第90話 森と教会

「お兄ちゃん、また帰って来てくれたの!」

「ああちょっと神父様に用事があってな」


 情報伝達の遅いド田舎様々だ、俺が指名手配犯になった事はまだこの村には伝わっていないらしい。

 俺たちは挨拶もそこそこに、教会へと直行した。


「神父様の部屋はここ……ってやっぱり鍵がかかってるな」

「へへっ、おいらに任せといてよ」


 教会奥の神父様の個室、スプーキーの早業で重いドアを開けて中に入ったおれたちを待ち受けていたのは、様々な武具や文献、そのた訳の分からない物が所狭しと置かれた、彼の自室だった。


「凄いですわね、とても聖職者の部屋とは思えませんわ」

「ああ、前からこうなんだ、冒険に行く度に色んなものが積み重なって今じゃこんな有様だ」


 この中から目当ての物を見つけるのは骨が折れる、しかし悠長に時間を掛けても居られない。


「と言う訳で、チェルシーと、アプリコットたちは此処で家探ししてほしい。俺とシャルメル、ジム先輩、そしてコレットさんで名も無き遺跡に行こうと思う」

「そうですわね、適材適所と言う所でしょうか」


 シャルメルはそう言って通信石をチェルシーに手渡した。


「そうね、あの遺跡にはまた後でゆっくりとお邪魔することにするわ。文献調査は任せて」


 チェルシーは、通信石を受け取りつつ、そう頷く。

こうして俺たちは二手に分かれ、それぞれの目的について調査に向かった。





 村の郊外に出た俺は、さっそくボスを呼び出してその背に跨り、名も無き遺跡への道を急ぐ。

 サン助ならば墜落と言うか、離陸もままならないコレットさんの重装備だが、ボスの体格なら余裕の足取りだ。


「それで、アデムさん。何か目星は付いていますの?」

「いやさっぱり、空振りに終わる可能性も十分にある」


 だが、なんの確証も無いとは言え、アリアさんが俺の村を助けてくれたのは、あの遺跡の近所だったせいと言う事は大いにあり得る。


 偽りの罪人にして、隠された聖女。

魔女を封印したアリアさんとは、即ち魔女に最も近付けた人間でもある。先ずはその彼女に近づくことが魔女に近づく第一歩だ。


「とは言え、あまり悠長にして居られる場面でもありませんねー」


 と、だれよりものんびりとした口調でコレットさんが話す。

 それは十分に分かってはいるが、俺の様な何の力も無い若造が内乱を止められる筈がない。それよりはピンポイントで魔女を仕留めるためのヒントを見つけることが一番の力となるはずだ。


