第66話 降臨-02

俺は広場に集められた兵を前に立っている。


「皆の者、聞け!国境の西の物見櫓に妙な物が現れた。これより第一から第五隊は俺と共に現地に向かう。第六から第十隊は万が一に備えて守りを固めよ!」

「おぉーーーーーっ!」


俺が鞘から抜き放ったトツカを見て、皆の士気が上がる。

同時に、事の重大さを教える事となった。


「かしらっ!トツカの出番って事は戦ですかい?」

「分からん。どこかのまじない師が仕掛けて来たのかもしれんが、占いの結果次第だ。お前ら勝手に仕掛けるなよ?」

「かしらが一番仕掛けそうじゃねぇですか!」


どっと爆笑が起きた。


「ふん、そうかも知れんな。出るぞ!」


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西の物見櫓のある丘に着いた。

自分の目で見るまで正直信じられなかったが、確かに500mほどの奇妙な物体が浮かんでいる。

行軍中に報告された内容を半笑いで聞いていた兵達も唖然とした様子だ。


そして、よく見ると一人の兵が倒れていた。

おそらく物見櫓に残っていた方の兵だろう。


「第一から第四隊、方円の陣を敷け!第五隊はあいつを助けて来い!」


出血しているようには見えないが生死は不明だ。

まじない師は呪いで人を殺す事もできるという噂だ。

第五隊を危険にさらす事になるが、仲間を見捨てるような事はできない。


全方位を警戒しながら待っていると、倒れていた兵を担いで第五隊が戻って来た。


「どうだ?」

「気を失ってるだけのようです。」

「そうか、良かった。しかし今は時間が無い。起こせ。」


気絶している兵に容赦なく水が掛けられると、すぐに呻き声を上げながら目を開いた。


「おい、大丈夫か?」

「あ、あれ?かしら?」

「おう、そうだ。お前はあの妙なもんの前でぶっ倒れてたんだ。何があった?」

「あ、あぁ、そうでした。実は・・・」


話を聞いてみたが、やはり落ちたというよりも降りて来たという方が正しいようだ。

実際に今も目の前で浮いている状態なので信じない訳には行かない。

追加情報の”結界のようなもの”もあるとなれば、やはりまじない師の仕業だろう。

詳しくは知らないが、以前にガガに聞いた国攻めのまじないでは、国を取り囲むように呪具を配置するらしい。

占いの結果はまだ狼煙が上がっていないので分からないが、手遅れになってはまずい。


「第四隊は北側、第五隊は南側で同じようなものが無いか調べろ。もし見つけたら国とここに伝令を出してその場で待機、無ければ東側も確かめてから戻ってこい。狼煙が白なら攻めろ。もし結界が破れないようならここに戻れ。せめて1つだけでも総力を挙げて叩き壊す!」

「「応!」」


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ガガは占いの為に掘られた神聖な井戸から汲んだ水で全身を清め、代々伝わる装束や法具を身に纏い、占いの準備を整えた。

