第73話 無限回廊
勝手知らないアデルバイムの街を、影も残さぬように駆けていく。何しろ今の俺は燕尾服、目立ってしまってしょうがない。
「目立たない服を借りてくりゃよかったな」
バタバタしていて、着替えるのを忘れていたので、せめてものカモフラージュとして、バタバタと尾を引く上着を脱いで街を駆ける。
この街の大まかな地理は上空から把握している。何とかこの街を抜け出たら、あとはサン助で王都までひとっ飛びだ。
「国家転覆罪か、笑えるぜ。捕まれば極刑はまぬがれないな」
警邏の数がやけに多い、こいつは随分と前から計画は練られていたようだ。まぁ国家転覆罪なんて大事は思い付きで出せるものじゃない、十分な準備と試算を経て進められた仕事だろう。
さて、勢いで飛び出してきたものの。これからどうしよう。ゴールは分かり易い、魔女をぶっ倒せばそれで終わりだ、疑いは晴れ無罪放免となるだろう。
だが、その魔女が何処にいるが、どうやって倒せるかが全く持って不明と来ている。
「神父様に相談してみるか?」
王都に今すぐ乗り込むのではなく、一旦ジョバ村に戻って、克て魔女と戦った神父様の助力を得る事も手の一つだ。
俺の存在は奴らにとってイレギュラーなものだろう、ジョバ村までは奴らの手が届いていないかもしれない。
「とは言え、副団長には俺の存在がばれているしな」
そう言えば、団長が反国王派に反感を持ってこの作戦を開始したと言う話だが、副団長はどうなんだろう。彼は団長の作戦に従順に従っているのだろうか。
「そこら辺も、突破口の一つになるかもしれない」
彼が本気の全力で俺を捕縛しようとしたならば、何時でも捕える機会はあった様に思える。彼の本気の程は見通せないが、少なくとも俺よりは腕が立つのは確かだ。
こそこそと、だが、素早く路地裏を駆ける。街は違えど、こう言った裏道は似た様なもの。それに行き止まりになれば、屋上を駆ければよい。
駆ける、駆ける、街を駆ける。
そこで俺はようやっと異変に気が付いた。
「進んでいねぇ」
さっきから同じ場所をグルグルと回っている。俺の方向感覚は渡り鳥並だ。こんな町中で迷子になる筈は無い。
粘つく視線を背中に感じる。この視線は味わった覚えがある。あの会場で、そしていつの日かの学校で。
「そういや、入学試験の際に感じた視線が奴のものだったのか」
何が奴の琴線に触れたのか、俺はあのころから魔女に目を付けられていたのだ。
「全く、モテる男はつらいぜ」
人っ子一人いない路地裏、俺は魔女の作った空間に囚われてしまっていた。
「おい! そこにいるんだろ! 出てきやがれ!」
俺は視線の方向を睨みつつそう叫ぶ。だがそれは、誰もいない町角に吸収されて行った。
高度な幻術、あるいは空間を捻じ曲げたのか、どちらにしても俺の力じゃ打ち破れそうにないのが現実だ。
エフェットにデカイ口を叩いておいて、王都に戻るどころか、この街からすら脱出できないとか笑い話にもならない。
「フラ坊、来い!!」
ダメもとでフラ坊を呼んでみるも。反応は無し。この空間に囚われてしまってから相棒たちとの繋がりを感じられないので無理も無い。
「くっそ、屋敷を出て最初に出会うのが敵のボスって何だよそりゃ」
魔女の奴本気を出し過ぎだ、いったい俺の何をそんなに警戒しているのだ。
「くすくす、それは君がアリアに似ているからさ」
「シャッ!!」
問答無用、俺は声がした方に、全力の後ろ蹴りを叩き込む。
「おお、怖い怖い」
だがそこには奴の姿は無く、声は全く別の場所から聞こえてくる。
「俺がアリアさんに似てるって? そりゃ光栄なこった」
俺は、何時でも動けるように体を緩めつつ、声がした方にゆっくりと振り向いた。そこには会場で見た魔女が不敵な笑みを湛えていた。
「てめぇは一体何者だ」
「くすくす、
人類じゃない?いや
「古代……人?」
ジェイの言葉が脳裏に浮かぶ。『フェニフォート人は上級竜ですら召喚してのけた』と。
上級竜とは即ち天災のようなもの、もはや生物の範疇に収まらないそうだ。そんな上級竜を召喚することに比べれば、夜会に現れた普通のドラゴンなど余裕綽々で召喚できるのかもしれない。
「くすくす」と奴は何をするでもなくただ笑う。
「フェニフォート人、って奴なのか?」
数千年前に突如地上から姿を消したと言われる彼ら。突如消えたのなら、突如現れてもおかしくはない。
「くすくす。僕は魔女、唯の魔女さ、それでいいだろう?」
