第94話 新なる召喚術

 バチリと小さな衝撃が走る。召喚陣の先は、さっきまで戦っていた名も無き遺跡だ。


「死ねぇアデム!!」


 あの空間はこちらの空間とは時間の流れが違う。いや正確に言えばあの空間に時間の流れなど存在しない、だから私は永遠の20代ですとアリアさんは胸を張って言っていた。

 それはある意味ではとても悲しい事だと思う、時間の流れから取り残されてしまった彼女をいつか救ってみせると俺は心に刻み込んだ。


「そのためには、まず邪魔な魔女を倒さねぇとな」


 アリアさんがあそこに留まっているのは魔女の封印をしているからだ。彼女を自由の身とするならば、まず第一に魔女を排除しなくてはならない。


『いいかい、アデム君。世界は全て繋がっている。小石一つ、枯れ枝一本でさえ、それは世界の一部なんだ』


 俺は短剣に再度魔力を込める。それを通して世界が繋がる、世界に繋がる。『門』を経て別次元への扉を開ける。


 俺はそこに呼びかける。短剣が紡いで来た歴史、そして可能性世界。無数に分岐するそれらの縁は一点に収束する。


「新たなる叡智の術と、聖女の導きによりて、今ここに召喚の門を開かん! 祝福されし契約の名のもとに、汝の力を貸し与えん!」


 短剣が紡ぐ世界は同じく剣、それは5振りの光り輝く聖なる剣、数々の戦いを潜り抜けて来た希望の光。古の英雄がつかいし、魔を打ち滅ぼす無垢なる刃!


「暴虐の呪いを切り裂く剣よ! 眼前の悪鬼を封じよ! 光の護封剣シャインセイバー!」


 召喚陣より光り輝く5本の剣が現れ、カースドラゴンの影へと突き刺さる。


「なにっ!?」


 5本の剣は五芒星を描き、カースドラゴンを縛り付ける。


「今のうちに!」


 俺は魔力爆破で奴の足元へとダッシュする。シャインセイバーの封印は強力だが長くはもたない、精々がワンアクションを封じるほど。


 だが、その僅かな時間は逆転への無限の時間だ!


 俺は懐から召喚符を抜き取る。「キュイ」とその奥から鳴声がしたことを感じる。俺を呼べ、早く俺を呼べと猛る声だ。


「お前の力、借りるぜサン助!

 天空を舞う稲光! 汝は何物にも縛られず、誰よりも高く飛ぶ! 汝の名はトニトゥアーレ! その力! その翼を我に貸し与えん!」


 サン助の意思を、鼓動を、熱を感じる。目の前のいけ好かない黒蜥蜴をぶちのめせと高らかに吠え立てている!


 俺の背中にエーテルで編まれたサン助の翼が生える。


 大地を蹴り飛ばし急上昇、俺とサン助の羽ばたきは、一直線にドラッゴを目指し、雷光残し天を駆ける。


「ドラッゴォオオオオオ!」

「貴様! 一体何をやっているんだアデム!」


 奴は俺の新なる召喚術に付いてこれずに慌てふためく。カースドラゴンの剛腕が振られるが、サン助の動体視力の前ではスローモーションに見える。


 カースドラゴンは俺から逃れようと羽ばたくが、俺たちの光翼は奴の黒翼より足が速い。


「来てやったぞ! ドラッゴ!」


 俺は、カースドラゴンの背中に立ち、翼を収める。エーテルで編まれた翼を展開している最中、魔力はダダ漏れだ、俺の体重が軽い分、速度は文句のつけようがないが、長時間使用できるものじゃない。


