離脱
第62話 離脱-01
”星立大学 工学部 技術史学科 第一期生 入所式”
ディスプレイにはそう表示されていた。
星立大学とは次代のスメラ星を担うエリートを養成する為に設立された大学だ。
完全寮生活を更に突き詰めた形として、卒業までの4年間は完全に外界とは遮断されたシェルターに入所する事になる。
その規則は徹底されており、たとえ母親が死んだとしても外に出る事は出来ない。
覚悟が無い者はどんなに才能が有ろうと入学する事はできないのだ。
そして技術史学科とは既に失われてしまった技術に関する知恵を研究する学科だ。
今更、過去の技術を研究する意味があるのか疑問に思う者もいるだろう。
しかし、石器時代の現生人類と現代人の脳にはそれ程大きな差は無い事が分かっている。
もちろん科学技術の知識には大きな開きがあるのだが、課題に直面した時に保有する知識に基づいてそれを解決する為の閃きという点では大差ないと考えられるのだ。
実際、当時の技術でどうやって実現したのか分からない事が多数残されており、その謎を解明する過程で得た閃きのプロセスを、ゆくゆくは最先端研究に応用する事になる。
もっとも、僕らは新入生ではない。
新入生が到着した後、トンネル出口をオリハルコンで塞ぎ、トンネル自体も埋め戻す為にここで待っているのだ。
僕らはこの四年間は魔法士官学校で寄宿舎生活を送っていたせいで妹にあまり会えていなかったので一目会っておきたかったという事もあり、ダメもとで志願したところあっさりと許可されたのだ。
不思議に思って聞いてみると、この作業ができるレベルの魔法使いは皆忙しいので初任務まで少し時間があった僕らが志願してちょうど良かったらしい。
「早くナホ来ないかなぁ。」
「もうすぐ着くだろ。音も聞こえてきてるし。」
「あ、ホントだ!」
暫くすると、10台の100人乗りのバスがトンネルから現れた。
バスが整列し背後のシャッターが閉まると乗客が降りて来た。
景色の見えないバスに長時間揺られて来たせいか、みな少し不安そうな表情だ。
そして全員が降車すると、シェルターメインコンピューターのマンマシンインターフェイスであるオモヒカネ、通称オモさんが皆に10分間の休憩を告げていた。
休憩の後は説明会などが詰まっているので、ナホと会えるのはこの時間だけだ。
二人で探しているとすぐに見つかった。
「「ナホ!」」
「あっ、お姉ちゃん!」
「ひっさしぶりー!どう、彼氏できた?」
「もう、お姉ちゃんは相変わらずだねぇ。」
「こらナミ!馬鹿なこと言うんじゃない。そんな奴がいたらソルに放り込んでやる!」
「あのねぇ・・・燃え滓すら残らないじゃない。」
「お兄ちゃんも変な事言わないで。わたしもいつか素敵な人と巡り合いたいもん。」
「そうだそうだ!またシスコンって言われるぞ?」
「ぼ、僕はシスコンじゃない!ナホが可愛いくてたまらないだけだっ!!!」
周囲が急に静かになった気がする。
「あっ、そうだ!ナホ、この服見てー!」
「わぁ、かわいい!」
「ふっふっふ、この前のキョウコレ行って買って来たんだよ。」
「えー、いいなぁ。」
「ちゃんとお土産買って来たよ。はい、これ。」
「ありがとう!」
くっ、ファッションの話で盛り上がっている。
生憎、僕はそういう方面は疎いから話題に入って行けない。
僕もプレゼントくらい用意しておくべきだったな・・・
「ナギと二人で買ったんだよ。」
「そうなんだ。ナギお兄ちゃんもありがとう!」
「え、あ、うん。どういたしまして。」
ナミが通信魔法で話しかけて来た。
『どうせ何にも用意してなかったんでしょ?』
『あ、あぁ。助かった。』
『もちろん請求するからね。キョウコレで使いすぎて金欠なんだ。』
「あ、そろそろ時間だ!ナミお姉ちゃんもナギお兄ちゃんも元気でね!」
「ありがと。いい男捕まえろよー!」
