第74話 ドラゴン
ドラゴン、それは最強の魔獣だ。分類上クラス5に収めているとは言え、その実力は他の魔獣とは一線を画す。
「2体同時……だと」
一頭は、夜空に飛び立った、あの時のレッドドラゴン。もう一頭は新顔のブルードラゴン。最悪と言う言葉を幾つ束ねても、なおも足りない絶体絶命だ。
かわいがる? 冗談じゃない、奴らの攻撃がかすっただけでゲームオーバーだ。
「うふふふ、それじゃ遊びの時間だよ?」
奴がそう言い、腕を上げる。それに合わせて、ドラゴンたちが雄たけびを上げた。
「ちぃっっ!!」
俺は全力で距離を取る、奴らのブレスに触れたが最後、燃えカスか氷像になっちまう。
反撃なんて考えている余裕はない。逃走一択だ。
だが……ッ!!
「速ええ!!」
奴らはその巨体からは考えらない俊敏さで、家々をなぎ倒しつつ俺を追走、いや追い抜いて行く。
「やべっ」
俺はあっという間に、2頭のドラゴンに挟まれる。絶体絶命と言う状況も通り過ぎ、既に棺桶に下半身突っ込んでいる状況だ。
こうなったら覚悟を決める、死ねば諸共、せめて爪痕ぐらいは刻んでやる。
敵の言葉に期待するとは愚の骨頂だが、遊びと言う限りでは、ブレスは使わないかもしれない。
「先ずはテメェだ!」
俺は眼前のレッドドラゴンに向けて全力移動、奴が俺を叩き潰さんと振り上げた前足を掻い潜り、腹下へと潜り込む。
ズン、と奴のスタンプにより地面が揺れる。だが、揺れた地面に俺はいない。
「食らえや!」
俺は飛び上がりつつ、全力の魔力激を奴の腹に叩き込む。
「がっ!?」
しかし、硬くて厚い、巨大な鉄塊を殴ったような感触に、殴った手が痺れる、その瞬間だ。
「うおっ」
強力な羽ばたきが吹き降ろす風に、俺は地面に縛り付けられる。だが風は上からだけじゃなかった。
虫の様に地面にへばりついた俺を引き潰さんと、ブルードラゴンが突っ込んできた。
「うぉおおお!」
俺は地面に魔力激をぶち込んで推進剤代わりにして、風の戒めより抜け出て、横っ飛びでそれをかわす。
だが、その場所に上空に待機していたレッドドラゴンが突っ込んできた。
「ふっざけんなよ!」
俺は何とかそれをかわすが、ギリギリで回避できたので、瓦礫の散弾が全身に降り注いだ。
ゴロゴロとボロ布の様になっりつつも、俺は逃げる。
だめだ、やっぱり俺の力じゃかないっこない。一発入れてみてよく分かった、俺の攻撃なんぞ奴らには屁でもない。枯葉が当たったようなものだ。
だが、だからってこんな所で諦めてたまるか!
「俺は負けねぇ、俺は俺の理想とするサモナー・オブ・サモナーズになるんだ!」
「あははは、大した強がりだね。だけど安心してよ。例え死んでもアンデットとして甦らせてあげるからさ」
奴の笑い声が聞こえる中、俺は必死に回避し続ける、だがそれだけでもダメージはドンドン蓄積されていく。
一秒一秒が大ピンチ。今は何とか回避できてはいるものの、少しミスすればぺしゃんこだ。
「がっ!!」
逃げる俺の背中に瓦礫が直撃して、息が止まる。足がもつれて、すッ転ぶ。
「やべぇ」
上にはレッドドラゴンが狙いを定め、下にはブルードラゴンが足を鳴らす。何度も何度も見させられたくそッたれな光景だ。
「ここ、までか!」
俺は地面にはずりながら、歯を食いしばる。
「いえ、ここからです」
声と共に、目の前の空間が切り裂かれる。そこには金色に輝く聖剣を手にしたシエルさんと、鈍く光るオリハルコン製の手甲を装備した神父様の姿があった。
「ふ、ん!」
激音一つ。
神父様の強さは天井が見えないと思っていた、それは予想通りだった。彼はブルードラゴンの突進を拳一つで叩き潰した。
「よく頑張りましたアデム君、私達が来たからにはもう大丈夫ですよ」
俺はシエルさんに手を貸され、立ち上がる。
「どうやってここに」
「色々と話したいことはありますが、今は生き残る事を考え――ましょう!」
シエルさんはそう叫び聖剣を天に掲げる。まばゆき光る障壁が貼られ。間髪入れずにそこにドラゴンのブレスが叩きつけられた。
「神父様が!」
目の前は業火に染まる赤一色。神父様の姿がその赤の向う。生存は絶望的と、思いきやだ。
火炎が渦を巻き竜巻となる、その中心にはドシリと構えた神父様の姿があった。
「アデム、覚えておきなさい。訓練次第でこの様な『吐息』、容易く受け流すことは可能です」
神父様はそう言うと廻し受けを逆回転させる。たったそれだけの動作で、目の前の炎は霧散した。
「そんな、馬鹿な」
「貴方みたいな人外と一緒にしないでください」
