第69話 草原にて

「エフェットー後は頼むー」

「わっわっわっ、馬鹿言わないでよ! 貴方の召喚獣なんでしょ! 最後まで面倒見なさい!」


 そうは言っても、魔力はカツカツで、こうして召喚できていることが奇跡みたいなもんだ、これ以上ねだられても人には限界と言うものが有る。と言うか、もう無理限界、眠い。


「こっこら! 寝るな! 寝ちゃダメ! 落ちる! 死ぬーー!!」


 パチンパチンとエフェットの小さな手が俺の頬を張る。いやマジでめっちゃしんどいんですが。


 そうして俺たちがフラフラと飛行を続けている最中だ、有ろうことかこの上空まで追ってくる影があった。


「おっ追っ手よ!」


 んな馬鹿な、幾らサン助が俺の状態を慮って低速飛行をしてくれているとは言え、こんな所まで折って来れる筈がない。

 俺は疲労困憊の目を見開いて、エフェットが指し示す方向を注視する。


「マジかよ」


 いた、居やがった。確かに俺たちを追ってくる一頭の影がある。暗闇で見分けにくいが……。


「あれは……ワイバーンか!?」


 翼竜騎兵隊まで出してきたのか、どれだけ俺たちを逃がしたくはないんだ!?


「おい! エフェット、お前さっき何言ってたんだ!」


 俺はトランス状態で碌に話を聞いていなかった、俺がサン助を探している間にいったい何があったと言うのだ!?


「しっ、知らないわよ! あの騎士が私の事をあの事件の首謀者だって決めつけて色々と難癖をつけて来たのよ!」

「なんだって!?」


 エフェットがあの事件の首謀者? 確かに彼女はあの事件の数少ない生き残りではあるが、そんなことする動機が無い、と言うかあからさまな冤罪だ、俺が居なけりゃエフェットもあの瓦礫の下敷きになっていた筈だ。


「考えられるとしたら、口封じ」


 誰から、何を口封じする?決まってるあの女だ、あの女の存在が全てのカギだ。


「くっ、シャルメルも心配だ」


 一足先に返しておいてよかった、だが自陣であれば何とか押し返せるだろう。


「今はあの女を心配している場合じゃないでしょ! 私たちの事を第一に考えなさーい!」


 全くその通り、限界が近くて集中力が散漫になっている。


「サン助! 飛ばしてくれ!」


 キュオオと叫びを上げてサン助が速度を上げる、しかし、サン助が本気を出すと言う事は俺の消耗も加速していくと言う事。

 これ以上召喚を維持できないと判断した俺はサン助に着陸を指示する。


 だがそれは時すでに遅し。


「やっ……ば……」


 一瞬意識が飛びかける、そしてその一瞬の間にサン助の姿は消えていた。


「う……そ……」


 サン助の羽毛の温もりが消え、俺たちは暗い夜空に放り出される、後に残るは墜落死。流石にこの高さじゃ、どうやっても生き残れない。


「うそーーーーーーーー!!」


 エフェットの叫びが夜空に消えていく。


「ぐっ……フラ……坊……」


 俺の呟きは空しく消える。何とかエフェットだけでもと思ったが……。


「ここまでか」

「情けないのう、小僧」


 がくんと体に衝撃が走る。サラマンダーに追いつかれた? とんでもないスピードだ、結局捕まっちまったが、死ぬよりはましだろう。

 まぁ死んだ方がましな目に合うのかもしれないが……ってこの声は?


