第97話 開戦

「魔女は独り、それが結論じゃ」


 鎧姿のゲルベルトは、戦の光に包囲されるアデルバイムの街を見つつそう呟いた。


「あの物見高い魔女が、この絶好の出し物を、指をくわえて眺めている筈がない」


 時は夜半、伝令の知らせでは、アデルバイムからの攻撃を機に、戦線が開かれたと言う話だが、あっちはあっちで、包囲軍からの攻撃を機にと言う話が流れているだろう。


「精々が愉快に踊ってやろう。その隙に本丸を取らせてもらうがな」


 戦端を開いたのは間違いなく魔女だ。何時までも続くにらみ合いに我慢できなくなった魔女が夜陰に紛れて両陣営に攻撃を仕掛けた、彼の放った密偵は確かにそう伝えて来た。


「奴はこの戦場のどこかで高みの見物をしゃれ込んでいる。その今こそが勝機」


 ゲルベルトは王都に残した精鋭部隊に伝令を発する。その目標は、王室だった。





「御爺様!」

「何も恐れることは無いよ、エフェット。全ては予定通りだ」


 フィオーレは落ち着いた様子で、孫娘の頭をなでる。

 彼は用意周到だ、魔女のことが無くても不安の矛先が何時アルデバル家に向かってもいいように、備えはしっかりとしてあった。

 彼にとって今回の事は時計の針が少し早目に動いたに過ぎない。兵力も兵站も十分な蓄えはとうに終わっていた。


 国家の平和と繁栄の為に。その目的はゲルベルトとフィオーレで共通できている。その手段が少し異なるだけだ。


 今回彼らが企んだのは魔女を利用する事。開戦は避けられない、ではその開戦を最大限利用するだけだ。


 大戦より30年、戦後の混乱を利用して私利私欲に走る諸侯は増大した、今回の戦をもってその有象無象たちの力を削ぐ。その為に、彼らは示し合せ、もっとも激戦となる地に目当ての貴族が争い合うように配置をした。

 この戦で国王派、反国王派の目先の事しか考えられないような貴族は互いに金と兵力を消耗し合う事になる。

それ以外の諸侯は、この戦の安全な場所でままごとの様に戦う算段になっている。


 そうして、アデルバイムを舞台にした今後の為の選別が行われている裏が、彼らにとっての本命だ。


 ミクシロン家の精鋭は、魔女がアデルバイムに居る間に、彼女によって洗脳された王家の者、いや目標とされているのは、彼こそが王家、彼こそが聖王国の象徴である、国王ルンドベルク3世その人だった。


「隊長、ホントに大丈夫なんですかね」


 内部からの手引きで易々と侵入することは出来た。だが、仕掛ける相手は国家の中枢、いくら練度と忠誠心に満ちた精鋭部隊でも、切っ先が鈍ってくるのは仕方が無かった。


「ブリーフィングで説明された通りだ、皇太子閣下とは話が付いている」


 国王と魔女の間にどんな話があったかは当人たちにしか分からない。だが、魔女の毒牙は、老齢の国王に深々と突き刺さった事は確かだった。

 その挙句が今回のアルデバル家の顛末である。


「国王陛下はお疲れになっているんだ、そろそろ重荷を下ろして差し上げるのも臣下の務めだ」


 それは、ゲルベルトにしても苦渋の判断だった、彼は国王の元、身を粉にして働き続けた、その最後が、これだった。

 易々と魔女の跳梁を許し、大恩ある国王に剣を向ける事に成り下がってしまった。


 ゲルベルトがどれだけ国家に、国王に忠誠を抱いているかをよく知る、隊長は彼の心中を思い測り、剣を握る手に力を込める。


 国王を拘束し、強制的にその座から引き摺り下ろす。

 皇太子の協力を得てるので、外部には老齢の為の禅定として発表されるが、実質にはクーデターと言ってもいいだろう。


 本当ならゲルベルト自らが陣頭指揮を取りたかったが、魔女の目を欺くために、彼はアデルバイムに居る必要があった。


 後宮の幾多の扉を素通りして奥に侵入する。そしてその最奥にこの国で最も貴い部屋がある。

 即ち、国王の居室であった。


「国王陛下、夜分遅くに失礼――」


 ノックもせずにそこに侵入しようとした隊長を待ち受けていたのは、強靭な爪による一撃だった。


「くっ!!」


 体長は長年の戦闘経験により、間一髪それを免れるも、その一撃は扉を切り裂き、ドアを開けた隊員はその凶刃に倒れる。


「抜剣しろ! ここは死地だ!」


 隊長は素早く扉から離れつつ指示を出す。そこには経験豊富な彼をして、見たことの無い魔獣が居た。


 それは、王の居室にギリギリ収まるかという巨躯であり、顔面を縦に裂く様な口と4本の手を持った怪物であった。


 そして、その怪物の奥には、ベッドの上で上半身を起こした国王が、青白い顔をしてこちらを睨みつけていた。


「彼女の言った通りじゃな。反逆者どもよ、生きて帰れると思うなよ」


 国王は、か細い息を吐きつつも、幽鬼のような淀んだ瞳でゲルベルトの私兵を見下した。


「やれ! 門番よ! その者達を皆殺しにしろ!」

「敵、未確認魔獣! 油断するな!」


 人気のない後宮で、苛烈な戦いが開始された。





「くそ! 船長後は頼んだ! 俺は先行する!」


 アデムはサン助を呼び出し、船から飛び出す。


「任せとけアデム!

 よし野郎ども! こっから先は遠慮なしだ! 一直線に港へ向かうぞ!」


 戦闘が始まってしまった以上、今までの様に周りを気にしながらこそこそ進むことは無い。ブラン船長は、船員に全速力の指示をだし、一気に船を加速させた。


「船長攻撃です! 魔術弾を撃ってきました!」

「言われんでも見りゃわかる! 総員着弾に備えろ!」

「いいえ! 迎撃させて頂きますわ!」


 煌々と燃える迫り来る大火球、それに対して、シャルメルが杖を合わせる。


「邪魔ですわ、消え去りなさい!」


 詠唱の後放たれたシャルメルの魔弾が火球と激突。夜空に紅の花が咲く。


「はっはー、やるじゃねぇか嬢ちゃん」

「あら、今のこの船はわたくしの船ですわ。燃えかかる火の粉を払う事は雇い主の義務でしてよ」

「しゃっシャルメル! 上機嫌なとこ悪いけど今ので本格的に敵認定されたようよ! ドンドン追加が来ているわ!」

「ならば私にお任せ下さい! ホーリーウォール!」


 コレットの張った魔術壁の表面に無数の魔術弾が着弾し、轟音を響かせる。


「あら、中々やりますわねコレットさん」

「あははー、防御なら任せてください! それよりも次です!」

「よーし、防御は嬢ちゃん達に任せた! 野郎ども俺たちの仕事は全部無視して一直線に進むことだ!」


 そう言い船長は舵を握る。

 こちらの進路を遮る船を、巧みな操船捌きと先読みで華麗に回避しつつ、船長は最短距離で港を目指すのだった。

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