第91話 森の戦い
森が震えた。
天に轟く咆哮が命無き森に響き渡る。
「カースドラゴン! なんてデカさだ!」
ユーグ大河で出会ったスカルドラゴンは不完全な召喚により、半ば消えかけている様な存在だった。
だがこいつは違う。視認できるほどの殺意を纏い、大地を腐らせる死の呪いを振りまきつつ、堂々としたその威容を高らかに誇っている。
そして、その頭頂に立っているのは――。
「ドラッゴ!?」
そこには、ユーグ大河に沈んだ筈のドラッゴが、別人の様な姿で立っていた。
額の角は捻じれ延び、全身に醜く刻まれた文様は根源的な恐怖心を抱かせる。
うっすらと蒼黒かった肌は、その青さを増し、とても人間のものとは思えず、大きく裂けた口からは長く鋭利な牙を生やし。体も一回りは大きくなっていた。
悪魔。そう、一言で言えば、悪魔がそこにいた。
「ああ、いい気分だ」
奴は俺の事など眼中にないように、虚空に向かってそう呟く。
「最高だ、最高の気分って奴だ。力が溢れる。魔力が滾る。天も地も、この俺の手の中にある
…………なあアデム?」
奴はそう言って俺に視線を合わせる。俺はその目に寒気が走る。その目は奴の、あの魔女野郎と同じ眼だった。
かつてのドラッゴの目は、野心に猛りぎらついた瞳だった。だが今の目は違う、腐ったドブ色の、あの魔女の目と同じ目だ。
「てめぇ、そこまで堕ちやがったのか!」
「ふん、囀るなよ、アデム」
奴はそう言って手を一振り。
するとカースドラゴンの口から圧縮された瘴気が薙ぎ払われ、俺たちの背後の森が黒く染まる。
続いて爆風。音を置き去りにしたその攻撃は、後から衝撃波を振りまいた。
「あっ、アデムさん。あれって人間ですの」
シャルメルが、震える声でそう呟く。あの威容、あの魔力、あの力は人間のものからは逸脱している。
「そんなものがお前の目指した姿だってのか!」
「くくく、知らんね。いや最早過去の事などどうでもいい、俺は絶対なる力を手に入れた。あの女は俺がこの世の正統なる支配者だと言った。ならば、その様に振る舞うのも一興だ」
ズンと巨大な地響きを響かせて、暗黒竜は歩を進める。
こいつはヤバイ、ユーグ大河で出会った竜は元より、魔女が操っていた竜たちよりも遥かな大物だ。
「コレットさん、今の攻撃防げたか?」
俺の質問に、彼女は盾を構えたまま押し黙る。それが答えだった。
「最早お前との因縁なんぞ、どうでもいい過去のものではあるが、それでも借りは借りだ。お前の命を持って返してもらうとするぞ、アデム」
奴は、俺を見下しつつそう言った。
それが戦いのスタートだった。
「清浄なる光よ! 我が祈りに答え、我ら信徒をお守り下さい! ホーリーウオール!」
「ボス! 突っ込めぇえ!」
光の膜に包まれたボスは、自らを矢としてカースドラゴンへと突っ込む。
「ふん」
だが、それはカースドラゴンのブレスによっていとも簡単に遮られる。
「くぅう!」
ボスの突進はブレスの勢いに負け、ジリジリと後退していく。
「がぁ!」
それに苦悶の声を上げるのは、障壁を張り続けるコレットさんと、ボスに同調する俺だ。
カースドラゴンのブレスは、障壁越しに、ボスの体を蝕み、そのフィードバックが俺を襲う。
足りない、出力が違い過ぎる。俺たちは全力を持って当たっているが、奴は全くの余裕の表情だ。
あんなのが、あんなに醜い化け物が、かつてこの地上を支配していたフェニフォート人だと言うのか?
「ボスっ! 踏ん張れ!」
俺の頼みに、ボスは渾身の力で返してくれる。とは言え力の差は絶望的。
だが! 力で劣るなら、技がある。魔獣に比べて力に劣る人類が編み出してきた戦闘手段だ!
