第68話 逃走

 エフェットのリクエストで、お嬢様抱っこをしながら森を進む。どうやら小脇に抱えられるのはお嬢様的にNGだったようだ。

 この抱き方だと、両手がふさがってしまうのでとっさの場面では不安が残るが、まぁ何とかなるだろう。


「エフェット、一先ずはシャルメルの家に行こうと思う」


 騎士団が参加者名簿を入手しているかは分からないが、あの夜会は反王国派の集会だ、根っからの国王派であるシャルメルの家に手が届くまで少し時間が掛かるかもしれない。

 迷惑かけ通しになってしまうが、心配させ通しよりは少しはましかもしれない。


「分かったわよ」


「あいつに借りを作るなんて言語道断だけど」とエフェットは言うが、残念ながら俺はアデミッツ家の場所を知らない、エフェットの道案内でキョロキョロしながらとっくに包囲されているであろうアデミッツ家を探して歩くよりは、一息ついて情報収集を行いたい。


 フラ坊に警戒を頼みながら森を進む。その耳が捕える遥か奥で鳴る金属音は、騎士団が森に入った音だろう。


 しかしフルプレートメイルで山狩りなんて間抜けな事は、何時までもやらないだろう、すぐにでもスカウトの連中にバトンタッチするはずだ。

 ただまぁ、俺だってリッケ大森林で生まれ育った森の男だ、そう易々と見つかってはやらない。


 それより怖いのは森の出口に先回りされている事だ、あのやり手そうな副団長なら俺の行動を先読みして、待ち構えてていてもおかしくはない。


「つまりはスピード勝負。エフェット、舌咬むから口閉じてろ」


 無言で頷くエフェットを確認した俺は、なけなしの体力を使い一気に加速した。





 やはりボスのおかげで、大分時間を稼げていた様だ。なんとかすんなりと森から抜け出る事に成功し、石畳の上に足を付けることが出来た。


「ふぅ、怖かったわ、貴方凄い速度で走るんですもの」


 エフェットは地面に降りようともぞもぞするが、めんどくさいのでもう少しこのままでいさせてもらおう。


「今度は上下にも揺れるから……まぁ、我慢してくれ」


 俺はそう言うと魔力爆破を使い民家の屋根へと飛び上がった。


 遮蔽物の無い屋根の上をピョンピョンと突き進む、エフェットは目を瞑りぎゅっと俺の胸にしがみ付く。よしよしいい子だ、そっちの方がバランスを取りやすい。


 シャルメルの家まで一直線、その進路上には広大な敷地を誇る学園があった。

 ちょっとぶりに地面に降りて夜の学園大通りを突き進む、シャルメルの家は侵入咆哮の対角線上、もう少しでゴールが見えると言う所で俺たちを阻む人影があった。


「おっさん、ここは部外者立ち入り禁止だぜ?」

「つれない事を言うなよ後輩、俺は魔術戦士科の一期生だぜ?」


 俺たちを阻む人影、それはジェフリー・カートランド副隊長の姿だった。


「どうして俺が此処を進むことが分かった?」

「気になる人物にはチェックを入れとくもんだろ? 騎士団にスカウトするつもりがこんな事になっちまうとはな」


 俺とシャルメルの関係も探られていたって訳か、こうなると教会にも見張りが居るのだろう。


 物陰から団員の姿がチラホラと見え隠れして来る。魔術的な隠ぺいを行っていたので、フラ坊は気付けなかったのだろう。

 闇夜のハンターとしてのプライドを傷つけれたのか、周囲の敵にフラ坊は威嚇をする。


 再度ボスを召喚して無理矢理突破したいところだが、生憎と魔力不足でそうはいかない。俺の実力でこの強敵を突破しなくてはいけない。

 しかもエフェットを抱えてとなれば正しく無理難題としか言いようがない。


「俺たちを捕えようとする理由は何だ?」

「勘違いしてるようだな、俺はただ事情聴取を行いたいだけだ」


 冗談はその剣気を静めてから言ってくれ。触れば切れるその気迫は、追い詰められた魔獣のそれだ。


 エフェットが俺の胸に縋り付いて来る。おっさんの思惑がどうだろうが、こんな小さな少女を怖がらせるような奴はサモナー・オブ・サモナーズ正義の味方の敵でしかない。


「フラ坊戻れ」


 俺は少しでも魔力消費を抑えるために、フラ坊を帰還させる。ボスの召喚は不可能だが、デカイのならばあと一度ぐらいは召喚できる魔力がある。とは言え、俺の手持ちの中でこの状況を打破できる仲間は……。

 ヒポ太郎ならいけるか? いやアイツは初速が遅い、飛び立つ前に一撃入れられちまう。

 どうする、どうする……。


 いた! あいつが居た! 正式に契約を結べた訳じゃないので、呼べるかどうかは運しだいだが俺にはあいつが居るじゃないか!


「事情聴取なら、ここで受けるぜおっちゃん。それでいいかエフェット」


 俺はエフェットに話を振る。エフェットはびくりと体を固め俺に視線をよこした。


「少しでいい、時間を稼いでくれ」俺はエフェットだけに聞こえる様に小声で呟く。彼女は何かを決心した様にこくりと頷いてくれた。

 流石は大貴族のご令嬢、ここぞと言う時に胆力が決まっている。


「良いわ! その話に応じましょう! ただしその場から一歩たりとも動かないで!」


 凛と張りあがる声は少女のものとは思えない凛々しい声だった。それは、粗削りだが瑞々しい支配者の意気に溢れていた。


 よし、良い子だエフェット。俺は意識の半分を宙に溶かせあの時の感覚を思い出す。

 どこまでも広がる大空。視線は遥か高く、視界は無限とも言える広がりを見せる。漆黒の夜空には星々が瞬き、大地には無数に輝く人々の営みが見える。


「そーだ、そーだ! エフェットの言うとおりだ! とっとと俺たちを解放しろ!」


 意識の半分、いやそれ以下で適当に相槌を打つ。ばれるのは時間の問題だろうが、引き延ばせるのに越したことは無い。


 俺の意識の大部分は夜空に溶け込むトランス状態。自分を俯瞰して見ている様なその景色はやがて現実のものとリンクする。


「来た」


 俺は、ぼそりと呟いた。


「えっ? 何が?」


 エフェットがそう反応する。


「最高の援軍だ!」


 俺はそう叫んでおっさんの後ろを指さす。皆がそれに気を取られた瞬間がチャンスだ!


「天空を舞う稲光! 汝は何物にも縛られず、誰よりも高く飛ぶ! 汝の名はトニトゥアーレ! 疾く舞い降りて我の敵を穿てッ!!」


 俺の背後に召喚陣が現れて、そこから夜空に雷光が煌めいた。まばゆい光におっさんたちは目を覆う。


「頼んだサン助!」


 魔力切れで倒れ込む俺をサン助が咥えてくれる。


「わっわわっわ!」


 腕の中で驚くエフェットを落とさないようにしっかりと抱きかかえ、俺たちは大空へと飛び立ったのだった。

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