第35話 大戦-05

”ヴァルキュリアが遠隔ハッキングされるなら、人間も遠隔ハッキングされる”


「確かにな。」

「念のために宗教的原理主義者の思考を参考にして、機械軍への強い憎悪も組み込んであるから、少々小細工されても揺るがないようにはなっている。」

「そう言えば、期待以上の成果って話だが、どの程度なんだ?」

「標準構成の1個分隊で模擬山岳戦闘をしたんだが、無傷で1個大隊の30%を無力化して退却に追いやった。」

「そいつは凄い!そんな凄腕部隊はもうほとんど戦死しちまったからなぁ・・・」


トス将軍が遠い目をする。

機械軍との戦闘で散って行った叩き上げの部隊を思い出しているのだろう。


「ところで、今日は何しに来たんだ?将軍閣下がわざわざヴァルキュリア計画の進捗確認に出向くとは思えんしな。」

「あぁ、悪いニュースだ。機械軍がMET製造工場を本格的に攻める準備をしているようなんだ。」

「何っ!あそこが落とされたら、もう負け確定じゃないか・・・」


MET製造工場は既に1つしか残っていない。

一応、この研究所にもMET試作設備はあるが、研究用途なので生産性が低くとても代用できるようなものでは無い。

大規模量産工場を24時間フル稼働させてようやく戦線を維持できているこの状況で、もしあそこが落とされたらすぐに戦線が崩壊してしまう。

火薬式の武器工場は残っているが、そんな旧式武器では機械軍には対抗できないのはこれまでの戦闘から明らかだ。


「あぁ、だからこそ司令部の地下にMET製造工場を建設してようやく完成寸前まで来た。」

「だが、一番重要な心臓部を作る為の装置が動かないという状況だな。」


コンピューター制御の工作機械は既に使い物にならなくなっていたが、中小企業の熟練職人達の神業により、1つのコアパーツ以外は全て製造する事はできていた。

コアパーツが作れないのは設計や製造設備の問題では無い。

特殊な素材が必要になるのだが、備蓄倉庫はすでに敵の制圧地域内であり、自軍の支配地域では採掘できない鉱物なのだ。


「そこでお前に頼みがある。」

「何だ?」

「MET製造工場まで行ってコアパーツを移送してもらいたい。」

「おいおい、わたしは研究者だぞ?」

「分かっている。もちろん輸送や戦闘は一番の腕利きを付ける。ただ、少しでも間違えると取り返しがつかなくなる部品だと聞いたんでな・・・」

「まぁ、たしかにデリケートな部品だからちょっとしたミスでも安定稼働まで復帰するのに何か月もかかるが・・・研究所から派遣しているメンテナンス要員はどうしたんだ?」

「今朝、ほんの僅かな警備の隙間から反射レーザー砲で狙撃されて蒸発した。」


メンテナンス要員と言っても非常に高度な知識と技術を要するので、この研究所の中でも優秀な者達を派遣していた。

彼らの顔を思い出し冥福を祈った。

全く苦しまずに済んだのがせめてもの救いだ。


しかし、この協力を断れば人類軍はジリ貧となり全滅だろう。

頼みと言いつつも全人類を人質に取った脅迫と同じようなものだ。


「仕方ない。やるしかないな・・・いつだ?」

「すまん!今日の1800出発だ。」


苦笑いしながらインターホンで秘書にヴァルキュリア分隊への待機命令の発行を依頼し、今夜の外出予定を伝えた。


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1730には指定された場所に出向いた。


物資不足にもかかわらず、高機動装甲車が30両並んでいる。

様々な部隊章が書かれているので方々からかき集めたのだろう。

この作戦の重要度が窺い知れる。


作戦指揮所に向かうと出発前のブリーフィングをしていた。

邪魔するのも悪いので、ほうじ茶でも飲んで時間を潰そうかと考えていると、指揮官の少佐がこちらに気づき敬礼をしてきた。

敬礼を返すと手振りで続けるように伝え、空いている椅子に座りほうじ茶を飲んだ。

しばらくすると分隊長らしき大尉が呼びに来た。

顔合わせをするらしい。


なお、通常は分隊長は曹長か軍曹が務めるが、今回は精鋭揃いの特殊部隊のせいか大尉が分隊長を務めるようだ。


ブリーフィングの後、少佐から作戦内容を聞いた。


高機動装甲車1両にパワードスーツを着用した1個分隊6名が搭乗するらしい。

総勢180名というかなり大規模な特殊部隊の派遣となる。

分隊は隊長機1機、分隊支援機1機、狙撃機1機、汎用機3機の標準的な構成だ。


3個分隊で小隊を構成し移動は小隊単位で行うらしい。

つまり高機動装甲車3両ずつに固まって移動だ。

