第10話 回想-06

今巫女と部屋の中に入ると、祭壇の奥に鏡らしきものが見えた。

古代から伝わる青銅鏡をイメージしていたのだが、ガラスのような光沢を持っていた。

俺が鏡に向かって拝礼をしようとしていると、今巫女は祭壇の横を素通りして行ってしまった。


「え?」

「あ、それは神器じゃないよ、コウちゃん。」

「ご神体じゃ・・・」

「えっとね、普段はその鏡を通して神託を授かるんだよ。本当の神器はこっちだよ。」


今巫女は手招きをしながら壁を押し開いた。

どうやら壁が隠し扉になっていたらしく、その先にはむき出しの岩肌と階段らしきものが続いていた。

核シェルターのように分厚い扉だったが、今巫女が軽く開けたところを見ると油圧機構と連動でもしているのだろう。


「真っ暗になるけどコウちゃんは平気かな?」

「夜間戦闘装備があるから平気ですよ。」

「そっか。じゃあ、準備ができたら教えてね。」

「キット、可視光増幅装置を起動しろ。」

「了解しました。」

「おばさん、準備できたよ。」

「じゃあ閉めるね。」


そう言うと今巫女は扉を閉め、階段を降り始めた。

しまった・・・全く見えん。

すると、HUDに文字が浮かんだ。


” 熱線映像装置に切り替えますか?”


