第9話 回想-05

キットと暇つぶしの会話をしていると、HUDに緊急通信が表示された。


”勅命:作戦を中止し、直ちに儀処ぎがの里に降下せよ”


勅命とは帝の名で発せられる命令であり、日出国においては首相であっても無条件に従わなければならない。

ただ、帝は国家元首であるが普段は権威として振る舞われているので、勅命を発せられるというのは例外中の例外だ。

発令が公になれば小学校の教科書の歴史年表に載るほどだと思っていい。

勅命に逆らえば特重反逆罪となり神代三家の者であっても当主以外は最高で終身懲罰刑になる可能性がある。

なお、終身懲罰刑というのは、死ぬまで刑務所の中で懲罰を受け続ける刑だ。

ぶっちゃけて言うと、ぎりぎり死なない拷問&治療の無限ループなので、死刑の方が遥かにマシだ。


「勅命とは・・・驚いたな。」

「はい。かなりの緊急事態のようですね。」

「キット、目標地点を儀処の里に変更だ。念の為に警戒レベルは最高に引き上げろ。」

「了解しました。」

「しかし、ここまで来て中止とは情報局の連中も可哀想にな。」

「勅命なら仕方ないでしょう。」

「まぁ、不満があっても暴走する事は無いだろうけどな。」

「そうでしょうね。」


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降下地点の儀処の里は巫女省本部のある天領だ。

巫女省というのは”神代三家の一つである巫女家当主の今巫女が授かった神託を帝と山王家に伝える事”が最重要職務とされており、今巫女は日の入から日の出までの間は神器の祭られている部屋に籠り続ける。

俗な言い方をすると、週休0日ワンオペ夜勤連続10時間以上勤務(最長14時間)なので、かなり辛い仕事と言っていいだろう。

しかも、接客業ならぬ接神業なので、出勤前に身を清めたり装束に着替えたりという時間外労働までしなければならないので、自由時間はほとんど無い筈だ。

なお、巫女本家当主が今巫女、先代はさき巫女、跡継ぎはつぎ巫女と呼ばれている。

分家の方は、ひろい巫女と呼ばれる。

ぶっちゃけ、巫女だらけでややこしいが、伝統なので仕方がない。

本家は山肌に埋もれるように建てられた本殿であり、三十二分家は参道に沿うように社が建てられている。


ちなみに、血筋を残す事が非常に重要視されているので、妊娠中や乳離れするまでの期間は前巫女が職務を代行する事になっている。


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「コウ、そろそろ儀処の里です。」

「そうだな。さて、どこに降りるか・・・」


超低空飛行で山の稜線を越えると、参道沿いと本殿前の広場外周に篝火が灯されているのが見えた。


「広場に降りろという事でしょうか?」

「多分そうだろう。着いたら降下地点に可視光レーザーで十時マークを投射してくれ。」

「了解しました。」


特に指示はしなかったが、キットは降下地点を広場中央よりやや左側に設定していた。

参道中央は神の通り道とされており塞いではならないというのは常識だから、キットもそれに従ったのだろう。


「降下準備完了しました。」


俺は再びグリップを握った。


「よし、降ろしてくれ。」

「了解しました。」


下部ハッチが開き、キットが再び機体制御と装甲機動戦闘服のアクチュエーター制御を同時に処理して俺を降ろした。

距離センサーで機体と地面の距離を正確に測っているので、全く衝撃無く靴底が地面に接触した。


「降下シーケンス終了しました。」


装甲機動戦闘服の制御が俺に戻った事がHUDに表示されたので、俺はグリップを離した。


「じゃあ、本部の方に帰還させておいてくれ。」

「了解しました。」


一人乗り小型ステルス機が自律帰還の為に上昇し始めると同時に、巫女装束を身に纏った今巫女が本殿から出てきた。

日の光にほとんどさらされる事が無いせいか透き通るような色白の肌が、篝火の揺らめく炎に照らされて幻想的な雰囲気が漂っている。


「特務局特務一課課長 山王少佐 勅命により参りました。」


俺は捧げ銃の姿勢で今巫女を待つ。

人里離れた儀処の里はとても静かだ。

篝火の爆ぜる音、微かな虫の声と今巫女の歩みに合わせて鳴る白石の音が、却って静けさを感じさせる。


「お久しぶりですね、コウちゃん。お元気でしたか?」

「はい、何とか日々の任務を頑張ってます。おばさんもお変わりないようで安心しました。」


周りに神代三家しか居ない場合には、こんな風にくだけた話し方をする。

しかし”コウちゃん”という呼び方だけは止めてほしい。

小さかった頃と同じままの呼び方を止めてもらえるように何度も頼んだのだが、”コウちゃんはずっとコウちゃんです。”と言って一向に止めてくれなかったので、今となっては諦めている。

