第34話 大戦-04
装備開発研究所所長室に一人の男性が座っていた。
所長のキユ大佐だ。
人類トップクラスの頭脳を持つ事で知られている。
実際にキユ大佐が数々の画期的な武器を開発していたおかげで、何とか機械軍と対峙できているのだ。
戦略的に重要な研究所なので機械軍に狙われそうなものだが、外部からは自然に出来た洞窟としか考えられないような反応を返すように偽装されている。
事務的な作業が一段落し、冷めてしまったほうじ茶を飲んでいるとドアがノックされた。
「キユ大佐、トス将軍閣下がお見えです。」
「お通ししてくれ。」
「承知しました。」
秘書がドアを開け、将軍が案内された。
「お飲み物は何に致しましょう?」
「いや、結構だ。」
「それでは失礼いたします。」
将軍と所長はソファーに向かい合わせに座った。
「よう、順調に進んでるか?」
「あぁ、戦力としては期待以上の成果をテストでは出している。ただ・・・」
「どうした?」
「どうも感情的というか、熱くなると突っ走るところがある。」
「ずいぶん人間臭いアンドロイドだな。」
「まったくだ。無駄な特攻でもされたらもったいないからな、もう少し調整するよ。」
所長の身分は大佐だが、二人は士官学校の同期なので、非公式の場ではこのようにくだけた話し方をする。
それに所長は将官になれなかったのではなく、第一線で研究を続けたいという理由で何度も打診されている昇進を断り続けているのだ。
「このヴァルキュリア計画が軌道に乗れば、反攻作戦にも着手できるんだが・・・」
「余った資源で急ごしらえの装備を作るのは好みじゃないが、贅沢言ってられる状況じゃないからな。何とかするさ。」
「なるべく早く頼むぞ。まだ気付かれていないようだが、この研究所もいつ見つけられるか分からん。あの拠点さえ一時的にでも奪還できれば隠匿しておいたMET弾頭用の材料が手に入るんだ。」
「しかし・・・MET弾頭が製造できたとしても、居るかもしれない生存者を無視した焦土作戦か。しかも特攻隊員がミサイル代わりに弾頭を運ぶしかない・・・」
「我ながら嫌になる作戦だよ。しかし、これしか手が無い以上、全ての汚名は俺一人で引き受ける覚悟はできている。」
ヴァルキュリア計画というのは、アンドロイドと軍用パワードスーツを組み合わせた人型兵器の開発計画だ。
ちなみにヴァルキュリアというのは、外国の古神話に登場する下級神であり、試作機のコードネームにもその名前が採用されている。
現在、人類は機械軍に攻め込まれ、多くの地域が壊滅させられており、”産めよ増やせよ”とせねばならない状況なので、女性を前線に出す事が無くなったのだ。
その結果、主に女性兵士用に配備されていた低身長用パワードスーツが大量に余ってしまった。
また、同様の理由で性風俗店用のアンドロイドも非合法化され大量に余っている。
そこで、この2つを利用してなるべく省資源かつ短期間で戦力化させる計画が立てられたのだ。
もちろん、現時点ではこの計画は極秘事項であり公式記録は残されておらず、研究所の一部の者とトス中将のみが知っているだけだ。
「ところで、お前を信用しない訳じゃないんだが・・・本当に大丈夫なのか?」
「あぁ、大丈夫な筈だ。ヴァルキュリアが遠隔ハッキングされるなら、人間も遠隔ハッキングされるっていう事になる。そうなったら、どっちにしてもお仕舞いだろ?」
急ごしらえの兵器としてはかなりの性能を発揮する事が期待できる計画だが、コンセプト段階から大きな懸念があった。
アンドロイドがハッキングされてしまうと、軍内部から壊滅させられてしまう。
実際、開戦当初は高度なコンピューター制御をしている兵器が次々と乗っ取られて甚大な被害を被ってしまったのだ。
今ではレーザー銃の光軸は固定され昔ながらの光学スコープと組み合わせて使用しているし、無線機も暗号化されていないアナログ電波を用い、手書きの暗号表を伝令が各部隊に配って回っているありさまだ。
この研究所のように大戦の始まるずっと前から機密保持の為に外部のネットワークから遮断されている施設のコンピューター以外は全てハッキングされていると考えた方がいいだろう。
もちろん、ここも確実とは言い切れないので端末にはハッキングが探知された時に自爆する為の仕掛けが施してある。
そのような状況で人工知能を搭載して自律行動するアンドロイドを戦線に投入するのは、かなりハイリスクだと考えるのは当然だ。
しかし、キユ大佐が研究開発していた人工頭脳ならハッキングされる可能性はかなり低い。
処理速度と精度こそ大幅に向上させているが人工頭脳の動作原理が人間の脳と全く同じだからだ。
もしも、人工頭脳が遠隔ハッキングされるなら、人間の脳も同じようにハッキングされる事になる。
そしてヴァルキュリア計画のアンドロイドは入出力も人間と同じように作られている機種が選ばれた。
入出力系からのハッキングを防止する為だ。
例えば音声出力ならば、電気的なスピーカーでは無く、声帯を模した振動膜に空気を流す事で”声”を出すのだ。
もっとも、これらの入出力系の要素技術はキユ大佐の開発ではなく、風俗用アンドロイドの製造会社が社長の趣味と商品の差別化の為に開発したものだ。
なお、この機種の外観データは10代半ばに設定されており、人間の風俗では不可能な年齢を非常にリアルに再現している事から大ヒット商品となり大量に生産されていた。
キユ大佐はこの機種に搭載されている要素技術をベースに、ダイナミックレンジや精度などを常人よりもはるかに向上させたものを開発し換装している。
ただし、肉体能力的には常人を下回る。
元々、人間に怪我をさせないように低出力に設定されていた機体であり、パワードスーツ装着が前提である事から、貴重な戦略物資であるMETを用いた高出力化は施されていないからだ。
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