降臨
第65話 降臨-01
とある地方の国境での出来事。
物見櫓の上で二人の男が見張りをしていた。
「今日は風が強いな。」
「あぁ、砂埃が鬱陶しい。」
「何だありゃ?」
「ん、どうした?」
「あれ見てみろよ。」
相棒が指さした方向を見るととんでもない事が起きていた。
妙な物が空に浮かんでおり、徐々に降りてきているのだ。
「おい!こりゃ大変だ!俺は戦頭いくさがしらに伝えてくる。」
「分かった。俺は目印を上げてから様子を見に行く。2本でいいか?」
「そうだな、こりゃ2本だろう。気を付けろよ!」
「あぁ、分かってる。」
戦頭は、この国の武力行使全般の責任者である。
近代国家と違い、戦争・国境警備・諜報・治安維持・刑務所管理など全てが管轄だ。
この国は近隣国からは神に護られた地として畏れられているが、いつ異教徒が攻めてくるか分からないので常設軍を保持している。
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物見櫓の上に2本の目印を立ててから下に降りて行った。
1本は注意、2本は警戒、3本は危険を表す事になっている。
この国で採用されている最新鋭の早期警戒システムだ。
馬鹿でかい物は地面に降りていた。
と言っても宙に浮いたままだ。
どこかの国が強力なまじないでも使ったのだろうか?
戦頭が来るまでに出来るだけ調べておかないとまずい。
俺は石槍を手に、その不可思議な物に近付いて行った。
ゴツン!
何も無いところでいきなり何かにぶつかった。
手を伸ばしてみたが、やはり何か透明な壁のようなものがあるようだ。
これが呪術師が使う結界と言うものだろうか?
試しに石槍で思い切り突いてみたがびくともしない。
どこかに入り口は無いかと方々を突いてみたが手応えのある場所は無かった。
地面も掘ってみたのだが、やはり見えない壁があってそれ以上は進めないようだ。
仕方がないので少し離れたところから上の方に石を投げていたところ、急に体が痺れて動けなくなってしまい、身体が勝手にビクンビクンと痙攣し意識が遠のいた。
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「おーい!戦頭に伝えてくれ!旗が2つ上がった!馬が駆けてきているぞ!」
「なにっ!分かった、お前はそのまま見張りを続けてくれ!」
西の物見櫓に緊張が走った。
旗が2つという事は警戒を意味する。
すぐに動物の皮を張った太鼓がドンドン、ドンドンと2回ずつ打ち鳴らされ始め、伝令係が戦頭の下へと走り出した。
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「かしらっ!」
「おう、早かったな。」
戦頭のソンは既に戦いの準備を終えていた。
「いったい何が起きたんだ?」
「まだ分かりません。馬が1騎駆けて来ています。」
「そうか、着いたらすぐにインのところに来るように伝えてくれ。」
「はい!」
馬を使うという事は、警戒レベルの中でも脅威度は高いという事だ。
屋内に戻り先祖伝来の漆黒の剣を持ち出した。
この剣は、ちょうど十掴み程の長さをしている事からトツカと呼ばれている。
そして、この剣が代々の戦頭に受け継がれているのは、それを手に入れた時の出来事と、武器としての素晴らしさが理由だ。
遥か遠い昔のご先祖様が、侵略を受けていた時の事だ。
神官が夜通し神にお祈りしていると、凄まじい轟音と黒雲を纏った眩く輝く物が、山向こうの敵の本陣に落ちたのだ。
間諜からの連絡も途絶えてしまい恐る恐る様子を見に行くと、平地だった場所はすり鉢状に抉れていたのだ。
攻め込んでいた国は恐れをなして戦を止め、二度と侵攻してくる事は無かった。
それ以来、この国は”神に護られた地”として知られる事になった。
この国では天から降るものに関する口伝では、稀に石のようなものが見つかるとされていた。
そこで、ご神体とすべく国を挙げて掘り出したところ、意外な物が見つかった。
地中深くから現れたのは剣だったのだ。
ご神体として神殿に安置すべきという意見もあったのだが、神から我々へ贈られた守り刀だという意見も根強かった。