「かっかっか、偶には夜空の散歩もしてみるものじゃな」


 ワイバーンの首越しにひょっこりと俺たちを覗き見るのは、リザードマンのジェイだった。





「ほれ、これを飲むといい」

「ああ? ってまっず!!」


 眠気が一気に冷めた、人生で一番の苦さを味わった。俺はどこかの草原に四つん這いになりながら地獄の苦しみにのたうち回る。


「かっかっか、儂特製のマナポーションじゃこれで暫くは持つじゃろう」

「ちくしょう! やってやる!」


 俺は激しく咳き込みつつも、地獄ドリンクを飲み干した。


「はぁ、はぁ、でアンタ一体何してたんだ?」


 何とか意識を繋ぎ、暗黒ポーションを飲み干した俺はジェイにそう質問する。


「かっかっか、ちょいと近所に来ていたらのう。嫌な気配とドラゴンが飛び去って行くのを見つけて、追跡していたんじゃ。

 もっとも相手にもされずに逃げられたがの。あっちゅうまじゃった」


 ジェイは煙管を吹かしながらそう言った。


「アンタもあのドラゴンの姿を見たのか」

「まぁ遠目にじゃがな」


 ドラゴンが飛び去ったのは王都の北西、何処まで飛んでいったのかは不明とのこと。


「まぁ兎に角助かったよ、あのままじゃエフェットともども地面のシミになっていた所だった」


 流石に無茶をし過ぎた、俺の魔力は無尽蔵と言う訳ではない。突発的な状況だったとはいえ、もっと判断力を磨かなければ。


「そんで、お前は何しとったんじゃ小僧?」

「んー、なんだか分からない事に巻き込まれちまったみたいでよ、取りあえず逃げてたって訳だ」

「逃げてたって、何からじゃ?」

「……国家権力?」


 少なくとも騎士団からは追われていた。俺がそう言うとジェイは大声で笑いだした。


「かっかっか、アリアを思い出すのう。あの娘もお前に似て向こう見ずの業突く張りじゃった」


 また、アリアさんか。けどあのサモナー・オブ・サモナーズに似ていると言われて気分は悪くない……立場は最悪だが。


「なぁジェイ、いい加減アリアさんの事を教えてくれないか? 大罪人の娘ってなんのことなんだ?」

「ふむ、儂も人間族の間でどういった取り決めがなされたかは良くは知らんのじゃ、興味も無いしな。儂は唯の遊び蜥蜴人間にんとしてアリアたちに付き合ったに過ぎん。


 うわっ、使えねぇ。これだけ引っ張ってこの落ちかよ。と俺が落胆した時だ。俺の胸元をエフェットがグイグイと引っ張って来た。


「ああ、すまんなエフェット、ほったらかしにして。

 ジェイ、この子はエフェット、アデミッツって言う偉い貴族さんの娘だ」


 エフェットはリザードマンを見るのは初めてなのか、恐る恐る頭を下げる。


「ほいほい、儂はジェイ・ミェン・ピンイン遊び蜥蜴人間にんのリザードマンじゃ」


 そう言って差し出された蒼鱗の手とエフェットはおっかなびっくり握手を交わす。


「ほっほっほ、中々肝っ玉の据わった娘さんじゃて」


 その様子にジェイは愉快そうに笑いながら、膝を叩く。


「そんで小僧、お前さんは今からどうするんじゃ?」

「んー、取りあえずはエフェットを送り届けないとな」


 ここは王都から少し離れた平原だ、王都に戻って色々するよりも、魔力が回復したら、アデミッツ領に行くのが良いだろう。エフェットの話ではちょいと距離はあるが、騎士団がウロウロしている王都に戻るより遥かに安全だ。


「家に帰れるの!」

「ああそうだな、騎士団とは言え、お前さんの家にはおいそれと手は出せないだろう。敵の手を掻い潜って、アデミッツ本家にたどり着ければ俺らの勝ちだ」


 逆に言えばそれまでにとっ捕まってしまえば、闇に葬られかねないが。


「かっかっか、まぁ進路が分かっていればそれでよい。辛酸嘗める大変な度になるじゃろうが達者でな」

「おいおい、不吉な事を言わんでくれよ」

「いーや、そうなるじゃろうな。お前さんからは嫌な臭いがするでな」

「匂い?」


 俺は自分の匂いを嗅ぐ。しかしそこからはエフェットの使っていた香水の匂いがするだけだ。


「かかか、違う違う、お前は魔女に目を付けられた、そう言った雰囲気匂いがするんじゃ。儂は副業で仙人もやっておるからの、そう言った事はよく分かる」

「……魔女って、あの召喚師の事か」

「召喚師? 今は召喚師と名乗っておるのかの?」

「ああ、そう名乗り、ドラゴンを召喚し、多くの人命を奪い、夜空に消えたあの女だろ」


 あの腐ったドブ川の様な目は忘れられない。敵と言うなら正しく敵、召喚術を悪用する大悪党だ。


「ああそうじゃな、あのドラゴンに乗っておったあの女じゃ

 そして、かつてアリアが戦った相手でもある」


 ジェイは煙管を吹かしそう言ったのだった。

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