 だが、それで十分。ここから先はバトンタッチ。

 こいつを呼ぶのに召喚符は要らない。俺の右腕に刻まれた火傷の傷が召喚符の代わりとなる。


「行こうぜボス、お返しの時間だ」


「やめろアデム」とドラッゴがカースドラゴンを暴れさせるが、俺の足は奴の背中に根を張ったようにしっかりと固定される。


 右腕に炎が猛る。

 奴にやられた頭部の傷、その痛みを百倍にして帰してやれと怒りに燃える声が聞こえる。


「偉大なる獣の王! 汝の名はスース・スクロファリス! 我にその力を貸し与えよ!」


 全身に尋常じゃない力が漲る。その強力な力の奔流が右腕に収束していく。


「万倍返しだ! 食らえ蜥蜴野郎!」


 俺は深く、深く、その力に負けないようにしっかりと腰を落とし。

 振り上げた拳を真下に、カースドラゴンの背中に向けて一直線に振り下ろした。


「やめろ! アデムゥウウウウ!」

「行くぜ必殺! ボアナックル!」


 ボスの力を利用した超特大の魔力激がカースドラゴンに叩き込まれる。確実に通ったその一撃は、カースドラゴンの脊椎を粉砕した。


耳を突き抜ける大絶叫が森に木霊する。木々を揺らすその声と共に、カースドラゴンの姿は消える。


「来い! サン助!」


 俺は空中でサン助を召喚し、その背に乗った。その行く先は勿論、気を失って落下していくドラッゴだ。


 奴は魔女との繋がりを持つ人物だ、しっかりキッチリ魔女の情報を吐き出させてやる。





「大変申し訳ございませんでした」


 男アデム、リッケ大森林に顔面をうずめるかのような見事な土下座を披露する。

 だが、頭上から発せられるプレッシャーは全く持って引いてくれない。


「あのー、シャルメルさん……様? 今日もお美しくてなによりですよ?」

「アデム!」

「ひっ、ごめんなさいシャルメル」


 残念ながらこれ以上物理的に俺の頭は下げられない。どうにか勘弁願えないだろうか。そう思っていた所で、ジム先輩がシャルメルに話しかけて来た。


「お嬢様、チェルシー様より通信が入っております。ロバート神父の置手紙が見つかったと」

「ホントか、ジム先輩!」「本当ですか!ジム!」





『この手紙を読んでいる誰かへ、願わくばそれが魔女と敵対する者であることを神に祈ります。』


 手紙はその書き出しから始まっていた。


『さて、書き記したいことは色々とあるのですが、魔女に関することについては、教会に専門組織があるのでそちらでお聞きください。私の得た情報は全てそちらに回しております。最も、前回の戦いではまるでお役に立てなかった私の所感です、あまり当てにしないように。』


 最大の功績者である神父様がまるで役に立てなかったと言うのは、深刻な皮肉だ。だがそれも無理はない、そもそも魔女は俺達と同じ世界に立っていなかったのだから。


『では、ここでは魔女との戦いにおいて、最大の功績者についての記録を残したいと思います。』


 それは、表に出ることない隠された聖女。魔女に対する罪を全て押し付けられたアリアさんとの思い出について書かれていた。

 彼女の底抜けに明るい性格、人一倍優しい気持ち。人より優れた能力を持ち、それ故に抱えていた苦悩。それらの事が生き生きと書かれていた。

 実際に彼女と出会った俺からにしては、正に目の前に彼女がいるような、そんな気持ちにさせる筆運びだった。


『私はひょんなことから、彼女の噂を聞きつけこの村へやってきました。今も世界の境界にて魔女を封じ続けている筈の彼女、その足跡がこの村で発見されたと言うのです。

 私は耳を疑いました、そしてその事を確かめずにはいられませんでした。

 この村での調査の結果、その人物は正しく彼女でした。私はその事に至上の幸福を感じるとともに、かつてない不安を感じました。

 彼女が活動できたと言う事は、魔女に対する楔も緩んでしまったと言う事です。

 私は、彼女の眠る地である名も無き遺跡を再調査しはじめました、それと共に、切り札も用意しました。

 アデム、それが君です。』


「……アデム」


 シャルメルが不安そうに俺の方を見る。問題ないさと俺は彼女のあまたをポンと撫でる。


「続きを、チェルシー」


 俺はそう言って、先を促した。


『私が見つけ出した君は。アリアと同じ能力を有していました、類まれ無い同調能力、それを持った者が君でした。

 私は君を鍛え上げました、アリアは召喚術については比類なき力を持っている以外はごく普通の少女でしたからね、危なっかしくて仕方が無かった。

 君には逆に、徹底的に戦闘技術を仕込みました、それも全ては魔女との戦いの為、彼女には出来なかった事をしてもらうため、あるいは、彼女の次の人柱になってもらうためです。』


 成程、戦いに臨んでは、冷静沈着な神父様らしい考えだ。


『アデム。君は私の予想以上の成長を果たしてくれました。しかし、魔女は私たちの常識の埒外に居る存在です。私程度の戦闘力では、魔女に傷一つ負わせることが出来なかった。以上、尋常なる方法では、奴と相対する事も敵いません。

 その鍵は、今扉の向こうにいるアリアが握っています。

不可能を承知で言います。会えるはずの無い彼女ともう一度会うのです、一度彼女と会った君なら奇跡が起こせるはずです。

彼女に会って教えを受けなさい。そこに答えがあるはずです。』


「神父様……俺、アリアさんと出会えましたよ」


 俺は通信石にそう呟く、神父様の予想は当たっていた。俺は奇跡的なタイミングで彼女に再開することが出来、魔女に対する切り札を入手することが出来た。

 具体定期な方法は、まだ分かっちゃいないが、それでも魔女にとって致命的な事実を知ることが出来たのだ。


「……アデム」


 シャルメルがそう言って、俺の背に手を当ててくれる。


「どうした? シャルメル?」

「貴方、泣いていますわ」

「へ?」


 彼女にそう言われて、俺は頬に手を当てる。涙だ、そこには涙が流れていた。


「……神父様」


 俺を助けるために、魔女の犠牲となった神父様、そしてシエルさん。俺はぐちゃぐちゃとした気持ちの中、あふれる涙を止めることが出来なかったのだった。

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