撃されれば逃げる手段は無いという事になるのだが、それについては敢えて説明をしていない。


なお、ルキフェル隊の魔法に比べれば物理的な装甲は玩具に過ぎないにもかかわらず彼らが部隊毎に戦艦に分乗している主な理由は、襲撃を受けた場合に即座にまとめて瞬間移動が可能となるからだ。

もちろん、瞬間移動は物理法則に従っているので魔法によって発動する事は可能なのだが、あまりにも複雑で膨大な演算が必要な事から、艦内の瞬間移動ユニットを即時発動可能な状態で待機させているのだ。


「なるほど、科学技術の飛躍的な発展と、万が一の時に生き延びられる可能性が得られるという事ですね。そして、もし貴軍が敗北した場合には我々もいずれは滅ぼされる以上、協力すべきと・・・」

「その通りです。我々が要求するのは、高レベル魔法使いが誕生した場合のみコールドスリープで延命し、決戦時に一時的に戦力としてお借りする事だけです。もちろん、戦死されてしまう可能性は高いですが、悪い取引では無いと思っております。」

「確かに悪い取引ではありませんが・・・」

「貴星では、同盟国の為に自国の兵士を戦死する危険性のある戦場に送り込む事は恒常的に行われていたと報告を受けておりますが、違ったでしょうか?」

「いえ、今回の件では、それとは別の人道上の問題が発生してしまうのです。」

「どういう事でしょうか?」

「我々にとって他者との繋がりというのは非常に大切な事なのです。しかし、コールドスリープから目覚めた者は家族や友人といったものを全て失った状態になります。」

「姿は似ていても、そういった文化的な面は違うのですね。」

「えぇ、ですから少し協議が必要です。」


もちろん、同盟のメリットに比べれば微々たるデメリットだ。

単に大統領一人で背負いこみたくないが故に他者を巻き込もうとしているに過ぎない。


「分かりました。我々もこの場で即答を頂けるとは思っておりませんのでご安心ください。他に何か不明な点があればお聞きください。」

「では・・・3つ追加でお尋ねします。」

「どうぞ。」

「同盟を断った場合の対応、同盟締結後に破棄した場合の対応、そして不可抗力により同盟を維持できなくなった場合の対応について教えて下さい。」

「はい。まず同盟締結に至らなかった場合ですが、我々はこの星を去るだけです。武力で無理やり締結を迫るような事はありません。もちろん、将来、貴星が神軍に与した場合には容赦なく殲滅しますが。」

「それはそうでしょうな。」


「次に、同盟を破棄された場合は貴星の場合と同じ対応、即ち、軍事行動を含めたあらゆる選択肢の中から報復を行う事になります。」

「・・・我々の絶滅もあり得ると?」

「非常に悪質な場合は、そうなる可能性は排除できません。」

「それは・・・避けたいですね。」


「では、最後の不可抗力という場合ですが、どういった状況をお考えですか?」

「我々の時間尺度で言うと、1万年というのは非常に長い時間です。これまでの歴史を振り返れば、現在の統治体制がそのまま存続できるとは考え難いのです。いずれ様々な地域で異なる文化が育まれ、国家として分離独立する可能性が高いでしょう。そして現在の政府を継承しない形でこの星を統治する事も想定しておきたいのです。」

「なるほど。その場合は条約の再締結を求める事になるでしょう。ただし、拒否した場合は供与した科学技術は全て回収あるいは破壊する事になります。もちろん、それを学習した者の記憶も含めた破壊です。」

「貴軍の立場では、やはりそうなりますか・・・」

「申し訳ありませんが、そこは譲れません。」

「いえ、我々が同じ立場ならそう言わざるを得ません。では、閣僚達と話し合ってみようと思います。何かご要望があれば仰って下さい。」


「では貴星の飲み物でももらおうか。」

「えっ!あ、あぁ、失礼しました。飲食はされないと伺っておりましたので・・・」

「ふむ、こちらの兵が正確に伝えなかったようだな。普段は生命活動に必要なエネルギーは魔法で賄っているが、貴殿らと同じように我らもATPを利用する事が出来るのだ。」

「つまり、飲食は不要ですが、不可能ではないという事です。」

「なるほど、それでは早速ご用意します。」

「よろしく頼む。同盟を結ぶかもしれん相手の文化は知っておくに越したことは無いからな。」

「それでは、わたしも頂きますわ。」

「331さんはどうされますか?」

「残念ながら、わたしはこの口ですから液体を飲む事は苦手でして・・・」

「もしよろしければ、331には生肉をご用意頂ければと思います。」

「うむ、労ってやらねばな。」

「は、はぁ・・・分かりました。」

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