第92話 大森林の大逃亡
さて、どうやって生き残るか。
俺はシャルメル達が居る地点より出来るだけ離れながら、考えをまとめる。
「アデムー! 何時までも隠れているつもりなら、この森丸ごと焼き払うぞ!」
ドラッゴが痺れを切らしてきた声が聞こえる。全く気の短い奴だが、稼げる時間はこんなものか。
不自然にならない程度にはシャルメル達からの距離は稼げた、後は精々引っ掻き回して時間を稼ぐ。
いや、時間を稼ぐだけじゃ駄目だ。俺が奴を素通りさせてしまえば、この先にあるのは俺の村、奴はついでの駄賃とばかりに、村ごと焼き付かしかねない。
「そうだな、時間を稼ぐなんて俺らしくない、奴を倒してしまわないと」
なーに、ユーグ大河の時と同じだ、ドラゴンは無視して奴を叩いてしまえばいい。
問題は奴に近づく方法が思い浮かばない事だが、戦っている内に何とかなるだろう。
……なるよな?
「俺は此処だドラッゴ!」
「くはははは、とうとう観念したかアデム」
奴は至って上機嫌、己の勝利を微塵も疑っていない様子だ。常識で考えればそうだろう、誰だってそう思う、俺だってそう思う。
「くっそしつこい奴だなお前は、最強の力? とやらを手にしたんならこんな所にいやしないで、とっとと王都にでも攻め込んで来い」
そしたら内乱どころじゃなくなってみんなハッピーだ。
「ああ、貴様と言う小骨を取り除いたらそうしてもいいかもしれんな」
奴はニヤついた表情でそう答える。
調子ぶっこきやがって、王都には俺以上に強い人間なぞ掃いて捨てるほどいるだろう、そりゃ犠牲は出るだろうが、ドラッゴ独りでどうにかなる国じゃない。
「はん、そりゃ結構な事で、勇み上がって自爆しやがれ」
俺が侮蔑の意味を込め、そう吐き捨てると、奴は大笑いをする。
「くはははは、おいおいアデム。俺もそこまでのぼせ上っちゃいない。幾ら俺が最強の駒を手に入れたとは言え、1人で出来る事は心得ている」
「あっ? なんだって?」
「くくく、この角を見ろよアデム」
奴はそう言って、自らの邪悪に反りたった角を指さした。ってまさか。
「そうだ! 俺はこの国をナイトメアの為の国とする。今まで理不尽に虐げられてきたやつらの為の王国だ! 盆百の人間どもより優れた俺たちが、なぜ貴様らに支配されなきゃならん! 俺は正当なる怒りを持って、この国に、この世界に反逆する!」
奴の言わんとする事に、何も思わないでもない。だがそれとこれとは話が別。奴が支配する世界なんて弱肉強食の末世に他ならない。
「テメェが、そんな事を……」
「出来るさ! 俺たちの抱いている不満は貴様ら温湯に浸かっている連中とは訳が違う」
俺はカトレアさんやヘンリエッタの事を思い出す。彼女たちはナイトメアに生れ落ちながらも、真っ当に生きている。
彼女たちが普通の人間達を虐げながら左団扇の生活を望むのか?そんな光景は全く持って想像できない。
「テメェの生まれには同情するがよ。力で作った仕組みはより大きな力に壊されるのが世の定めだぜ」
「だからこその最強の力だ、俺は更に磨きをかけ無敵の軍勢を手に入れる。
どうだアデム、俺は貴様の能力は認めている。俺の軍門に下れば許してやらんことも無いぞ?」
ドラッゴの軍門、それは即ち魔女の軍門に下ると言う事だ、そんなもんの答えはとうに出ている。
「馬鹿が、そんなもん死んでもごめんだね」
「くはははは、貴様ならそう言うだろうな。では死ねアデム!」
ドラッゴの合図と共に小山、いやカースドラゴンが突進して来る。
やはりだ、奴はブレスなどでは無く、直接攻撃でいたぶる様に俺を殺す気だ。
「分かりきっている事を聞くんじゃねぇ!」
「くはははは、超越者の礼儀と言うものだ」
逃げる逃げる逃げる、シャルメル達から遠ざかる様に、どんどんと森の奥地へとひたすら逃げる。
「うわっっと」
俺は全力で駆け抜けるが、カースドラゴンが軽く足踏みをするだけで地面が揺れて、足を掬われる。
圧倒的なスケール感の違い。正直言ってなす術無い。
「くはははは、どうしたどうしたアデム」
「ちくしょー! おいドラッゴ! サシの勝負だ! ドラゴンなんか降りてかかってこい!」
「くはははは、無様! 無様だなアデム!」
破れかぶれの挑発も流石に通じず、奴は呵々大笑を続けながら俺をいたぶり続ける。
ブレスを使わないならば、サン助に乗り一直線に奴を目指すと言う手もあるが、流石に二度目は通じないだろう。
俺がサン助を呼び出した時点でお遊びは終わって、虐殺の時間だ。
「がはっ!」
こつんと、カースドラゴンの前足がかすっただけだった。防御した俺の腕はぐちゃりとへし折れ、それでも殺しきれなかった衝撃で、俺は一直線に吹き飛んだ。
「ぐぅううう」
「くははははは、アデムそろそろ終わりにしようか」
ズキンズキンと、焼け杭を腕に突っ込まれているかのような痛みが走る。いや腕だけじゃない奴に一撃すら加えてないと言うのに体中既にボロボロだ。
ポーションの類は既に何処かへ飛んで行ってしまった。あるのは……。
「ん? なんだそれは? ははははは、そんなちっぽけな刃で俺のカースドラゴンに挑む気か」
腰に差していた、エフェットの爺さんから貰ったこの短剣だけだ。
俺はいつの間にか名も無き遺跡まで逃げて来ていた。足元は木の根が這い茂った土の地面から石畳の遺跡の地面だ。
そこで俺は、無意識のうちに短剣を構え、無傷の奴らと相対する。
この場においてはあの時みたいに神父様たちの助けはこない。絶体絶命のピンチと言う奴だった。
「うるせえ! 俺が無手専門じゃなって事を見せてやるぜ!」
と言うかそもそも俺は神父様とは違い格闘家と言う訳じゃない、召喚師だ。
召喚師に何が出来る?
決まっている召喚する事だ!
「そろそろ終わりにしよう」
奴がそう言うと、カースドラゴンの口に魔力が集中していく。
「来い! サン助!」
俺は召喚符に魔力を通し――
違う! こんな場面でなんてポカを、俺が手にしているのは召喚符では無く、例の短剣だ!?
ところが、短剣は俺の魔力を吸収し、そこから眼前に召喚陣が投影された!?
「なん!?」
そして、俺の脳裏に聞き覚えの無い女性の声が響いて来た。
「やっほー、ピンチみたいだね、大丈夫お姉さんが何とかしてあげますよ」
俺はその声と共に、召喚陣の中へと吸い込まれて行ったのだった。
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