第36話 大戦-06
友軍が次々と撃破されていく。
それでも人類軍が誇る精鋭が死兵となって食い止める事に専念しているおかげで、少しずつだが人類軍の勢力圏が近付いてきた。
あと1分。
それだけ持ち堪えられれば、人類の希望であるコアパーツを持ち帰る事ができる。
銃などもう何年も撃っていないが、それでも弾幕を張るくらいは出来る。
わたしは銃眼から出鱈目に撃ちながら祈り続けていた。
しかし、現実は非情だ。
遂に最後の友軍車両が撃破された。
死を覚悟した。
しかし、敵の集中砲火がわたしの乗る高機動装甲車に着弾する直前、信じられない事が起こった。
”何か”がわたしの乗った高機動装甲車のすぐ後ろに突如現れたのだ。
普通ならその”何か”は木っ端微塵どころか蒸発してしまうはずだ。
しかし、その”何か”を中心とした領域に到達したレーザーは消え去り、レールガンの砲弾は見えない壁にでもぶつかったようにひしゃげて落ちた。
わたしの目には確かにその”何か”は映っている。
しかし頭が理解を拒んでいるのだろう。
頭には角が生えている
大きな口に牙が生えている
手指には大きな鉤爪が生えている
足指にも大きな鉤爪が生えている
背中には翼が生えている
身体は鱗のようなもので覆われている
そんな生物は知らない。
あんなものはおとぎ話の中にしか存在しない。
そしてあの集中砲火で無傷、いや、集中砲火そのものを無効化するなど有り得ない。
自陣に向けて必死に運転している中尉を除いて、誰もが呆気に取られていた。
やがて、その異形の者はわたしを見つめた後、一瞬で上空まで飛び立った。
しゃがんでジャンプした訳でもなく、その背中の翼を羽ばたかせた訳でもなかった。
しかも有り得ない加速だった。
幸い、機械軍はその異形の者を最優先で排除すべき脅威と認識したのか、こちらへの攻撃は止んでいた。
中尉はまだ気づかずにアクセルを踏み続けている。
わたしは激しく揺れる車内から呆然と異形の者を見続けていた。
やがて、異形の者がわたしの前方上空に移動し、その周囲から幾条もの光が迸った。
そして、あの機械軍の大軍勢がたったの一掃射で沈黙したのだ。
同時にわたしは理解した。
”あぁ、こういう事か”
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コンコンコン
ドアがノックされた。
「キユ大佐、トス将軍閣下がお見えです。」
「お通ししてくれ。」
「承知しました。」
秘書がドアを開け、将軍が案内された。
「お飲み物は何に致しましょう?」
「いや、結構だ。」
「それでは失礼いたします。」
いつものやり取りの後、将軍と所長はソファーに向かい合わせに座った。
「この前は助かった、礼を言う。」
「いや、わたしにも大きな収穫があったから行ってよかった。」
「なにか新しいアイデアでも浮かんだのか?」
「まぁ、そんなとこだな。それで一つ頼みがある。」
「あぁ、それで俺を呼び出したんだったな。何だ?」
通常であれば頼み事があるからと大佐が将軍を呼びつける事はない。
友人であるという以外に、生存率数%という戦場に送り出してしまったという負い目もあったので、訪問を快諾したのだ。
「軍の戦略兵器試験場を貸し切りにして欲しい。あとは機械軍のなるべく厚い装甲と射撃可能な最大出力のレーザーキャノンとレールガンもそこに準備して欲しい。」
「試験場はもう全く使われていないし、鹵獲した兵器もあるが、何をするつもりだ?」
「いや、今言っても信じてはもらえないだろう。ともかく、わたしを信じてくれ。」
トス将軍は考え込んだ。
物理的に出来る出来ないで言えば、簡単に出来る話だ。
しかし、戦略兵器試験場はキシ少将の管轄だ。
仲が悪い訳では無いが、理由を言わずに貸し切りにしてくれという訳には行かない。
「トス、わたしを信じてくれ。上手くいけば1日かからずに機械軍を壊滅させられる。」
「何っ!」
「本当だ。」
キユ大佐は色々と変わったところはあるが、研究者としては間違いなく一流だ。
誇張して出来ない事を出来るというようなタイプでは無い事は、トス将軍が一番よく分かっている。
「分かった。何とか説得してみる。」
「頼む。」
「もし理由について問い合わせがあったら、”万が一でも漏洩したら人類の危機だ”と言っておいてくれ。」
「あぁ、そうする。」
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1週間後
わたしは人里離れた砂漠にある戦略兵器試験場に居た。
リクエスト通り、機械軍の戦車の残骸とマニュアル操作に改造されたレーザーキャノンとレールガンが置いてあった。
ちなみに、司令部地下に設置されたMET製造工場は無事に稼働を開始している。
移設によるタイムラグがあったのでMETの供給量が一時的に落ち込んだのだが、1掃射で大部隊を全滅させられた機械軍は後退して情報収集をしていたようで、供給不足は大きな問題にはならなかった。
実験開始前に昼食を摂る事にした。
余談だが、わたしは非常用保存食が大好物だ。
ちなみに、幼い頃の最初の記憶は、母と二人で夢中になって食べていた光景だ。
もちろん今回の実験に持ってきた食料は非常用保存食のみだ。
これまでに装備開発研究所が開発してきたものの中でも最高傑作と言っていい。
なお、この偉大な開発を成し遂げたのはわたしの母だ。
軍の研究所で試食を繰り返す内に母以外の研究者は異動してしまったのだが、諦めず粘り強く研究を進めた結果、これ程の成果を残すことができたのだ。
わたしが軍に入ったのも、人類が最も尊敬すべき人物である母に追いつき、いつかは追い越したいと思ったからだ。
しかし人の欲望には際限が無いらしく、政府や軍からはこれまで数えきれない程繰り返し改良要請が寄せられてきた。
あの食感の素晴らしさを超えるものなど不可能だと何度も言っているのだが、理解してもらえないので苦労している。
下手に改良しようとすると、あの完璧な食感から”もっちり”や”しっとり”や”さっくり”といった粗悪なものに変質してしまう。
おまけに、あの一切の雑味を感じない純粋無垢な味も損なわれてしまうのだ。
あれ程の美味でありながら、栄養バランスは完璧で、希ガス封入した保管庫に入れておけば数万年はもつという優れた保存性にもかかわらず、なぜか普及は進まなかった。
戦前は栄養管理が必要な一部の妊婦や新生児に処方されている程度だったのだ。
最近では戦時中の食糧不足もあり消費量が増えているらしい。
それ自体は大変喜ばしい事なのだが、美味さを理解しての消費増大では無いのが残念なところだ。
もちろん、わたしのオフィスには大量の非常用保存食がストックされている。
日常用は机の引き出しに詰め込まれているが、既に手に入らないレア物も長期保管庫に厳重に保管している。
わたしは極上の美味を堪能し終えると立ち上がった。
「さて、始めよう。」
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