第63話 離脱-02
僕達はXTP01の乗員用ハッチに到着した。
大昔は宇宙服というものを着ていたらしいが、今ではバリアを張るのが普通なのでそんなものは不要だ。
キユ大佐が存命中に無意識での魔法発動の理論構築をしていてくれたおかげで、一度バリアを張れば意識的に解除しない限りは有効なままだ。
と言っても、一応、寝る時には個人シェルターのようなものに入るのだが。
「さて、じゃあ乗り込むか。」
「あーあ、帰ってくるのは4年後かぁ。」
「光速に近付くから体感時間は短くなるはずだけどね。」
予定では2年掛けて0.1光年離れたところまで移動して、そこで瞬間移動ユニットの実証試験を行う事になっている。
有人で0.1光年先まで離れた場所まで行くのは人類初の快挙なのだが、極秘作戦なので報道陣の姿は見当たらない。
瞬間移動という技術はインパクトがありすぎて、一般にはまだ公開できないという判断だ。
なので、天文マニアにも見つからないように、この艦にはルキフェル軍の完全ステルス技術を搭載しているらしい。
僕らも魔法気配遮断をしているので、誰にも気づかれない筈だ。
『こちらXTP01 システムオールクリア 発艦許可を願います。』
『こちら管制 発艦を許可する。』
艦載コンピューターのフツが発艦手続きをしているのが聞こえる。
発艦から暫くはただの試作輸送艦のように振る舞う事になっており、月の裏側まで行ってから完全ステルス機能を使う予定だ。
「ナミ少尉、ナギ少尉、それでは発艦します。」
「分かった頼む。」
「はーい、よろしくね。」
月までは普通にXTP01のエンジンを使って移動するので強烈なGが掛かる。
僕たちは艦体の動きに合わせて体全体を加速させるのでGは感じないが、一般人が乗っていたら気絶してしまうかもしれない。
「さて、どうしようか?」
「なーんにもやる事無いしねぇ・・・」
「では、自室で寛がれてはいかがですか?」
「そうするかな。僕はこの艦のマニュアルでも読み直しておくよ。」
「あたしはゴロゴロしておくー。」
「しょうがない奴だな・・・」
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僕は自室へとやって来た。
軍の宿舎よりもかなり広く、普通のファミリー向けアパートと同じような間取りと設備になっている。
試作機のXTP01では僕とナミの部屋しかないが、量産機では可能な限り居住エリアを設ける事になる。
ヘヴ軍の侵攻を察知した際に民間人を乗せて瞬間移動装置で避難できるように開発を進めているのだ。
僕はソファに座り、XTP01の分厚いマニュアルを読み始めた。
原始的だが紙に印刷されているのは、万が一の事態となっても参照できるようにする為だ。
魔法士官学校でこの艦のベースとなった輸送艦の事は一応習っているので、重点的に読むのは追加された機能の項目だ。
まず最初に記載されているのは、非常用保存食の自動生産機能だ。
何故か極上の紙質にフルカラーで印刷されている。
確かに外宇宙で遭難した時などには、適当に材料を放り込むだけで完全栄養食を全自動で生産できる機能は便利だが、ここまでマニュアルが豪華なのはきっとピア大佐の介入があったのだろう。
次に最新型MSの射出機構が記載されている。
従来型MSは魔法レベル3相当だったが、遂に魔法レベル4まで性能が向上できたらしい。
避難が遅れてヘヴ軍の追撃を受けた場合には、50機で応戦して民間人を瞬間移動させる時間を稼ぐのだ。
もちろん話に聞くヘヴ軍の戦力から考えると、魔法レベル4の50機程度では敵の兵卒1名を一瞬足止めする事すら難しいのだが・・・
その次は最新型の汎用工作機が記載されている。
これまでも輸送艦には汎用工作機が搭載されていたが、最新型は素材の合成まで行えるタイプだ。
専用装置に比べると時間はかかるが、合金も無機化合物も有機化合物も人工的に作れる物ならば殆どの物を合成可能だ。
未知の惑星に逃げ延びた場合でも、とにかく物資を製作できるように開発されたものだ。
最後にコールドスリープ装置が記載されている。
スメラの常識でいうなら、コールドスリープ装置というのはSFの中の存在だ。
しかし、これはルキフェル軍から供与された技術を基にして、ピア大佐の装備開発研究所で極秘に試作された正真正銘のコールドスリープ装置だ。
避難生活中に使用する可能性があるので、XTP01に搭載して宇宙航行中に不具合が出ないかチェックするのが目的らしい。
分厚いマニュアルをずっと読んでいたので少し疲れた。
月まではまだ時間があるので少し休憩しよう。
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XTP01が発艦してから1か月が過ぎた。
