第98話 魔女対策の専門家

 攻撃は船上だけでは収まらない。それは夜空を行くサン助にも同様に降りかかる。


「かわせ! サン助!」

「キュイ!」


 雷光を纏い、夜空を駆けるサン助に向け、誘蛾灯に群がる虫の如き魔術弾が撃ち込まれる。


「誘導弾か! しゃらくさい!

 サン助! 力を借りるぜ!」


 俺は、サン助のを一部借り、稲妻の矢を魔術弾へと叩き込む。


「サン助! 迎撃は俺に任せろ! お前はただ前だけを見て居ろ!」

「キュイ!」


 加速、加速、更に加速。羽ばたき毎に速度を増し、夜空に金色の軌跡を残していく。

 飛行能力に特化したサンダーバードの飛行を遮るものはなにも無かった。


 高く反り立つ、街を囲む壁を突破しアデルバイムへ、街を守るために展開しているワイバーン騎兵をかわしつつ一直線に教会へと突き進む。


「くそっ! 俺は敵じゃねぇよ! ドンパチなら他所でやれ! じゃなくてドンパチを今すぐ辞めやがれ!」


 アデムは騎兵を引き連れながらも空を駆け――。


「見えた教会だ!」


 墜落するかの勢いで教会の敷地へと一直線に向かった。





 バサリと教会の中庭にたどり着いたサン助は急制動を掛ける。


「戻れサン助!」


 アデムはサン助を帰還させると、地面に激突するか勢いで着地をする。そして殺せなかった勢いは地面を回転しつつ分散していく。


「だれかいるか!」

「おやおや、なにやら騒がしいと思いきや、随分とお早い御帰りですね」


 着地の衝撃で、そこら中に静電気の稲光が漂う中庭に顔を見せたのは、お目当ての人物であるシスターカレンその人であった。


「カレンさん、ちょうどよかった! 魔女退治の秘訣ばっちりと掴んで来たぜ!」


 カレンは上空を旋回する騎兵たちに、何でもないと合図を送った後、アデムを向かい入れる。


「それは何より。戦線は開いてしまいましたが、これも計画の範囲内。まだまだ挽回は可能です」

「計画って?」

「さて? それはフィオーレ卿にお尋ねください。私は一介のシスター、政には関与しないよう心得ております」

「それを言うなら俺だって唯の学生だ。ともかく、皆は無事なのか?」

「はい、貴方が出立する前日に、フィオーレ卿より『数日中に開戦するがこれも計画のうち、市民生活への影響は最小限とするので動揺するな』との通達がございました」

「んな無茶苦茶な」

「ふふふ、確かにそうですね。ですが、卿の支持率は大したもの、開戦に当り大盤振る舞いもなさられた所為もあり、市民はそれほど動揺してございません」

「すげぇな、アデルバイム」

「正確には卿の財力でございますね。

この街の住民は欲望に忠実です、利があるうちは決して卿を裏切ったりは致しませんよ」


 そう言いつつ、カレンさんは底気味の悪い笑顔を浮かべる。


 情ではなく、利で動く商業都市か、頼もしくもうすら寒くもある。


「まぁ、そんな事は些細な事です。それで、アデムさんが掴んできた事を教えて頂きませんか?」

「ああ、そうだ」


 俺は、名も無き遺跡での経緯を話す。真なる召喚術と新なる召喚術、アリアさんの事と彼女の語った魔女撃退方法について。


「……なる程。魔女はこの世に存在していないですか」

「ああ、カレンさんの憶測は当たっているだろうとの、アリアさんのお墨付きだ」


 魔女の本体は別次元に隠れひそみ、そこから現世にちょっかいを出していると言う事。

 そして、魔女と戦うためには、新なる召喚術を用い、魔女を現世に引っ張り出してやらなければならない事。


「なる程、理屈は分かりました」


 カレンさんは無表情でそう頷いた。


「魔女に関する曰くつきの品は、幾つか教会で保存されています。しかし、それでどうやって魔女を召喚するのですか?」

「そんなもの、新なる召喚術で――」

「私は、召喚術の専門家ではないのですが、その為には魔女の真名が必要なのではありませんか?」

「……あ」