何やら外が騒がしいが、占いをする為には精神を集中しなければならない。

雑念を払い、いくつもの石や骨を用いて占いを進めた。


「まさか・・・そんな・・・」


占いが終わった時、ガガの表情は驚きと喜びに満ちていた。

衝動が抑えられず、装束を身に着けたままインの下へ走り出した。


「イン様!」

「ガガどうした?占い装束のままではないか。」

「占いの結果が出ました!」

「ガガがそんなに興奮するとは珍しいな。いい結果だったのか?」

「はい!神・来・天・浮・船と出ました!神が・・・神が天の浮舟でいらしたのです!」

「な、なにっ!それは・・・お迎えの準備をせねば!」


普段は冷静で知られるインも興奮を隠せない。

遠い先祖を強大な敵国から護って下さり、代々信仰してきた来た神が顕現されたのだから止むを得ない事だろう。


「ソン様にもお報せしなければなりません。」

「おぉ、そうだな。盛大に黒水を燃やしてやろう。」

「長、長ーーーーっ!」


いきなり部下の一人が息を切らせて駆け込んできた。


「騒がしいぞ、どうしたというんだ?」

「火事です!強風にあおられて大火になってしまいました!」

「けが人は?」

「いえ、干し草の倉庫が2つ燃えていますが、幸い誰も怪我はしていません。」

「あぁ、それは良かったです。これも神のご加護なのでしょう。」

「いや・・・まずいぞ!ありったけの黒水をかけろ!」

「お、長、いったい何を?」


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物見櫓に登らせていた兵が叫んだ。


「かしらっ!狼煙が上がりました!白です!」


思っていたよりも早く占いが終わったようだ。

結果は白、つまり戦えという意味だ。


「間違いないか?」

「はい、盛大に燃やしてます!」


丘の上を見てみると、強風に流されているが確かに普通の狼煙よりも大量の白煙が見える。

大量という事はそれだけ見逃してはいけない、つまり重大な結果という事だろう。


「三番隊、馬を使って国に伝令を出せ。あちらからも来ていると思うが念のためだ。」

「了解!」

「残りの者は全力であれを潰す!行くぞ!俺に続けぇーーーーー!」

「「「「「おぉーーーーーーーっ!!!」」」」」


結界へと走り込みながら石を投げた。

石で結界を壊そうというつもりでは無く、透明な結界の場所を知る為だ。

石が跳ね返った場所の少し手前でトツカを抜き放ち、突進の勢いを乗せて思い切り振り下ろした。


キィーーーーン!


これまで立ちはだかる全てを切り裂いてきたトツカが跳ね返された。

思った以上に強力なまじない師のようだ。

しかしまじないとて無敵では無い、これだけの人数で攻め続ければいつかは結界を破れるはずだ。


そう信じ再びトツカを振り上げた瞬間、体が崩れ落ちた。

周りの兵も同じように倒れたらしく、結界に武器を打ち付ける音が止んでいた。

何とか立ち上がろうとするが、体が痺れて上手く動かせない。

すると、トツカが宙に浮き、あの妙な物体の方へと飛んで行ってしまった。


クソ、先祖伝来の神剣が・・・奪われ・・・


俺は遂に意識を手放した。


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「ソン、おいしっかりしろ、ソン!」

「ソン様、目をお覚まし下さい。」


誰かが俺を呼んでいる・・・

俺は確か結界を・・・

トツカ・・・


「トツカがっ!」


俺は目を覚ました。


「おぉ、気が付いたか!」

「あぁ、良かった・・・」

「すまん、結界も破れずトツカまで奪われた。」

「いやそれがな・・・」

「あれは狼煙では無かったのです。」

「何?」

「干し草の倉庫が火事になって、白い煙が上がってしまったんだ。」

「はい、占いの結果は”神が天の浮舟でいらした”というものだったのです。」


血の気が引いた。

たとえ勘違いであったとしても、代々崇めていた神の舟に切り掛かってしまったのだ。

しかも、よりによって神がこの国を護る為に遣わして下さったトツカを使ってしまった。


「俺は何てことを・・・」

「いや、ソンのせいでは無い。国での火元責任者の頭はわたしだ。」

「今は何よりも神にお詫びをしなければなりません。」

「あぁ、もちろんだ。俺の首を神に捧げてくれ!」

「いや・・・それがな・・・」

「・・・」

「どうしたんだ?」

「大急ぎでガガに占ってもらったんだが・・・」

「占いの結果は、貴・血・三・子・捧、つまり”高貴な血の子供三人を神に捧げよ”という事でした。」

「まさか・・・」

「あぁ、わたし、ガガ、ソンの子供たちを神に捧げなければ、怒りは解けないだろう。」

「それが神の思し召しならば・・・わたくしは・・・うぅっ・・・」


そんな・・・俺がちゃんと確かめなかったせいで・・・


「待ってくれ!俺の、俺の首を差し出す!まず試してみてくれ!」

「それでもし神の怒りが解けなかったら無駄死になってしまいますよ?」

「構わん!少しでも子供たちの命が助かる可能性があるなら俺は構わん!」


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その日の夜、国中から食材が集められ、神を鎮める宴の準備がされた。