月の裏面に隠れてからすぐに光速の5%まで加速したので、0.004光年つまり400億kmほどスメラから離れた事になる。
艦の加速も終わって既に慣性飛行に移っており、無意識下でのバリア展開も終わっているので殆ど何もする事が無い。
定期的に通信中継用の完全ステルス化されたリピーターを投下する必要はあるが、僕達の役目は投下後に魔法で静止させるだけだ。
巡行中のバリア展開は衝突する物体に対するもので正面に展開している。
光速の5%もの速度になると小石程度の物体であっても衝突エネルギーは凄まじいものになるからだ。
一応、任務の1つとして日々の筋トレは行っているが、魔法兵が行うのは一般的な健康維持のレベルなのですぐに終わってしまうのだ。
今日も暇を持て余していると、突然、激しい衝撃と轟音が艦体を襲った。
非常灯が点き、艦内警報が鳴り響く中、魔法で艦を制御しつつブリッジへと向かった。
「フツ、何があった?」
「一体、どうしちゃったの?ビューラー使ってたから睫毛むしっちゃったじゃない!」
ナミは相変わらずだ。
事故の事より睫毛が大事だとはなぁ・・・
「現在解析中ですが、艦体後部右側面に何かが衝突したのは間違いありません。念の為にバリア形状を前面のみから球面に変更してください。」
「分かった。すぐに変更する。」
「えーっ、バリアは前だけでいいって言ったじゃん!」
「はい、現在は光速の5%、即ち秒速15,000kmで航行していますので、前方に展開したバリアだけで十分な筈でした。」
「普通は当たらないよな・・・」
「でも当たったじゃーん!シミュレーションが甘いんじゃないのぉ?」
睫毛の恨みは深いようだ。
「飛来物は亜光速で移動する非常に高密度な物質と思われます。そのような物体と外宇宙で衝突する事まで想定していては、発艦までに数百年以上の時間を要してしまいます。」
「ヘヴ星のコンピューターは優秀だって聞いてたのに・・・艦載コンピューターだと大した事ないのね!」
「ナミ、いいかげんにしろ。僕も想定しようもない事故だったと思うぞ?」
「はい。ヘヴ星の最高性能のコンピューターでも想定しない事故でした。」
「むぅ・・・しょうがないなぁ。じゃあ、後で汎用工作機で睫毛育毛剤作ってよね。」
「了解しました。3時間後にお部屋の配送ボックスにお届けします。」
「ところで、被害状況と衝突物の情報はいつ頃になるんだい?」
「あと1分ほどで判明しますので少々お待ちください。」
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「被害状況が判明しました。艦体後部の推進ノズルの右側面から左側面にかけて貫通孔が開いています。」
「ちょっと待って。光速の5%で飛んでるのに貫通しただって?」
「ん?どういう事?」
「はい。貫通孔の形状から推測すると、衝突物は少なくとも光速の99%以上の速度を持っていた事になります。」
「マジか・・・」
「ねぇねぇ、どういう事なの?」
「貫通したという事は、光速の5%で飛んでいるこの艦が止まっているような速度で衝突したという事です。」
「あっ、そういう事か!」
簡単に光速の99%などと言っているが、実は大変な事だ。
速度が上昇すると見かけの質量は増大する。
もしも質量を持つ物質を光速まで加速すると質量は無限大になり、どれだけ強い力で押してもそれ以上は加速できなくなるとされている。
「ところで、何が衝突したか分かったのか?」
「飛び去った方向を観測したところ、中性子の塊だと判明しました。おそらく、中性子星の破片でしょう。」
「とんでもない物が飛んできたんだな。どこから来たか分かるかい?」
「正確な位置はまだ分かりませんが、重力波を解析したところほぼ光速で移動している2つの中性子星がすれ違った際に飛ばされた破片が飛来したようです。幸い、先ほどのもの以外に航路上に飛来するものは無いようです。」
「はぁー、宇宙って怖いねぇ。怖いから、あたしは寝る。育毛剤よろしくねー!」
あいつは絶対怖がってないだろ?
昔から勉強嫌いで科学系の話になるとすぐ逃げだしていたが、今でもそれは変わらないようだ。
「とりあえず一安心か。念の為に今後は船外バリアは球状にしておくよ。フツも空きリソースでその中性子星について調査は続行しておいてくれ。」
「了解しました。」
「ところでノズルの修理は問題ないのか?」
「はい、3日後には完了します。」
「よろしく頼む。」
たった1か月でこんな目に会うとはなぁ。
ナミじゃないが宇宙は怖いところだ。
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