第70話 魔女

「アリアさんが戦ったってどういう事なんだ」

「そのままの意味じゃよ。あの魔女はかつてのアリアの敵、アリアが命を懸けて封印した相手じゃ」

「命を懸けて封印?」

「ああそうじゃ、話は……そうじゃの30年前に遡るか」


 そう言ってジェイは胡坐をかき直した。


 30年前、王国の帝国との大戦の末期、あの魔女はいつの間にかそこに存在していた。

 両国の陰に潜み、厭戦ムードが漂っていた両軍を焚き付け泥沼化させ、人間が無残に死んでいくことを至上の喜びとした。


 両軍は密かに提携を組み、その魔女を倒すために結束。表では戦争をしつつ、裏側では魔女に気取られぬよう、密かに討伐隊を送り込んだ。

 だが、多くの犠牲を出しつつも魔女を取り逃してしまった。


「儂はその時に参加した口でな。あの討伐隊は、両軍はおろか、多種多様な人種からなる混合部隊じゃった。魔女の目を欺くには雑多な愚連隊の方が都合が良かったんじゃ」


 そして10年の時が流れた、戦後の混乱期、世の中の不安の高まりに合わせる様に、その影がまた見え隠れしだした。


「そこで現れたのがアリアじゃったな。人間族の都合はよく分からんが、彼女は魔女討伐の矢面に立たされた。彼女は様々な冒険を経てついに魔女の元へたどり着いた。じゃが、魔女は強力で、彼女が人柱となり封印する事しか出来なかった」

「その封印ってどういう事なんだ」

「封印は、封印じゃよ。小僧お前はリッケ大森林で見たあの『門』を覚えちょるか?」

「ああ、勿論だ」

「それでは、あの『門』は何と何を繋ぐ『門』だと思う?」

「それは、術者と、召喚獣を繋ぐ『門』なんだろ?」


 召喚術はいわば転移魔術、普段はリッケ大森林に存在するボスと俺を繋ぐ召喚陣の様なものだ。


「違うな、あの『門』は世界と世界を繋ぐ『門』じゃ」

「世界と世界を繋ぐ『門』? あの『門』の先は異世界に繋がっていると言うのか?」

「その通り、そしてあの魔女はその門の外よりやって来た……と考えられておる」

「じゃあフェニフォート人の遺跡が壊されていた事って!」

「ああ、魔女が帰って来れないように工作したんじゃ。どうやらそれも大した時間稼ぎにならなかった様じゃがな」


 ジェイはそう言ってキセルを吹かす。重い沈黙が場を支配した。夜空は何処までも暗く、暗く輝いていた。


「その魔女って奴はどんな奴なんだ?」


 俺が見たあいつは仮面をしていた、あの腐ったドブ川の様な目は特徴的だが、残念ながらそれ以外の情報が無い。


「ふむ、何時の間にやら存在していた悪魔の様な女でな、詳しくは分かっておらん。

 分かっておるのは奸智に長け、人心掌握、いや人の弱みに付け込むのが得意な女と言う所じゃな」

「戦闘能力は?」

「召喚術の事か」

「ああそうだ、あの女は現代では不可能とされているドラゴンの召喚をなした。あんなことが出来るなんて、正しく魔女の異名は相応しいな」

「そうじゃな、正しく魔女じゃ。じゃが奴の恐ろしさは召喚術だけではない、あらゆる魔術を操れると思っておった方が良い」


 あの凶悪な魅了の魔術も含め、真言魔術も操れると言う事だろう。警戒し過ぎて損は無いと言う所か。


 俺とジェイが話をしている最中に、俺の胸の中うつらうつらとエフェットが船をこぎ出した。

 彼女には訳の分からない話の上に、幼女には夜更かしし過ぎの時間帯だ、しょうがないだろう。


「それじゃ、儂はこの辺りにしとこうかの」


 ジェイはそう言って腰を上げた。


「アンタはどこに行くんだ?」

「儂か? 儂は魔女が何処で復活したのか調べに行く」

「未発見のフェニフォート人の遺跡か」

「そうじゃ、奴を倒すのが難しい以上、根っこを断たなければどうしようもないでの」


 ジェイはそう言い残すとワイバーンに跨り飛び去って行った。その方角は王都上空、口とは裏腹に面倒見の良いジェイだ、行きがけの駄賃に、騎士団の目をかく乱してくれるはずだ……はずだったらいいな。


「まぁいいや、俺は俺にできる事をしよう」


 ジェイの地獄汁のおかげで再度サン助を呼べる程度には回復した、いつの間にか予備の地獄汁も俺の横に置かれている。

 エフェットの話によるとアデミッツ領までは馬車で2週間との話だが、サン助ならそれこそひとっ飛び、夜明け前に出発すれば、日が沈むころにはつけるだろう。


「それじゃ、気合入れていきますか!」


 俺は活を入れ直すと、召喚の呪文を唱え始めた。





「あれよ! アレがそうだわ! アデルバイムの街並みよ!」


「こんな角度から見るのは初めてだわ」とエフェットははしゃぎながらそう言った。


 トイレ騒動等が発生したが、俺たちは何の妨害も無くアデメッツ領にたどり着いた。

 ユーグ大河とセレネ川に挟まれた三角州にアデメッツ領の首都であるアデルバイムは存在する。

 彼の街は工業と商業の都、爛々と輝く街並みは王都のそれを上回る程だ。


 自前でやっていける力があるのなら、国王の存在を邪魔に感じ出してもおかしくはないのかなぁ。等とボンヤリと考える。


 まぁ、そんな益体も無い事よりも、エフェットの事が先だ。アデルバイムへも転移門は設置されている。騎士団の手はアデメッツ本家まで届いていると考えてもいいだろう。


 可愛い末っ子を売り払う様な真似はしないだろうが、とっとと送り届けるに越したことは無い。


「と、言う訳でエフェット、直接乗り込むから道案内をよろしく」

「えっ?えっえ!?」


 俺の指令に答え、サン助はラストスパートとばかりに、遥か上空から急降下を開始したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る