「悪い虫には気を付けろよ?僕はいつでもナホを見守っているからな!」
ナホの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「さて、じゃあ最後の仕上げと行きますか。」
「そうだな。ナホ、がんばれよ。」
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それから数日後
僕たちは宇宙船ドックに居る。
魔法士官学校を卒業して初の本格的任務だ。
手続き上、下士官には任せられないので異例のスピードで少尉に任命されてしまった。
本来ならもう少し下士官として士官の在り様を学んでから昇進するので不安だ。
ナミは単純に給料が増えて喜んでいたが・・・
任務の内容は、新型宇宙艦XTP01の試験航行だ。
新型宇宙艦は、スメラ軍の輸送用宇宙艦にルキフェル軍から供与された瞬間移動ユニットを結合させたものだ。
50年かけてインターフェイスの結合と検証がようやく終わったのだ。
ちなみに、輸送用宇宙艦は四角錐台の形をしており、その前方に球形の瞬間移動ユニットが付いているので、妙な形になっている。
なお、試験航行と言っても、僕たちはパイロットではない。
艦の制御は全て艦載コンピューターが行うのだ。
このコンピューターの識別名はフツヌシで通称フツと言う。
これもルキフェル軍から供与されたものでスメラ語に対応させた・・・というより自己学習してコンピューターがスメラ語に合わせてくれている状態だ。
さすがに科学技術が進んでいるらしく、艦載コンピューターでありながらシェルターの1フロアを占有するオモヒカネ以上の性能を持っているらしい。
そんな優秀なコンピューターが搭載されているので、僕たちのやる事はたった2つだけだ。
1つ目は新型宇宙艦を亜光速まで加速してソル系外まで移動させる事だ。
万が一、不具合があって大爆発を起こしてもソル系内の惑星に影響を与えないようにするのが目的だ。
ちなみにデータログは移動中に定期投下する通信リピーターを介してスメラに送信される事になっている。
2つ目が僕らの選ばれた理由だ。
瞬間移動ユニットを短時間で起動できる魔法使いは僕らしかいなかったのだ。
それに、万が一の大爆発があったとしても僕らならバリアで耐えられるし、自力で帰還する事もできる。
「わぁ、これがあたし達の乗る船か。大きいねぇ!」
「さすが大型輸送艦だな。両方合わせて全長500mくらいあるな・・・」
「あぁ、おかげで色々と載せられたよ。」
「た、大佐殿!」
装備開発研究所長のピア大佐だ。
僕達は慌てて敬礼をした。
この人は色々な意味で有名だ。
まず、救星の英雄であるキユ大佐の子孫という点だ。
キユ大佐の活躍はいまだに語り継がれ、半ば神話となっている程だ。
そしてその魔法の才能を受け継ぎ、僕らが産まれるまではスメラ最強の魔法使いだった人なのだ。
次は研究者としても、とても優秀な才女という点だ。
天才的開発者でもあったキユ大佐の研究を代々引き継ぎ、遂に少量ながらヒヒイロカネの試作に成功したのだ。
とても重要な物を入れる携帯ケースと剣を試作したらしい。
魔法世界大会の優勝賞品として僕達に贈られたのは、その時に作った剣だ。
そして残念な事にキユ大佐から余計なものも受け継いだらしい。
非常用保存食の愛好家としても有名なのであった。
以前も重大発表があると言って記者会見を行ったのだが、”奇跡のロット”とかいうものを完全再現できたという内容だった。
世界中の記者が脱力してしまったのは言うまでもない。
「どうだいこの艦は?」
「す、すごい大きいです・・・」
宇宙艦の事などあまり知らないので話題を振られても困る。
かと言ってナミのような答えもどうかと思うが・・・
僕は何とかこの艦の事を思い出そうと必死になった。
そうだ!