ゾワリと背筋に悪寒が走る、さっきまで目の前にいた筈の奴は、俺の真後ろに立ち、耳元でそう呟いたのだ。
「寄るんじゃねぇ!」
反射的に肘打ちを叩き込むも、既にそこに奴の姿は無く、屋根の上に立っていた。
何か魔術的な移動手段を用いたのじゃない、魔力の動きは全く見えなかった。体術を用いての移動でもない。風は全く動いていない。
恐怖、只々恐怖。底知れない恐怖が俺を襲う。
「全く君は元気だなぁ。けど気に入ったよ。若い子はそうじゃなきゃ」
「へっ、テメェみたいな不気味な奴に気に入られても嬉しくとも何ともねぇよ」
俺は精一杯の強がりを返す。神父様の強さは天井が見えない、だがこいつの存在は底が知れない。何をしているのか、何を考えているのか、これっぽちも分かりはしない。
「うん、そうだ。そんな君に提案があるんだ」
「提案だと?」
魔女の誘いだ、碌なものじゃないだろう。
「そう、君は偉大なる召喚師になりたいんだろう? どうだい? 僕の弟子にならないかい?」
そら来た、碌なもんじゃない。奴はニタニタとそう笑う。
「お断りだ、テメェみたいな奴の仲間になんてなってたまるか」
ドラゴンを召喚するついでに、人間をゴミクズみたいに瓦礫の下敷きにしちまう様な奴は、俺の考えるサモナー・オブ・サモナーズからは程遠い。
「フェニフォート人の召喚術……知って見たくはないかい?」
奴は俺を見下しそう笑う。ドラゴンを召喚できる奴からしてみれば、俺のやっている召喚術なんて子供のお遊びみたいなものだろう。
だが、遊びで結構、奴の言う事なんて一切合財、徹頭徹尾信頼できない。
「断る、俺はお前が気に食わない」
「おやおや、折角の誘いをふいにするって言うのかい? 残念ながら君がどれだけ頑張ろうと、どれだけ召喚術に人生を捧げようと、君では壁を突破できない。
フェニフォート人の召喚術と君たち現人類が行っている召喚術とでは根本からシステムが違うんだ」
「根本から?」
「ああそうだ、上辺だけはそっくりだが、根本が違う。だから君たちは壁を突破できない。
君も僕の教えを受けたらどうだね? そう、彼女みたいに」
「彼女だと!?」
不可能とされている、高位ランク魔獣を5体も召喚してのける人物を俺は知っている。知っているのだ。
「そう、弟子になれと言っても。何も僕に全面的に従えと言っている訳じゃない。僕はままごとみたいな現在の召喚術を見るのが我慢できないのさ」
奴は、にやけ面を止めて、真剣な顔でそう言った。
「僕が望むのは真なる召喚術が世に満ちる事。それだけが僕の望みなのさ」
「じゃあなんでエフェットを罠にはめようとする!」
俺は奴の甘言を振り切る為に話題を変える。
「その事かい? 彼女には罪が無いんだけどね、彼女の祖父には罪がある。
彼女の祖父は、真なる召喚術が世に広まる事を良しとしない偏屈老人なのさ」
「フェオーレ翁は真なる召喚術を知っていると言うのか!?」
「ああ、だが彼だけではない。君が懇意にしているもう一方の老人も知っているよ
彼ら老人は、怖気づいてるのさ。真なる召喚術が世に満ちる事を。
僕としてはどちらでもよかったんだがね、エフェットちゃんの方が切り崩し易かったからそうしたまでさ」
「訳の分かない事をッ!!!」
駄目だ、これ以上奴の話を聞いていると頭がおかしくなっちまう、今まで築いて来た常識が、日常が崩れてきちまう。
俺は無駄と分かりつつも、奴に飛びかかる。
「あははは、何処を狙っていると言うんだい」
だが無駄、俺の拳は奴を捕えるどころか、奴の影にすらかすりもしない。
「なぁ、正直になりなよ……最強の力、手に入れたくはないかい」
「くっ!」
奴はまたしても俺の背後を取り、耳元でそう囁いた。
「いらねぇって言ってんだろ!」
「まったく強情だねぇ君は」
奴は、再び屋根の上に瞬間移動して、やれやれと肩をすくめ――。
「まぁ、力の一端。その身で味わえば気分も変わるかな」
そう言って、ニヤリと口を歪めた。
「ちっ!!」
俺は迎撃の構えを取る。この無限回廊は奴の庭、逃げ場も助けもありはしない。なんとか独力でしのがねばならない、だが奴の言う力の一端とはおそらくは……。
「出番だよ、精々可愛がっておあげなよ。僕の可愛いドラゴンたち」
「なっ!!」
奴の背後に召喚陣が現れ、そこから2頭のドラゴンが現れたのだった。
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