第95話 いざ帰還
手負いのボスの力を借り、何とか村へ戻った俺たちは、無事チェルシーたちと合流を果たした。
「よし、取りあえず。アデルバイムの教会にもどろう」
名も無き遺跡では、アリアさんより魔女に対抗するためのヒントは手に入れられたが、具体的な事は分かっちゃいない。その為にはカレンさんの手助けが必要だった。
「うーん、確かに問題よね。そもそも私たちが今行っている召喚術は、目の前の対象に対し契約する事から始まるわ。
それに対して、新なる召喚術と言うのは、モノに宿った因果を辿り、別世界から召喚すモノなんでしょ?」
流石はチェルシーだ、俺が感覚で理解していた事をしっかりと明文化してくれた。
「どちらにしても、真名が必要な事は変わりが無いのですよね?」
「ああ、その通りだアプリコット」
アプローチの方法は違うが、真名による契約をかわすことに違いは無い。と言う事は魔女の真名を探る事もしなければならないのか。
魔女に由来する品を手に入れて、新なる召喚術を用いて魔女と契約し、こっちの世界へ引っ張り出す。
同じ土俵に上がれれば、奴とも対等に戦えるはずだ。
「駄目です。アデルバイムへの扉は現在閉鎖されています」
ジム先輩が、転移門のある施設より出てくるなり、そう報告して来た。
「そうですか、まぁ当然と言えば当然ですわね」
内乱がいつ始まるかという状況だ、勝手口を開けっ放しにしている訳がない。
「そもそも、カレンさん達はまだアデルバイムに残っているんですか?」
「そうですね、あの教会には重要な研究設備が設置されています、まず間違いなく残っているかと」
「そして、魔女に関する品もあの教会に保管されています」俺の質問に、コレットさんがそう返した。
やはり、何が何でもアデルバイムに行かなくてはいけないようだ。
「こうなりゃ、サン助でひとっ飛びして来るか?」
「本気で言ってますのアデム? 周囲には飛龍部隊が配備されている筈ですわ。所属不明のサンダーバードが飛来して来たなんて、開戦の口実になっても仕方ありませんわよ」
「……冗談だって、シャルメル」
成程、極限の緊張状態の中にそんな真似をしたら、引き金を引きかねないか。
「じゃあ、遠くで降りて、そこからは走って行くのは?」
「そう易々と侵入を許すほど監視が緩いとは思いませんわ、貴方も散々騎士団に追いかけられたでしょう」
となると、空路と陸路は駄目と。
「じゃあユーグ大河から侵入するのは無理なのかい、シャルメルの姉ちゃん」
「可能性はそれが一番ですわね」
スプーキーの発案に、シャルメルは眉根を寄せつつも同意した。
ネッチアの港、そこには一日ぶりの懐かしの船が鎮座していた。
「良かったブラン船長! まだ居てくれた!」
「おう、どうしたアデム。まだこの街に居たのか」
船長はガハハと笑いながら、俺を迎えてくれた。
「いや、用事は終わった、それよりも」
「この船、
シャルメルはにこやかに笑いつつ、俺の言葉に続いた。
「はっ? なんだって?」
「ええ、ですから今後の予定はキャンセルして頂いて、今すぐアデルバイムへ向かってほしいんですの」
「おいアデム、この姉ちゃん何言ってんだ?」
「船長、俺からお願いだ、戦争を止めるために、船長の力が必要なんだ」
俺は、ざっくりとした経緯を船長に話す。
「……ふーむ。魔女ねぇ」
船長は顎髭をさすりながら考え込む。
「本当だ、そいつに神父様はやられた」
俺の一言に、船長は眼光鋭く俺を睨みつける。
「おいおい、何冗談を」
俺は何も言わずに真っ向から視線を返す。
「……マジかよ」
船長、いやこの国に生きる人間にとって神父様は絶対的な力の象徴だ。その彼がやられたと言う事が何を意味しているのか。その意味は船長の方がよく分かるだろう。
「で、俺に今にもドンパチが始まりそうな、アデルバイムに船を出せってか」
「近くまででいい、そこから先は何とかする」
ジロリとにらみ合う事暫く、船長はニヤリと笑って、こう言った。
「面白い、そいつは面白いぜ、アデム。要は俺の舵捌きで、内乱の行方が決まるって事か」
「船長!」
