第70話 降臨-06

ウン、サン、ギガが供物を持って天の浮舟に入ってから1時間程が経っていた。

そして広場にはいつにも増して盛大な火が灯され、国の主だった者達が集まっている。

大軍が攻めてきている状況だが、人の身から神の眷属になる瞬間となれば興味を抑えることが出来ないのは止むを得ないだろう。


「なぁ、インよ。そろそろか?」

「たぶんな・・・」

「あぁ、いよいよあの子たちが神の眷属に・・・」


中でも落ち着きが無いのは国のトップ3だ。

現代人なら一定数は神の眷属なんかなりたくないという者はいるだろうが、この時代では普遍的かつ絶対的な喜びのようだ。


「戻ってきたら、もう呼び捨てには出来ねぇな。」

「うむ。本来なら神殿も建てなければならないんだが、戦が近付いているせいで中々準備ができん。」

「神様が仰るには、戦と言ってもわたくし達は普段通りの生活をしておけば良いという事でしたが、やはり不安ですしね。」


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天の浮舟に供物を届けた3人の子供達はいつもの部屋に控えていた。


「なぁ、ギガ。」

「はい、何でしょうか?」

「神様のお言葉が分かるようになった時ってどんなんだったんだ?」

「この奥の部屋で冠のようなものを被って、もやもや~・・・スポンッ!っていう感じがしたら、神様のお言葉が分かるようになってたの。」

「なんじゃそりゃ?」

「よく分からないね。でも、神の御業なんだから仕方ないよ。」


その時、部屋の奥の扉が開き、二柱の神が顕れ話しかけられた。

神の言葉が分かるのはギガだけなのでウンとサンに通訳をした。


「奥の部屋に来て、椅子に座りなさいって仰ってるわ。」

「分かった。じゃあ、行こうか。」

「おう。」


3人は言われた通りに奥の部屋に行き、椅子に腰かけた。

すると、細長い小さな豆のようなものと容器に入った水が宙に浮きながら、それぞれの目の前にやってきた。


「これは何だろう?」

「飯にしちゃ少ないな・・・」

「これを飲み込めば神の血が得られるそうです。噛まずに飲み込むように仰っています。」

「そう・・・なんだ。」

「想像してたのとだいぶ違うな。」

「とりあえず飲みましょう。」


3人はその小さな豆のようなものを恐る恐る飲み込んだ。

すると音も無く3人の頭に冠のようなものが被せられた。


「わっ!」

「うぉっ!」

「きゃっ! あ、これが、もやもや~・・・スポンッ!の時のです。しばらく目を閉じてゆったりしておくように仰ってます。」

「分かった。」

「おう。」


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「終わったかな?たしかにギガの言った通りだったよ。」

「あぁ、もやもや~・・・スポンッ!だな。」

「えぇ、前もこんな感じでした。」

「でも、驚いたな。こんな国の治め方や法があるなんて・・・」

「俺も驚いた。こんな戦い方があるとはなぁ・・・」

「わたくしはこの世の理のようなものが分かるようになっています・・・どのように使えばいいのか途方に暮れてしまいますが・・・」

「あぁ、僕もたぶん同じ事を理解したと思う。その理を利用してどんなものが作れるかっていうのも分かったんだけど、二人は違うの?」

「俺はギガと同じでこの世の理だけだな。」

「という事は、この世の理は3人とも知らなくてはいけない事なのでしょうね。」

「そうか!3人がそれぞれ違うところは、今のお役目に必要な神の英知をもっと詳しく教えて頂いたんだ!」

「なるほどな!」

「わたくしは前に神の言葉を教えて頂いたので、今回はこの世の理だけだったのですね。」


しばらく3人の様子を見ていた二柱の神が互いに頷くと、声を掛けて来た。


「次は神の力を授けて頂けるようです。」

「ついに僕達も神の眷属になれるのか・・・」

「おう!わくわくするな!」


暫くすると、3人の頭の中が僅かに暖かくなり、そして・・・覚醒した。


「あぁ、なるほど・・・それでこの世の理を・・・」

「そういう事かっ!」

「これが・・・神の力なのですね。」


男神がギガに話しかけ、部屋の奥から一振りの剣がサンの前へとやってきた。


「これは、トツカ!」

「よかったな、サン。返していただけたんだな。」

「オズペタとの戦に使うが良いと仰せです。」

「トツカがあれば100人力だが・・・1人で10万の軍勢となると厄介だな。」

「戦の日まで鍛錬を欠かさぬようにとも仰せでした。」

「そうだね。この力があればオズペタ軍も恐れるに足りないけど、慢心しないようにしよう。じゃあ、神様にお礼を申し上げよう。」

「おう。」

「はい。」


3人は二柱の神に向かい、二礼二拍一礼をした。

これは、この国に古くから伝わる神様への拝礼の仕方だ。

すると、二柱の神はギガに話しかけ、部屋の奥へと去って行った。


「明日から鍛錬を行うようにと仰せです。」

「じゃあ広場に戻ろうか。」

「そうだな。」


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遂にその日がやって来た。

昨日の昼間、”明日、西の国境にオズペタ軍が現れる”という神託があったのだ。


