第67話 騎士団
「なんか様子がおかしいな。もしかしたらまた逃げる羽目になるかもしれない」
俺はエフェットにそう囁く。彼女はあの時の光景を思い出したのか、俺の手に縋り付いて来る。
「この町中であの鎧姿……エフェット心当たりはあるか?」
従業員の指図を受けこちらに向かってくる一団をよく見るが、生憎俺は田舎者、そんな連中に心当たりなどありはしない。まぁ可能性として一番高いのは騒ぎを聞きつけてやって来た警備隊の連中だろうが。
「あの紋章……騎士団のものよ」
ほう、いきなり騎士団のお出ましか。滅多な事では腰を上げない組織だと聞いていたが……まぁ相手はドラゴンだ。それを考えると駆けつけるのが遅い位……。
「いや、やっぱり早すぎるな」
偶々近所を巡回中だったと言うのなら話は別だが、俺の勘が違うと言っている。逃げるか? いや判断が遅れた、もうこの屋敷は包囲されている。おまけに隊の先頭は風切虫退治の時に合ったあの副団長だ。面が割れてしまっていながら逃げ出してはシャルメルに迷惑がかかる。
俺はエフェットの頭を軽く撫でた後、一歩前に出る。
「早かったですね、ジェフリー副団長。けど一足遅かった。ここをこんなにした犯人はとうに夜空の彼方に飛んで行ってしまいましたよ」
「なる程な」彼はそう言って、崩壊した建物を眺める。ここまで崩壊させるのは神父様だって5分はかかる……いやもう少し早いか? では目の前のこの男は?
「それにしても妙な所であったな、アデム・アルデバル。その恰好も中々良く似合っているじゃないか」
「それはどうも、知り合いのおさがりですが、偶にはこう言う服装もいいかもしれません。まぁ窮屈なんで二度と着たいとは思いませんが」
おまけにクソ高い品物だろう。精神衛生上、その値段は聞いてはいないが。
「後ろにいらっしゃるのが、話に合ったアデメッツ家のご令嬢か。
大変な事でございましたな、エフェット様、もう大丈夫ですさぁ此方へ」
ジェフリー副団長はそう言って手を伸ばす。十中八九大丈夫だとは思うのだが、何かが心に引っかかる。俺の勘が警報を告げている。
「もしかして、あの女の事何か知ってるんですか?」
特に確証がある訳ではない俺の呟きに、彼はピクリと反応した。うわヤバイ。藪をつついて何とやらなのか?
「逃げるぞエフェット!」先手必勝、俺は彼女の返事を聞く前に小脇に抱えて走り出す。
「逃がさん」
圧倒的剣気が背中に走る。
「危ねぇ!」
俺は奇跡的にそれをかわすことが出来たが、もう一度やれと言われても不可能だ。
ガチャガチャと金属鎧の音が四方八方から鳴り響く。こいつはヤバイがチャンスでもある。多少数が多かろうが、相手は鈍重なフルプレート。速度ではこっちに分がある。
等と考えてると魔術攻撃が飛んでくる。
「くっそ! 舌咬むなよエフェット!」
魔力爆破による高速移動でそれをかわす。熊の助じゃ囮としては弱すぎる。後で大変な事になっちまうだろうが、取りあえずはここを逃げ切ってから考えよう。
「汝の名はスース・スクロファリス! 偉大なる獣の王よ! 疾く現れて我にその力を貸し与えよ!!」
詠唱省略の急速召喚。がくりと魔力を吸い取られすっ転びそうになるが、何とか踏ん張る。
だが、その甲斐はあった。巨大な召喚陣が宙に浮かびそこから夜闇になお威容を示す、茶色の巨体が現れた。
「サンキューボス! 取りあえずここから逃げるのを手伝ってくれ!」
ボスは鼻息一つ吹きすさび、巨大な地ならしをする。騎士団がそれに慌てふためくのが見える。だが俺も召喚の際に魔力を使いすぎて足元がおぼつかない。
そんな俺をボスはひょいと牙に引っ掛けて背中へと放り投げてくれた。
そして、疾走。
全てを蹂躙するかのようなボスの走りは、目の前のもの全てを蹴散らしていく。逃走経路は勿論、副団長とは逆サイド。
屋敷の塀を軽々と壊し俺たちは狭い町中へと躍り出る。
「うっわ、やっべぇ、やべぇ」
怪我人、死人が出ませんようにと祈りつつ、最短ルートで近場の森を目指す。幸いここは閑静な別荘地、人気が少なく、道幅も広い。だが、そうは言ってもボスの巨体、次々とボスの体当たりを受け崩れていく家の数々。弁償はエフェットの家に押し付けよう。
「何とか……逃げれたのか?」
俺は疲労困憊で森に横たわりつつそう言った。ボスの特殊能力のおかげで、ボスが踏み荒らした森は既に再生している。足跡から俺たちを探るには多少時間が掛かるだろう。
「おい、エフェット、何か心当たりあったりするか?」
俺の質問に彼女は首を横に振る。まぁそれはそうだ。知っていたら呑気に何時までも会場に留まったりはしていないだろう。
「まぁ、何にせよ、これでお尋ね者になっちまったって事か」
俺は頭を掻きつつそう言った。結果的にシャルメルに大迷惑をかけてしまう事になっちまった。夏休み明けで浮かれた学生が羽目を外し過ぎたって事で、げんこつ一発で無罪放免とはならないだろう。
まぁこれも運命だ。すっぱりきっぱり切り替えよう。
「大丈夫だ、俺が守ってやる」
俺はそう言ってエフェットの頭を撫でてやったのだった。
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