そして通常よりも多いのだが、10個小隊で中隊を構成する。


わたしは中隊長の車両に汎用機型のパワードスーツを着用して乗り込む事になった。

防御力を考えるなら隊長機を着用する方がいいのだが、隊長機が2機搭乗している事を察知されると狙われて逆に危険だという判断だった。

その代わり、わたしに割り当てられたパワードスーツは、装備開発研究所が1か月ほど前に試作して試験運用の為に納品した機体だった。

ようやく少量の試作に成功したオリハルコンの表面に偽装用ミスリルをコーティングした装甲に換装してあるので、見た目は汎用機型だが防御力は隊長機よりもずっと高い。


余談だが、機械軍はすでにオリハルコンを大量生産しており、各種兵器の装甲として採用されている。

わたしは人類トップクラスの頭脳などと言われているが、悔しい事に敵の人工知能の方が遥かに優秀なのだ。


話を戻そう。

MET製造工場に到着後は速やかに目的の装置に向かい、コアパーツのみを取り外し素早く帰還する手筈だ。

そして、万が一、敵が追撃してきた場合にはわたしの分隊を除く全員が死兵となって食い止める事になる。


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やがて作戦開始時間の1800になり、30両の高機動装甲車が出発した。


まだ人類軍の支配地域なので当然と言えば当然だが、往路は特に何事もなく順調だった。

おかげで予定通り1830にはMET製造工場に到着していた。


どこで偵察されているか分からないので、全員が一旦建屋に入ってから、屋外警備担当の小隊が外に出た。

その後は退路に沿って小隊を配置して行きながら目的の装置へと急いだ。

なお、監視カメラは工場作業員が撤退する時に配線を物理的に切断しておいてくれたので、機械軍からのハッキングで覗き見される可能性は低い。

もっとも、工場内には死角も多いので超小型偵察機を送り込まれている可能性は否定できない。


そして目的の装置に辿り着いた。

念の為にパワードスーツ間を通信ケーブルで繋ぎ有線で会話をする。


「少佐、これからコアパーツの取り外し作業に入る。パワードスーツをパージしても大丈夫か?」

「はい、大丈夫です、大佐。中尉2名をサポートに付けます。」

「手先は器用なのか?」

「はい、大戦前は金庫の開錠から核弾頭の解体まで何でもこなしていた隊員です。」

「そうか助かる。」


コアパーツの取り外し作業を始めたが、中尉達はマニュアルを読み込んでいたのか、特に指示しなくても手順を理解しているようだ。

もちろん主な作業は測定器の数値を見ながら行う繊細な作業なのでわたしが行ったのだが、作業がはかどるように先回りして必要な工具や測定器を準備してくれるので非常に楽だった。


遂に取り外しが完了した。

パワードスーツ内部の収納庫に専用ケースに入れたコアパーツを仕舞い、パワードスーツを再装着した。

少佐の乗る隊長機が通信ケーブルを外し、ハンドサインで撤退を指示した。


退路を確保していた部隊と合流しながら工場のロビーへと向かう。

屋外警備を担当していた部隊も含めて集合し、煙幕を焚いた。

事前に打ち合わせていた通り、わたしはダミーのケースを収納庫から取り出し煙幕の中で誰かに渡す。

その誰かもまた別の誰かへと渡していき、煙幕が晴れる前に全員がパワードスーツを再装着し終えていた。

監視カメラが物理的に切断されている状況で警戒しすぎかもしれない。

逆に煙幕程度では敵を欺けないかもしれない。

そもそもダミーケースだと見破られているかもしれない。

それでも何をしてくるか分からない機械軍には、出来る限りの対策を取るのが常識であった。


やがて撤退の準備が整うと1機の隊長機がハンドサインで撤退を指示した。

これも事前の打ち合わせ通りに少佐とは別の機体が行った。

全体の指揮官を見破らせない為だ。


しかし間に合わなかったようだ。

MET製造工場敷地から出た直後に人類軍基地から信号弾が上げられた。

すぐに機械軍占領地からのレーザーで狙撃されたが、炎色反応を利用した原始的な信号弾なので色の組み合わせさえ視認できれば意味は理解できた。

敵の進軍が開始されたのだ。


元々の作戦通りにMET製造工場の破壊や占拠に動いてくれればいいのだが、機械軍は馬鹿ではない。

いや、むしろ人類よりもはるかに頭がいい。

間違いなく我々の撃破を最優先目標に切り替えるだろう。

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