第96話 帰り旅
目標をぶらせてはいけない、行きがけの駄賃に内乱を阻止できればいいが、俺の目的はあくまでも魔女討伐。
神父様の基本ルール『魔術師はパーティの中で最も冷静でなくてはいけない』を思い出せ。
俺に出来る事なんて、悔しい事に些細な事だ。即ち、全ての元凶である魔女をぶっ倒す事。内乱を阻止するのはあくまで魔女の利益を邪魔するためだ。
「そもそも、魔女はどうして内乱の手引きをしたんでしょうか?」
コレットさんがそう呟く、彼女の家であるアデルバイムが戦果に包まれるかどうかと言う所なんだ、気が気ではないだろう。
「貴様は、何か聞いていないのかドラッゴ」
「さあて、どうだったかな」
ドラッゴはニヤニヤと笑うだけで答える気はない。まぁ最初から期待もしていないが。
「そうなのよね、魔女の目的って言うのが今一つ分からないわ」
俺と交代で、船を引っ張っているチェルシーがそう呟く。
確かにそうだ、奴ほどの理不尽な力を持っていれば、裏でこそこそ暗躍せずとも、もっと簡単に力ずくでやれそうなものだ。
「フェニフォート人の復権云々と言っていたが」
あの空間での魔女の甘言を思い出す。奴は俺達現人類に不快感を抱いていたようだが。それならば奴が旗手を取って、堂々と現人類に反旗を翻せばいい。
「いや、奴は、ナイトメアがフェニフォート人の血を最もよく引いた人間だと言ってたな。おいドラッゴ、奴はナイトメアなのか?」
「くくく、その程度ならば教えてやろう、奴の額には角があった」
「……そうか」
魔女の肌の色は普通だったが、
「…………」
「カトレア」
「大丈夫。私は大丈夫ですよお嬢様」
スプーキーとヘンリエッタを置いて来た今、カトレアさんがこの中で唯一のナイトメアだ。魔女の目的がナイトメアの復権だと知り、動揺が走らない筈は無いだろう。
「私は、旦那様に拾われて、お嬢様の世話を任さられる程の信頼を授けて頂きました。何一つ不満に思った事はございません」
「くくく。女、貴様はナイトメアだったのか、よくもまぁ人間に化けたものよ。だがその化けると言うこと自体が、不自然な事」
「貴方の様に、自らの欲望に飲まれた人間の言葉なぞ私には届きません」
「くくく、それこそが、我らの、いや人間の本質よ」
「やめてください! カトレアに妙な事を吹き込まないで!」
アプリコットが悲鳴を上げる。俺は船長にお願いしてドラッゴを営倉へと移してもらった。
「それで、これからどうしますの」
「んー、ゲルベルトの爺さんとは連絡とる事が出来るのか?」
「御爺様も、アデルバイム包囲に参加なさっている筈。街に近づけば連絡は可能ですわ」
シャルメルの答えに、ジム先輩は通信石を取り出す。
「爺さんに連絡を取って開戦を遅らせてもらう……。いや爺さんは爺さんで色々とやっているか」
「とは言え、魔女討伐の為のヒントを得たことは多いな力になりますわ。通信範囲に達したら連絡致しましょう」
「百戦錬磨の爺さんだ。それを元手に良い手を打ってくれるだろう」
「とは言え、先ほどドラッゴが言った事は、ある意味正鵠を得ています。この戦いが不発に終わるかどうかは運に頼る面も多いですわ」
にらみ合っている今の事態が、正しく奇跡と言う事か。
ドラッゴはドラッゴで、泥で磨かれた百戦錬磨と言った所か。裏社会で磨かれてきた奴の感性は決して馬鹿にできやしない。
混乱こそが魔女の望み、現体制の混乱は。ナイトメア復権の大きな助けとなるだろう。
「ゲルベルト翁、何故号を発しないのですか!」
幕屋では、上座に座り黙り込むゲルベルトに向け、諸将が糾弾の声を上げていた。
ゲルベルトは黙して語らない。
裏で魔女が暗躍していることは確かなのだが、その決定的な証拠を掴めていない今、いたずらに魔女の存在をほのめかした所で、疑惑の念が深まるばかりだからだ。
いや、確証を得た上で、その事を開示したとしてもますます深まるだろう。何しろ国の中枢、王家にまで魔女が侵入したと言う事実は、何よりも重いものだ。
幕屋に居並ぶ諸将はみな血気流行っているが、それも無理はない。相手は国で1、2を争うほどの大貴族とは言え、錦の御旗は此方にある。
大戦後30年の混乱期と言う事は、大きな戦が30年無かったと言う事だ、勝ち馬に乗って武名をはせようとする族が詰めかけても仕方がない。
軍議と言う名の時間稼ぎは連日にわたり続けられる。何時まで経っても動こうとしないゲルベルトに業を濁した、一部が勝手に戦端を開かないのが奇跡的な事だった。
だが、それはついに破られる。
「伝令です!」
それは、包囲が完了して3日目の事だった。ゲルベルトはその伝令によりたたき起こされた。
「大旦那様、時が来たようでございます」
伝令を受け取った、ベンジャミンが彼の主にそう伝える。
「そうか、では計画通りじゃ」
「……了解いたしました」
ゲルベルトはこの時を待っていた。様々な誹謗中傷に耐え、じっとこの時を待っていた。
「失敗すれば、我らこそが朝敵ですな大旦那様」
ベンジャミンはニヤリと笑ってそう呟く。
「くははははは、この年になって裸一貫から始めるのもまた一興よ」
そもそもがにらみ合いの続く現状こそが不自然であった。ゲルベルトの威光で留めて置けるのも限界と言う事がある、偶発的な開戦はいつ始まってもおかしくは無かった。
ゲルベルトは待っていた。
「我慢比べは儂の勝ちじゃの、魔女よ」
乱を愛する魔女が手を出すことをだ。
「おい! ドンパチ始まってるじゃねぇか!」
ユーグ大河を遡り、ようやく街の灯りが見えて来たと言う所で、アデムは炎の輝きを見つける。
それは紛れも無く戦端が開かれた証。彼らは間に合わなかったのだ。
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