 その通りだった。魔女に関するものを使って新なる召喚術で呼び出しても、魔女の真名が分からずに使っても、魔女に関する何かがランダムで召喚されてしまう。


「それに、例え魔女の真名が分かったとしても。貴方の力で、貴方よりも遥かに強力な魔女を召喚することが出来るのでしょうか?」

「……その点については大丈夫……だと思う。現に俺は自分よりも強いボスの召喚に成功している」

「それは、ボスさんが、貴方に友好的だったから、契約が成立したのですよね。人類にとても友好的でない魔女と契約をかわすことが出来るでしょうか。もし出来たとしても、逆に取り込まれてはしまわないでしょうか?」

「む……」


 召喚するつもりが、逆に魔女に取り込まれる。確かにその危険性は大いにある。俺もつい昨日、偶然つながったパスから異次元空間のアリアさんに逆召喚されたばかりだ。


「とは言え、他に方法はございませんか」


 カレンさんは暫く黙考した後、そう言って俺について来るように言った。

 俺は教会の隠し扉を潜り地下室へと降りる。そこには魔女対策の研究室が拵えてあるのだ。





「さて、これが魔女に関わる魔道具。第二次魔女戦争のおり、彼女が使用していたワンドでございます」


 カレンさんは厳重な封印のされた箱を取り出してきて、そう言った。これは20年前の戦いで神父様たちが持ち帰って来た戦利品と言う事だ。


「意図的かそうでないかは分かりませんが、強力な呪物となっておりますので、ご注意ください。具体的に言いますと、覚悟せずにそれに触れたものは正気を失ってしまいます」


 なんてめんどくさいと思いつつ、俺は神父様とシエルさんの事を思い出しつつそれに手を伸ばす。

 こんな所で躓いていては、魔女の犠牲となってしまった彼らに笑われてしまう。


 ワンドに触る。すると世界が暗黒に包まれた。





「おやおや、うふふふ。なにやら面白そうな事をしているみたいだねアデム君」


 上下すら分からない漆黒の世界、そこに魔女の声が響いて来た。


「魔女!」


 ぱっぱっぱとその世界にいくつもの明りが灯る。灯り、いやソレは無数の鏡だった。だが、そこに映るのは俺の姿ではない。幾つもの戦場の様子が映し出されていた。


「これは……」

「うふふふふ、今ちょうどいい見世物がやってるんだよ」


 陸戦、海戦、空戦、アデルバイム周辺の数多の戦場で多量の血が流れていた。多くの人間が掛け替えのない命を散らしていた。中には見覚えの無い豪華な室内での戦闘の様子も映し出されている。 


「てめぇ……」

「うふふふふ、やっぱり人間は殺し合いをしている時が一番輝いているって思わないかい?」


 血生臭い光景を背後に、場違いに明るい声が鳴り響く。


「何処に居やがる! 姿を見せろ!」

「うふふふふ、僕は何時だって君の傍に居るさ」


 その声が聞こえた同時に、全力の肘を叩きつける。


「おっとと、危ない危ない」

「ちっ、外れたか」


 何時ものパターンを先読みして、背後に肘を打ち込むも。奴は俺から少し離れた所に姿を現していた。

 それも念入りな事に何かの障壁の向う側だ。


「いやー、ちょっとマンネリだったかね。エンターテイナーとして反省しなきゃね」


 魔女はそう言って、パタパタと埃を払うようなしぐさをする。


「何時までも余裕ぶってるなよテメェ、俺たちはお前の影を既に踏んだ。次は手前の背中に蹴りを入れてやる」

「うふふ、うふふふふふ。いいねぇ、いいよアデム君。僕も少々退屈してきたところだ。君みたいな元気な遊び相手は歓迎するよ」


 魔女は両手を広げてニヤニヤとそう笑う。


 景色モヤがかかってくる。透明な膜の向うにいる魔女の姿が霞んでくる。


「今に見ていろよ」


 俺がそう呟くと共に、魔女の姿は消え、俺は元の場所に戻ったのだった。

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