「素晴らしい艦です。特に輸送艦でありながら最新型の魔法レベル4相当のMSを搭載している点は画期的だと思います!」
「ふむ・・・」
確かこの艦の一番の特徴は瞬間移動ユニットを除けばそれだったはずだ。
瞬間移動は極秘中の極秘なので、こんなところで話題に出せるものでは無いから正解の筈だがピア大佐は不満そうだ。
何だ、他に何があった?
「君達はこういう言葉を知っているか?”戦術を語る将は三流、戦略を語る将は二流、兵站を語る将は一流”という言葉だ。」
「は、はい!士官学校で士官の心得として習いました!」
「ならば分かる筈だ。この艦の本当の素晴らしさを。」
何だ?
つまり兵站に関する機能という事か?
「ひょっとして、最新型の汎用工作機を搭載している事でしょうか?」
「ふむ、なかなか良く勉強しているようだね。確かにこの艦の特徴の1つとして、素材合成まで可能な汎用工作機を備えている点が挙げられる。補給が受けられない状況でも現地調達した雑多な材料から自力で何とかできるという点は、兵站に関する画期的な取り組みだろう。しかし、一番重要なのはそこでは無いのだよ。」
不正解か・・・
しかし、それ以上の特徴なんてあったか?
ちらりとナミを横目で見た。
すると、何か思いついたような表情を浮かべた。
頭の上にエクスクラメーションマーク、通称ビックリマークが浮かんでいた。
「大佐殿!ひょっとして、非常用保存食の自動生産機能でしょうか?」
「うむ!君は実に優秀だな!そうだ、その通りだ!しかも、この艦に搭載されているのは、”奇跡のロットナンバー”を更に超越した最新型なのだよ!」
「”至高の中の至高、究極の中の究極”を超えたのですか?」
ナミはこういう時に要領がいい。
言われてみればそんな機能もあったが、一般的には一番に挙げるような事ではない。
僕と違って、ナミはピア大佐の好みから逆検索したようだ。
その内、ナミが僕の上官になりそうで怖いな。
「そうなんだよ!君は実に見込みがあるな!」
「はっ、ありがとうございます!」
「この任務が完了したら、是非、研究所での試食任務に就き給え!」
ただし、調子に乗って墓穴を掘る事があるのだが。
「し、し、しかしながら、自分には魔法特殊部隊への配属が決まっておりますので・・・」
「そうか、残念だな。」
「申し訳ございません!」
「まぁ、次に将軍に会った時に配置転換をお願いしてみよう。楽しみにしておき給え。」
「は、はっ!」
”XTP01発艦準備完了 XTP01乗組員は乗艦せよ 繰り返す XTP01乗組員は乗艦せよ”
どうやら救いの手が差し伸べられたようだ。
「大佐殿、自分達は乗艦しなければなりませんので、これで失礼いたします!」
「うむ、頑張り給え。そうだ、君達にはこれを進呈しよう。先祖代々受け継いでいる奇跡のロットナンバーだ。宇宙旅行中に楽しみ給え。」
「は、はぁ、ありがとうございます。」
ピア大佐が懐から緋色の携帯ケースを取り出し、非常用保存食を僕達に渡してきた。
敬礼を交わして踵を返した。
ナミは真っ青な顔に脂汗を浮かべている。
「調子に乗りすぎるからだよ。」
「もし・・・もしも試食任務に配置転換になったら、魔法で世界征服してでも阻止する。止めないでよ?」
「物騒だなぁ。スメラ全軍を相手にしても楽勝だろうけど、さすがに僕も止めるよ。」
「うぅ・・・薄情者!」
「今回の任務をしっかりこなせば配置転換とか無いでしょ。」
「はぁ・・・頑張るよ・・・」
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