第71話 老人の呟き
バッサと巨大な羽ばたき一つ。急激な制動が掛けられ、俺たちはサン助の羽毛に深く埋れる。
まるで宮殿の様なお屋敷、アデルバイムでもひときわ目立つアデミッツ本家の中庭に俺たちは降り立った。
「やっと着いたぞ、お疲れさん、エフェット」
「た、楽しかったけど、怖かったですわ~」
俺の腕の中、エフェットはヘロヘロとそう話す。まぁ鞍も鐙も無いサン助に乗ってのご帰宅だ、街中大騒ぎにしてしまったし、お嬢様には多少刺激は強かったかもしれない。
俺はサン助の羽毛が散らばる地に降りる。
「お疲れサン助、戻っていいぞ」
サン助はキュイと一鳴きした後虚空へと消え去った。それを計っていたかのようにどやどやとお屋敷から人が出てきた。
それもまぁ、何処にこれだけ居たんだと思うほどの大人数だ、しかもその大半が武装した警備兵。
「流石だな、アデミッツ本家、警備兵を常駐させているのか」
「なに呑気な事言ってるのよ、貴方が直接中庭に乗り込んだからこんな事になっているんでしょうが!」
エフェットは一怒りしてから、向かってくる警備兵へと振り向き、大声を張り上げる。
「エフェットよ! エフェット・ロノワール・セ・ラ・アデメッツが帰って来たわ! お爺さ様に知らせて頂戴!」
「お嬢様?」「どうして此処に」とざわめきが走る。エフェットは周囲の反応など気にせずに大股で進んでいく。
「あー、エフェット、俺はここまででいいかな?」
取りあえず、何とかシャルメルの所に戻らないと心配させちまう。と、どうやって王都に潜り込もうかと考えていると。
「はっ? 何馬鹿な事言ってるのよ。貴方も一緒に来るのよ、お尋ね者さん」
エフェットは悪戯っぽくそう笑ったが、どう考えてもお尋ね者は彼女だろう、俺はその逃走を助けただけの善良な市民だ。
しかしまぁ、王都に戻るにしても、アデミッツ家の力は強力な後ろ盾となるだろう。俺は
「何やってんのよ! 早く来なさい!」
「へいへい、お嬢様」
俺は頭を掻きつつ、エフェットの後を追った。
「私が、フェオーレ・ロノワール・エ・ラ・アデミッツだ、今回は孫娘を助けてくれてありがとう」
俺にそう挨拶をしてくれた老人は、白髪交じりで灰色になったブロンドの髪をキッチリとオールバックに纏めた、折り目正しい背筋の伸びた老紳士だった。
同じ貴族の大御所と言え、シャルメルの爺さんとは真反対、あっちが剛ならこっちは静だ。
「まぁ、成り行き上です。それより一体何が起こっているのか話は届いていますか?」
ここは王都から遠く離れた、アデミッツ領、サン助でぶっ飛ばしてきた俺たちとは違い、何が何だか分かっていない可能性が高い。
ところが、俺の心配は一蹴される。流石は国を二分する大貴族、手が長ければ耳も広い。
「勿論、今回の首謀者が誰かも概ねはつかめている」
そして、フェオーレ翁は淡々と語りだした。
なんと俺たちに掛かっている容疑は国家転覆罪。どこでどう話が盛られたのか分からないが、そう言う事になっているらしい。
それと言うのも。あの、アレックス主催の夜会は、そう言った国家に不満を持つ者たちが集まった決起集会と言う事、と言う訳だ。
まさに死人に口なし。とんでもない言いがかりだが、騎士団はその名目で動いているそうだ。
その決起集会を仕切っていたのが、アデミッツ家と言う事にされ、しかも国家に反逆するための最終兵器が暴走、あのドラゴン召喚となってしまったと言うストーリー。
「無茶苦茶だ……」
「左様、言い掛かりも甚だしい、しかし騎士団は覚悟を決めて私達を凶弾してきている
いや覚悟と言うよりは計画に沿ってと言うべきか」
「……魔女の計画に沿ってと言う事ですか」
俺が魔女の名を出すと、フェオーレ翁はモノクル越しにホウと眉を上げこちらを見つめて来た。
「魔女の名を知るなら話が早い。私が騎士団に忍び込ませている情報源からは、以前より騎士団長は我々反国王派に並々ならぬ反感を持っていると言う話だった。その心の弱みを魔女に付かれたのだろう」
「まぁ国王の剣たる騎士団が、反国王派に反感を持っていてもおかしくはないんじゃないですかね?」
俺が素朴な疑問をポツリと口にすると、フェオーレ翁は笑いながらこう返した。
「はっはっは、これは痛い所を付く若者だ。我々の主義主張は国王にとってもそう悪くはないものだと自負しているのだがね、まぁ政治談議はこの際横に置いておこう。
だがね、彼の反感はそんな事よりも、もっと深く、もっと単純で、もっと血と泥にまみれたものだ」
「彼、と言う事は。騎士団長の事をよくお知りなんですか?」
「大戦を経験した貴族で、彼の世話になっていないものなど居ないよ、良くも悪くもね」
フィオーレ翁は遠い目をしながらそう語る。
「あの時代には転移門など便利なものなど無くてね、連絡遅れや情報の齟齬などあってはならない事が多発した時代だった。今となっては言った言わないの水掛け論になってしまうが、騎士団にとっては致命的な連絡ミスが我々の関係者によって起こってしまった。
その所為で彼は掛け替えのない同胞を数多く失ってしまった。彼は今でもその事を恨みに持っているのだろう」
「失礼、葉巻を吸っても」と言い、フィオーレ翁はシガーケースを用意させる。香ばしい匂いの紫煙が室内に揺らめく。老人はその煙の先にかつての思い出を浮かばせながら語り続ける。
「無論、最大限の手は尽くしたがね。だが、どうやっても失ったものは戻ってはこない。表面上は彼の恨みは落ち着いていたようだが、それも所詮は表面上だけだったと言う事だ。恨み骨髄死ぬまで忘れぬと言う事なのだろう。それまた仕方のない話だ」
「……過去の諍いは分かりました。それで騎士団の要求は何と言っているのですか?」
「お笑いな事だがね。君たちに国家転覆罪が掛けられたと言う話はしたと思うが、彼らはエフェットがその首魁だと言うのだ」
「えっ!?」「は?」
俺とエフェットは同時に言葉を漏らす。
「首魁って、エフェットはまだまだ子供じゃないですか? 一体何を言っているんです?」
「……彼らはエフェットこそが魔女そのものだと言っている。ある程度裏を知っている連中には魔女の名はよく効く。彼らはそれを利用したのだ」
「そんな無茶苦茶な!そもそも国家転覆罪なんて騎士団の一存で出せるものじゃないでしょう!」
司法については授業で習った、そんな大罪、国王の許可が出なければ……。
「もしや、王室にも魔女の手が及んでいると言うのですか!」
背筋が凍り付く。俺の考えに、フィオーレ翁は無言で頷いた。
「王一人に、全ての重責を任せていれば、この様な事態が生じるかも知れない、我々はそれを恐れて、王の背負った重荷を軽減させたいと思っていたのだがね、魔女の動きは我々の思惑を遥かに超えるようだ
先の大戦、その後の混乱期、そのどちらでも王室までは踏み込まれなかった。だが今回、奴は本気だ。本気で我々を嘲笑いに来たようだ」
フィオーレ翁は唇を歪ませそう言ったのだった。
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