ウンとサンは供も連れずに二人だけで国境の平原でオズペタ軍の使者を待っていた。

すでに遠くに10万の大軍は見えているので、間も無く来るだろう。


「いよいよだな。」

「そうだね、でも何だか現実感が無いよ。」

「まぁ、以前の俺達ならもっとビビッてたんだろうけどな。」

「知れば知るほど、神の力の偉大さが分かるよ。」

「そうだな。負ける気がしねぇ。おっ、来たか?」

「そうみたいだね。馬が一騎こっちに向かってるみたいだ。」

「使者だろうな、叩き切るか?」

「物騒だなぁ。こっちの返事は伝えてもらわないと。」

「分かってるよ。」


暫くして使者がやって来た。


「おい、異教の蛮族ども!今すぐ降伏するなら女子供の命だけは助けてやる。返事は?」

「我らの偉大な真の神より”尻尾を巻いて逃げ出すなら見逃してやれ”と慈悲深いお言葉を頂いております。すぐに立ち去る事をお勧めしますよ。」

「けっ、気でも狂ったか?皆殺しにしてやる!」


使者は馬を駆り戻って行った。


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「よし、陣地に戻ったな。」

「うん、ギガの方も終わってるみたいだし、いつでもいいよ。」

「よっしゃ!ぶち殺してくる。」


サンはトツカを真横に構えると、この時代としては有り得ない速度で滑るように敵陣へと突っ込んで行った。

ウンは、サンが敵陣に達すると同時に結界を張り全員を閉じ込めている。

もうこれで敵に逃げ場は無くなった。


サンは自らの周りに結界を張っており、この時代の武器では傷一つ付ける事はできない。

そして敵陣内を時速数百kmで縦横無尽に飛び回りながら、結界の外に突き出したトツカで敵兵を鎧ごと切断していった。

当然、1分もしない内にオズペタ軍は総崩れになった。

生きている者、いや、まだ殺されていない者は必死になって逃げ惑うが、見えない壁にぶつかり、どうやっても陣地内から逃げ出せない。

しかも、その壁は徐々に狭まってきているのだ。

まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


しかし、それもすぐ終わった。

狂ったように泣き叫びながら命乞いをする総大将以外は、全て肉塊と成り果てたからだ。


「黙れっ!!!」


平原中に響き渡るサンの怒鳴り声に総大将が硬直した。

いつの間にか近付いていたウンが粘土板を差し出した。


「これを持ってオズペタにお帰り下さい。」

「こ、これは?」

「平和条約です。ここに書かれた条件が飲めなければオズペタを滅ぼします。変更は一切認めません。返答期限は、次の昼と夜の長さが同じになる日までです。」

「し、しかし・・・わたしの一存では・・・」

「ならば滅ぼします。」

「ひっ!」

「と言いたいところですが、我らの神は寛大です。オズペタの王が渋るようなら、庭を見ろと伝えるように仰いました。」

「庭を・・・?」

「さぁ、もう帰りなさい。」

「し、しかし、馬も護衛も居ません。わたしが無事にオズペタに戻れなかったら・・・」

「その時はオズペタは滅びます。必死になって戻りなさい。」


返事を待たずにウンとサンは平原を後にした。


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「ただいま!」

「戻ったぜ!」


二人は中央広場に戻って来た。

ギガ以外は全員が平伏している。

もちろん、イン、ソン、ガガもだ。

神の眷属であり、1時間足らずで10万の軍勢を全滅させ、国を滅亡の危機から救った英雄なのだから当然だ。


「お帰りなさい!」

「ギガもお疲れ様。こっちは予定通りに進んだよ。」

「おう!俺の活躍を見せたかったぜ!」

「いえ・・・わたくしは人死にはちょっと・・・」

「あっはっは!そうだったな悪い悪い!」

「ギガは優しいからなぁ。平和条約が結べればもう大丈夫だと思うよ。」

「はい。オズペタ王には素直に従って頂きたいです。」

「そう言えばさ、庭を見ろってどういう事?」

「はい、オズペタ王が反対したら王宮の庭に神の雷を落とされるそうです。」

「あぁ、そういう事か。」

「はっはっは!王様が腰抜かすのが目に浮かぶな!」

「あっ!神様!」


いつの間にか二柱の神が中央広場に顕現されていた。

3人も慌てて平伏した。

神様から話しかけられたギガが立ち上がり、皆に向けて言った。


「神様は遠い遠い東の果て、日出づる処に向かわれます。我ら神の眷属もまた、例え1000年掛かろうとも、その地に向かえとの神命です。」


皆に動揺が走る。

神に見捨てられたと思ったのだろう。

しかし、違った。


「この地に住まう者、即ち第十二支族は希望する者は皆付いてきても良いと仰せです。」


今度は安堵の声が広まった。

しかし、全員が行ける訳ではない。

年老いた者や障害を持つ者、そしてその面倒を見る者、先祖の墓を守る者、更にそれらの者を食べさせるために畑を耕す者などだ。


「そして、こうも仰っています。この地に残る者には神よりギフトを授けようと。」

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