俺はその様にあっけにとられ、シエルさんはこの人外と肩をすくめる。どんな力と技をもってすれば、廻し受け一つで、ドラゴンブレスを受け流せると言うのやら。
「ふん」
続けざまに手刀一閃。神父様はその衝撃波のみでレッドドラゴンの首を叩き落とした。
「あはははは、来たか、来たね。待っていたよ勇者ロバート」
魔女が、笑う。
「私は勇気ある者などと呼ばれる立場ではありません。もしそんなものが居るとしたならば、それは
神父様は、魔女を睨みつけながらそう言った。
「それにしても中々進歩しているじゃないか。僕の結界に干渉できるようになるとは。これだから人間って奴は面白い」
魔女は酷く楽しそうに、そう笑う。
「ええ、散々と苦渋を味あわせてくれたお礼です。とは言え、この程度どうと言う事も無いと言った感じですか」
神父様の言葉に、魔女はニヤリと笑みを深める。
「まぁね、
魔女はそう言って、俺の方を指さした。
「シエルさん! 後ろだ!」
俺の背後に召喚陣が現れて、更にドラゴンが2頭追加される。もはや奴の召喚術に驚きなどありはしない。奴は何でもありだ、割り切って対処していくしか他が無い。
新たに追加されたのは、翼を持たない山の様な重厚さを誇る、アースドラゴン。そして腐臭と殺意をまき散らすダークドラゴンだ。
「奴の魔力は無尽蔵です。私が奴の相手をしますから、シエルは蜥蜴の相手をお願いします」
「はいはい、分かりました」
シエルさんは、ため息を吐きつつそう言った。
「シエルさん、大丈夫なんですか!?」
「1体1ならばなんとか。2対1ならば適当に苦戦すると思うので、アデム君は死なないように努力をしてください」
シエルさんは聖剣を構えつつ、ドラゴンと対峙する。
「俺も加勢を!」
「残念ですが、足手纏いです。貴方は戦闘の余波に巻き込まれて死なないように頑張ってくださいね」
シエルさんはそう言い残し、突撃していった。
「ふ、ん!」
神父の拳1つで、竜巻が起こり地割れが生じる。その破壊力は熟練の真言魔術など遥かに凌いだ。
「あはははは、相変わらず凄い破壊力だね! だけど、当たらなければ意味が無いよ!」
だがその莫大な威力は魔女にかすりもしない。目にも留まらぬ速さで移動し、息も付かせぬ合間に放たれる連続攻撃は、ただひたすらに一遍を平地にしていくのみだ。
「やはり……」
神父はそう呟く。
手ごたえが全く無い。避けられて手ごたえが無いなら話は別。だが、彼の攻撃が直撃した場合にも、彼の手には全く手ごたえが感じ取れなかった。
だが、これは幻術など言う訳ではない。長年の修行と身に着けた数々の魔道具により、彼の精神耐性は完璧なものだ。
「貴方は此処にいないのですね」
神父の呟きに魔女は「へぇ」と声を上げる。
「もしそうだったら、どうするのかな?」
それが単なる結界術ならば、この空間に入って来た時の様に打ち破る事は可能だ、だが何か違う。
神父の勘はそう告げていた。
「アデム君を、ボロボロにしたお返しをしてあげます」
シエルはそう言って障壁を張りつつドラゴンに突っ込む。黒煙が光の壁を黒く染めるが意に返さない。
真っ直ぐ行って叩き潰す。それが重装聖戦士のスタイルだ。相手が例えどんな強敵であろうとも、その戦意は変わらない。
「雷、切り!!」
光の障壁を束ねて聖剣に纏い、一条の剣とする。その巨大な剣はダークブレスを切り裂き大きな口を開けたダークドラゴンの頭部に叩き込まれる。
その時だ、防御力に優れるアースドラゴンが剣の軌道に割って入り。足踏み一つ、2頭のドラゴンの前に、岩山が反り上がる。
「くっ、連携して!」
岩山を削る事で威力を消耗した聖剣技では、ドラゴンにまともなダメージは与えられなかった。
全力の踏み込みで、シエルの体が硬直した瞬間に、ダークドラゴンが岩山の脇から出て、ブレスを叩き込む。
「嘗めるな!」
剣に纏った障壁を再展開、そのブレスを防ぎきるも。目の前の岩山が無数の岩槍と化してシエル目がけて襲い掛かる。
流石の障壁も、ドラゴン2頭の同時攻撃を防ぎきる事は出来ない。だが、ここで障壁を解き攻撃をかわしてしまえば、背後にいるアデムまで流れ弾が襲ってしまう。
シエルはそう判断し、気合で耐えきる事を選択したその時だった。
「天空を舞う稲光! 汝は何物にも縛られず、誰よりも高く飛ぶ! 汝の名はトニトゥアーレ! 疾く舞い降りて我の敵を穿てッ!!」
アデムの叫びが背後から轟いたのだった。
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