「ボス! 同調を更に上げるぞ! 俺に身をゆだねろ!」
深く、深く、さらに深く。俺は四つん這いになりボスとその身を一体化させる。今まで身に着けて来た技の数々を、ボスのその身で再現させる。
俺は目を閉じ集中する。ボスの傷みは俺の傷み、ボスの体は俺の体。人など歯牙にもかけないその身体、圧倒的な力と魔力、その全てをもってしてもなお届かない、暗黒竜の力、それを覆す手段。
ブレスの傷みを感じるとともに、俺とボスの同調深度が深まっていく。
そして、ガチリと、何かがかみ合った。
魔力を燃焼、巡る魔力を足先に、骨格を固定して、足元で爆破させる。
「魔力――爆破」
ドンっとボス足元の地面が爆発する。その力を推進力に代え、一気に前進。
「おおおおおおお!!」
「それがどうした?」
ブンと強力な剛腕が振るわれる。
「がはっ!」
暗黒竜の大振りの一撃がボスの頭に振るわれる。それは無防備な頭にまともに当り、俺たちはボスから振り落とされた。
「アデムさん! しっかりして!」
シャルメルはポーションを夥しい出血のアデムに振りかける
「ぐぁっ!」
傷口にしみ込んだポーションは、湯気を立たせながらみるみるとその傷口を塞いでゆく。
だが、それがもたらす痛みと熱に、アデムはもんどりうってのたうち回った。
「くっ……どのぐらい寝てた?」
「大丈夫だ、お前が気絶してから1分もたっていない」
ジムは、上空を警戒しつつそう答える。そこには木々の隙間からこぼれ見える巨大なカースドラゴンの姿があった。
「皆揃ってるのか?」
俺はぼやけた頭でそう質問する。
「ええ、幸運な事に皆近くに振り飛ばされました。ですがコレットさんは疲労困憊で戦闘は不可能です」
無理も無い、長時間あのブレスを凌ぎ切ったのだ。生きているだけで驚異的なものである。
「ごっ、ごめんなさい、アデム君」
「いえ、コレットさんが居なかったら、あのブレスで全滅していました」
とは言え、これからどうするか。奴は俺達の姿を見失っている。とは言えあのドラゴンのブレスならば、そこいら一帯を薙ぎ払ってしまえば、俺たちは一瞬で蒸発だ。
それをしないと言う事は、俺たちの苦悶の表情を見ながら殺すことを楽しみにしていると言う事だろう。
「俺が囮にな「なりません、敵前逃亡などミクシロン家末代までの恥です」」
「そうはいってもシャルメル、勝ち目なんかありはしないぞ」
こちらの最大戦力であるボスが一撃でやられてしまったんだ。大河での戦いの様にドラッゴを仕留めることが出来れば決着はつくが、カースドラゴンのブレスの速さはサン助を遥かに凌ぐ、ドラッゴに近づくことすら難しい。
かと言って木々に紛れて足元から近づいても、ドラッゴの奴はカースドラゴンの遥か頭部。呑気に登っている暇はない。
俺が対策に悩んでいると奴の声が響いて来た。
「おいアデム! 俺様は気分がいい! お前さえ犠牲になると言うのなら他の奴は見逃してやろうじゃないか!」
「あの男、ふざけたことを!」
そうだな、やはりそれしかないか。
「アデム、まさかあの男の言う事を鵜呑みにするつもりではないでしょうね」
シャルメルがきつい口調で言ってくる。
それは確かにその通り、俺を踏みつぶした後に、シャルメル達を焼き払う可能性は十分にある。
だが、俺だってそう易々とは踏みつぶされない、俺が時間を稼ぐ間に彼女達が逃げ延びてくれれば……。
「ジム先輩、後は頼んだ」
「なっ! アデム! 許しませ――」
俺はそう言うシャルメルに当て身を食らわせ気絶させた後、彼女の身をジム先輩に預けた。
「……アデム、この借りは高くつくぞ」
「ははっ、今度会った時、土下座でも何でもしますよ」
俺はそう言って、痛む頭を振りながら、歩きはじめたのだった。
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