キットが気を利かしてくれたのだろう。

俺は視線入力で”はい”を選んだ。


「おばさん、暗いのによく普通に歩けるね?」

「もう慣れてるからね。」

「それにしても明かり点けちゃだめなのは不便だな。」

「え?別に点けてもいいんだよ?」

「え?」

「わたしは無くても平気だから。」


一体、何回通えば明かり無しで普通に歩けるようになるんだと疑問に思いながらも、お言葉に甘えてヘッドライトを点ける事にした。


「ふぅ、やっぱり明かりがあると歩きやすいな。」

「そうなの? コウちゃんのすごい装備だったら普通に歩けるのかと思ってた。」

「そんな事は無いよ。明かりが全く無いところでも人や車両みたいに赤外線を出しているものは見やすいけど、ほとんど温度差の無い石の階段は見えにくいんだよ。」

「ごめんね、コウちゃんの為に最初から明かりを持ってくればよかったね。」

「いや、俺も最初にヘッドライト点けていいか聞けばよかったんだし。そう言えば、どれくらいで着くの?」

「いつも30分くらいで着くかな?」


勾配5%ほどの下り階段を徒歩で30分となると地下100mにもなる。


「へぇ、いつの時代か分からないけど、ご先祖様たちはよくこんなトンネルを掘れたもんだねぇ。」

「神様が掘って下さったそうですよ。」

「まぁ、神様ならなんでもありなんだろうなぁ。」


だいたいどこの国でも古代の神様というのは当時の王族や有力者だ。

おそらく、このトンネルも当時の権力者が配下の者か奴隷にでも掘らせて自らの功績にしたのだろう。

その後も今巫女と積もる話をしながら歩いて行くと、遂に広場のようになっている場所に辿り着いた。


そこには意外な人物が居た。

帝、皇子、継巫女、親父、弟の5人だ。つまり、神代三家の当主と跡継ぎが揃っている状況だ。


「コウ君、久しぶりだね。」

「コウさん、ご無沙汰しています。」

「コウ様、お元気でしたか?」

「よう、やっと来たな。」

「兄貴、大変だったな。」

「あ、はい。これはいったいどういう・・・」


俺が間の抜けた返事をしていると、親父が俺の肩をつかんで広場の隅に置いてある椅子のところまで引きずるように連れて行った。

親父が着ているのは装甲機動戦闘服ではなく、普通の布地の特務隊戦闘服だ。

それにもかかわらずこの重い装備を引きずれるんだから、相変わらず馬鹿力だな。


「神命だ。とっととそこの右側の椅子に座って頭部ユニットを外せ。」


親父に逆らっても碌なことにならないのは今までの経験で分かっている。

親父は未だに近接戦闘で全く歯が立たない化け物だ。

俺の攻撃は全て躱され、親父の攻撃は全力で振り抜いたスレッジハンマー以上の威力だ。

プロテクター無しだったら死ぬかもしれない、いや、死ぬ、間違いない。

おまけに一度まともに腹筋を殴らせてもらったが、鉄の塊を殴っているようだった。

そんな親父に逆らうと、特務隊特殊格闘訓練という名のリンチが待っている。

言われた通りに3つ並んだ椅子の内、一番右側の椅子に座り頭部ユニットを外した。

すると親父が背後のトンネルの中から妙な冠のようなものを持って来て俺の頭に被せた。


「一体何するんだ?」

「黙って座ってろ。言っても絶対に分からん。」

「何じゃそりゃ?」

「何度も言わせるな。黙ってるのと黙らせられるのと好きな方を選べ。」

「・・・」


諦めた。

これ以上は一言でも喋れば”黙らせられる”のは間違いない。

暫くすると頭の中が少し熱くなってきた。

そして、巨大な一塊の何かがすっぽりと頭の中に入り込んだような感覚の直後、儀処の里で戦略核を思わせる大爆発が起こった。


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爆発直後、すぐさま帝や今巫女といった重要人物の安否を確かめるために周囲を見回したが全員無事なようだった。

地下深くであるため直接的な熱線の影響はなかったが、ここに留まっていては放射線に被曝するリスクが高い。

それに大規模崩落が起きて生き埋めになる危険性もある。

近衛隊核防護部隊に帝の救出を依頼しなければならないが、洞窟に入ってから無線のチャンネルは全て不通となってしまっている。

必死に通信を試みていると、また現実離れした声が聞こえた。

地鳴りが響く中、今巫女が公の場で発するような凛とした声をあげたのだ。


「神命を授かりました!陛下、殿下、継巫女は神器に力を注いで下さい。光庵様、光輔さんは神敵の討伐を!」


続いて発せられたのは先ほどまでと同じ、やさしい声だった。


「コウちゃんはここに残っていて下さいね。」


今巫女は俺にそう告げると、三人の後を追って奥のトンネルへと姿を消した。

視線を動かして親父と弟を探したがもう姿が無い。

速すぎるだろ!

いつの間にか弟まで化け物じみてきたようだ。


「とりあえず迎撃準備だな。」

「了解しました。」


転がっていた頭部ユニットを装着しなおし辺りを見回すと、特務隊装備一式が二人分置き去りになっていた。


「ま、無いよりはマシか。それにしても丸腰で行ったのかよ。」

「どこかに強力な武装でも隠してあるのでしょうか?」

「そんなところだろうな。三八式はリンクできるか?」

「はい可能です。」

「じゃあ、入り口に向けて十字砲火設定にしてくれ。」


俺は親父と弟の三八式を拾うと、二脚を伸ばして広場の左右に設置し入り口付近へ銃口を向けた。

実体弾と違って反動が無いので、この状態で遠隔操作しても銃口があらぬ方向に向く事は無い。


「コウ、設定完了しました。」

「よし、後はバリケードが築ければいいんだが・・・」

「防弾チョッキくらいしかありませんね。」

「本来ならあの奥まで後退したいところだな。」


俺は帝達が入っていった洞窟の方を見た。


「神命ですからね・・・」

「まぁ、しょうがない。他に使えそうな装備を探すか。」


親父の荷物を漁っていると、場にそぐわない雅な錦の柄が見えた。


「キット、この錦の柄は家宝の刀袋だよな?」

「はい。画像分析では100%一致しています。」

「落盤したら面倒だ。バックパックに入れておくか?」

「その方がいいでしょう。」

「敵の規模が不明な為、立射で迎撃する。ホバースラスターはアイドリング状態を維持。緊急回避は任せる。」

「了解しました。」


俺は特務改を構え、いつでも迎撃できる体制を整えた。

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