俺の方が身長が高くなってからは抱きしめて頭をなでるのを止めてくれた事だけが救いだ・・・


もっと話したそうな素振りだったが、勅命を発令してまで呼び戻されたのだ。

かなり緊急の用件である事は間違いない。

さっそく本題に入ろう。


「ところで、作戦を中止してまで呼び戻すという事は相当急ぎの用件なんですか?」

「はい。下まで付いてきて下さい。」


下と言われたので、急ぎの仕事の割にはこれから下山をするのかと思ったが、本殿の方に歩いて行く。

疑問に思ったが、勅命が発令される程の事態だ。

可能性は極めて低いが、万が一の盗聴の可能性を考慮して何も聞かずに付いて行った。


「キット、ホバースラスターのマウント解除だ。」

「了解しました。」

「そのままでいいですよ。」

「え?だって本殿は土足厳禁でしょ?」

「かなり急いでらしたので構いませんよ。」

「分かりました。キット、再マウントしろ。」

「了解しました。」


手間も時間も掛かるのでありがたいのだが、簡素でありながら神々しさを感じさせる本殿内を土足で歩くのはどうも気が引けてしまう。

とは言え、勅命で急ぎの案件である以上は時間を掛けられない。

意を決して足を踏み出した。

身元の特定につながらないように靴底は徹底的に洗浄してから輸送機に乗り込み、帝立研究所はクリーンルーム化された建物だったし、広場で着地してからも常に清浄に保たれている白石の上しか歩いていないので、実際に汚してしまわずに済んだのは不幸中の幸いだった。

恐縮しながらしばらく歩くと、神器が安置されている部屋へと辿り着いた。

この神器は鏡で、これを通して今巫女は神託を授かるとされている。


なお、この神器は神代三家の当主以外には朝廷の大臣ですら見ることが許されておらず、鏡であるというのも古代に神器を盗み見た他国の者の話が伝承で伝わっているだけだ。

もちろん、その不埒者は死罪になったそうだ。


今巫女は手にした複雑で巨大な鍵で扉を開けた。


「コウちゃん、中へどうぞ。」

「いや、ここって神器が祀られている部屋ですよね?禁足地じゃないんですか?」

「神命ですから大丈夫ですよ。」


さらっと、とんでもない事を言われた。

神命というのは神話に登場する言葉だ。

読んで字の如く”神からの命令”である。

神代三家が日出の地に辿り着き、国を造るように命じられたのが最後の神命だと言い伝えられている。

神が天に還られた後は残された神器を通じて今巫女が神託を授かるようになったとされているが、その後は少なくとも公文書では神命が授けられた記録は残されていない。

なお、神命は勅命よりも上位であり、帝と言えども絶対服従とされている。

仮に帝を殺せと命じられたのならば絶対に殺さなければならないし、あらゆる法は神命の前では無効であると憲法に規定されている。


もちろん、実際に神がいるかどうかは分からない。

現代科学の常識からすれば居ないと考える方が合理的だ。

宗教原理主義ではなく自由主義を採る日出国では”神など居ない”と言っても一切罰せられる事は無い。

しかし法治主義国家であり、憲法に神命についての規定がある以上、神命に逆らえば法に基づき処罰される事になる。

それ程の法的優越性を持っているので、今巫女が神命を捏造すればあらゆる事が可能になる危険性があるのだが、憲法改正に最終的な権限を持つ歴代の帝は決して変更を許さなかったらしい。


「勅命じゃなかったんですか?」

「神命を授かって陛下がコウちゃんを呼び戻したから、呼び戻した事自体は勅命になるんじゃないかな?」

「あぁ、まぁ、そうなるか・・・」

「それより早く中にどうぞ。」

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