「ああ、いいぜ。上等だ、俺の操る黄金の羊号、いけない海は無いって事を教えてやるぜ」
船長はそう言って、俺に手を差し出してきた。
「ありがとう! 船長!」
「ありがとうございますわ船長。負った損害は我がミクシロンが保証させていただきます。請求書を回してください」
こうして俺たちは再度、船長に舵を任せることにした。
「はっはっはー、やっぱり俺の下で働かねぇかアデム」
「勘弁してくれよ、結構きついんだぜ船長」
俺は、港で契約した
まぁその甲斐あって船足は順調、普段の倍のペースで河のぼりを行えているようだったが。
「所で船長、アデルバイムの港はどんな様子か情報は入っているのか?」
「おう、俺のダチの舟から情報は得ている」
そう言って船長は彼の街の現状を教えてくれた。
俺たちがアデルバイムから出航して程なく、フィオーレ翁は公式に王国の命令を断った、即ち反旗を翻した。
だが、王国側も遅かれ早かれそうなる事は承知の上、国王派の貴族はこれ幸いとアデルバイム包囲を始めたと言う事だ。勿論、裏事情をよく知っているゲルベルトの爺さんは、無駄な争いを避けるために、出来うる限り時間を稼いでいるとのことだが。
「って訳で、海路もとてもじゃないが安全な行路とは言えやしねぇ」
船長は葉巻を吹かしつつ、そう言った。
「アデルバイムの港は完全に包囲されちまってるって事なのか?」
「残念ながらな」
なる程そうか、だが俺には召喚術がある。ドラッゴの真似をするのは本意ではないが、海中からなら幾らでも忍び込める。
「くくく、無駄な事を」
俺たちがアデルバイムへと侵入する手立てを相談していると、そこに茶々を入れる声があった。
「なにが無駄だって? ドラッゴ」
「この流れは魔女が作ったものだ。だが、あくまでも奴は燻っていた火種に薪を投じたに過ぎない。貴様ら如きガキが何を言った所で流れは止められねぇ」
召喚の触媒を取り上げられ、おまけに雁字搦めに拘束されたドラッゴは不吉にそう笑う。
「そんな事はない。裏で糸を引いている魔女さえ倒せば誤解は解ける。戦う必要なんてないって事はみんな分かっている筈だ」
「必要が無い? くくく、まったく何処までおめでたい田舎者だ」
「なんだと」
「いいか、無知なお前に絶望を教えてやろう、アデメッツは恨まれている、いや妬まれてると言った方が正解か。奴らは俺なんて足元にも及ばない悪党だ。奴らが先の大戦でどれだけの財を蓄えたと思っている?」
「……どうなんだ? シャルメル?」
ドラッゴの言う通り、田舎者の俺には政治や経済の流れなんて分からない。剣は武器屋と言うことわざもある、貴族の事は貴族に聞いてみる。
「……冷血極まりない金の亡者、そう陰口をたたく人は多いですわね」
シャルメルは、ぼそりとそう呟いた。
「くくく、その女の言うとおり、奴らは人の血を金に換える天才だ。
奴になびいている反王国派と言われる連中だって、そのお零れに預かろうと群がったハエどもに過ぎない。実際に戦争になったら、嬉々として王国派に尻尾を振る様な連中ばかりだ」
「アデメッツの窮地は救えないと言うのか?」
「大戦後の混乱期、富める者は更に肥え、貧する者は更に痩せた。その不満の受け皿としては今回の内乱も捨てたもんじゃないって事さ」
奴はニヤニヤと笑いながらそんな事を言う。魔女の事は抜きにしてもアデメッツを攻める為の大義名分はあると言う事か。
そして、それ故に小手先の手段では解決しないと。
「ふっ、お前こそこの俺を甘く見るなよ」
「何?」
ドラッゴは眉をひそめる。分かっちゃいない、全く持って分かっちゃいない。
「俺がそこまで深く考えていると思うか? 俺の目的は魔女退治、その他の事なんか知った事か。
国王派、反国王派? そんな難しい事はゲルベルトの爺さんたちが考えればいい。俺がやるべきことは、最速で最短で、魔女をぶっ倒す。唯それだけだ」
「……やはりお爺様が言った通り、召喚師は信用できませんわね」
シャルメルは額を抑えつつそう呟いたのだった。
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