「ソンよ、本当にいいのか?無駄死にかもしれないんだぞ?」

「あぁ、俺は命を懸けて国を護るのが役目だ。親のひいき目かも知れんが、息子のサンは見所がある。もう何年かすれば立派に跡を継いでくれるさ。」

「ソン様、サン様をお連れしました。」


ガガが息子のサンを連れて来てくれた。

サンの後ろにはウンとギガも付いて来たようだ。


「サン、後の事は頼んだぞ。」

「親父・・・あぁ、任せてくれ!いつか親父を超える戦頭になってみせる!」

「ソン様、わたし達の身代わりに・・・申し訳ございません。必ず、父上の跡を継ぎ立派な国に致します。」

「ソン様・・・すいません、すいません・・・」


まだ成人の儀も迎えていない子供たちの身代わりになるなら本望だ。

立派な散り際を神にお見せして、何としてでもこの子たちを救わねばなるまい。


「では、そろそろ行く。」


俺は第一隊長を連れて結界の前に歩み出た。

隊長は宝物庫から持ち出した貴重な鉄の剣を帯剣している。

なるべく苦しまないようにという配慮だった。


「神よ!この度はわたしの間違いで刃を向けてしまいました。まことに、まことに申し訳ございませんでした!お詫びの印として、この首を献上いたします!ですので、どうか、どうかお怒りを鎮められ三人の子らの命だけは、どうか、どうかお赦し下さい!」


俺は跪き首を垂れた。


「やってくれ。」

「かしら・・・」


第一隊長が鉄の剣を抜き放ち大上段に構えた。

広場に居る全員が固唾を飲んだ。

そして振り下ろす瞬間・・・


”パキィーーーーーーン!”


今まで聞いたことも無い音が広場に響き渡った。


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とっくに首が落ちていておかしくないのだが、まだ繋がっている。

ぐずぐずしていて更に神の怒りを買うのはまずい。

早くやれと言おうとして第一隊長に振り向くと、剣も持たずに呆けていた。


「いったい何が起きた?言え!」

「かしら・・・そ、それが・・・剣が消えちまったんです・・・」

「なに?」

「振り下ろそうとしたら、妙な音がして気が付いたら煙みたいに無くなってたんでさぁ。」


よく見ると両手は柄を握りしめたままだった。

本当に刀身だけが消え去ったかのようだ。

訳が分からず混乱していると、インとガガが俺を立たせていた。


「ソンよ、どうやら駄目なようだ。」

「はい・・・占い通りわたくし達の子を捧げなければならないようです・・・」

「俺の首では・・・駄目なのか・・・」


俺は再び膝から崩れ落ちた。


「しかしな、神はお前を殺させなかった。ひょっとしたら子供達も命までは取られぬかもしれんぞ?」

「わたくし達の祖先をお護り下さった慈悲深い神ですから、そうかもしれません。」

「神の意志に背いて自決する訳にもいかんしな・・・慈悲に縋るしかないのか・・・」


インは子供達に目配せをした。

打ち合わせ通りに、ウンが肉料理の大皿を、サンが穀物料理の大皿を、ギガが酒の入った大壺を手に近付いてきた。


「神よ!何卒、その寛大な御心で私どもをお許し下さい。」


広場に居る者全員が平伏する中、三人の子供が天の浮舟に向かって進んでいく。

そして、子供達が結界に差し掛かる寸前に、突然、低い唸るような音が聞こえだした。

思わず顔を上げ天の浮舟の方を見てみると、子供達は結界など無いかのように、いつの間にか天の浮舟の側面に開いていた扉に向かって進んでいた。

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