「アデム、その魔女の目的とは何だと思う?」

「さて。俺が奴と接して感じたのは、奴がどうしようもないくそ野郎って事だけですよジム先輩」


 フェニフォート人の事とか色々と気になる事を言ってはいたが、そんな枝葉の事よりも、奴の腐った性根が何よりも鼻に付く。

 俺たちを現人類と見下して、面白半分に殺戮や謀略を繰り返す、奴はそんなふざけた存在だ。


 そんな化け物の存在を表ざたにしないように、彼是と策を練られた結果が、アリアさんと言う存在であるのが複雑な所だ。

 彼女本人には全く罪が無いのに、色々な都合を押し付けられて、あげく自らを犠牲にして魔女を封印した。

 そんな彼女に助けられた俺には、魔女と戦う義務がある。

 いや、義務云々の前に、奴に目を付けられた俺にはそれ以外の道は無い上に、色々とデカイ借りがあるので、奴の暗躍を見過ごすなんて死んでもごめんだが。





 ボスの足は森の中でも全く衰えない、いや森の中こそが、ボスの真骨頂だ。

 ボスの行く先の草木は倒れ道を譲り、ボスの足跡からは新たな木々が生えてくる。この森の中でボスの行く手を遮るものなどなにもありはしない。

なにも、無い。


「……変だな」

「どうしましたのアデムさん」


 俺の呟きにシャルメルが反応する。


「変だぞ、ボス。音が少ない」


 いつもならば、ボスの進む先からは鳥たちが飛び立ち、魔獣たちが道を譲るものだが、今はその音がしてこない。


「ああ、わかってるさグミ助。厄ネタだ、敵がいる」


 俺は背後の皆に警戒態勢を取る様に指示をする。

 ボスは木々を踏みしだきながら森を進む。その上で俺たちは各々が武器を構える。チェルシーたちを置いて来て正解だった。ここから先は荒事になりそうだ。


 魔獣のいない森、なぜこうなったかなど、疑問に思うまでも無い。つい最近に俺は同じことを体験している。


「くそッたれの魔女野郎だ」


 奴の言う所の真なる召喚術。他の命をコストとする生贄召喚。リッケ大森林の魔獣たちはその為に利用されたんだ。


「アデム君。私が前面に行きます」


 コレットさんが魔術障壁の準備をしつつ、タワーシールドを構えながら最前列へと位置を変える。


「お願いします」


 コレットさんの防壁の威力は実証済みだ。下手な敵が出てこようが、その防壁に包まれたボスの突進で事が足りる。

 問題は、そんな優しいレベルの敵が出てくるとは限らないと言う事だが。





「さて、とっと始めますか。

 私は机を漁るから、アプリコットたちは本棚をお願い。スプーキーたちは念のために隠し扉とかを探して」


 アデムらと別れたチェルシーたちはさっそく家探しを開始した。

 チェルシーの指揮のもと、各々それぞれの役目に向かい、一斉に手と目を動かす。物に溢れた部屋とは言え、所詮は古びた教会の1人部屋、と言う期待は直ぐに裏切られる。


「鍵! また鍵がかかってるわ! 今度は魔術的な奴じゃなくて物理的なヤツ!」

「違うチェルシーねぇちゃん! これ単に目茶苦茶に重いだけだ! おいらの力じゃびくともしない!」

「私にお任せを」

「この隠し本棚、みんな背表紙が付いていません。全部一から調べないと!」

「何よこれ、何処の言語なの?アプリコット、これ何か分かる?」


 対して広くない筈のその部屋は魔境であった。1つ1つは単純な仕組みだが、兎に角やたらと仕掛けが多く、そして何より面倒くさい。


「絶大なる力を持つと言う魔女を相手にするには最適かもね。幾ら力が優れて居ようと、ちまちまとやっていくより他は無いと言った仕組みだわ」


 探索に付かれた一行は小休止を入れ、肩を落とす。


「あの豪快そうなロバート神父から想像が出来ない仕掛けです。余程魔女を警戒していたんでしょうか」

「いや、もしかしたらアデムのいたずら防止の仕掛けかも知れないわね」


 わいわいがやがやと、愚痴を言いつつ命名が付かれた目と手を休める。


「皆さま、お茶でございます」


 そうしていると、カトレアがお茶を手にして部屋に入ってくる。


「ありがとう、カトレア」


 アプリコットがそれを受け取ろうと、進んだ時だ。家探しの結果混沌の極みとなっている、部屋に彼女は躓いた。


「きゃっ!」

「お嬢様!」

「危ないアプリコット!」


 それに手を伸ばそうとした、カトレアとその近くにいたヘンリエッタが鉢合わせになる。


「くっ!」


 カトレアは咄嗟に、ティーセットを放り投げ、2人の体を支え取った。


「うわっとっとお!」


 そのティーセットは間一髪でスプーキーが受け取ったものの、中身の大部分はドアに飲み込まれた。


「すっ、すみません皆さん」

「私は大丈夫です、やけどなどなさいませんでしたか、お嬢様」

「まったく、気を付けなさいよアプリコット」

「おっ、おいらの心配もしてくれよー」


 あー、勿体無いと愚痴るスプーキーの目にふと止まるものが有った。


「あれ?」

「どうしたのよ、スプーキー」

「このドア仕掛けがある」


「ちょっと待ってな」と言い、スプーキーがドアの表面を弄ると、その一部がスライドし、内部から一枚の手紙が現れたのだった。

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