何故ならその切れ味は凄まじく、剛力自慢の兵が振るえば岩をも切り裂く程だったからだ。
最終的には神官の占いにより、戦頭が代々受け継ぎ国を護るために使うべしとなったのだ。
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「イン!」
「おぉ、ソンかよく来た。何が起きたのだ?」
「いや、まだ分からん。馬が着き次第ここに来るように言ってある。」
「そうか。話を聞いたら神官のガガに占ってもらおう。」
「はい、承知しました。わたくしは先ほどから何やら胸騒ぎがします。」
蹄の音が聞こえた。
どうやら物見櫓の兵が到着したようだ。
扉を勢いよく開けて兵が入って来た。
「頭!大変だ!」
「長や神官がいるのだ、少しは落ち着け。」
「あ、あぁ、すいません。ですが・・・」
「落ち着けと言っているんだ。お前がちゃんと報告しないと俺達は身動きが取れん。」
「は、はい・・・実は空から妙な物が降りて来たんです。」
「妙な物?どんなものだ?」
「何て言うか・・・上手く言えません・・・」
「じゃあ、書いてみろ。」
「はい。」
兵は足元の土に石で形を描いた。
球に楔を打ち込んだような形だった。
「何だこれは?イン、ガガ、見た事あるか?」
「いや、全く無いな。口伝にもそんなものは無いぞ。」
「わたくしにもございません。神話にもそのようなものはございませんし・・・」
「おい、見間違えたんじゃないのか?」
「いえ、確かにそんな形でした。」
兵の顔は真剣そのものだ。
「で、それが落ちて来たのか?何も音は聞こえなかったが?」
「いえ、降りて来たんです、こう、スゥーーーーっと。」
「お前は何を言っているんだ?鳥ならともかく、物というのは落ちるものだ。」
気でも狂ったのかと思ったが、物見櫓には2本の旗が立っていたと聞いている。
だとすると二人同時に気が狂うというのもおかしい。
「ソン様、ひょっとして、それは小さくて軽かったのでは?」
「おぉ、さすがはガガだ。それなら分かる。おい、大きさはどれくらいだった?」
「それが・・・ここからあそこくらいです。」
兵の多くは度量衡を正確には分からない。
大きなものは大抵は今のように指をさして大体の大きさを示すのだ。
しかし、それはあまりにも大きく500mほどもあった。
「おいおい、いくらなんでも大きすぎるだろ。夢でも見たんじゃないのか?」
「いえ、間違いありません!信じて下さい!」
「ソン様、もし本当だとするとそれは超常のものです。ひょっとしたら異教のまじない師が何か仕掛けて来たのかもしれません。」
「なるほど。もしそうだとすると、これはまずい状況かもしれんな。」
「あぁ、半分ほどの軍勢を連れて見に行くか?」
「お待ちください。まだ占いの準備ができておりません。」
この時代では重要な事は占いをして決める。
この国では、普段の政は長のインに任せているが、重要な案件は三人で協議する掟だ。
その中でも重要と思われる事柄にはガガの占いが欠かせない。
それでも決めかねる場合には儀式を行い、ガガが神託を授かる事になる。
「しかし手遅れになっても困る。ソンよ、行くのは構わんが手を出すなよ。」
「あぁ、分かった。ただし、向こうが仕掛けてきたら話は別だ。トツカで叩き切ってやる。」
「分かりました。それでは占いの結果が出たら狼煙でお知らせします。」
「いつも通り、白い煙が攻めろ、黒い煙が退け、でいいな?」
狼煙に色を付ける為に、白い煙を出す時には干し草を燃やし、黒い煙の場合は黒水を燃やす事になっている。
黒水というのは、この地域で採れる燃える湧き水だ。
これを燃やすと黒い煙が大量に出るので狼煙に使っている。
「はい、そうです。」
「ソンよ、今日は風が強い。なるべく盛大に燃やさせるが狼煙を見逃すなよ。」
「あぁ、分かっている。じゃあ、行ってくる。」
「お気を付けて。」
「くれぐれも先に手を出すなよ?」
ソンは苦笑いしながら長の部屋を後にした。
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